フランスのリモージュで二十世紀中頃に制作された「青の聖母」。縦10センチメートル、横 7センチメートルの銅板に、細密な手描きエマイユで若きマリアを描き出した名品です。
マリアは口許に微かなほほえみを湛え、その眼差しは慈愛に満ちています。エマイユ画に描かれているのはマリアの上半身のみですが、安定感のある三角形の構図は、幼子イエスを優しく見守る聖母の姿とも解釈できますし、斜め下方に向けて両腕を広げ、神の恩寵を地上に注ぐ無原罪の御宿りの姿とも解釈することも可能です。聖母がすべての人の母であることを思えば、イエスに向けられた眼差しは罪びとたちにもまた向けられているlことになります。マリアの眼差しは幼子イエスに向かうと同時に、世の罪びとたちにも向かっているのです。
マリアは外見的にわかる祈りの姿勢を取ってはいませんが、マリアがまとう衣の青は天上界の象徴であるゆえに、マリアの魂は神と対話していることが分かります。エマイユ画の背景は無限の広がりを感じさせるウルトラマリンであり、いまやイエスの右の座にあるマリアが、地上の罪びとを天上にて日々執り成し給うことを思い起こさせます。
エマイユ画の左下に「トゥミユ、リモージュ」(Thoumieux, Limoges) と署名されています。リモージュは磁器生産で有名ですが、ここでカオリンが発見されたのは 1765年のことであり、磁器が作られるようになったのは革命期以降のことにすぎません。それ以前のリモージュは金銀細工とエマイユの町でした。リモージュでは
十二世紀前半にエマイユの制作が始まり、西ヨーロッパ最大のエマイユ産地として隆盛を極めました。盛期中世に「リモージュもの」(l'Œuvre de Limoges, OPUS LEMOVICENSE) と呼ばれたこの町のエマイユ細工は、十四世紀中頃にいったん消滅しましたが、十五世紀末に手描きエマイユが行われるようになると、西ヨーロッパにおける独占的地位を取り戻しました。
この作品において、エマイユ作家トゥミユは聖母のヴェールと衣に箔を使うことで、非常に優れた立体性を表現しています。聖母の顔とヴェールの境界に注目すると、顔の右側においてはヴェールとの境目に金の輪郭線を引いて、ヴェールが顔の手前にあることを直感的にわからせます。これに対して顔の左側は輪郭線を使わないスフマートで描き、ヴェールを視覚的に遠ざけています。
聖母の優しさを表す顔の各部は、非常に細かいタッチで細密に描かれています。目のサイズは 1 x 2ミリメートル、唇のサイズは 2 x 2ミリメートルです。作画の手元がわずかでも狂えばバランスが台無しになりますが、エマイユ作家トゥミユはあたかも生身の聖母を眼前に見るかのように生き生きとした写実性を以て、不可視の価値であるマリアの愛と神の恩寵までもを表現しきっています。
本品の額はこのエマイユ画が制作されたときから入っているオリジナルで、縦 27 x 横 24 x 奥行 5センチメートルという立派なサイズです。内枠の左下に数ミリメートルの破損があります。私はまったく気になりませんが、ご希望により無料で修復いたします。