稀少品戴冠した無原罪の御宿リ フランスに恩寵を降すルルドの聖母 フルール・ド・リスの十字架型メダイ 31.5 x 28.0 mm フランス 1876年から1890年代頃


突出部分を含むサイズ 縦 31.5 x 横 28.0 mm

フランス  1876年から 1890年代頃



 十九世紀後半のフランスで制作されたルルドの聖母の十字架型メダイ。美しい銀色に輝いていますが、検質印は見当たらないので、材質はおそらくマユショル(maillechort ノイジルバー、アルパカ・シルバー)でしょう。





 十字架を模(かたど)る本品の、縦木に相当する部分には、右腕にロザリオを掛けたルルドの聖母の立ち姿が浮き彫りにされています。

 1853年 3月25日、十六回目の出現の際、少女ベルナデットが四回繰り返して名前を問うと、出現したマリアは目を天に向け、両手を胸の前で組んで、わたしは無原罪の御宿りです(仏 Je suis l'Immaculée Conception.)と答えました。本品に表されているのは、このときの様子です。

 ベルナデットの証言によると、ルルドに出現したマリアは、当時十四歳であったベルナデット自身と同年代に見えました。それゆえノートル=ダム・ド・ルルドは、聖母とは言っても歳若い少女であったわけですが、メダイの浮き彫りや聖画においては成熟した女性の姿で表現されます。少女マリアが救い主の母になるべく選ばれたのは、アブラハムやヨブをも凌ぐ優れた信仰のゆえでした。ルルドの聖母の画像において、ベルナデットが幻視した少女マリアが成熟した女性として描かれるのは、マリアの精神的成熟を視覚的に表現するためです。本品においてもマリアは成熟した姿で表されています。





 本品の意匠には、三つの特徴があります。

 第一の特徴は、マリアの無原罪性が強調されていることです。ルルドにおける聖母出現を描いた聖画像やメダイでは、出現した聖母が周囲の岩などを含めて自然主義的(写実的)に描かれるのが普通です。ルルドの聖母は地元でマサビエルと呼ばれる岩場に出現したのですが、多くの聖画像やメダイの浮き彫りでは、聖母の周囲の岩や足元の植物が自然主義的に表現されます。

 しかるに本品において聖母が立つ場所は平坦ではなく、岩の窪みのようでもなく、半球状に盛り上がっています。これはウィルゴー・ポテーンス(羅 VIRGO POTENS 力ある処女)型聖母像の変形であり、バック通りの聖母をはじめ、伝統的様式に基づく無原罪の御宿リ像と大きく共通します。


 球は、空間の一点から等距離にある点の集合です。点から発出する球は、キリスト教の象徴体系において、神から発出する被造的世界を象徴します。天動説が信じられた中世以前の時代に、天球すなわち球形の被造的世界が措定されたことも、球が持つこの象徴性に寄与しています。

 したがって球体上に立つ聖母の姿は、神と地上を繋ぐ恩寵の器(神の恵みの通り道)という聖母の役割を可視化したものであり、救い主の母が有する最も特別な属性である無原罪の御宿リの象徴的表現です。本品の浮き彫りに蛇は登場しませんが、球体上に立つ無原罪の御宿リ(聖母)はしばしば蛇を踏みつけています。




(上) フォルチュネ・メオール作 「1876年7月2日、ルルド ― 聖母の戴冠」 メオール(Fortuné Louis Méaulle, 1844 - c. 1901)の木口木版から鉛版を起こし、イポリット・オーギュスト・マリノニ(Hippolyte Auguste Marinoni, 1823 - 1904)の輪転機で印刷したもの


 本品の意匠に見られる第二の特徴は、聖母が戴冠していることです。ノートル=ダム・ド・ルルドの冠は、本品が 1876年以降に作られたことを示します。

 現在ルルドに建つ三つのバシリカのうち、中心的な地位にあるのがロザリオの聖母のバシリカ(la basilique Notre-Dame-du-Rosaire)です。このバシリカは 1883年から建設が始まり、主要部分は 1889年に完成しました。

 ロザリオの聖母のバシリカの前に、バシリカに向き合うようにして、ルルドの聖母のブロンズ像が立っています。像は匿名の人物が寄贈したもので、高い台座の上に立っており、台座を除く聖母像の高さは二・五メートルです。この聖母像のためには、1613年創業の老舗高級宝飾店メレリオ(Mellerio)によって美しい冠が制作され、ロザリオの聖母のバシリカが建つよりも前の 1876年7月2日に、盛大な戴冠式が行われました。上に示したのはそのときの様子を伝える版画で、メレリオが作った聖母の冠が上部に描かれています。





