カルロ・ドルチ作 「親指の聖母」 グイド・レーニ作 「エッケ・ホモー」 受難の聖母子のメダイ カトリック芸術本流の作品 直径 19.6 mm


突出部分を除く直径 19.6 mm  最大の厚さ 3.0 mm  重量 4 g

フランス  1910 - 30年代



 一方の面にグイド・レーニによるキリスト像「エッケ・ホモー」を、もう一方の面にはカルロ・ドルチによる聖母像「マドンナ・デル・ディト」を、それぞれ浮き彫りにしたメダイ。数十年前にフランスで制作された重厚なアンティーク品で、一円硬貨と同じ直径に、三ミリメートルの厚みがあります。一円硬貨の重さはちょうど一グラムですが、本品は四グラムの重量があり、手に取ると意外な重みを感じます。





 一方の面にはヴェールを深くかぶって悲しみに沈むマーテル・ドローローサ(MATER DOLOROSA 悲しみの聖母)が浮き彫りにされています。「マーテル・ドローローサ」(羅 MATER DOLOROSA 悲しみの聖母)の文字が、ゴシック典礼体のラテン語で聖母を囲んでいます。

 「「マーテル・ドローローサ」(悲しみの聖母)は数多くの芸術家によって多様な作品が制作されていますが、本品に彫られているのは最も有名な絵画作品のひとつで、カルロ・ドルチによる「マドンナ・デル・ディト」です。「マドンナ・デル・ディト」("Madonna del dito")はイタリア語で「親指の聖母」という意味の愛称で、親指の先がヴェールまたはマントの袖から覗き、もう片方の袖口を押さえる特徴的な描写に基づきます。カルロ・ドルチは同じテーマに基づく作品を構図を変えて何点も制作する場合があり、「親指の聖母」にも向かって右向きの作品と左向きの作品が存在します。本品の聖母は向かって右向きで彫られています。


 ところでカルロ・ドルチの「マドンナ・デル・ディト」は、我が国に縁が深い聖母像です。なぜならば、1708年に日本に潜入して捕らえられたイタリア人司祭、シドッチ神父 (Giovanni Battista Sidotti, 1668 - 1714) が、「マドンナ・デル・ディト」の銅板油絵を所持していたからです。下の写真はシドッチ神父が所持していた聖母像で、現在は東京国立博物館に収蔵されています。





 シドッチ神父は屋久島に上陸して発見され、薩摩藩によって長崎奉行所に護送されましたが、長崎奉行所には切支丹(きりしたん キリスト教)に関する充分な知識を持つ者がいなかったために、神父を取り調べることができませんでした。そこで神父は江戸に送られ、当時の日本で最高の知識人とも呼ぶべき新井白石の取り調べを受けることになります。白石は神父の取り調べを通して神父の人柄に感銘を受けるとともに、神父からの聞き取りによって世界の事情を知り、さらに切支丹の教えが当時一般に考えられていた邪宗では決してないこと、宣教師はヨーロッパによる日本侵略のためのスパイではないことを理解しました。その結果、白石は幕府への取り調べ報告書「羅馬人処置献議」において、次のような異例の答申を行います。

    第一、本国へ返さるることは上策也 此事難きに以て易き歟

第二、かれを囚となしてたすけおかるる事は中策也 此事易きに以て難き歟

第三、かれを誅せらるることは下策也 此事易くして易かるべし


 白石はキリシタンを邪宗と見るのが間違いであること、またキリシタン信徒やバテレンを処刑したり棄教させたりするのが下策であることを、その明晰な頭脳を以って理解し、幕府に働きかけたのです。数十年前であれば確実に処刑されていたであろうシドッチ神父が、拷問を受けることもなく棄教もしないままに、二十両五人扶持を与えられ、茗荷谷の切支丹屋敷で身の回りの世話をされて生活するという異例の待遇を受けたのは、白石の答申の結果でした。しかしながらシドッチ神父の世話役であった老夫婦が神父に感化されてキリシタンになったことが露見したために、神父は切支丹屋敷の地下牢に収容されて衰弱死します。神父が死に追いやられる結果となったことは、「かれを誅せらるることは下策也」と断言した白石にはさぞかし無念であったことでしょう。





 本品に彫られた「マドンナ・デル・ディト」はヴェールの縁の一部に銀めっきの剥がれがありますが、浮き彫りの細部まで判別できる良好な保存状態です。彫刻作品としての出来栄えの点でも、非常に優れています。

 カルロ・ドルチの「マドンナ・デル・ディト」は多色を使用した二次元の絵画ですが、本品の「マドンナ・デル・ディト」は色を使用しない三次元の浮き彫りです。すなわちこれらふたつの作品は、表現方法が根本的に異なるわけですが、それにもかかわらずふたつの作品のあいだには明らかな同一性が認められます。この事実は、彫刻に劣らない迫真性を以て三次元の人物像を画布または板に転写するカルロ・ドルチの優れた才能と、絵画を彫刻へ移しながらも観る者に違和感を感じさせないグラヴール(メダイユ彫刻家)の優れた才能を、同時に証言しています。





 もう一方の面には茨の冠を被ったイエス・キリストの顔を立体的な浮き彫りで表し、周囲にはゴシック典礼体によるラテン語で「エッケ・ホモー」(ECCE HOMO 「この人を見よ」)と彫られています。この面の浮き彫りは聖母像よりも更に立体的です。

 受難の際、イエスがローマ兵たちから侮辱され、ローマ総督ポンティウス・ピラトゥス(ポンテオ・ピラト)によって群集の前に引き出されたときの様子は、すべての福音書に記録されています。マタイによる福音書には次のように書かれています。

      それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの前に集めた。そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。
    「マタイによる福音書」 二十七章二十七節から三十一節 新共同訳





 通常「この人を見よ」と訳されるラテン語「エッケ・ホモー」(ECCE HOMO)は、茨の冠をかぶせられ、緋色のガウンを着せられたイエスを、ピラトが民衆の前に連れ出して、「ほら、この人だ」と示したときの言葉です。すなわち「エッケ・ホモー」とはラテン語で「ほら、この人だ」「見よ、この男だ」という意味です。「ヨハネによる福音書」十九章四節から五節に次の記述があります。

      ピラトはまた出てきて、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところに引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは「見よ、この男だ」と言った。
    「ヨハネによる福音書」 十九章四節から五節 新共同訳





 本品に彫られた「エッケ・ホモー」は、グイド・レーニによる有名な作品です。グイド・レーニの「エッケ・ホモー」も、カルロ・ドルチの「マドンナ・デル・ディト」と同様に、互いによく似た複数の作品が遺されています。上の写真はパリのルーヴルに収蔵されている「エッケ・ホモー」で、1639年乃至1640年頃に描かれた作品です。





 上の写真では本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品をご覧になると、もうひと回り大きなサイズに感じられます。

 本品は数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品です。突出部分の銀めっきが剥がれていますが、浮き彫りは細部までよく残っています。保存状態よりも大切なのは美術工芸品としての出来栄えですが、本品はこの点でも極めて優れた作例です。いずれの面も絵画を彫刻に移しながら、不自然さをまったく感じさせず、むしろ絵画中の人物を現実世界に引き出すかのような臨場感を以て、受難するイエスの苦しみと、わが子と共に苦悩する聖母の悲しみ、イエスの受難で極点に達した神の愛と、悲しむ聖母のうちに顕れた母の愛と神への愛を描き切っています。イエスと聖母があたかも眼前におられるかのような錯覚を覚えさせる本品は、トリエント公会議に始まる反宗教改革美術の本流に位置づけられます。





11,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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