黒い聖母
Black Madonnas




(上) モンセラートの聖母


 ヨーロッパ各地に黒い肌の聖母像があり、これらを「黒い聖母」と呼んでいます。黒い聖母は約500体が知られていますが、特にフランスでは200体以上が分布しています。黒い聖母のなかには本来の白い肌が埃やろうそくの煤で汚れて黒くなったものもありますが、大部分は黒が本来の色であると考えられています。

 黒い聖母は中世のもので、多くが11世紀から15世紀にかけて製作され、ほとんどが木製で、立体的な像の場合と画像の場合があります。立体的な像は立像と玉座に掛けた坐像に分かれます。画像はほとんどが聖母子像で、多くがビザンティンのイコンですが、13、14世紀にイタリアで製作されたものもあります。


 聖母の肌が黒い理由については、19世紀以前はろうそくの煤で汚れているからだと思われていましたが、20世紀になって黒が本来の色であることがわかり、急速に関心が高まりました。

 黒は豊穣をもたらす土の色あるいは地中の暗黒を表すと解釈して、レナード・モスやスティーヴン・ベンコは比較宗教学の立場からキュベレー(マグナ・マテル、地母神)との関わりを論じました。
 ギリシアのデメテルが本来ゲー・メーテール(母なる大地あるいは土)であることからも分かるように、地母神は大地あるいは土そのものです。ヨーロッパに土着の地母神信仰にキリスト教的解釈を取り入れて、創世記において土からアダムが生まれたように、土としての聖母から新しきアダムすなわちイエスが生まれたと考えると、聖母が黒で表されても不思議はありません。


(下) アーラ・パーキス・アウグスタエ (ARA PACIS AUGUSTAE) の側面パネルに見られるキュベレー。紀元前9年




 またダニタ・レッドやエロイーズ・マキニー=ジョンソンは、黒い聖母子像がエジプトの地母神イシスとその子ホルスの像に起源を有し、その肌の色はアフリカ人の肌の色であると論じました。

 エジプトをはじめとする地中海世界にキリスト教が伝播する過程において、聖母マリアが現地の女神と習合することは、実際によく起こりました。パリのサン・ジェルマン教会では、安置されていた黒い聖母がイシスであることが判明し、1514年頃に撤去されました。またシチリアのギリシア語使用地域(マグナ・グラエキア)であるエナ (Enna) の教会に安置されていた聖母は、実はデメテルとペルセフォネでした。

 イシスと聖母の習合は、コプト教徒のあいだでは聖母がさかんに崇敬されている事実からも容易に了解することができます。ちなみに聖母の出現はヨーロッパが舞台となることが多いですが、1968年4月2日から数年のあいだにカイロのザイトゥーン (Zeitoun) で、また 2000年と 2001年にはナイル中流のアシウト (Asyut) で、聖母マリアが出現し、それぞれ数百万人、数千人の人に目撃されています。

(下) ホルスに授乳するイシス




 フレッド・グスタフスンやイアン・ベッグはユング心理学の立場から母性原理、女性原理のアーキタイプを援用して説明を試みました。


 また黒い聖母の分布が巨石遺構の分布と重なることから、黒い聖母とドルイド教の関連性も指摘されています。

(下) ロカマドゥールの聖母 (Notre-Dame de Rocamadour) 9~12世紀 クルミ材に着色 高さ 76 cm 岩をうがって造った聖堂に安置されています。




 黒い聖母に関する神学的解釈としては、旧約聖書中の雅歌 1:5 にある「わたしは黒いけれども愛らしい」 (Nigra sum sed formosa.) を典拠に論じられています。雅歌についてはクレルヴォーの聖ベルナール (St. Bernard of Clairvaux, 1090 - 1153) が詳しく講解していますが、ベルナールは黒い聖母がある教会を何箇所も訪れています。黒い聖母の多くが十字軍時代に製作されたことを考えると、それらの像がベルナールの雅歌注解の影響下にあることはじゅうぶんにありえます。

(下) 聖ベルナールの幻視 Wilhelm Bernatzik, The Vision of St. Bernard of Clairvaux 1894年頃のフォトグラヴュア 当店の商品です。





関連商品

 ロカマドゥールの黒い聖母のメダイ

 トゥールーズの黒い聖母のメダイ

 シャルトルの聖母のメダイ

 ノートル=ダム・ド・ラ・ドレシュのメダイ

 ル・ピュイ=アン=ヴレの黒い聖母と、ノートル=ダム・ド・フランスのメダイ

 ノートル=ダム・デュ・ピュイ ル・ピュイの聖母の十字架形ブローチ シャン・ルヴェによる多色エマイユ 1932年 フランス

 クレルモン=フェランの黒い聖母 ノートル=ダム・デュ・ポール

 黒い聖母のフェーヴ

 御身の母なるを示したまえ マリアの子ら信心会のメダイ

 アンティーク版画 聖ベルナールの幻視 1890年代




聖母マリアに関するレファレンス インデックスに戻る

キリスト教に関するレファレンス インデックスに戻る


キリスト教関連品 商品種別表示インデックスに移動する

キリスト教関連品 その他の商品 一覧表示インデックスに移動する



アンティークアナスタシア ウェブサイトのトップページに移動する




Ἀναστασία ἡ Οὐτοπία τῶν αἰλούρων ANASTASIA KOBENSIS, ANTIQUARUM RERUM LOCUS NON INVENIENDUS