極稀少品 ブルレにおける「悲しみの聖母」御出現 ブロンズとオパールガラス製 19世紀フランスの美麗ロザリオ


全長 62 cm

クルシフィクスのサイズ 42.8 x 27.8 mm (上部の環を含む)

ビーズの直径 8 mm 前後


フランス  19世紀中頃から後半



 ブロンズ製のセンター・メダルとクルシフィクス、オパールかオーソクレーズ(正長石)のような半透明ガラス製ビーズを使用したシャプレ・ド・ラ・ヴィエルジュ(聖母のロザリオ)。19世紀のフランスで製作された美しい品物です。





 クルシフィクスはブロンズ製のラテン十字で、交差部に大きな円光を配し、別作のコルプス(キリスト像)をしっかりと溶接しています。柱と腕木には透かし細工のあるアカンサス文(唐草文)を付し、各末端の透かしは心臓あるいは蔦の葉を象(かたど)ります。

 アカンサスとはハアザミのことで、葉の縁、及び花の下にある苞(ほう)が棘状に尖っています。アカンサス(ἂκανθος アカントス)という名称はギリシア語で「棘のある花」という意味で、「アカンタ」(ἂκανθα 「棘」)と「アントス」(ἂνθοϛ 「花」)に由来します。

 コリント式柱頭を見てもわかるように、アカンサスの意匠は古代ギリシア以来使われ続けていますが、キリスト教文化の象徴体系において、棘のある植物アカンサスは「苦しみ」や「死」を表します。創世記3章において、原罪を犯したアダムに神が言われた言葉を、七十人訳と新共同訳によって引用いたします。


17
τῷ δὲ Αδαμ εἶπεν Ὅτι ἤκουσας τῆς φωνῆς τῆς γυναικός σου καὶ ἔφαγες ἀπὸ τοῦ ξύλου, οὗ ἐνετειλάμην σοι τούτου μόνου μὴ φαγεῖν ἀπ αὐτοῦ, ἐπικατάρατος ἡ γῆ ἐν τοῖς ἔργοις σου· ἐν λύπαις φάγῃ αὐτὴν πάσας τὰς ἡμέρας τῆς ζωῆς σου·
.. 神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い/取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。
18 ἀκάνθας καὶ τριβόλους ἀνατελεῖ σοι, καὶ φάγῃ τὸν χόρτον τοῦ ἀγροῦ. お前に対して/土はとあざみを生えいでさせる/野の草を食べようとするお前に。
19 ἐν ἱδρῶτι τοῦ προσώπου σου φάγῃ τὸν ἄρτον σου ἕως τοῦ ἀποστρέψαι σε εἰς τὴν γῆν, ἐξ ἧς ἐλήμφθης· ὅτι γῆ εἶ καὶ εἰς γῆν ἀπελεύσῃ. (Saptuaginta) お前は顔に汗を流してパンを得る/土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」 (新共同訳)



 したがって本品のクルシフィクスにあしらわれたアカンサスも、アダムとエヴァの原罪ゆえにイエズス・キリストが受け給うた苦しみと死を表しています。

 このロザリオにブロンズ製メダイが取り付けられており、七本の剣に心臓を刺し貫かれたマーテル・ドローローサが浮き彫りにされています。愛するひとり子を失った聖母の悲しみが胸に迫る図柄です。しかしながら聖母は信仰を失わず、その心臓は激しい愛の炎を噴き上げています。両腕を広げて天を仰ぐのは、神に語りかける祈りの聖母、マリア・オラーンス(Maria orans ラテン語で「祈るマリア)の姿です。

 クルシフィクスの各先端部は心臓あるいは蔦の葉の形をしていますが、これも神に対する愛、あるいは信仰の象徴に他なりません。





 フランス語でクール(cœur 心臓、ハート)と呼ばれるセンター・メダルは、マリアの "M" とフルール・ド・リスを組み合わせています。クルシフィクスを下にして本品を吊り下げると、クールが倒立します。これは19世紀のフランス製ロザリオの特徴です。

 フルール・ド・リス(fleur de lys 百合文あるいはアヤメ文)百合と同様の象徴的意味を有し、「純粋さ」「罪の無さ」「純潔」「処女性」に加えて、「神に選ばれた身分」と「揺るぎなき信仰」をも表します。マリアは「無原罪の御宿り」なる「永遠の処女」であり、また神によって救い主の母に選ばれ、受胎告知の際には「お言葉通り、この身に成りますように」と答えて神の摂理に対する無条件の信頼を表明しました。それゆえ百合が象徴する諸特性は、いずれもマリアにふさわしいものです。


 ビーズの直径はおおよそ8ミリメートルで、オパールのような半透明ガラスでできています。19世紀のガラス・ビーズは完全な手作り品であるために、ひとつひとつの形と大きさ、透明度が少しずつ異なります。

 溶融したガラスが徐々に冷却する過程で、ガラス内部に結晶構造が生じると、白濁が起こります。すなわち溶融したガラスが急速に冷却すると、二酸化ケイ素分子の配置が不規則なまま固体になる「ガラス転移」が起こって、非晶質の透明ガラスになります。しかるに冷却の速度が遅いと、アルミナや石灰を加えて結晶格子を歪めない限り、二酸化ケイ素の分子が規則的に配列されて石英の結晶が生じます。この結晶に光が反射するせいで透明度が落ちて、ガラス・ビーズがオパール様の柔らかな色を呈するようになるのです。

