アール・ヌーヴォー様式による美麗メダイユ 《ティトル・フィクス ノートル=ダム・ド・ルルド》 四色の金張りに透かし細工 31.4 x 20.9 mm フランス 1919年


突出部分を含むサイズ 縦 31.4 x 横 20.9 mm

フランス  1919年



 アール・ヌーヴォー様式によるノートル=ダム・ド・ルルド(仏 Notre-Dame de Lourdes ルルドの聖母)の美麗メダイユ。サヴァール・エ・フィス(Savard et fils)が四色の金を用い、百年前のフランスで制作した美しいアンティーク工芸品です。





 本品を真横から見ると、二層の金属が張り合わせてあることが分かります。本品は透かし細工を打ち抜いたメダイの背に、エマイユでいえばプシュド=シャンルヴェ(仏 le pseudo-champlevé)の胎に相当する金属板を張り合わせた構造となっており、さらに非常の細い糸鋸(いとのこ)を用いて胎の部分にも透かし孔を開けています。すなわち本品は以下に示すような非常に手の込んだ方法で制作されています。

  1.   ブロンズまたは真鍮の楕円形の板に、聖母像と植物を打刻する。
2.  1. に透かしを打ち抜く。
3.  2. の背に薄い板を鑞付け(ろうづけ 溶接)する。
4.  3. の上部に環を溶接する。
5.  4. で溶接した環に、チェーンを通す大きな環を取り付け、溶接して閉じる。これでメダイユの形が出来上がる。
6.  最初にローズ・ゴールド(ピンク・ゴールド)、次にイエロー・ゴールドの順で、5. に分厚いエレクトロプレートを施す。
7.  6. を電解液から取り出して洗浄し、グリーン・ゴールドとホワイト・ゴールドの金張りを施す。
8.  布目模様の鏨(たがね)、及びビュラン(彫刻刀)を用いて、7. の植物部分に細密な彫金を施す。聖母像の背景となる雲形のプレートにも、周辺部に近いところに渦状の文様を付ける。
9.   3. で裏打ちに使った薄板を糸鋸で切り、透かしを貫通させる。
10.   縁と裏面を研磨して仕上げる。


 メダイユの透かし細工を最終的に貫通させるのであれば、最初の楕円形プレートを打ち抜く際、透かしも同時に打ち抜けばよいはずです。しかるに本品では二層の金属製メダイユを張り合わせ、裏側の薄いメダイユを糸鋸で切って透かしを貫通させています。このように面倒な方法を採ったわけは、制作すべきメダイユに厚みがあるゆえに、繊細な透かしを打ち抜くことができないからでしょう。

 硬貨の孔のようなものであれば、形状が単純である上に縁の幅が広いので、金属に多少の厚みがあっても形をゆがめずに打ち抜くことが可能です。しかるに本品の植物文様はたいへん繊細な形状で、厚みのある金属板から綺麗に打ち抜くことができません。それゆえサヴァール・エ・フィスは綺麗に仕上がる厚みのメダイユに透かしを打ち抜き、それを二枚目の金属製メダイユで裏打ちして、目指す厚みと強度を得ています。二枚目のメダイユには手作業で透かしを入れる必要がありますが、金属が薄ければ比較的容易に加工できます。

 これはたいへん面倒な方法ですが、そもそも四色の金張りを施す時点で現代の製品では考えられない手間がかかっています。手間を惜しまないやり方は、二十世紀初頭までのアンティーク品ならではの制作方法であるといえます。





 本品の植物文様は、花びらがローズ・ゴールド(ピンク・ゴールド)、花の中央部がホワイト・ゴールド、葉がグリーン・ゴールド、茎がイエロー・ゴールドです。四色の金を使った植物の浮き彫りは、ジュエリーや懐中時計ケースなど、アール・ヌーヴォー期までの工芸品によく使われました。しかるに次のアール・デコ期になるとこのように典雅な細工は姿を消します。金と銀の合金であるグリーン・ゴールドも、おそらくコストがかかるせいで使われなくなります。

 多色の金張りが姿を消した理由は、蓋(けだ)し美意識の時代的変化によるものです。1920年代のアール・デコ期には産業的手段による工業生産品が賞賛され、本品のように既製品でありながらも手間をかけた手作りの品は、時代遅れと看做されるようになったのです。アール・ヌーヴォーとベル・エポックの香りを強く留める本品は、時代の精神が現代に切り替わる直前に制作された品物であり、近代最後の工芸品と言えましょう。


 手間を惜しまず制作し、品物の将来の姿まで見通すメダイユ工房の姿勢は、ローズ・ゴールドの下地にイエロー・ゴールドを被せた本品の作りにもうかがえます。

 聖母像と背景の雲形プレート、及びメダイユの縁と裏面には、ローズ・ゴールドの上にイエロー・ゴールドが被せてあります。このうち縁は突出部分であるゆえに他の物と擦れ合い、イエロー・ゴールド層の摩滅によってローズ・ゴールドが露出して、メダイユの内側と美しい対照を為しています。さらに聖母像は女性らしい体の凹凸に従ってイエロー・ゴールド層が摩滅し、ローズ・ゴールド色へと無段階的に遷移して、美しい視覚効果をもたらしています。




