シン・コレ
chine collé




(上) ジャン=レオン・ジェローム作 「カエサルの前のクレオパトラ」 シン・コレによる高品質フォトグラヴュール フィラデルフィア、ジョージ・バリー 140 x 184 mm 1881年 当店の商品です。


 現代の「グラビア」は、ほとんどの場合、輪転機によるオフセット印刷ですが、十九世紀のフォトグラヴュールは平版による古典的な版画です。それゆえアンティーク・フォトグラヴュール(古典的フォトグラヴュール)は、現代のグラビア印刷とは比べ物にならない精細度を誇ります。

 版画の精細度は、版の細密さによると同時に、画像を転写する紙の質にも大きく左右されます。それゆえフォトグラヴュールにはきめの細かな高級紙が使われます。フォトグラヴュールに使われる紙の質を究極まで高めたのが、フランス語で「シン・コレ」(chine collé)と呼ばれる技法です。

 フランス語「シン・コレ」の「シン」(Chine)は、日本語の「支那」、英語の「チャイナ」と同じく、「秦」(シン)を語源とし、中国を指します。フランス語「シン」の語頭を小文字にした「シン」(chine)は東洋紙、すなわち中国紙と和紙を指します。「コレ」(collé)は他動詞「コレ」(coller 貼る)の過去分詞です。フランス語では、英語と同じく、他動詞の過去分詞は「受け身」を表しますから、「シン・コレ」は「貼られた中国紙」または「貼られた和紙」という意味で、サポート(英 support 台紙の役割を果たす厚めの紙)に極薄の東洋紙を貼り付けて、版画を刷る技法を指します。台紙の上に東洋紙を貼り付ける理由は、西洋紙に比べると、東洋紙のほうが一層きめが細かいからです。

 ここでいう「東洋紙」とは、ライス・ペーパーのような、薄い上質紙のことです。ライス・ペーパーは台湾等に産するカミヤツデ(Tetrapanax papyrifer)の繊維で作られる平滑な紙で、時計修理の際にも使います。この紙が「ライス・ペーパー」(英 rice paper 米の紙)と呼ばれるのは、この紙が西洋にもたらされたとき、米が原料であると誤認されたからです。春巻きの皮は米でできており、紙のように薄いため「ライス・ペーパー」と呼ばれますが、ここで論じる上質紙とは無関係です。

 ライス・ペーパーほどきめ細かな紙は、西洋にはありません。西洋の紙も、表面に圧力を加えて凹凸を均したり、ゼラチン状のものでコーティングしたりすれば、平滑になります。しかしながら表面をこのように加工すれば、毛管現象によってインクを吸い上げるべき繊維の隙間が失われてしまい、版画紙として用を為しません。最高度の精細性を実現するには、ライス・ペーパーのような東洋の上質紙が不可欠です。


【シン・コレに使用される糊】

 シン・コレにおいては、ライス・ペーパーをサポートに貼り付ける必要があります。小麦粉あるいは米粉から作った糊はそれ自体が劣化・変質しないうえに、紙に悪影響を及ぼす心配も無いので、伝統的技法によるシン・コレに使われます。

 シン・コレ用の糊は米または小麦から得られます。小麦澱粉を使う場合は、小麦を浸漬、磨砕、遠心分離してグルテンを除去し、純粋な澱粉を得る必要があります。このようにして得られた澱粉を純水中で加熱して糊とし、これを破砕して細かい粉末を得ます。


【シン・コレによる印刷の手順】

 シン・コレによる印刷は、次の手順で行われます。

     1.    版にインクを付け、不要なインクを拭き取る。
     2.    1.の版にライス・ペーパーを載せ、版からはみ出た部分を切除する。
     3.    2.のライス・ペーパーに、糊の粉末を振りかける。
     4.    あらかじめ水で湿らせたサポートを、3.の上に置く。
     5.    4.をプレス機に通す。


 上記の方法では、ライス・ペーパーへの印刷と、ライス・ペーパーのサポートへの貼り付けが同時に行われます。

 もう一つのやり方として、ライス・ペーパーをサポートに予め貼り付けておく方法もあります。この方法では、印刷したいときに印刷したい枚数を速やかに仕上げることができますが、湿ったライス・ペーパーは再度の乾燥で収縮するので、ライス・ペーパーを切る際に、収縮する分を計算に入れる必要があります。



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