グピル、及びブソー・ヴァラドン Goupil & Cie et Boussod, Valadon & Cie, successeurs de Goupil & Cie
グピル社 (Goupil & Cie) は19世紀フランスの美術商として最大の規模を誇った美術関連会社です。フォトグラヴュアをはじめとする版画の工房「アトリエ・フォトグラフィーク」(Ateliers
Photographiques) をパリ近郊に有し、パリ本店のほか、1840年にロンドン、1848年にニューヨークに支店を開設し、やがてベルリン、ウィーン、ハーグ、ブリュッセルにも進出しました。
グピル社は美術界との間に太いパイプを持っていました。アドルフ・グピルの娘マリ (Marie Goupil, 1842 - 1912) は、アカデミズム絵画及び彫刻の巨匠ジャン=レオン・ジェローム
(Jean-Léon Gérôme, 1824 - 1904) と結婚し、4人の娘と1人の息子をもうけています。1861年から 1872年には画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの同名のおじ
(Vincent Van Gogh) がグピル社の経営陣に加わっていましたし、ブソー・ヴァラドンの時代には画家の弟テオ・ファン・ゴッホ (Theodorus
van Gogh, 1857 - 1891) がパリの本店で印象派絵画を扱っていました。またホイッスラー研究で有名なデイヴィッド・クロウル・トムスン
(David Croal Thomson, 1855 - 1930) はブソー・ヴァラドンのロンドン支店長を務めていました。
グピル社は 1917年に営業を停止し、ボルドーの絵画・版画商アンベルティ (Vincent Imberti) によって、1921年に出版部門が買収されました。
【グピル社の歴史】
グピル社の歴史は、シュトゥットガルト出身のアンリ・リトナー (Henri Rittner, 1802-1840) が 1829年にパリで始めた版画工房に起源を遡ります。創業二年後の
1829年にアドルフ・グピル (Adolphe Goupil, 1806 - 1893) が加わり、その後も経営者が変わるごとに社名変更を繰り返しました。
アドルフ・グピル 撮影年不詳
社史の詳細は下表の通りです。
年代 |
社名 |
経営者と年代 |
1829 - 1831 |
Société Henry Rittner |
Henry Rittner |
1829 - 1840 |
Société Rittner & Goupil |
Henry Rittner, Adolphe Goupil |
1841- 1846 |
Société Goupil & Vibert |
Adolphe Goupil, Théodore Vibert |
1846 - 1850 |
Goupil, Vibert & Cie |
Adolphe Goupil, Théodore Vibert, Alfred Mainguet |
1850 - 1884 |
Goupil & Cie |
Adolphe Goupil (1850 - 1884), Alfred Mainguet (1850 - 1856), Léon Goupil
(1854 - 1855), Léon Boussod (1856 - 1884), Vincent Van Gogh (1861 - 1872),
Albert Goupil (1872 - 1884), René Valadon (1878 - 1884) |
1884 - 1897 |
Boussod, Valadon & Cie, Successeurs de Goupil & Cie |
Léon Boussod (1884 - 1896), René Valadon (1884 - 1897), Étienne Boussod
(1886 - 1897), Jean Boussod (1887 - 1897), Léon Avril (1888 - 1897) |
1897 - 1919 |
Boussod, Valadon &Cie, Marchandsde tableaux, Successeurs de Goupil
& Cie |
René Valadon, Étienne Boussod, Auguste Avril |
1897 - 1899 |
Jean Boussod, Manzi, Joyant & Cie, Successeurs de Goupil & Cie,
Éditeurs-Imprimeurs |
Jean Boussod, Manzi, Maurice Joyant |
1900 - 1917 |
Manzi, Joyant & Cie, Successeurs de Goupil & Cie, Éditeurs-Imprimeurs |
Manzi (1900 - 1915), Maurice Joyant (1900 - 1917) |
・イギリスにおけるガンバート・ジュナン社との提携
ベルギー出身の出版業者アーネスト・ガンバート (Ernest Gambart, 1814 - 1902) は 1840年、グピル・ヴィルベール社
(Goupil, Vibert & Cie) を代表してロンドンに渡り、1842年までにガンバート・ジュナン社 (Gambart, E.