(上・参考画像) 「ティトル・フィクス」ブランドのビジュ(ジュエリーとアクセサリー)。1907年の広告。


 上の写真はパリのアクセサリー商 E. ブリエ(E. Boullier)が、ティトル・フィクスの商品を掲載した 1907年頃の広告です。フィクス(FIX)及びティトル・フィクス(titre Fixe)はジュエリー工房サヴァール・エ・フィス(Savard et fils)が保有するブランド名です。

 サヴァール・エ・フィスは、ジュエリー職人フランソワ・サヴァール(François Savard)の工房です。フランソワ・サヴァールは、1829年、真鍮またはブロンズの表面に金を張った素材(「オール・ドゥブレ」 or doublé あるいは「プラケ・ドール・ラミネ」plaqué d'or laminé)を発明しました。フランソワ・サヴァールの発明は息子オーギュスト (Auguste Savard) に受け継がれ、1893年以降、ティトル・フィクス及びフィクスの商標で全盛期を迎えました。ティトル・フィクスまたはフィクスは金が厚いために磨滅しにくく、変色も起こらない高品質のジュエリーで、十九世紀半ばから二十世紀前半のフランスにおいて人気を集めました。

 本品上部の環には、裏面にフィクス(FIX)の刻印があり、数十年以上に亙って愛用されることを想定した高級品であることがわかります。筆者(広川)の見るところ、サヴァール・エ・フィスは本品が百年後の今日に呈する経年の美を計算に入れて、イエロー・ゴールド層の下にローズ・ゴールドを張っています。将来の美を計算したのでなければ、二色のエレクトロプレートを重ねた理由が説明できません。イエロー・ゴールドをベースにしつつ、突出部分がローズ・ゴールドのアクセントとなっている聖母像の美しさは、百年の星霜によって金属の重なりから呼び出された美です。サヴァール・エ・フィスの金張り職人は、時が経てばこの美が露わになることを予見していたに違いありません。





 裏面にはイニシアルと日付が刻まれています。イニシアルは古い字体によるア・イ(A I)またはイ・ア(I A)で、見事なカリグラフィーの組み合わせ文字になっています。日付は 1919年1月5日です。1919年のこの日は日曜日で、イエスの聖名の祝日でした。イニシアルはおそらく十二歳の少年または少女の名前で、この日に初聖体を受けたのでしょう。

 1919年1月5日は第一次世界大戦が終結して五十五日後に当たります。両親は子供が無事に初聖体を迎えられたことに、大きな安堵と感謝を感じたはずです。本品は金無垢ではありませんが、厚い金張りである上に手間をかけて丁寧に作られており、たいへん質の良い品物です。一生に一度の晴れの日である初聖体に聖母の祝福を祈る美しいジュエリーです。





 上の写真は男性店主の手に乗せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。


 本品の聖母像のモデルは、ルルドにあるマサビエルの岩場の聖母です。本品の聖母像もマサビエルの聖母像も、両足の上に金の薔薇を咲かせています。これは聖母がロサ・ミスティカ、すなわちを持たず、茨の棘を踏んでも傷つくことがない無原罪の御宿リであることを表します。


 ファビシュの聖母像


 マサビエルの聖母像は、聖母出現から六年が経った 1864年に、リヨンの高名な彫刻家ジョゼフ=ユーグ・ファビシュ(Joseph-Hugues Fabisch, 1812 - 1886)が制作したものです。

 1863年7月、ド・ラクール姉妹(Marie-Elfride et Marie-Sabine de Lacour)という二人の女性が、リヨンからルルドを訪れました。ド・ラクール姉妹は自分たちの財産を慈善のために使おうと考えており、ルルドの岩場に小さな聖母像が置かれているのを目にして、ここに立派な像を寄進しようと考えました。姉妹はジョゼフ=ユーグ・ファビシュに像の制作を依頼することにしました。ジョゼフ=ユーグ・ファビシュは偉人の胸像や多数の聖人像、祭壇彫刻の作者です。バジリク・ノートル=ダム・ド・フルヴィエールの鐘楼に立つ金色の聖母像も、ファビシュの作品です。





 アンティーク品は単なる中古品ではありません。意匠、材料、技法において現代には無い性格を有する品物に触れ、時代の薫りをまとった一点ものを手に入れることは、アンティーク品が与えてくれる大きな楽しみです。このうち意匠については、アール・ヌーヴォー風のレプリカが現代でも豊富に作られています。しかしながらグリーン・ゴールドを含めた四色の金張りは二十世紀半ば以降の品物には決して存在せず、本品のように手間をかけた透かし細工も近年の品物には決して行われません。本品は手間を惜しまず制作された近代最後の工芸品です。

 さらに本品は初聖体の記録が裏面に刻まれることによって、歴史性と個別性を獲得しています。品物が有する歴史性こそが、アンティーク品をレプリカから分かつ本質的価値です。本品はここに挙げた「魅力あるアンティーク美術工芸品の要件」を全て満たしており、数々の品物を見てきた筆者自身にも愛しく思える一点です。


 本品はちょうど百年前のフランスで作られたメダイですが、古い品物であるにもかかわらず良好な保存状態です。特筆すべき問題は無く、日々ご愛用いただける実用的なアンティーク美術品に仕上がっています。





24,800円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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