神に選ばれた父ヨセフ 優れた細密画のオラトワール 新古典様式の彫金ブロンズ枠に二色のエマイユ 101 x 83 mm


全体のサイズ 縦 101 x 横 83 mm

楕円形画面のサイズ 縦 44 x 横 33 mm


フランス  1800 - 1830年頃



 昔のヨーロッパの家庭の一角、コアン・ド・デュに、十字架や聖像とともに置かれていた信心具、オラトワール(仏 oratoire)。およそ二百年前、第一帝政期から王政復古期にかけてのフランスで制作された品物で、手描きエマイユによる聖父子像を、バロックのシルエットを有するブロンズの枠に嵌め込んでいます。枠は新古典様式の意匠と色彩によるエマイユ・シャンルヴェで飾られています。本品は背面の脚を展開することにより、安定して自立します。





 枠の中央には縦長の楕円形に窓が開いており、緩やかな凸面カーヴの楕円形金属板が嵌め込まれています。金属板に描かれたミニアチュール(細密画)は全くの手描きによるエマイユ・パン(仏 l'émail peint 手描きエマイユ)で、聖父子すなわち幼子イエスを抱くヨセフを描きます。伝統的イコノロジー(図像表現法)に従えば、ヨセフは老人の姿に描かれます。しかしながら本品のヨセフは若々しい姿に描かれており、自然で親しみやすい父子像となっています。





 ところで聖母子像の場合、聖母はイエスの向かって左側に描かれることが多いですが、これは聖母が天上において「イエスの右(すなわち、向かって左)」の座を占めていることを表します。絵画や浮き彫り彫刻においてヨセフが幼子イエスを抱く場合も、ヨセフはイエスの右(向かって左)にいる作例が大多数を占めますが、これは聖母子像に倣って描かれているためでしょう。本品もまたそのような作例のひとつです。

 人物の姿勢に着目すると、父子は互いに睦みつつも、父ヨセフは幼子イエスを世人に示し、イエスはほぼ正面を向いて、ホデーゲートリア(希 ὁδηγήτρια 救い主を世に示す聖母)型の画面構成となっています。イエスとヨセフは百合を持っています。イエスが向かって右側に描かれる点、ヨセフがイエスを人々に示すように抱いている点、百合が描かれる点のいずれにおいても、本品を含めた多くの聖父子像は聖母子像と共通しています。





 しかしながらヨセフとマリアの図像表現には、ひとつの大きな違いがあります。彫刻や絵画において単独で表されることも多いマリアと違い、ヨセフはほとんど常に幼子イエスを伴います。これは「父」としての属性が強調されているためです。

 聖父子像のヨセフは百合を持っています。通常この百合はヨセフがマリアの浄配であること、すなわちマリアとの間に肉体関係が無いことの象徴であると解されています。この解釈は決して誤りではありませんが、聖父子像の百合には純潔の象徴にとどまらない積極的な意味があります。

 ヨセフの百合が純潔の象徴に過ぎないならば、ヨセフはイエスを抱かない単独像であってもよいはずです。百合を持ったヨセフを、イエスではなくマリアとともに描けば、「純潔」の意味はさらに強調されるでしょう。しかしながら実際には、百合を持ったヨセフは、単独像でもなく、マリアとともにでもなく、幼子イエスとともに描かれます。これはどうしてでしょうか。





 百合の象徴性は多様であり、「純潔」を表す以外にも、「神に選ばれた身分」、及び「すべてを神に委ねる信仰」を表します。旧約の「雅歌」二章二節ではユダヤ民族が「茨の中に咲きいでたゆりの花」に譬えられていますし、キリスト教では同じ聖句が神に選ばれたマリアを指すと解釈されています。また「マタイによる福音書」六章及び「ルカによる福音書」十二章では、栄華を極めたソロモンに勝って美しく装う百合が、神の摂理への無条件的な信頼、揺るぎない信仰を象徴しています。

