銀無垢の美麗大型メダイ ルルドの薔薇の聖母 パリ、ファリーズ・フレール アール・ヌーヴォー様式による優品 35.8 x 24.4 mm 1919年


外付けの環を除くサイズ 縦 35.8 x 横 24.4 mm  重量 8.9 g

フランス  1919年頃



 パリの金銀細工工房ファリーズ・フレール (Falize Frères) が 1919年頃に制作したアール・ヌーヴォー様式の美麗メダイ。薔薇の中に立って静かに祈るノートル=ダム・ド・ルルド(仏 Notre-Dame de Lourdes ルルドの聖母)を、縦長の画面いっぱいに浮き彫りにしています。

 ルルドの聖母を主題にしたメダイは、これまで百五十年以上にわたって非常に多く作られてきましたが、筆者(広川)が知る限り、本品は最も優れた作品です。サイズの点でも本品は最大の部類で、短いほうの径(横幅)が五百円硬貨の直径とほぼ同じです。8.9グラムの重量は五百円硬貨よりもずっと大きく、手に取ると心地よい重みを感じます。





 表(おもて)面は、ルルドの聖母の立ち姿を浮き彫りで表しています。右手首にロザリオを掛けた聖母は、両手を胸の前に合わせ、顔をうつむき加減に目を閉じています。聖母の足下には大輪の薔薇が三つ、咲き誇っています。

 本品に刻まれた三輪の薔薇は、次の三つの意味を重層的に表しています。


1. 「無原罪の御宿り」、「ロサ・ミスティカ」あるいは「白百合」としての聖母

 5世紀のラテン詩人セドゥーリウス (Coelius/Caelius Sedulius, 5th century) は、「カルメン・パスカーレ」("CARMEN PASCHALE" 「復活祭の歌」)第二巻で人祖の妻エヴァと聖母マリアを対比し、棘のある繁みから生まれながらも、棘に傷つくことなく美しい花を咲かせる薔薇を、聖母マリアに喩えました。このメダイにおいて、ルルドの聖母が薔薇の繁みに裸足で立っているのは、聖母が薔薇の棘、すなわちエヴァの罪に傷付かない「無原罪の御宿り」であることを、象徴的に表しています。聖母の足下に咲き誇る薔薇はいずれも美しいですが、聖母自身こそが、あらゆる薔薇の中で最も美しい大輪の花、ロサ・ミスティカ(奇しき薔薇)なのです。





 あるいはこの図像の聖母を、薔薇に囲まれた白百合に喩えることも可能です。旧約聖書の恋の歌「雅歌」において若者から「わたしの恋人」(羅 amica mea) と呼ばれる女性は、キリスト教の立場に立つと、神の眼に適ったマリアを表すと解釈されます。「雅歌」 2章 2節には次のように書かれています。

  Sicut lilium inter spinas, sic amica mea inter filias. (Nova Vulgata)  おとめたちの中にいるわたしの恋人は 茨の中に咲きいでたゆりの花。 (新共同訳)

 聖母を「のなかのゆり」に喩えたこの聖句に基づき、薔薇の間に聖母を描いた図像が、中世以来多数描かれました。


2. キリストの愛、神の愛

 さらに薔薇は、本来有する五枚の花弁がキリストの5箇所の傷に喩えられるゆえに、キリストの象徴、さらには神の愛の象徴でもあります。人への愛ゆえに十字架で受難し給うたのは、三位一体の第二のペルソナであるキリストですが、ペルソナ間のペリコーレーシス(希 περιχώρησις 相互浸透)に基づいて、三つの位格を薔薇で象徴的に表すことも可能です。

 それゆえ本品において、三つの薔薇は三位一体の神の神の愛を象徴しています。本品を制作したメダイユ彫刻家は、神の座に相応しい天上ではなく、地上に薔薇を咲かせることによって、神が人となり受難し給うという、驚くべき愛のミステリウムを図像化しているのです。





3. 聖母が体現する三つの枢要徳、すなわち「信仰」と「希望」と「愛」

 三つの薔薇は、また、キリスト教における三つの枢要徳、すなわち信仰と希望と愛を表します。この三つは万人が有するべき徳ですが、聖母と関連付けられた場合には、「受胎の告知を受け容れた神への絶対的信仰」、「救い主を産むことによって人間に与えた救済の希望」、「全身全霊を以って神とイエスを愛する愛」、及び「罪人を愛し執り成す母のような愛」を意味します。

 それゆえ本品メダイの彫刻において、縦長の画面いっぱいに表された聖母の立ち姿は三輪の薔薇と響き合い、天と地を結ぶ恩寵の器、すなわち神の恵みの通り道となった聖母の「信仰」、聖母を通して天から地上に与えられた「希望」、キリスト者の鑑(かがみ)たる聖母から神へと向かう「愛」を表すと考えることができます。それに加えて、ルルドの聖母を慕って巡礼に訪れる人々を、聖母が慈しみ給う愛をも、象徴的に表現しているといえましょう。


