直線的な幅広の縁を持つ八角形のシルエットが特徴的なアール・デコ様式のメダイ。「蟹」のホールマーク、及びメダイを鋳造した工房のマークが、上部の環に刻印されています。フランスにおいて、「蟹」のホールマークは最も高級な信心具の素材、800シルバー(純度80パーセントの銀)を示します。
この作品において、ヴェールを被った若き聖母は半ば眼を閉じて物思いに耽っています。その瞑想的な表情は、ガブリエルから告げられた「メシア(キリスト、救い主)を生む」という大任について思いを巡らし、魂の内奥で神と対話しているように見えます。
メシアはマリアから生まれ、原罪ゆえに楽園を追放された人間に、再び永生と幸福を与えます。聖母の横顔と八角形を重ね合わせた本品の意匠は、メシアが聖母を通して再生と幸福をもたらすことを象徴的に表します。
なぜならばキリスト教において「八」は山上の垂訓(マタイによる福音書 5~7章)に述べられた八つの徳、八つの幸福を表します。またキリスト教では神が天地創造に要した日数「七」を完全数と考えますが、「八」はその次の数であるゆえに、物事の新たな始まり、新生、生まれ変わり、新しい命をも象徴します。全身を水中に浸す洗礼が行われていた時代に、洗礼堂が八角形のプランで建てられていたのも、「八」が有するこの象徴性ゆえです。それゆえ本品を制作したメダイユ彫刻家は、聖母と八角形を重ね合ることにより、聖母がこの恩寵の器(通り道)であることを表しているのです。
本品は百年近く前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、鋳造当時のままの保存状態です。突出部分も磨滅せず、細部まで完全な形で残っています。ペンダントとして愛用しやすいサイズであり、まためっき製品ではないので表面の剥落も起こりません。現状は銀の硫化による重厚なパティナ(古色)が、真正のアンティーク品ならではの趣を醸(かも)しています。きれいにしたい場合は、練り歯磨きをブラシに付けて軽く磨けば簡単にクリーニングできます。