Junin & Co.) を設立しました。
ガンバートは批評家ジョン・ラスキン (John Ruskin, 1819 - 1900) やフレデリック・ジョージ・スティーヴンス (Frederic George Stephens, 1828 - 1907)、また画家ローザ・ボヌール (Rosa Bonheur, 1822 - 1899) やローレンス・アルマ=タデマ (Sir Lawrence Alma-Tadema, 1836 - 1912) と親交を結び、同社は間もなくイギリスにおける大手美術会社のひとつに成長しました。
ガンバート・ジュナン社はグピル社と協力して、J. M. W. ターナー (J. M. W. Turner, RA, 1775 - 1851)、デイヴィッド・ロバーツ
(David Roberts, RA, 1796 - 1864)、サー・ランドシーア (Edwin Henry Landseer, RA, 1802
- 1873)、サー・ミレー (John Everett Millais, 1st Baronet, PRA, 1829 - 1896)、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
(Dante Gabriel Rossetti, 1828 ?l 1882)、フォード・マドックス・ブラウン (Ford Madox Brown,
1821 - 1893) らの作品を世に広めました。
・ニューヨーク進出
1848年、グピル・ヴィルベール社 (Goupil, Vibert & Cie) はニューヨークに支店を開設し、アメリカ人画家による作品の版画を製作し始めました。1857年の中頃までにはマイケル・ネドラー
(Michael Knoedler, 1823 - 1878) が事業を引き継いで、社名を「グピル・ネドラー社」 (Goupil &
Co., M. Knoedler & Co., Successor) に改めました。
・グピル家と縁者による経営
グピル社 (Goupil & Cie) に出資していたヴァン・ゴッホ(画家のおじ)が病を得て 1872年に経営陣から退き、1878年に出資金を引き上げた後、グピル社の経営は、創業家出身者と、いずれもアドルフ・グピルの女婿であるブソー、ヴァラドンに独占されることになります。それゆえグピル家が経営から退いた後も、社名の末尾には「グピルの後継社」("Successeurs
de Goupil & Cie") という言葉が付加されています。
・ウッドベリータイプ
ウッドベリータイプ(英 Woodburytype, photorelief printing 仏 photoglyptie 独 Woodburydruck)はiイギリスの写真家であり発明家でもあるウォルター・ベントレー・ウッドベリー(Walter
Bentley Woodbury, 1834 - 1885)が考案し、1864年に特許を取った技法です。光で硬化するゼラチンを塗布した金属板に、ネガティヴ・フィルムを通して光を当て、硬化しなかったゼラチンを洗い流した後、この板を巨大な圧力で鉛板に押し付けると、インタリオの版ができます。こうしてできたインタリオの版に顔料を混ぜたゼラチンを塗布し、紙を押し付けると、凸部のゼラチンは押し出され、凹部にのみその深さに応じた量のゼラチンが残ります。ゼラチンが紙にじゅうぶん定着すると、紙を版から剥離し、乾燥させます。
ウッドベリータイプはモノトーンの平版で、フォトグラヴュールと同様の正確な再現性を誇ります。ウッドベリータイプによる印刷物は、グピル社は 1867年、フランスにおけるウッドベリータイプの独占権を、発明者ウォルター・ウッドベリーから買い取りました。
《補説 グピル(goupil)という語について》
現代フランス語でキツネをルナール(un renard)と言いますが、これは中世フランスの「狐物語」(le Roman de Renard)に登場する主人公、キツネのルナールの名が普通名詞化したものです。本来の普通名詞でキツネをグピル(un
goupil)といいますが、この語は現代では廃れてしまいました。
キツネはラテン語でウルペース(VULPĒS, is, f.)といい、古典ギリシア語アローペークス(ἀλώπηξ, ος, f. キツネ)、英語ウルフ(wolf 狼)等と同根です。ウルペースの縮小形はウルペークラ(VULPĒCULA,
ae, f.)で、この俗ラテン語ウルピークルス(vulpīculus *, m.)が変化して、フランス語グピルになりました。語頭のウ(u, v,
w)音がガリアに入るとグ(g)になるのは、フランス語で頻繁にみられる音韻変化です。
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