 ヨセフはイエスの父として神に選ばれました。また夢に現れた天使の言葉を信じて、懐妊したマリアを妻として受け入れました。それゆえ力強い父ヨセフが幼子イエスをしっかりと抱いている図像において、百合は純潔を表す以上に、ヨセフが信仰ゆえに父として選ばれたことを強調していると考えられます。

 それゆえ本品に描かれた百合は、何よりもまず、神によってヨセフが選ばれ、幼子イエスの父にふさわしいとされたことを表します。ヨセフは浄配でもあり信仰者でもありますが、本品において若く力強いヨセフが幼子イエズスを抱く姿は、父としての属性をとりわけ強調した表現です。





 本品に描かれた聖父子像を注意深く観察し、一般的な聖母子像と比較すると、ヨセフがイエスを抱く抱き方が、聖母子像における抱き方と異なることに気付きます。聖母子像のマリアは幼子の体に両手を添えて、母子が密着するような抱き方をしています。しかるにヨセフは左手で幼子の体に軽く触れつつ、自らの肩に幼子の右腕を乗せ、自らの右手を幼子の左手に添えて、幼子イエスが自らの足で立てるように、さりげなく援け、守っています。

 正統教義のキリスト論によると、イエスは三位一体の第二のペルソナ、全知全能の神であると同時に、まったくの人間でもあります。それゆえ幼子イエスはどこにでもいる普通の子どもと同様に、知恵においても背丈においても少しずつ成長されました。(「ルカによる福音書」二章五十二節) したがって幼子の健全な成長に両親の存在が大きな役割を果たしたことは、普通の子どもの場合とまったく同様です。幼子イエスは信仰深い両親に育てられ、人間として成熟していったのです。

 その過程において、神に選ばれたヨセフは父親としての役割を立派に果たしました。父ヨセフがいなければ、イエスは神の意志に従って受難する強さも信仰も得ることが無かったでしょう。マリアがイエスを生むために夫は必要でなかったにもかかわらず、神がマリアの夫にヨセフを選び給うたのは、イエスの成長に父が必要であったからなのです。このメダイのヨセフは何よりもまず「父」として表されているのであり、本品の白百合は神に選ばれた父の象徴に他なりません。





 上の写真に写っている定規のひと目盛は、一ミリメートルです。人物の目鼻口、手足などの細部は、いずれも十分の一ミリメートル以下の精度で描かれています。彫りが深いヨセフの顔立ちや衣には巧みな陰翳によって三次元性が賦与され、丁寧に描かれた髪の表現も自然です。幼子の柔らかな頬は愛らしい桜色に染まっています。





 バロック様式の枠はブロンズ製で、厚さ約一ミリメートルの金属板を打ち抜き、全周を丁寧にやすり掛けしています。写真では分かりづらいですが、枠の表側には各種のタガネによる彫金が全面に亙って施されており、手の込んだ丁寧な細工に驚かされます。

 ブロンズ板の表面にはおよそ一ミリメートルの幅の溝を彫り、黒と青の不透明ガラスでエマイユ・シャンルヴェ(仏 l'émail champlevé)を施しています。ところどころにエマイユの剥落がありますが、およそ二百年前という制作年代を考えれば、十分に良好な保存状態といえます。





 伝統と革新の間を振子のように揺れ動いた近代フランス史のなかで、第一帝政期から王政復古期頃にかけての保守的な雰囲気と、新古典主義の興隆を、本品はよく反映しています。縦十センチメートル余、横八センチメートル余のサイズは飾る場所を選ばず、エマイユ画は褪色の心配もありません。美術工芸品としての美しさに加え、フランス精神史の実物資料としての価値を兼ね備えるオラトワールです。





 もう一点のオラトワール「椅子の聖母」を本品と同時にご購入いただく場合、合計の価格を 5,000円割り引きまして、二点 59,300円といたします。





34,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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