小品彫刻 神に祈る「汚れなき御心」の聖母 丁寧な作例 10 x 8.5 cm


リボン状装飾を含む枠全体のサイズ 10 x 8.5 cm

曲面ガラスを含む最大の厚み 3.5 cm


フランス  19世紀半ばから後半



 神の花嫁マリアの半身像を石膏で表現したミニアチュール彫刻。彫刻はブロンズの枠とドーム状ガラスに守られています。上に示した写真の一枚目から三枚目までは、反射を防ぐためにガラスを外して撮影しています。





 作品は歳若いマリアを浮き彫りにしています。少女マリアは美しい縁取りのある花嫁のヴェールを被っており、「雅歌」を連想させます。「雅歌」第四章を新共同訳により引用します。

     恋人よ、あなたは美しい。あなたは美しく、その目は鳩のよう。ベールの奥にひそんでいる。髪はギレアドの山を駆け下る山羊の群れ。
      歯は雌羊の群れ。毛を刈られ、洗い場から上って来る雌羊の群れ。対になってそろい、連れあいを失ったものはない。
     唇は紅の糸。言葉がこぼれるときにはとりわけ愛らしい。ベールの陰のこめかみはざくろの花。
     首はみごとに積み上げられたダビデの塔。千の盾、勇士の小盾が掛けられている。
     乳房は二匹の小鹿。ゆりに囲まれ草をはむ双子のかもしか。
     夕べの風が騒ぎ、影が闇にまぎれる前に、ミルラの山に登ろう、乳香の丘にわたしは登ろう。
     恋人よ、あなたはなにもかも美しく、傷はひとつもない。
     花嫁よ、レバノンからおいで、おいで、レバノンから出ておいで。アマナの頂から、セニル、ヘルモンの頂から、獅子の隠れが、豹の住む山から下りておいで。
     わたしの妹、花嫁よ。あなたはわたしの心をときめかす。あなたのひと目も、首飾りのひとつの玉も、それだけで、わたしの心をときめかす。
     わたしの妹、花嫁よ、あなたの愛は美しく、ぶどう酒よりもあなたの愛は快い。あなたの香油は、どんな香り草よりもかぐわしい。
     花嫁よ、あなたの唇は蜜を滴らせ、舌には蜂蜜と乳がひそむ。あなたの衣はレバノンの香り。
     わたしの妹、花嫁は、閉ざされた園。閉ざされた園、封じられた泉。
     ほとりには、みごとな実を結ぶざくろの森、ナルドやコフェルの花房 、
     ナルドやサフラン、菖蒲やシナモン、乳香の木、ミルラやアロエ、さまざまな、すばらしい香り草。
     園の泉は命の水を汲むところ。レバノンの山から流れて来る水を。
     北風よ、目覚めよ。南風よ、吹け。わたしの園を吹き抜けて、香りを振りまいておくれ。恋しい人がこの園をわがものとして、このみごとな実を食べてくださるように。




(上・参考画像) Fra Angelico, "l'Annunciazione di San Giovanni Valdarno", 1430 - 1432, tempera su tavola, 195 x 158 cm, il Museo della basilica di Santa Maria delle Grazie, San Giovanni Valdarno


 この作品に浮き彫りにされているのは、受胎を告知される「神の花嫁」マリアの姿です。マリアは胸の前に両腕を交差させていますが、これは中世からルネサンス期の西ヨーロッパにおける祈りのポーズです。上に示したフラ・アンジェリコの作品においても、マリアは同様の姿勢を執っています。救い主が生まれてくることを伝えるガブリエルの言葉に、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と答えるマリアの聖心は、愛を象徴する薔薇の花環(ロサーリウム)に取り巻かれ、神への愛に燃えています。





 しかしながらマリアの心には悲しみの剣が突き刺さっています。「カイレ Χαῖρε」(アヴェ AVE)という呼びかけによってメシアの誕生を予告したガブリエルは、メシアがどのようにして救世を成し遂げるかをマリアに伝えませんでした。しかしながらイエスが生まれて間もなく、マリアの心は「シメオンの預言」によって悲しみに貫かれることになります。

 当時のイスラエルでは、女性が出産した後に、エルサレム神殿において二種類の宗教的儀式が行われました。そのひとつめは、「新生児を神に奉献する儀式」です。女性が第一子を生んだ場合、それが男の子であれば、「出エジプト記」 13章 2節の規定により、「神のもの」として聖別、奉献されます。奉献されると言っても、人間の場合は生贄にするのではなく、「民数記」 18章 15 - 16節に規定されている「銀五シェケル」の献金を納めて、いわば神から買い戻すのです。

 イエスについても行われたこの儀式については、「ルカによる福音書」 2章 22節以降に記録されています。新生児イエスを神に奉献するためにエルサレム神殿を訪れた際、老預言者シメオンが述べた言葉は「ルカによる福音書」 2章34 - 35節に記録されています。新共同訳により該当箇所を引用いたします。

      シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。-あなた自身も剣で心を刺し貫かれます-多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」




(上・参考画像) Rembrandt Harmenszoon van Rijn, Simeon in the Temple (details), 1631, Mauritshuis Royal Picture Gallery, The Hague


 19世紀のフランスで制作されたマリアの聖画像では、後光に文様が表される場合、「ヨハネによる福音書」 12章 1節に基づいて「十二の星」を描くか、ゴシック聖堂の薔薇窓のようなパターンを描くのが普通です。しかしながらこの作品において、彫刻家はマリアの後光に十字架を描いています。通常であれば、これはイエスの後光にのみ見られる表現です。

 彫刻家は後光に十字架を描くことにより、十字架上に受難するイエスの苦しみにマリアの苦しみと悲しみを重ね合わせ、受胎告知の聖母を十字架の下(もと)に佇ませています。聖母の心臓は悲しみの剣に貫かれつつも、神とイエスへの愛に燃えることをやめません。この作品を彫った彫刻家は、「神の花嫁」マリアの後光に十字架を描くことにより、およそ母として考え得る最大の試練に遭っても神への愛に燃え続けたマリアの信仰を表現しています。





 本品が目的とするのは、歴史上の出来事を時系列に従って再現することではなく、宗教的テーマを永遠の相の下に表現することです。それゆえ本品においては、「受胎告知の聖母」と「十字架の下に佇む聖母」が、ひとつのマリア像において同時に表現されています。

 時系列を度外視した宗教的表現は、一見したところ、写実性に背反するようにも思えます。しかしながら本品の写実的表現は宗教性に矛盾せず、本品が有する信心具としての力を却って強めています。本品のマリア像はたいへん立体的で、生身のマリアを見るかのようなリアリティにあふれています。本品を制作した彫刻家がマリアを写実的に表現している理由は、受胎告知から救世主の受難と復活・昇天に至る出来事が、別の次元の空想的物語ではないこと、彫刻を鑑賞する人が生きているのと同じこの世界で起きた歴史的事実であることを如実に感じさせ、鑑賞者の魂の奥底にまで信仰を行き渡らせるためです。本品の彫刻家は写実を突き詰めることにより、「神の愛」及び「信仰と救済」という不可視のものを見事に形象化しているのです。





 本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品です。デリケートな石膏彫刻であるにもかかわらず、リボン状装飾を鑞付け(ろうずけ 溶接)したブロンズの枠、及び美しい曲面を描くドーム状ガラスに守られ、極めて良好な状態で保存されています。ガラスのところどころ小さな瑕(きず)がありますが、気になるようなものではないと考えます。特筆すべき問題は何もありません。





本体価格 38,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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