ポワチエの聖ラドゴンド 「汝はわが冠の高価な真珠なり」 19世紀の銀無垢メダイ 20.4 x 13.9 mm


突出部分を含むサイズ 縦 20.4 x 横 13.9 mm

フランス  19世紀半ばから後半



 メロヴィング朝ネウストリアの王クロタール1世の妃で、クローヴィスの義理の娘にあたる聖女、ポワチエの聖ラドゴンドのメダイ。フランスにおいて800シルバーを表す「イノシシの頭」のホールマークが、上部の環に刻印されています。本品に彫られた聖ラドゴンドの図柄には、19世紀半ばまたは後半のフランスにおいて制作されたメダイならではの特徴が現れています。





 一方の面には正面を向いて立つ聖ラドゴンドを浮き彫りにしています。聖女は王妃の冠とヴェールを被り、縁飾りがある王妃のマントを羽織り、右手に笏、左手に修道院規則を象徴する本を持っています。聖女の周囲には次の言葉がフランス語で記されています。

  Sainte Radegonde Reine de France, priez pour nous.  フランスの王妃聖ラドゴンドよ、我らのために祈りたまえ。

 下の写真は 1850年に出版された聖ラドゴンド伝 (le vicomte Marie-Théodore de Bussierre, "HISTOIRE DE SAINTE RADEGONDE, REINE, ET DE LA COUR DE NEUSTRIE SOUS LES ROIS CLOTAIRE 1er ET CHILDERIC", V.-A. Waille, Paris, 1850) の口絵です。この口絵と本品の浮き彫りを比べると、聖女の衣とマントは同様で、王冠と本も共通しています。異なるのは聖女が右手に持っている物です。ラドゴンドの口絵は、フランス王室の印であるフルール・ド・リスの笏を足下に投げ捨て、修道院長の牧杖に持ち替えることで、現世を棄てた修道女の生き方を強調しています。これに対してメダイのラドゴンドは、フルール・ド・リスが付いた王妃の笏を手にしています。

 このメダイが制作された 19世紀半ばから後半は、フランスにとって、とりわけ信仰深いカトリック信徒にとって、試練に満ちた時代でした。この時代、フランスのみならず全ヨーロッパが近代化の波に飲み込まれ、自然主義、合理主義、汎神論、高等批評、社会主義、共産主義、信教の自由など、あらゆる近代思想が興隆しました。またフランスは 1870年の普仏戦争で惨敗し、これに続くコミューンの内乱で全土が荒廃しました。特にカトリック教会はコミューンによって大きな打撃を受け、コミューンが終息したのちも、第三共和政の反教会的施策によって受難が続きました。このような状況の中、信仰に篤いフランスのカトリック信徒たちは、「フランスの王妃」聖ラドゴンドの執り成しに縋(すが)ろうとしたのです。宮廷を棄てた女子修道院長として描かれながら、フルール・ド・リスの笏を手にした聖ラドゴンドの姿には、当時のフランスに生きるカトリック信徒たちが、大きな不安と混乱を感じていた様子が反映されています。





 ちなみにラドゴンドが生きたメロヴィング時代には、フルール・ド・リスは未だ「フランス王室の印」にはなっていませんでしたが、フルール・ド・リスが実際にラドゴンドの笏にあしらわれていた可能性は十分にあります。ラドゴンドの義父クローヴィスは 507年にローマ皇帝(東ローマ皇帝)アナスタシウス1世 (Anastasius I, 431 - 518) から帝国の執政官に任命されており、メロヴィング朝の宮廷が文物においてもビザンティン文明の影響を受けたであろうことは強く推察されます。したがってビザンティン宮廷におけると同様に、メロヴィングの宮廷においても、諸王の礼装、王笏、王冠にはフルール・ド・リスの意匠が使われていた可能性が高いと考えられます。