 聖母の出現をはじめとする奇跡は、毎年多数の事例が申告されます。しかしながらその中には善意の思い違いや精神疾患による幻覚、悪意による虚偽など、事実でない報告も混じっているでしょう。思い違いや幻覚、意図的な虚偽ではないとしても、幻視者の心の中だけで起こって客観的裏付けが得られない事例も多くあり、それらを奇跡と認め始めるときりがありません。それゆえカトリック教会は、聖母の出現や奇跡の報告を受けても、原則的にそれらを事実と認めません。

 ルルドの場合も事情は同じです。ルルドでの聖母出現は十八回に及び、見物人の数はどんどんと増えてゆきました。聖母が見えたのはベルナデットだけで、周囲の人々には聖母の姿が見えませんでしたが、聖母出現の真正性を証拠づけるような数多くの奇跡が大勢の目の前で起こっていました。しかしながら当初カトリック教会はルルドの事件を真正の奇跡であると即断せず、ルルドの聖母への崇敬もなかなか許可しませんでした。

 関係者を長期に亙って厳しく尋問し、綿密かつ膨大な量の調査を行った後、カトリック教会がルルドの奇跡をようやく認めたのは 1862年5月18日のことで、聖母の出現から四年近くが経っていました。カトリック教会がルルドの聖母への崇敬を許可したのは、このとき以降です。したがってメダイをはじめとするルルドの聖母の信心具は、すべて 1862年以降に作られたものです。このことに加えて、本品に彫られたルルドの聖母は戴冠しています。したがって本品は 1876年以降に制作されたものであることがわかります。





 本品の意匠に見られる第三の特徴は、フルール・ド・リスが多用されていることです。フルール・ド・リス(仏 fleur de lys)とは、百合の花という意味です。十字架を模(かたど)った本品の各末端部は、フルール・ド・リスの形になっています。また聖母の背景には、たくさんのフルール・ド・リスが散りばめられています。

 百合は純潔、摂理への信頼、神による選びを意味するゆえに、キリスト教の図像体系において聖母マリアを卓越的に象徴し、そのアトリビュートとして描かれます。フルール・ド・リスも百合と同じく、聖母マリアを象徴します。





 フルール・ド・リスはフランスの象徴ともされています。フルール・ド・リスとフランス王権が決定的に結びついたのはカペー朝の時代で、これはサン=ドニのシュジェ(Suger de St. Denis, 1081 - 1151)、及びクレルヴォーの聖ベルナール(St. Bernard de Clairvaux, 1090/91 - 1153)の影響と考えられています。いずれも聖母崇敬に熱心であったシュジェとベルナールは、カペー家を聖母の庇護の下に置くべく王室の聖母崇敬を推し進め、これに伴って聖母の象徴である百合文、すなわちフルール・ド・リスも多用されるようになりました。上の図はシュジェが仕えたルイ六世の印璽(印影)です。王はフルール・ド・リスの王冠を被り、左手にフルール・ド・リスの王笏、右手にフルール・ド・リス形装飾品を持っています。

 この歴史的文脈に沿って考えれば、十字架型メダイの各末端をフルール・ド・リスに模り、聖母像の背景にフルール・ド・リスをちりばめた本品の意匠は、聖母がフランスを見捨て給わず、庇護を与え、恩寵を降(くだ)し給うことを、とりわけ強調していることがわかります。




(上) キリストに身を投げかける悔悛のガリア。背景は 1914年9月4日のドイツ軍による空襲で炎上するランス司教座聖堂ノートル=ダム。ノートル=ダム・ド・ランスは歴代のフランス国王が戴冠した司教座聖堂です。手前にジャンヌ・ダルクの騎馬像が見えます。戦時に描かれた聖画であるせいか、ガリアはコロナ・キーウィカを着けています。


 ルルドに聖母が現れ、バシリカが建てられ、本品が作られた十九世紀後半は、悔悛のガリアの時代でした。ルイ十四世の時代以降、直近には普仏戦争の敗北に至るまで、カトリックの長姉であるはずのフランスが数々の災厄に見舞われたのは不信仰のせいでしたが、それにもかかわらず聖母は不肖のフランスを選んで、ルルドに出現し給いました。信仰深い当時の人々にとって、この事実はいかに心温まるものであったことでしょうか。戴冠した聖母とフルール・ド・リスの組み合わせは、この世の如何なる母よりも慈しみ深きマリアが、罪深きフランスを決して見棄てずに愛し、祝福し、執り成し給うことを表しているのです。





 本品はおよそ百四十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、きわめて良好な保存状態です。聖母像は立体的ですが突出部分も摩滅しておらず、細部までよく残っています。特筆すべき問題は何もありません。

 悲しい悔悟に沈む十九世紀後半のフランスにとって、ルルドにおける聖母の出現は、それでも聖母は見棄て給わないという喜ばしいメッセージとなりました。小さなメダイに大きな喜びを表現した本品は、悔悛のガリアにおいて幸福感に満ち溢れた稀有な作例となっています。





本体価格 15,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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