エクス・ヴォートー 誓いに基づく奉献物
EX VOTO




(上) エクス・ヴォートーを模ったシャプレ容器 236 x 115 x 20 ミリメートル 160 グラム 真鍮とストラス フランス 二十世紀 当店の商品です。


 エクス・ヴォートー(羅 EX VOTO)とは聞き届けられた祈りに対する感謝の印として、あるいは祈りを聞き届けてもらうための対価として、神や聖人に捧げる奉献物のことです。古典古代の異教からキリスト強に引き継がれた習俗と考えられ、現代の巡礼地でも盛んに奉納されています。


【エクス・ヴォートーの語源】

 近現代のフランス語において、エクス・ヴォートー(羅 EX VOTO)は「奉献物」を表す名詞として使われます。しかるにエクス・ヴォートーは「エクス・ヴォートー・ススケプトー」(羅 EX VOTO SUSCEPTO)というラテン語の句を簡略化したものであり、元のエクス・ヴォートー・ススケプトーは「立てられた誓いに基づいた」という意味の形容詞句、あるいは「立てられた誓いに基づいて」という意味の副詞句です。すなわちこの句(エクス・ヴォートー、あるいはエクス・ヴォートー・ススケプトー)を名詞として扱うのであれば、「立てられた誓いに基づく奉献物」という意味になります。


【奇蹟に対する感謝を表すエクス・ヴォートー】

 聖地、巡礼地に集積し続けるエクス・ヴォートーは、大多数の場合、誓いを立てると同時に奉献されるのではなく、誓いに基づいて後ほど納められる感謝の捧げ物です。すなわち不測の危機的出来事に遭遇した人が神や聖人に祈りを捧げ、その危機を乗り越えさせて下さればこれこれの物を差し上げますという誓いを立てます。その祈りが聞き届けられ、奇蹟によって危機を乗り越えたのちに、立てた誓いに基づいて神や聖人に物品を奉献します。このように感謝を表すために捧げた品物をエクス・ヴォートーと呼んでいます。

 聖地の教会に寄進される物品には、「奇蹟によって特定の危機を切り抜けたことに感謝する捧げ物」と、「日頃の幸せに感謝する捧げ物」があります。エクス・ヴォートーは前者、すなわち奉献を行う人が危機に陥り、神や聖人に祈った結果、奇蹟が起こって事なきを得た場合に、感謝を表す奉献物です。日頃の幸せに感謝する、というような一般的な感謝の気持ちに基づいて、聖地の教会に寄進が行われることも有りますが、これはエクス・ヴォートーとは呼びません。金銭や不動産の寄進はエクス・ヴォートーではありませんし、物品の寄進であっても特定の出来事にまつわる寄進でない場合はエクス・ヴォートーとは呼ばれません。奉献物の性質が前者、後者の何れであるかは物品を見ただけでは判別できず、奉献物自体に書き込まれた言葉や、奉献物の由来を記録した文書などで確認する必要があります。


【エクス・ヴォートーの起こりと発展】

 ラテン語に「ドー・ウト・デース」(羅 DO UT DES 「あなたが下さるように、私は差し上げる」「私が差し上げるのは、あなたが下さるためである」)という句があります。この句は人類学や社会学の用語になっており、マルセル・モースやブロニスワフ・マリノフスキーが研究したような人間同士のあいだの贈与についても使われますが、本来は神々への奉献物に関する表現です。すなわち古典古代の人々は神々に捧げ物をすることにより、その返礼として神々から厚意を受けることを期待したのです。

 キリスト教の神や聖人からもたらされる厚意は、恩寵、すなわち無償の恵みであるはずです。しかしながらヨーロッパが教化されても古代の異教的思考様式は残存し、古代の異教徒が神々を買収するために奉献物を捧げたのとまったく同じ意図を持って、神や聖人に奉献物が捧げられました。神々を買収するための奉献物はムーヌス(羅 MUNUS/MUNERA)、オブラーティオー(羅 OBLATIO/OBLATIONES)、オースキッルム(羅 OSCILLUM/OSCILLA)と呼ばれましたが、これらの語彙はキリスト教化後のヨーロッパにも引き継がれました。

 古代にムーヌス、オブラーティオー、オースキッルムと呼ばれていた奉献物を、現在ではエクス・ヴォートーと呼んでいます。エクス・ヴォートーはフランスにおける呼称で、王立アカデミーの辞典、ならびに当時広く読まれたマダム・ド・セヴィニェ(セヴィニェ侯爵夫人 Mme de Sévigné, 1626 - 1696 註1)の書簡により、十七世紀に広まりました。エクス・ヴォートーは、スペインではミラグロ(西 miraglo/miraglos)、ドイツではヴォートゥム(独 das Wotum ラテン語 VOTUM のドイツ式表記)またはゲリュプデ(独 das Gelübde 祈願 註2)、ターフェル(独 die Tafel 板絵)等、ギリシア語ではアナテマ(希 ἀνάθεμα, ατος, τό 神に捧げた物 註3)と呼ばれます。


