すみれ色あるいはアメシスト色の透明ガラス製ビーズを使用したシャプレ・ド・ラ・ヴィエルジュ(chapelet de la Vierge 聖母のロザリオ)。19世紀末頃のフランスで制作された美しい品物です。
クルシフィクスは銀色のラテン十字に、別作のコルプス(キリスト像)を鑞付け(ろうづけ 溶接)しています。クロスは 52 x 26ミリメートルとかなり大きなサイズですが、シンプルで細めの意匠ゆえに仰々しさはなく、謙虚さの象徴である菫(すみれ)の色とよく調和しています。
フランス語でクール(cœur 心臓、ハート)と呼ばれるセンター・メダルは、名前の通りに心臓を模っています。ハート形の内部には、一方の面にマリアのモノグラム(組み合わせ文字)である
"AM" を彫っています。"AM" は「アウスピケ・マリアエ」(AUSPICE MARIAE ラテン語で「マリアの庇護の下(もと)に」の意)を意味します。
クールのもう一方の面には盾形の紋章を模った 6ミリメートル四方の画面があります。名前や日付を彫り込むスペースですが、現状では何も彫られていません。このまま空白にしておいても構いませんし、お買い上げ後に文字を彫ることも可能です。
本品のビーズは直径 13ミリメートルないし 14ミリメートルで、主の祈りのビーズと天使祝詞のビーズは同じサイズです。融解したガラスを型に流して制作したもので、十七のファセット(小面)を有しますが、孔が開いたふたつの面以外は丁寧な手作業で研磨されています。特筆すべき破損や欠損はいっさい無く、どのビーズもキラキラと美しく輝いています。
当店には屈折計がありますが、シャプレのビーズはチェーンで繋がっているために、素材となるガラスの屈折率を正確に測定することができません。十五のファセットをひとつひとつ丁寧な手作業で研磨してあることから判断すれば、おそらく鉛ガラス(クリスタル・ガラス)製であろうと思われます。
本品のビーズは紫色です。青と赤の中間色である紫は、青で表される天と、赤で表される地を繋ぐ「恩寵の器」、聖母マリアを表します。紫はスミレの花の色でもあります。地表近くで小さな花を咲かせるスミレ色は、「お言葉どおり、この身に成りますように」と答えたマリアの謙虚さを表します。
紫はアメシストの色でもあります。アメシストの語源はギリシア語の形容詞「アメテュストス」(αμέθυστος 「酔わない」)です。これは酒に酔わないという意味のみならず、誤った思い込みに直結しがちな精神的陶酔に陥らないという意味でもあります。「お言葉どおり、この身に成りますように」というマリアの答えは、天使が入ってきてメシアの受胎を告知するという異常な事態のなかで、恐怖や一時的な熱情に駆られたために出た言葉ではなく、日頃からの信仰に裏打ちされた言葉です。この冷静で確固たる信仰のゆえにこそ、マリアは神と人を繋ぐ「恩寵の器」となりました。それゆえ、以上に示したあらゆる理由により、紫は「シャプレ・ド・ラ・ヴィエルジュ」(聖母のシャプレ)にこの上なくふさわしい色といえます。
本品は19世紀のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらずたいへん良好な保存状態です。特筆すべき問題は何もありません。クリスタル製ビーズひとつひとつに手作業でファセット・カットを施した丁寧な作りの工芸品です。