 フルール・ド・リスが王室の重要な印となるのは、カペー朝の時代です。カペー朝においてフルール・ド・リスが重視されるようになったのは、シュジェ、及びクレルヴォーの聖ベルナールの影響と考えられています。シュジェ (Suger, 1081 - 1151) はサン=ドニ修道院長となり、最初のゴシック建築であるサン=ドニ聖堂を建設した人物です。シュジェはカペー朝第5代国王ルイ6世 (Louis VI le Gros, 1081 - 1137) と同い年で、10歳のときからの親友でした。ルイ6世とその子ルイ7世 (Louis VII le Jeune, 1120 - 1180) に仕え、ルイ7世が十字軍で不在であった間は摂政も務めました。クレルヴォーの聖ベルナール (St. Bernard de Clairvaux, 1090/91 - 1153) はシトー会の改革者であり、当時の西ヨーロッパで最も影響力のある宗教人でした。アベラールとの論争に勝ったことや、ヴェズレーで第一回十字軍を勧説したことによっても知られています。いずれも聖母崇敬に熱心であったシュジェとベルナールは、カペー家を聖母の庇護の下に置くべく王室の聖母崇敬を推し進め、これに伴って聖母の象徴である百合文、すなわちフルール・ド・リスも多用されるようになりました。




(上) 本品と同時代に制作されたカニヴェ 「聖ラドゴンド」 ブアス=ルベル、図版番号 1536 当店の商品です。


 メダイのもう一方の面には、キリストとラドゴンドを浮き彫りにしています。表面が少し磨滅していますが、上に示したカニヴェと比較すると、メダイの図柄がよくわかります。





 本品の浮き彫りにおいて、聖ラドゴンドは王妃の装いを脱ぎ棄てて修道衣を身に纏い、修道院の石畳に跪いてキリストを礼拝しています。聖ラドゴンドが王妃の冠をキリストに捧げる図柄は、聖女が王妃の座を棄てたことのみならず、キリストを王として心の中に迎え入れ、聖女の心に対する支配権をキリストに捧げたことをも意味します。王であるキリストは自らが戴く王冠に嵌められた真珠を指さして、聖女に語り掛けています。浮き彫りを取り巻くように、キリストの言葉がフランス語で記されています。

  Vous êtes une perle précieuse de ma couronne  汝はわが冠の高価な真珠なり。


 「マタイによる福音書」 13章45節から46節に記録されているイエス・キリストのたとえ話には、「高価な真珠」が登場します。該当箇所をギリシア語原文と新共同訳によって引用します。ギリシア語原文はネストレ=アーラント26版によります。
マタイ 13:45 - 46  45 Πάλιν ὁμοία ἐστὶν ἡ βασιλεία τῶν οὐρανῶν ἀνθρώπῳ ἐμπόρῳ ζητοῦντι καλοὺς μαργαρίτας: 46 εὑρὼν δὲ ἕνα πολύτιμον μαργαρίτην ἀπελθὼν πέπρακεν πάντα ὅσα εἶχεν καὶ ἠγόρασεν αὐτόν.  また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。


 このたとえ話を念頭に置くと、メダイに刻まれたキリストの言葉「汝はわが冠の高価な真珠なり」(Vous êtes une perle précieuse de ma couronne.) は、二様に解釈できます。第一に、上に引用したたとえ話の「商人」を求道者、「真珠」を「天の国」と解釈した場合、「汝はわが冠の貴き真珠なり」というキリストの言葉は、「聖ラドゴンドは地上を棄て、己を棄てて、キリストを王として迎え入れることにより、救いを見出した」という意味に解釈できます。第二に、上に引用したたとえ話の「商人」をキリスト、「真珠」を「救われるべき人」と解釈した場合、「汝はわが冠の貴き真珠なり」というキリストの言葉は、「聖ラドゴンドは、キリストがすべてを捨て、命をも棄てて贖(あがな)った『高価な真珠』である」という意味に解釈できます。

 上記のいずれの解釈においても、「汝はわが冠の貴き真珠なり」というキリストの言葉は「聖ラドゴンドが天の国に迎え入れられた」ことを表しますが、後者の解釈においては、キリストの愛の人知を絶する烈しさが強調されています。このメダイが制作された 19世紀半ばから後半は、マルグリット=マリの列福に続いて「第98書簡」が公開され、フランス人が前非を悔いて、「聖心」すなわち「キリストの愛」への信心が興隆した時代でした。本品が制作された時代背景を考えるならば、上記の二通りの解釈のうち、後者のほうがいっそう適切であると考えられます。





 本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にもかかわらず、保存状態は良好です。突出部分には軽微な磨滅が見られますが、浅浮き彫りの細部まで良く残っています。





14,700円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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