神の愛が地にもたらす平和と再生 《贖(あがな)いの聖年》のオラトワール ガラリト製台座とドーム状ガラス 69.4 x 69.4 mm


ガラリト製台座のサイズと厚み 縦 69.4 x 横 69.4 mm 厚み 6.1 mm

円形部分の枠の直径 56.9 mm


フランス  1933年



 昔のヨーロッパの家庭の一角、コアン・ド・デュ(coin de Dieu フランス語で「神様のコーナー」の意)に、十字架や聖像とともに置かれていた信心具、オラトワール (oratoire)。贖いの聖年(1933 - 34年)の記念に制作されたものです。使用されているのはブロンズ、木、セルロイド、ガラス、ガラリト(ガラリス)で、テーマに関しても材料に関しても、1933年という年代ならではの品物です。





 中央部分のくぼみには、クルシフィクス(キリスト磔刑像)が納められています。クルシフィクスは雲あるいは大理石模様が美しいセルロイドを背景にして、金属から打ち出したティトゥルス及びコルプスを、木製の十字架に鋲留めしています。ティトゥルス(羅 TITULUS)とはラテン語で「罪状書き」のことで、キリストの頭上に掲げられた「ユダヤ人の王ナザレのイエス」(羅 IESUS NAZARENUS, REX IUDAEORUM / INRI)という札を指します。コルプス(羅 CORPUS)とはラテン語で「体」のことですが、特に十字架上のキリスト像を指してこのように呼びます。

 クルシフィクスはブロンズのケースに納められ、ガラリト製台座に嵌め込まれています。ガラリトについては後述します。ブロンズに施されていた金めっきは八十年を超える年月のうちに失われ、落ち着いた金色になっています。前面を保護するガラスはドーム状です。アクリル樹脂ではなくてミネラル・ガラスですが、疵(きず)や罅(ひび)は全くありません。





 台座の上下には、フランス語で「聖年」(仏 Année Sainte)、「千九百三十三年から三十四年」(1933 - 34)と書かれています。「聖年」とはカトリック教会における特別な年で、旧約時代の「ヨベルの年」に由来します。百年ごとまたは五十年ごと、近年では二十五年ごとの記念として定められるほか、特別な出来事を記念して、中途の年が「聖年」とされることもあります。1933年からの一年間は、三十三歳で十字架にかかり給うたイエス・キリストの死と復活、昇天から千九百年めにあたる特別な年として、「購(あがな)いの聖年」に定められました。本品は「贖いの聖年」を記念し、いまから八十三年前、1933年のフランスで制作された品物です。

 「聖年」、「千九百三十三年から三十四年」の文字は、膠で溶いた三色(黒、赤、金)の顔料を使用し、ゴシック典礼体で美しく手書きされています。中世西ヨーロッパの羊皮紙写本では、黒インクによる文字のところどころに、赤インクによる「ルブリケイション」(英 rubrication 朱書き)が入りました。また章節の行頭の大文字には他色の装飾が施されました。金はその際によく使われた色で、本品に見られる長い蔓状の文様も常用されました。それゆえ本品の手書き文字は、中世の修道院で作られた写本の雰囲気を忠実に再現しており、量産品とは一線を画するクラシカルな表情を有します。





 本品の意匠は正方形に近い八角形の台座中央に円を配置し、ビザンティン式聖堂の平面プランを強く想起させます。写真ではよくわかりませんが、ガラスは時計皿を裏返しにした形状です。中央の円形が円蓋状に突出する点でも、本品はビザンティン式聖堂の立体構造とそっくりです。

 最初期のキリスト教聖堂建築は、集会を開くのに便利であった異教ローマのバシリカ式をそのまま踏襲しました。当時、未受洗のカテクーメノイ(希 κατηχούμενοι)はミサ全体に参加することを許されず、ナルテクス(玄関廊)で祭式を見守りましたが、カテクーメノイを洗礼を受けた信徒から分離するためにも、バシリカ式平面プランは好都合でした。洗礼は降誕祭と復活祭にしか行われず、それぞれの季節の直前にはカテクーメノイの人数が大きく膨れ上がったので、広いナルテクスが必要だったのです。

 やがて聖堂東端にある祭壇付近の空間を拡張するために、祭壇の後ろをくぼませて半円形の壁龕(へきがん)を造り、さらに聖堂東端の南北に翼廊が加えられたことで、上部(東端)にわずかな突出のあるT字型の平面プランとなりました。次いでクワイア(英 choir 内陣)がそれ以外の部分から分離されて、交差部よりも東が拡大します。西ヨーロッパの聖堂建築はT字型平面プランからの隔たりが小さく、ラテン十字型平面プランとなりますが、ビザンティン聖堂では翼廊がさらに西寄りになり、円蓋(えんがい ドーム)から各方角への距離が等しいギリシア十字型平面プランに発展します。円蓋は神がおわす天球を地上に再現したものです。したがってビザンティン聖堂の建築様式は、神の愛と権威が全世界のどの場所にも等しく及ぶことを、建築によって表現しています。

 本品は愛の象徴であるクルシフィクスと、天球の象徴である円蓋を、正方形の中央に置いています。この意匠はビザンティン聖堂と同じく、世界の四方の隅々まで、神の愛があまねく及ぶことを、象徴的に表しています。





