稀少品 ブーローニュ=シュル=メールの聖母子と灯台 フランスを導くブーローニュの聖母のメダイ 直径 20.2 mm


突出部分を除く直径 20.2 mm

フランス  1950年代頃



 西暦636年頃、英仏海峡に面した北フランスの町、ブーローニュ=シュル=メールに出現した「ブーローニュの聖母」のメダイ。聖母マリアの聖地としては1858年以降ルルドが有名になりましたが、それ以前はブーローニュ=シュル=メールがフランスのみならず世界で最もよく知られた聖母マリア出現の巡礼地でした。





  メダイの表(おもて)面には、小舟に乗ってブーローニュに漂着した聖母子像を浮き彫りにします。聖母子は共に戴冠しています。聖母は左腕に幼子イエズスを抱き、右手には女王の権威を示す笏を持っています。ふたりの天使が聖母子像を挟み小舟を漕ぐかのように座っているのは、「ブーローニュの聖母」の伝統的図像表現で、帆も櫂も無い小舟が神慮によってこの地に流れ着いたことを表します。





 小舟には激しい波が打ち寄せ、逆巻く波がメダイの周囲を取り囲んでいます。それにもかかわらず聖母子も天使も穏やかな表情で、小舟は静かに浮かんでいます。「漁(すなど)る者たちの守護者にして、恩寵の源、敬虔の泉」であり、ブーローニュの村とフランスを守り給う聖母は、その冠と女王の笏が示す権威により、自然の元素(水と風)を鎮めています。


  遠景には灯台が見えます。

 ローマ皇帝カリギュラ (CALIGULA, 12 - 37 - 41) はブリテン島侵攻を企て、紀元39年頃、ブーローニュ=シュル=メールに巨大な灯台を建設しました。この「カリギュラの灯台」はフランスで最初の灯台であるばかりか、古代世界においてアレクサンドリア灯台と並ぶ大灯台であり、40メートル乃至60メートル以上の高さがあったと伝えられます。「カリギュラの灯台」はいったん放棄された後、810年頃にシャルルマーニュ (Charlesmagne, 742 - 814) によって再建されましたが、1644年、土地が波に浸食されたことが原因で倒壊し、1930年頃までに完全に姿を消しました。しかしながらブーローニュ=シュル=メールは海上交通の要衝であるゆえに、20世紀になって、「カリギュラの灯台」とは別の場所に灯台が建設され、現在に至っています。


(下) 「カリギュラの灯台」の廃墟 20世紀初頭頃の絵葉書




 このメダイの遠景に彫られている灯台は古代の灯台ではなく、現代の灯台の形をしています。現在のブーローニュ=シュル=メール港灯台を意図して彫られたのかどうかは不明ですが、現実の灯台を写生的に写したものであるか否かは重要な問題ではありません。フランスを導き守るノートル=ダム・ド・ブーローニュ(ブーローニュの聖母)の聖地であるブーローニュ=シュル=メールは、奇しくもフランス最初の灯台が建設された地でもあります。それゆえメダイの遠景に彫られた灯台は、フランスに対する聖母の守護と導きを、象徴的に表したものと考えることができます。





 メダイの裏面にはブーローニュに建つ「無原罪の御宿りのバシリカ」(La Basilique Notre-Dame de l'Immaculée Conception) が彫られ、「ノートル=ダム・ド・ブーローニュ=シュル=メール」(Notre-Dame de Boulogne-sur-Mer フランス語で「ブーローニュ=シュル=メール聖母聖堂」)と刻まれています。この聖堂は、ブーローニュ=シュル=メール旧司教座聖堂がフランス革命で破壊されたまま放棄されていたのを、ブノワ・アガトン・アフラング神父 (Mgr. Benoît Agathon Haffreingue, 1785 - 1871) が主導して再建に取り組み、神父が没して四年後の1875年に完成させたものです。ブーローニュ=シュル=メール聖母聖堂」は壮麗なネオ・ゴシック様式聖堂であり、 1879年にバシリカとされました。





 上の写真は実物の面積を二百五十倍に拡大しています。定規のひと目盛りは1ミリメートルです。驚嘆すべき職人芸によって、聖堂の細部に至るまで精密に再現するばかりか、絵画における空気遠近法にも似た彫り方により、遠景の山や建物をぼかして表現する至難の浮き彫り技法によって、あたかも現地の風景を眼前にするかのような迫真性を実現しています。

 本品の直径は 20ミリメートルで、一円硬貨と同じサイズです。人間業(わざ)とも思えないこのようなメダイは、浮き彫り彫刻が極度に発達したフランスならではの工芸品といえます。



 聖母が出現した巡礼地のメダイは、ルルドのものが圧倒的多数を占めます。1858年のルルドにおける聖母出現は、19世紀におけるフランス・キリスト教界最大の出来事であり、これまでに数多くのメダイが作られたのも頷(うなず)けます。ルルドに聖母が出現する以前は、ブーローニュこそがフランス最高の聖地であり、中世から19世紀前半まで千年以上の歴史を誇る聖母マリアの大巡礼地でした。それにも関わらず、「ブーローニュの聖母」のメダイはルルドのメダイに比べて驚くほど少なく、ほとんど手に入りません。





  本品は「ブーローニュの聖母」を刻んだ稀少な作例であるだけでなく、たいへん優れた出来栄えであり、保存状態もきわめて良好です。表(おもて)面に描写された強く優しい聖母と言い、裏面に刻まれた恐るべき細密彫刻と言い、数々のメダイを見てきた私自身、手放し難く思う逸品です。





本体価格 18,800円 販売終了 SOLD

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