・悲しみの聖母

 ルルドの聖母が図像化される場合、ほとんどすべての作品において、聖母は右手首にロザリオを掛け、両手を胸の前に組み、目を天に向けた姿で表されます。これは1853年 3月25日、十六回目の出現の際、聖母に名を問う少女ベルナデットに対し、「わたしは無原罪の御宿りです」と答え給うた際の姿です。





 しかしながら本品において、聖母はあたかも深い悲しみに沈むかのように、目を伏せています。聖母像の背景には、ラテン語風のクラシカルなアンシャル体で、祈りの言葉が刻まれています。このメダイにおいて、聖母を目を伏せた姿に描く例外的な表現が為されている理由は、聖母の背景に刻まれた祈りを読めば分かります。その内容は次の通りです。

     Nous cardinaux archevêques et évêques français au nom de la France entière nous faisons solenellement le voeu, O Vierge Marie, de conduire nos diocèses en pèlerinage à vos sanctuaires de Lourdes pour rendre grâce à Dieu de la victoire et des bienfaits d'une paix durable.  ..  おとめマリアよ。フランスの枢機卿、大司教、司教たるわれらは、教区の民を率いてルルドなる御身の聖所に巡礼し、勝利について、また永き平和がもたらす善きものについて、神に感謝を捧げることを、フランス人すべての名において、神の前に誓います。


 すなわち本品は、1914年から四年間に亙って戦われ、フランスの国土を荒廃させて無数の戦死者、戦災死者、戦争寡婦、戦争孤児を生んだ第一次世界大戦の直後に刻まれた作品なのです。

 フランス本土と海外領土のすべての枢機卿、大司教、司教は、1966年に組織されたフランス司教会議(仏 la Conférence des évêques de France, CEF) に属し、年に二回、ルルドで総会を開いています。フランス司教会議の前身は、1919年に組織されたフランス枢機卿・大司教・司教会議(仏 l'Assemblée des cardinaux et archevêques de France) です。

 本品メダイは第一次世界大戦が終結した翌年、フランス枢機卿・大司教・司教会議が組織された際に制作された作品です。本品に刻まれた聖母が目を伏せて祈る姿には、当時のフランス人の誰もが抱いていた大きな悲しみと、愛しい死者のために執り成しを願う心からの祈りが込められています。また聖母の清らかな立ち姿には、神へと立ち昇る祈りが籠められるとともに、神の加護を信じつつ再び歩み始めるフランスの決意が感じられます。





 裏面には聖母、天使、司教たちの群像が彫られています。もう一方の面が聖母のみを大きく表した単身像であったのに対し、こちらの面の聖母は遠景に小さな姿を見せるのみで、むしろ司教たちが主役を務めています。もう一方の面に刻まれた祈りの一節に、「フランス人すべての名において」とあるように、全フランスの司教たちは、聖母に救いを求めるすべてのフランス人を代表しています。




(上) マリ・ジョゼフ・アルマン=カリア作 「ルルドの聖母御出現50周年記念メダイユ」 1908年


 一方の面に天界を、もう一方の面に地上を表現している点で、本品の構想にはマリ=ジョゼフ・アルマン=カリアによるルルドのメダイユとの共通性が見られます。このメダイを制作した彫刻家は、一方の面の主役として「聖母」を、もう一方の面の主役として「地上を旅する教会」を描き、このふたつを一枚のメダイの表裏に合わせて一体とすることによって、ルルドにおける天と地の出会い、「人を愛する神の愛」と「神を愛する人の愛」の合一を、一枚の金属片上に形象化しているのです。





 聖母像の足下にファリーズの刻印 (FALIZE ORF) があります。"ORF" はオルフェーヴル(仏 orfèvre 金銀細工師)の略記です。ファリーズ(Falize Frères)は、日本美術の強い影響の下、数々の美しい作品を産み出したパリの美術工芸品工房です。本品が制作されたのはアール・ヌーヴォー時代が過ぎ去った後の 1919年ですが、聖母自身と足元の薔薇は「自然主義的様式美」とも言うべき美しさを有しており、アール・ヌーヴォーの名残りが認められます。

 フランスをはじめ、二十世紀初頭のヨーロッパでは、富の大半が富裕層に集中していました。たとえば 1910年のフランスにおいて、上位一パーセントの富裕層が富の70パーセント近くを所有していました。富裕層の範囲を上位十パーセントに広げると、この階層が富の九割を独占し、残りの一割を90パーセントの国民が分け合う状況でした。「一部の富裕層以外は、全員が下層階級」というように、社会が極端に二極分化していたのです。このような不平等は第一次世界大戦よりも後に幾分緩和されてゆきますが、本品が制作された 1919年の時点では、社会の不平等は 1910年と変わらず、本品のように大きな銀無垢メダイは、大多数の人々にとって、めったなことでは手に入らない高価な品物でした。本品の突出部分に見られる軽度の磨滅は、大切に、且つ肌身離さず愛用された品物であることを物語っています。





 本品は百年近く前に制作された真正のアンティーク工芸品ですが、突出部分にも摩耗はほとんど無く、驚くほど良好な保存状態です。美しいばかりではなく、数あるルルドのメダイの中でも非常に手に入りにくい作品で、私自身手放し難いメダイです。





本体価格 45,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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