ラテン語における V と U、及び附論(W と Y について)
de letris V et U in lingua Latina, atque de letris W et Y



 ラテン語で書かれた碑文の文字や古い書物の文字を見ると、大文字の場合に U に代わって V が使われていたり、小文字の場合に v に代わって u が使われていたりするのを目にします。本稿ではラテン語の表記で V と U が交替する理由を、ギリシア語エウアンゲリオン(希 εὐαγγέλιον)のラテン語表記を例にとって解説します。


【ラテン語における V と U】

 エウアンゲリオンの前半エウ(εὐ-)は、「良い」という意味の接頭辞です。後半アンゲリオン(αγγέλιον*))はアンゲロス(希 ἄγγελος 使者)の語根(ἄγγελ-)に中性単数主格・対格の形容詞語尾(-ιον)を付けたものです。アンゲリオンは独立した語として文献に現れませんが、ギリシア語の名詞アンゲリア(希 ἀγγελία 知らせ)と同じ意味です。要するにエウアンゲリオンは「良い知らせ」という意味で、「キリストによって救いがもたらされた」という良い知らせを意味します。漢字文化圏、すなわち中国、朝鮮、ヴェトナム、日本では、エウアンゲリオンを「福音」(ふくいん)と漢訳しています。

 エウアンゲリオン(希 εὐαγγέλιον)という綴りのギリシア文字を遂字的にラテン文字に置き換えると、"EUAGGELION" となります。しかしながらギリシア語の綴りでガンマ(γ)が連続する場合、前のガンマは「鼻音のガンマ」といって、[g] ではなく [ŋ] と発音されます。[ŋ] は上顎に舌を付けずに「ん」と言うときの音で、英語にも頻出します。それゆえ "εὐαγγέλιον" をラテン文字にすると、ひとまず "EUANGELION" となります。

 しかるに古典ラテン語に U の文字は無く、「ウ」の音は V の文字で表記されていました。またギリシア語とラテン語はきょうだいのような関係にある言葉で、名詞や形容詞の語尾も互いに良く対応します。それゆえギリシア語がラテン語に移入される際は、語尾 "-ιον" をラテン語風に "-IVM" に置き換えました。そうするとエウアンゲリオンは "EVANGELIVM"(エウアンゲリウム)という綴りになります。これがエウアンゲリオン(福音)の古典ラテン語式表記です。

 俗ラテン語においては、後ろに母音が続く V が「ヴ」と発音されるようになりました。これに伴って、本来「ウ」音を表す文字であった V が、「ヴ」と読まれるようになりました。一方「ウ」音のためには、カロリング時代に U の文字が発明されました(註1)。このようなわけで、カロリング期以降の文献ではエウアンゲリウムの後ろの V を U に置き換えて "evangelium" と表記し、「エヴァンゲリウム」と読むようになりました。


【附論 ― ゲルマン語等の表記に使われる W と Y について】

 半子音 [w](「わ」の子音)はもともと V で表記されていましたが、この音はロマンス語で [v](「ヴ」の子音)に変化しました。一方ゲルマン語、たとえば英語には [w] 音が頻繁に現れます。ゲルマン語を文字で書き表す際、半子音 [w] は二つの V を並置して VV のように表されました。このようにして字母ダブリューすなわちダブル・ユー(double V/U)が成立しました。

 英語で [j](「や」の子音)の表記に使われる Y / y は、フランス語では「イグレック」と呼ばれます。イグレックという字母名は「ギリシア語のイ」(仏 i grecque)という意味で、ギリシア文字イプシロン(υ)をラテン文字に写すのに Y / y が使われます。イプシロンとは「イ・プシロン」すなわち「短いイ」という意味です。



註1 イー(I)は母音の前に置かれると、半母音 [j](「や」の子音)として発音されます。この音を表す j の文字も、カロリング時代に発明されました。

 正確に言うと、古典ラテン語の時代には大文字しか無く、カロリング時代に小文字が作られました。これを「カロリング小文字」と呼びます。本稿で取り上げた文字に関しては、V に対して v と u が、I に対して i と j が、それぞれ作られました。大文字 U と J が作られたのは、そのさらに後です。




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