 危機的状況に陥った人は、神や聖人に奇蹟を祈り求めるとともに、「奇蹟を起こしてくださるならば、後ほど奉献物(エクス・ヴォートー)を納めます」という誓いを立てます。各巡礼地を管理する修道会は、こうして起こされた奇蹟と、その奇蹟に感謝して納められた奉納物の記録を、「奇蹟の書」に記録しました。大抵の「奇蹟の書」は手稿本ですが、アルテッティングの聖母に関する記録は、1492年、史上初めて印刷された「奇蹟の書」となりました。

 諸方の巡礼地では修道会が霊験を競い合い、夥(おびただし)い件数の奇蹟が続発しました。宗教改革期に入るとこのような状況がプロテスタント側からの批判と嘲笑に晒されました。このためトリエント公会議は、巡礼地の修道会がむやみに奇蹟を宣言することを戒めて状況を統制しようと試みましたが、効果はありませんでした。ドイツ南東端オーバーバイエルン県グラーフラート(Grafrath)のベネディクト会修道院は巡礼地として知られ、「奇蹟の書」四巻が編纂されましたが、同書には 1444年から 1778年に起こった 12,131件の奇蹟が記録されています(註4)。


【エクス・ヴォートーの主題と形態】

 ドイツ語でターフェル(独 eine Tafel 板、板絵)と呼ばれているように、絵画によるエクス・ヴォートーは各地に共通して見られます。立体的な模型が作られる場合もあります。絵に描かれたり、立体的な模型に表されたりしたエクス・ヴォートーの主題と形態には、次のようなものがあります。

・人体各部や臓器

 頭部、胸、腹、手足等の人体各部や、心臓、肝臓、腎臓等の臓器を模ったエクス・ヴォートーは、573年のオセール教会会議で禁止されました。しかしながらこの禁令に効果は無く、多くの巡礼地で奉納が続いています。フランスでこの種のエクス・ヴォートーが最も多いのは中部で、イボやペニスなどを模った写実的な作例が見られます。腕や脚を模るエクス・ヴォートーは、しばしば装具や松葉杖を伴います。スペインでは人体そのものを模らずに象徴物で代用したエクス・ヴォートーが多くあり、着色したクルミで瞳を、葦で喉を表す等の例が見られます。

・生き物

 牛や鶏を模るエクス・ヴォートーは、家畜や家禽について病気快癒や順調な繁殖、や家畜泥棒からの守護を願うものでしょう。魚を模るエクス・ヴォートーは、豊かな漁獲を願っていると考えられます。ロカマドゥールの聖母には、おそらくハギオグラフィアに基づいて、銀の小鳥が奉納されます。

 アルザスでは婦人病に関連して鉄製のヒキガエルが奉納されました。中世から近世の民間信仰で、不妊や流産は悪魔や魔女の仕業とされました。一方ヒキガエルは悪魔や魔女の使者あるいは眷属、もしくは悪魔や魔女自身が変身した姿と考えられました。したがってヒキガエルのエクス・ヴォートーは、神や聖人の加護により婦人病を癒された女性や、婦人病を癒されたいと願う女性が奉納するエクス・ヴォートーとなっています。生き物による害から救われた人が、害をもたらした生き物を模って奉納した例としては、新大陸でサソリに刺されて助かったコルテスが奉納したサソリ型のエクス・ヴォートーが有名です。

・乳幼児、小児

 乳幼児を模る人像型エクス・ヴォートーも、よく見られるもののひとつです。昔は栄養不良や感染症で非常に多くの乳幼児や小児が命を落としました。揺り籠から落ちる、溺れる等の事故によっても、大勢の子供が亡くなりました。それゆえ乳児が板に固定された状態を模るエクス・ヴォートーや、幼児の全身を表したエクス・ヴォートーなど、愛らしい人像型の作例が多く見られます。

 子供を模るエクス・ヴォートーは、命が助かったお礼に奉納される場合もありますし、亡くなった子供の幸福な来世を願って奉納される場合もあります。1791年に南チロルの夫婦が奉納したターフェル型エクス・ヴォートーには、亡くなった十六人の乳児が描かれて、見る者の胸を痛めます。

・船

 船のエクス・ヴォートーもよく見られるものの一つで、担架に載せて行列で運ばれるような大きなものから、箱入りの小さなもの、台座に固定して壁に掛けるように作られた浮き彫り状のものまで、様々な作例が見られます。嵐で帆を失った帆船の模型は、よく見られるエクス・ヴォートーのひとつです。難破や海賊の襲撃に遭った際の様子を描いた絵のエクス・ヴォートーもしばしば見られます。船全体ではなく、錨を模るエクス・ヴォートーも多く見られます。マルセイユのバジリク・ノートル=ダム・ド・ラ・ガルドでは、多数の船の模型が聖堂内に吊るされています。



註1 マダム・ド・セヴィニェは聖ジャンヌ・ド・シャンタルの孫である。

註2 geloben t. 誓約する refl. sich4 jm. geloben 身を捧げる

註3 ἀνατίθημι(奉献する) の完了分詞。

註4 ベネディクト会グラーフラート修道院の「奇蹟の書」は、四巻のうち最初の三巻が現存している。



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