ノラの聖パウリヌス
Sanctus Paulinus Nolanus, San Paolino di Nola


 鐘を抱える聖パウリヌス 現代イタリアの小聖画


 ノラのパウリヌス(Paulinus Nolanus, c. 354 - 431)はアクィタニア、ヒスパニア、イタリアに領地を有する富裕な家柄に生まれた修道者です。まだ二十代前半であった 377年頃、皇帝グラティアヌス(Flavius Gratianus, 359 - 375 - 383)からコンスル・スッフェクトゥス(consul suffectus 前任の執政官が任期途中で死去したり失脚したりした場合に、残りの期間を務める執政官)に任じられ、380年頃にはイタリア南部カンパニアの属州総督に任命されました。383年、グラティアヌス帝が暗殺されると、パウリヌスは翌年頃にアクィタニアに戻り、ヒスパニア出身の敬虔なキリスト教徒テレシアと結婚しました。

 パウリヌスはカンパニア総督時代にノラの聖フェリクス(Felix Nolanus, + c. 250)への巡礼路や宿屋を整備するなど、独身時代からキリスト教に理解がありましたが、結婚後は妻の影響で本格的に信仰に目覚め、389年頃にアクィタニア司教から洗礼を受けました。その後夫妻はバルセロナに移りましたが、第一子を生後八日で亡くしたことがきっかけとなり、夫妻は修道生活に入りました。393年頃にパウリヌスが司祭に任じられた後、夫妻は以前パウリヌスが総督を務めたカンパニアのノラに戻り、410年頃にテレシアが亡くなると、パウリヌスは当地の司教となりました。

 ノラでのパウリヌスは自身の回心を聖フェリクスの功徳によると考えて、毎年この聖人を讃える詩を作り、聖フェリクス教会の改築と貧者のために全財産を捧げました。また修道生活についてヒエロニムスと書簡をやり取りしています。パウリヌスの聖徳は、トゥールのマルティヌス、ミラノのアンブロシウス、ヒッポのアウグスティヌス、ヒエロニムスをはじめ、多くの人々から賞賛されました。

 ノラのパウリヌスは鐘の使用を教会に導入したことでも知られています。鐘はイタリア語で「カンパナ」(campana)といいますが、この語はパウリヌスが司教を務めたノラが属する「カンパニア」に由来します。ノラの聖パウリヌスの祝日は六月二十二日です。



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