ノートル=ダム・ド・マリーエンタール(マリーエンタールの聖母のバシリカ)
La Basilqie de Notre-Dame de Marienthal, Haguenau



 ノートル=ダム・ド・マリーエンタール(マリーエンタールの聖母のバシリカ)は、ストラスブールに次ぐアルザス第二の都市アグノ (Haguenau) にある小バシリカです。

 1240年、アグノの騎士アルベールに「我に従え」との神のお告げがあり、アルベールは城を捨て、森の中の小村ロートバッハ (Rothbach) の村はずれで隠修士の生活を始めます。1250年頃にギュイヨーム会(*)の隠修士たちがこの地に集まり、 1257年には教会も建てられました。

*注 ギュイヨーム会 (l'Ordre de Saint-Guillaume) はマラヴァルの聖ギュイヨーム (St. Guillaume de Malavalle, + 1157) の弟子たちが師の死後にトスカナのグロッセト (Grosset) で設立し、19世紀まで存続した修道会です。

 ノートル=ダム・ド・マリーエンタールはこの教会を起源とし、アルベールが崇敬していた「知恵の座」(SEDES SAPIENTIAE) の聖母像がその名の由来となっています。しかしこの像は百年戦争 (1337 - 1453年) さなかの 1375年に破壊されたので、1420年、この像の代わりに「喜びの聖母」像 (Notre-Dame de la Joie) が製作されて安置されました。「喜びの聖母」は幼子イエスを腕に抱く聖母の立像で、バーデン辺境伯の寄進によるものです。

 ノートル=ダム・ド・マリーエンタールの「喜びの聖母」


 ノートル=ダム・ド・マリーエンタールにはもうひとつ、15世紀の終わり頃に製作された作者不明の「ピエタ」像も安置されています。この「ピエタ」は「喜びの聖母」と並んで多くの巡礼者の崇敬を集めています。

 (左)(下) ノートル=ダム・ド・マリーエンタールのピエタ




 1460年から 1520年にかけてゴシックの聖堂が建てられましたが、1520年に修道院長を引き継いだギュイヨーム会士ウダルリック・シュトゥルナー (Udalric Sturner) はプロテスタントに改宗して修道院をアグノ市に売却し、聖堂も破壊されそうになったために、「喜びの聖母」と「ピエタ」はアグノに疎開しました。

 聖堂は 1617年にイエズス会が維持管理するようになり、1653年にはピカルディの巡礼者、1683年にはヴェストファーレンからの巡礼者が、それぞれ痛風を奇跡的に癒されたとの記録があります。

 1720年から 1725年にかけて、ポーランド・リトアニア連合の王スタニスワフ・レシチニスキ (Stanislaw I Leszczynski, 1677 - 1766) の一家がヴィサンブール (Wissembour) に滞在していましたが、一家はノートル=ダム・ド・マリーエンタールに何度も参詣しました。王女マリア (Maria Karolina Zofia Felicja Leszczynska; 1703 - 1768) は 1725年にフランス国王ルイ15世の妃となりますが、マリアは自分が王妃に選ばれたのはノートル=ダム・ド・マリーエンタールのお蔭であると信じ、生涯を通じて帰依しました。

 1765年にイエズス会がフランスから退去すると、ノートル=ダム・ド・マリーエンタールはストラスブール司教の管理するところとなり、5人の司祭が巡礼者の世話をしました。

 フランス革命期、「喜びの聖母」と「ピエタ」はライン川対岸のドイツ、オテルスヴァイザー (Ottersweiser) の修道院に疎開し、1803年7月31日にフランスに返還されました。

 ノートル=ダム・ド・マリーエンタールはその後も多くの巡礼者を惹き付け、1825年に行われた聖地600年祭には 一万人以上、1866年に行われた現在の聖堂の献堂式には二万人以上が集まりました。1892年にはローマ教皇レオ13世によって、バシリカの称号を与えられています。

 ノートル=ダム・ド・マリーエンタールは第二次世界大戦で非常に大きな被害を受けました。「喜びの聖母」はサン=ディエ=デ=ヴォージュ (Saint-Dié-des-Vosges) に疎開して難を逃れましたが、「ピエタ」は元の聖堂に残って被害を受けました。

 ノートル=ダム・ド・マリーエンタールは 1950年から 1984年にかけて修復工事が行われました。ステンドグラスは第二次世界大戦で破壊されましたが、現在では聖母をテーマにした美しい作品が聖堂を飾っています。現在、ノートル=ダム・ド・マリーエンタールは、モンマルトルのサクレ・クールのベネディクト会が管理しています。



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