小品 マリアの汚れ無き御心 神への信仰と母の愛 10.3 x 7.5 cm


ブロンズ製の枠を含む楕円形部分のサイズ 10.3 x 7.5 cm (上部の突出部分を除く)

曲面ガラスを含む最大の厚み 3 cm


フランス  19世紀半ばから後半



 生身のマリアを写したかのようにリアリティあふれるマーテル・ドローローサ (MATER DOLOROSA) の石膏彫刻。眼を閉じた若き聖母の心は、悲しみの剣に刺し貫かれつつ、ひたすら神にのみ沈潜しています。


 福音書に記された「マリアの七つの悲しみ」は、新生児イエズスを神殿に奉献した際にシメオンから聞いた預言に始まり、イエズスの埋葬に終わります。シメオンの預言は、「ルカによる福音書」 2章34 - 35節に、次のように記録されています。

 シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。-あなた自身も剣で心を刺し貫かれます-多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」(新共同訳)


(下) Rembrandt Harmenszoon van Rijn, Simeon in the Temple (details), 1631, Mauritshuis Royal Picture Gallery, The Hague




 本品のマリアは若い女性として表されており、シメオンの預言、あるいはエジプトへの逃避(マタイによる福音書 2章13 - 15節)、あるいはエルサレムで少年イエズスを見失った際のマリアであろうと思われます。





 受胎告知を素直に受け入れて恩寵の器となったマリアは、アブラハムやヨブにも勝る信仰を以って、七つの悲しみに耐えました。本品において、瞑目し、右手を胸に当てて天上の神に祈るマリアの仕草には、ドイツ神秘主義にも通じる深い精神性が溢れています。

 前に向けた左手は、母としての情愛を示しています。マリアの左手からあふれ出る愛と慈しみは、わが子イエズスに向けられたものでしょう。幼い息子に限りない愛情を注ぐ若き母マリアは、シメオンの預言を思い返して心をひどく痛めつつも、右手を胸に当てて瞑想し、魂の内奥に耳を傾けて、神の御心と一体になろうとしています。





 本品の造形上の特徴として挙げられるのは、何よりもまず、宗教性と写実性が互いに高め合いつつ、清冽な美となって結実していることです。

 純粋な宗教彫刻、たとえばロマネスクの聖母像には、じっと眼を合わせるのも恐ろしく感じられるような近寄り難さがあります。下の写真はスペインにある12世紀の「黒い聖母」、ヌエストラ=セニョラ・デ・モンセラート(モンセラートの聖母)です。このような聖母像には古い聖堂や修道院礼拝堂の栄光に満ちた玉座こそが相応しく、わたしたちの家庭や日常生活とは遠いところにあると感じられます。





 下の写真はセビジャの大能(たいのう)の御父(おんちち)イエズスのバシリカに安置されている悲しみの聖母像です。18世紀に制作されたもので、過剰に人間的とさえ思える感情表現が、バロック彫刻としての特質をよく示しています。極端な感情とリアリティが併存するこのようなバロック彫刻は、技術的にはたいへん優れた作品である反面、19世紀のフランスで「ボンデュズリ」(bondieuserie 「神様趣味」)と揶揄されたキッチュ(俗悪)な表現に、容易に転落する危うさを有します。





 しかるに本品は19世紀のフランスで制作されたものであり、宗教をテーマとしながらも、純粋な宗教彫刻のような近寄り難さも無く、またバロック彫刻に見られるような感情の過剰もありません。ひとりの若き母の姿を生身の女性として描きつつ、沈黙と静寂のうちに瞑想し、魂の内奥に神を探し求めるマリアの信仰と深い精神性が、ラファエロの聖母を思わせる美しい女性像のうちに、見事に形象化されています。




 本品の第二の特徴は、大きめに強調されたマリアの手です。人間の身体において、手は顔と同様に表情豊かな部分です。ときには顔の表情を取り繕(つくろ)っても、手の動きで本心が伝わる場合さえあります。

 この彫刻においてマリアが胸に当てた右手は、魂の内奥にて神と出会う信仰を表し、前に向けた左手は、魂から発して外に向かう慈(いつく)しみを表しています。このふたつはマリアの魂に発する表裏一体の心性ですが、いま特に注目したいのは左手の表現です。

 幼いイエズスを育てる若き母マリアは、元気な幼子を育てる他の若い母親たちと同様の苦労をし、一日の終わりには疲れ切ってしまったことでしょう。しかるに子育ての大変さは、裏を返せば子に対する愛の深さです。この彫刻が女性美あふれるマリアを描きつつ、その手を大きめに作っているのは、神に全てを委ねる信仰の強さを表すとともに、愛に裏付けられた母の強さをも表しているのです。





 本品の第三の特徴は、剣に貫かれた「汚れ無き御心」(Cœur Immaculé de Marie) の描写です。「聖母マリアの汚れなき御心」は、聖母の喜びと悲しみ、完徳、神への愛、イエズスへの母性愛を象徴し、伝統的イコノグラフィ(図像学)に従った通常の表現では、神とイエズスへの愛を表す炎が心臓の上部に燃えています。しかるに本品においてはこの炎が省略され、悲しみの剣が強調的に表されています。

 聖母の聖心上部にあるはずの愛の炎が省略されているのは、炎を描かずとも、両手の仕草によって、神とイエズスへの愛がじゅうぶん表されるからです。本品における「マリアの手」の重要性は、このことからもわかります。

 しかるにその一方で、本品はバロック彫刻のように激しい感情表現を避け、魂の内奥において神に出会うマリアの信仰を、瞑想的で穏やかな表情によって表しているゆえに、その悲しみは大きな剣によって可視化される必要があったのです。





 本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク美術品ですが、古い年代にもかかわらず、特筆すべき問題は何も無く、非常に良好な保存状態です。漆喰彫刻本体は曲面ガラスに守られて、破損も磨滅もいっさい無く、制作当初の完全な状態を保っています。ガラスは19世紀のオリジナルで、破損、ひび、疵(きず)等の問題はありません。

 彫刻本体とガラスの間にはわずかな隙間があって、長い年月のうちにここから入った埃(ほこり)が、直径数ミリメートルの玉になっています。埃の玉は柔らかくごく軽量ですので、これが彫刻を傷めることはありません。





本体価格 58,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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