 透過光で見ると赤みがかった色に、反射光で見ると青みがかった色に見えるのが、この種のオパールガラス(オウパレスント・グラス opalescent glass)の特徴です。ラリックやサビノ、エトランのオパールガラスも、これと同様の方法で製造されたものです。









 本品にはメダイが取り付けられています。このメダイは後付けされたものですが、ロザリオに連結する環は溶接で閉じられています。

 メダイは楕円形のブロンズ製で、突出部分を含むサイズは 21.6 x 14.5ミリメートルです。メダイの片面には七本の悲しみの剣に心臓を刺し貫かれたマーテル・ドローローサが浮き彫りにされています。聖母の頭部は 3 x 2ミリメートル、手は 2.5 x 1.5ミリメートルという極小サイズですが、顔立ち、手指の形ともよく整い、聖母の表情には深い悲しみ、及びそれと同様に深い信仰が形象化されています。悲しみの聖母に執り成しを求める祈りが、メダイの周囲にラテン語で記されています。

  VIRGO DOLORISSIMA ORA PRO NOBIS.  いとも悲しみたまえるおとめよ、我らのために祈りたまえ。

 その下にはフランス語で次のように記されています。

  Boulleret 25 mars 1878  ブルレ 1878年3月25日


 フランス国土の中心よりも少し北にある小村ブルレ(Boulleret サントル地域圏シェール県)に住む若い女性ジョゼフィーヌ・ルヴェルディ (JoséphineReverdy, 1854 - 1908) に対して、1875年からの数年間、多数回に亙って「悲しみの聖母」が出現しました。この精巧なメダイは現在では忘れ去られてしまった「ブルレの聖母御出現」を記念して制作されたもので、1878年の聖母被昇天の祝日、3月25日は、15回目の出現の日付です。この15回目の出現は、六名の医師と医学生を含む35名の人々がジョゼフィーヌを囲むなかで起こり、居合わせた人々の証言記録が残されています。





 メダイのもう一方の面には聖体顕示台の中央で血を流すイエズスの聖心を浮き彫りにし、ラテン語とフランス語で次のように記しています。

  COR JESU HOSTIAE MISERERE NOBIS  聖体のイエズスの聖心よ、我らを憐れみたまえ。

  Boulleret 13 mai 1886  ブルレ 1886年5月13日


 この日付については不詳ですが、聖体に関する奇蹟が起こったのかも知れません。あるいは信心会設立の日付でしょうか。なお「ブルレの聖母御出現」に関しては、1880年代から90年代にかけて詳細な記録が出版されていますが、現在ではいずれも入手困難な稀覯本となっています。

 "Apparitions de Boulleret (Cher) - prophéties et faits surnaturels, relatif aux temps présents et un avernir prochain", Adrien Peladin, Nimes, 1883, 148 pages

 abbé Joseph Olive, "Notice sur l'association de N.-D. des Sept-Douleurs de Boulleret et les apparitions de Boulleret (Cher)". Imprimerie Centrale du Midi, Montpellier, 1891, 235 pages




 19世紀は聖母の出現が相次いだ時代で、特に19世紀半ばから後半にかけてのフランスでは、ラ・サレットやルルドをはじめ、年ごとに数件の出現が報告されました。ブルレに聖母が出現した時期を考えると、ラ・サレット(1846年)やルルド(1858年)で聖母出現が起こったあとであり、また教皇ピウス9世がマルグリット=マリを列福し(1864年)、マルグリット=マリによる第98書簡が公開された(1867年)直後であることに気付きます。

 記録によると、ジョゼフィーヌは半身が突然麻痺し、ルルドの聖母のノヴェナをはじめさまざまな祈りを捧げても癒されませんでした。そこでジョゼフィーヌは自身の回復を願うことを止め、苦しみを甘んじて受けさせてくださるように神に祈った際に、聖母の最初の出現が起こりました。ブルレの聖母はジョゼフィーヌの体の麻痺を奇蹟的に快癒させる一方で、ジョゼフィーヌに苦難の道を示し、人々の心に信仰を蘇らせるための犠牲としてジョゼフィーヌが選ばれたことを告げます。ブルレの出現が有するこれらの特徴は、ジョゼフィーヌがいわば生身の「悔悛のガリア」(GALLIA PŒNITENS) であることを、端的に示しています。


(下) キリストに身を投げかける悔悛のガリア。背景は 1914年9月4日のドイツ軍による空襲で炎上するランス司教座聖堂ノートル=ダム。ノートル=ダム・ド・ランスは歴代のフランス国王が戴冠した司教座聖堂です。手前にジャンヌ・ダルクの騎馬像が見えます。当店の商品。





 これまでに数多くのアンティーク・ロザリオを手に取ってきた私の目から見ても、このシャプレ・ド・ラ・ヴィエルジュ(聖母のロザリオ)はとりわけ美しく手放し難いもののひとつです。19世紀に製作された古い品物であるにもかかわらず、たいへん良好な保存状態であり、特筆すべき問題は何もありません。美しいパティナ(古色)に被われた真正のアンティーク工芸品であり、実用可能な信心具、19世紀フランス精神史の実物資料でもあります。

 また私はこれまでにあらゆる年代のあらゆる種類のメダイを目にしてきましたが、「ブルレの悲しみの聖母」のメダイは、本品に取り付けられた一点以外に見たことがありません。ブルレの聖母のメダイを今後手に入れることは、おそらく無理でしょう。





本体価格 58,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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