1930年代頃のフランスで制作された「シャプレ・デ・ミシオン」(chapelet des missions 宣教の数珠、ロザリオ)。五色のガラス製ビーズにより、五つの大陸を表しています。
クルシフィクスに関して見ると、外側に向かって幅広になるクロスは、植物的な曲線を採り入れながらもアール・デコの影響を受けています。各末端はミアンダー文(雷文 らいもん)をフルール・ド・リスを組み合わせ、クラシカルでありながらも独自の意匠となっています。フルール・ド・リスは聖母の象徴ですから、本品のクルシフィクスは受難のイエスを聖母が腕に抱く「ピエタ」を変形させたものと解釈することができます。
本品のクルシフィクスはコルプス(キリスト像)とクロスを一体にして鋳造しています。コルプスとクロスが一体となったクルシフィクスは、打刻による場合はもちろんのこと、鋳造による場合であっても浮き彫りの高低差が小さいのが普通ですが、本品のクルシフィクスはかなり立体的で、注意して観察しなければ一体型であることに気づきません。
本品のクルシフィクスは大型の彫刻作品に劣らない出来栄えです。コルプスは人体の正しい比例に基づいて彫刻され、顔立ちと表情、髪、手の指、足の指 腰布の襞など、あらゆる細部まで手を抜かず、非常に細密かつ丁寧に制作されています。
上の写真に写っている定規のひと目盛は一ミリメートルです。キリストの表情は悲しみに沈みつつも、驚くべきことに、釘で留められた両手で祝福を与えています。本品のキリスト像は「クリストゥス・ドレーンス」(CHRISTUS DOLENS ラテン語で「苦しむキリスト」の意)に分類されます。死の苦しみの只中にあっても罪びとに祝福を与えるキリストの愛は、地上の愛ではなく神の愛であるゆえに、人智を絶しています。
フランス語で「クール」(cœur 心臓、ハート)と呼ばれるセンター・メダルは六角形のシルエットを有するアール・デコ様式で、表裏の下部にミアンダー文(雷文)を描きます。一方の面には若きマリアの横顔を浮き彫りにしています。神に選ばれて受胎を告知された少女マリアは、祈りすなわち神との対話を象徴するヴェールを被り、しっかりとした視線を天に向けています。マリアの表情は、恐れによらず、陶酔によらず、固い信仰と神に従う意思を以て受胎告知を受け容れたことを示しています。
もう一方の面には左手で聖心を示しつつ、右手を挙げて罪人を祝福するイエスが浮き彫りにされています。茨に取り囲まれ、十字架を突き立てられて、脇の槍傷から血を流す聖心は、人知を絶する愛の炎を噴き上げ、強烈な光輝を発して燃えています。
クールの形に決まりはなく、個々のシャプレ(chapelet 数珠、ロザリオ)ごとに異なりますが、本品のクールにおける六角形のデザインは、宣教のために祈る「シャプレ・デ・ミシオン」にこの上なくふさわしいといえます。
「創世記」一章によると、神は天地を六日で創造されました。ヒッポのアウグスティヌスは「六」が完全数であることに着目して、「創世紀」の記述を解釈しました。「デー・キウィターテ・デイー」(「神の国について」) 11巻 30章 ("DE CIVITATE DEI" liber XI, caput XXX) において、アウグスティヌスは次のように論じています。ラテン語テキストはミーニュの「パトロロギア・ラティナ」に基づきます。日本語訳は筆者(広川)によります。
Haec autem propter senarii numeri perfectionem eodem die sexiens repetito sex diebus perfecta narrantur, | しかしながらこれらのことは同じ日に完成されたのであって、その日のことが六度繰り返して語られて、「六日かかって完成された」といわれているのである。このように表されているのは、「6」という数の完全性ゆえである。(註3) | |||
non quia Deo fuerit necessaria mora temporum, quasi qui non potuerit creare omnia simul, quae deinceps congruis motibus peragerent tempora; sed quia per senarium numerum est operum significata perfectio. | なぜならば、あたかも神がすべてのものを同時に創造できないかのように、時の長さが神にとって必要だったのではないからだ。[すなわち、]時が交互に、連続する働きによってそれら被造物を完成するのではないからだ。そうではなくて、「6」という数字で示されたのは、神の御業の完全性なのだ。 | |||
Numerus quippe senarius primus completur suis partibus, id est sexta sui parte et tertia et dimidia, quae sunt unum et duo et tria, quae in summam ducta sex fiunt. | なぜならば、「6」という数は、「パルテース」(partes pars の複数形 直訳「部分」)の和が元の数になる最初の数だからである。すなわち、「6」の「六分の一」「三分の一」「二分の一」は「1」「2」「3」であるが、これらを合計すると「6」になるのである。 |
(上) Frédéric Vernon, "Éva", 1975 当店の商品です。
神がお創りになった被造的世界の完全性は、エヴァが犯した原罪によって破綻してしまいました。しかしながら原罪の棘に傷つくことなく咲き出でたロサ・ミスティカ、「新しきエヴァ」であるマリアが受胎告知の際に「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と答え、救いを受け容れたことにより、被造的世界の完全性を回復する道が開かれたのです。世界中で福音を宣べ伝える宣教者たちは、世界を神と和解させるために身命を捧げています。本品「シャプレ・デ・ミシオン」はそのような宣教師たち、及びキリスト教精神に基づいて教育や医療、あらゆる奉仕と援助に携わる人々のために祈りを捧げるシャプレ(ロザリオ)です。
特徴的な五色のビーズは直径約 5ミリメ-トルのガラス製で、緑はアフリカの森林と草原を、青は太平洋の島々を取り囲む海を、白は教皇の聖座があるヨーロッパを、赤は南北アメリカの宣教師を迎えた試みの火を、黄色は太陽が昇る東方、アジアの朝を象徴します。ビーズはすべて揃っており、特筆すべき破損や欠損はありません。ガラスの透明度は高く、きらきらと輝いています。ひとつひとつのビーズの接合部は必要に応じて手作業で研磨されており、手間をかけた丁寧な作業に驚かされます。
この「宣教のロザリオ」はおよそ九十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代に関わらず保存状態は良好です。特筆すべき問題は何もありません。わが国をはじめ世界各地で働く宣教師や修道者のための祈りにも、通常の「シャプレ・ド・ラ・ヴィエルジュ」と同様にロザリオの祈りにも、お使いいただけます。