De capite III libri I de "Vita Beati Martini" Sulpicii Severi

 シュルピス・セヴェール(スルピキウス・セウェルス)による聖人伝、「至福なるマルタンの生涯について」("De Vita Beati Martini") のうち、外套の逸話に関する部分を全訳いたしました。訳者(広川)が補った言葉はブラケット ([ ]) で囲っています。テキストはミーニュ (Jacques Paul Migne, 1800 - 1875) の「パトロロギア・ラティナ」("Patrologia Latina") 第二十巻に拠りました。

 古代末期に生きたシュルピス・セヴェールのラテン語において、その統辞法は中世のものとは自ずから異なります。この時期のラテン著述家の文章は古典的な香りがするとともに、直説法現在形や不定形を多用して完了形の代用とし、聖人の生涯における逸話がいままさに眼前に繰り広げられているかのように、たいへん活き活きと描出しています。



liber I, caput III

Quodam itaque tempore, cum iam nihil praeter arma et simplicem militiae vestem haberet, media hieme, quae solito asperior inhorruerat, adeo ut plerosque vis algoris exstingueret, obvium habet in porta Ambianensium civitatis pauperem nudum: qui cum praetereuntes ut sui misererentur oraret omnesque miserum praeterirent, intellexit vir Deo plenus sibi illum, aliis misericordiam non praestantibus, reservari. Quid tamen ageret? Nihil praeter chlamydem, qua indutus erat, habebat: iam enim reliqua in opus simile consumpserat. Arrepto itaque ferro, quo accinctus erat, mediam dividit partemque eius pauperi tribuit, reliqua rursus induitur.

 ところで、ある日、マルタンが武器と簡素な軍服しか身に着けていなかったときのことである。それは真冬であったが、いつにもまして寒さの厳しい冬であり、多くの凍死者が出たほどであった。さてここなるマルタンは、アミアン市門において裸の乞食に出会った。乞食は通りがかる人たちに憐れみを乞うていたが、どの人もこの惨めな男の傍らを通り過ぎるばかりであった。神に満てるこの男マルタンは、他の人々が憐れみをかけなかったこの乞食が、自身のために取り置かれたものであると理解した。しかしどうしたものであろうか。自分が着ている外套より他に何も持っていなかった。残りの物は施してしまっていた(*1)からである。そこでマルタンは身に帯びた剣を握るや否や、外套を真二つに立ち切って、ひとつを貧者に与え、残りをふたたび身に着けたのであった。


Interea de circumstantibus ridere nonnulli, quia deformis esse truncatus habitu videretur: multi tamen, quibus erat mens sanior, altius gemere, quod nihil simile fecissent, cum utique plus habentes vestire pauperem sine sui nuditate potuissent.

 その間、周りにいた者たちのなかには笑う人もいた。断ち切られた衣を着ているマルタンが滑稽に見えたからである。しかしその一方で、より健全な心を有する多くの人が大いに讃嘆した。彼らは疑い無くマルタンよりも多くを持てる者であって、自ら裸にならずとも貧者に衣を施すことができたはずであるのに、このようなことをした経験が無かったからである。


Nocte igitur insecuta, cum se sopori dedisset, vidit Christum chlamydis suae, qua pauperem texerat, parte vestitum. Intueri diligentissime Dominum vestemque, quam dederat, iubetur agnoscere. Mox ad angelorum circumstantium multitudinem audit Iesum clara voce dicentem: Martinus adhuc catechumenus hic me veste contexit.

 次の夜、眠りについたマルタンは、自分が貧者に着せた外套の一部を身に着けたキリストを見た。主はマルタンに、自分(キリスト)を注意して見るように命じ、またその身にまとう衣がマルタン自身が与えたものであることを確かめるようにと命じ給うた。(*2) 続いてイエズスが周囲にいる大勢の天使に大きな声で語り給うのを[聞いた。]「ここなるマルタンはいまだ洗礼を受けていないが(*3)、わたしに衣を着せてくれた。」


Vere memor Dominus dictorum suorum, qui ante praedixerat: quamdiu fecistis uni ex minimis istis, mihi fecistis, se in paupere professus est fuisse vestitum: et ad confirmandum tam boni operis testimonium in eodem se habitu, quem pauper acceperat, est dignatus ostendere.

 主は御(おん)自ら語り給うた言葉を、まことに憶えてい給うたのである。すなわち「最も小さき者のひとりに汝ら為したれば、そはわれに為したるなり (*4)」と、主は以前に語り給うたのであった。主は貧者において御自らが衣を着せられたのだということを明らかにし給い、かかる善き業(わざ)を嘉(よみ)し給うを示さんがために、貧者が受けたその同じ衣を身に着け給うた御自ら[の御姿]を、畏(かしこ)くも示し給うたのである (*5)。


Quo viso vir beatissimus non in gloriam est elatus humanam, sed bonitatem Dei in suo opere cognoscens, cum esset annorum duodeviginti, ad baptismum convolavit. Nec tamen statim militiae renuntiavit, tribuni sui precibus evictus, cui contubernium familiare praestabat: etenim transacto tribunatus sui tempore renuntiaturum se saeculo pollicebatur. Qua Martinus exspectatione suspensus per biennium fere posteaquam est baptismum consecutus, solo licet nomine, militavit.

 この夢を見てのち、この至福なる人は人間的な栄誉を誇らず、自らの業のうちに神の善を見、20歳 (*6) になっていたので急いで洗礼を受けた。しかしながらマルタンは[除隊の希望を]すぐに部隊に伝えることはしなかった。[なぜならマルタンは]戦友としての親しい友情を懐いていたトリブーヌス(tribunus 司令官)に慰留されたからである。すなわち司令官としての任期が終われば、戦友自身も世を棄てると約束していたからである。マルタンはこの望みゆえに押しとどめられて、洗礼を受けた後もほとんど二年に亙り、単に名目上ではあったが、軍人の務めを果たしたのであった。



*1 直訳 同様の業(わざ)のために使ってしまっていた

*2 直訳 主を注意して見るように、自分(マルタン)が与えた衣を認めるようにと、マルタンは命じられた。

*3 直訳 まだ洗礼志願者(catechumenus 洗礼を受ける準備として教理問答を学んでいる人)であるこのマルタンは

*4 マタイによる福音書 25章 40節の引用。本来副詞であるはずの "quamdiu" が接続詞あるいは関係詞のように使われているのは、後期ラテン語の用法です。

*5 すなわち in eodem habitu se ostendere dignatus est.  dignor = digno

*6 現在でいう満18歳にあたります。




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