南仏マルセイユ近郊に、人口二万人あまりの小さな町アロ(Allauch プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏ブーシュ・デュ・ローヌ県)があります。町を見下ろす丘の頂上にはかつて城があり、現在は崩れた石垣が残っています。城跡に再建された礼拝堂には、ノートル・ダム・デュ・シャトー(仏 Notre-Dame du Château 城の聖母)と呼ばれる聖母子像が安置されています。
伝説によると、アロの城はイスラム教徒の軍に攻囲されて補給路を断たれ、落城寸前の状況に至りました。しかしながら聖母が授け給うた知恵により、パンを矢に刺して城内から射出し、これを見たイスラム軍に攻囲が長引くと誤解させることができました。城を落とすことをあきらめたイスラム軍は攻囲を解き、アロは救われました。
本品はノートル・ダム・デュ・シャトーのメダイで、いまから百年あまり前のフランスで制作されたものです。ノートル・ダム・デュ・シャトーは大規模な巡礼地ではありませんので、メダイが作られた機会はおそらく一回のみです。そのためノートル・ダム・デュ・シャトーのメダイはたいへん稀少で、めったに手に入りません。筆者はおよそ十年前にノートル・ダム・デュ・シャトーのメダイを手に入れたことがあり、本品でようやく二点目です。
メダイの表(おもて)面には、聖母子像ノートル・ダム・デュ・シャトーが浮き彫りにされています。聖母子はともに戴冠しています、聖母は右手に女王の笏を持ち、左腕に幼子イエスを抱いています。幼子イエスは左手を差し伸べて罪人を招きつつ、右手を挙げて祝福を与えています。聖母に執り成しを願うフランス語の祈りが、聖母子の浮き彫りを取り囲んでいます。
Notre-Dame du Château, priez pour nous. 城の聖母よ、我らのために祈りたまえ。
楕円形メダイの上部には薔薇とリボンを模(かたど)る装飾があります。ロサ・ミスティカ(羅 ROSA MYSTICA)、すなわち棘の無い神秘の薔薇は、原罪無くして生まれ給うた聖母マリアの象徴です。リボン形の装飾は十九世紀から二十世紀初頭までの額、及びメダイユに多用されます。
裏面には礼拝堂を囲むように、次のフランス語が刻まれています。
Sanctuaire de Notre-Dame du Château, Allauch アロ、ノートル=ダム・デュ・シャトーの聖地
本品は二十世紀初頭以前のフランスで制作された真正のアンティーク品です。浮き彫りが磨滅して生じた優しい丸みと、銀めっきが剥がれて露出したブロンズの色が、アンティーク品特有の温かみを本品に与えています。プロヴァンスの青い空に生える美しい礼拝堂、そこに安置された聖母子像に捧げた祈りが、年月とともに本品に趣きを与え、小さな美術品に仕上げています。