 本品の台座は正方形の四隅を切り落とし、八角形としています。「八」は「四」と同じく、「全ての方位」を象徴する数です。海図に描かれるコンパスをフランス語で「ローズ・デ・ヴァン」(仏 rose des vents 風の薔薇)といいますが、この「ローズ・デ・ヴァン」も八つの方角を指し示します。

 これに加えてキリスト教では、「八」は山上の垂訓(「マタイによる福音書」 5~7章)に述べられた八つの幸福を表します。さらに「八」という数字は、天地創造に要した日数すなわち完全数「七」の次の数であるゆえに、物事の新たな始まり、新生、生まれ変わり、新しい命の象徴でもあります。全身を水中に浸す洗礼が行われていた時代に、洗礼堂が八角形のプランで建てられていたのも、「八」が有するこの象徴性ゆえです。「七」は神がユダヤ人との間に結び給うた旧い契約(旧約)、すなわち「トーラー(律法)を守れば祝福される」という契約を象徴します。それに対して「八」は神とすべての人の間の新しい契約(新約)、すなわち「キリストを信じれば救われる」という契約を象徴します。





 本品の台座は表裏とも丁寧に研磨され、美しい艶があります。台座は象牙色のガラリト製で、多数の細い平行線によって象牙の成長線を模しています。裏面に突出したネジと円形ナットで、クルシフィクスを納めるブロンズ製ケースを台座に固定しています。

 クルシフィクスの背景は雲のような模様のある白色のセルロイドで、経年によりわずかにクリーム色がかっています。セルロイド(硝酸セルロース)は強燃性で危険ですので、フランスのアンティーク品にはセルロイドに似た質感でありつつも不燃性のロドイド(rhodoïd ローヌ=プーランク社が開発した酢酸セルロース)が多く使われますが、本品に使われているのはセルロイドです。

 本品の台座はフランス語で「ガラリト」(galalithe)、英語で「ガラリス」(galalith)と呼ばれる素材でできています。ガラリトは二十世紀前半に作られていたカゼイン樹脂、すなわちカゼインから作られる樹脂(プラスチック)の一種で、牛乳を原料としています。ガラリトは現在では作られていないオールド・プラスティックスのひとつです。

 アンティーク品には二つの種類があります。ひとつは「現代の製品と本質的に同じであるが、制作年代が古いもの」、もうひとつは「過去の時代と場所を映し出す鏡のような品物」です。このうちの前者のアンティーク品は、作られた時期がたまたま昔であるだけで、現在でも同じようなものが作られ続けているわけですから、その品物が実際に古い年代のものである必要性に乏しく、レプリカ(複製品、復刻品)との間に価値の差が無いことになります。復刻品には経年による強度の低下等の問題がありませんから、場合によっては復刻品のほうが良いこともあるでしょう。しかるに本品は後者のアンティーク品の典型で、「贖いの聖年」という主題に関しても、素材と意匠の点においても、「1933年のフランス」ならではの作例となっています。




 本品が制作された 1933年は、ドイツでヒトラー内閣が成立した年です。また聖年中の 1934年8月2日にドイツのヒンデンブルク大統領が亡くなると、同月19日の大統領選にアドルフ・ヒトラーが当選して国家元首となりました。1935年3月16日にヒトラーはドイツの再軍備を宣言し、9月15日にはニュルンベルクにおけるナチ党大会でニュルンベルク法 (Nürnberger Gesetze) が制定されてナチの鉤十字旗が正式のドイツ国旗となり、ユダヤ人に対する本格的な迫害と絶滅政策が始まります。時の教皇ピウス十一世は1937年にドイツ語の回勅「燃ゆるがごとき懸念を以って」 ("Mit brennender Sorge") によってナチスの非人道性を厳しく批判するとともに、平和維持のために尽力しますが、やがて未曾有の規模の大戦が全世界で戦われることになります。

 八方位を象徴するガラリト製台座に、天球を象徴するガラス製ドームを載せた本品は、中央のクルシフィクスから発出する神の愛が、世界にあまねく広がるようにとの願いを籠めて制作されたものです。 「ルカによる福音書」二章十四節によると、イエスが降誕し給うたとき、天使たちは「いと高きところには神に栄光、地には善意の人に平和あれ」(羅 GLORIA IN EXCELSIS DEO, ET IN TERRA PAX HOMINIBUS BONAE VOLUNTATIS.)と歌いました。神とキリストの愛に応えれば神との平和がもたらされ、地上の住まう人々の間にも愛と平和の支配が訪れるはずであったのです。しかしながら 1933年以降の世界は恐怖と憎しみが支配し、人類史は神の御心と正反対の方向に向かいました。本品を作った人も、購入して飾った人も知らなかったその後の歴史を知る我々は、このオラトワールに心つぶれるような思いがいたします。





 本品は八十年以上前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、極めて良好な保存状態です。特筆すべき問題は何もありません。本品は壁掛け式ですが、皿立てのようなスタンドを使えば平坦な面に立てることもできますし、何かに立てかけても安定させられます。

 「オラトワール」というカテゴリーの品物は現在に至るまで作り続けられています。しかしながら本品は単に年代が古いからではなく、「1933年のフランス」でしか生まれ得なかったオラトワールであるゆえに、アンティークとしての価値が最も高い品物といえましょう。





21,600円

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