トリコロールのエマイユ・シャンルヴェ モンマルトルの聖心教会 サクレ・クールのバシリカ奉献記念 フランス特有の美麗メダイ 22.9 x 19.7 mm


突出部分を含むサイズ 縦 22.9 x 横 19.7 mm

フランス  1919年頃



 ブロンズ製のギリシア十字に、トリコロールのエマイユを施した美麗なメダイ。モンマルトルのサクレ=クールのバシリカが献堂された記念に制作されたものと思われます。

 トリコロール(青、白、赤)のフランス共和国旗は革命期に制定された旗であり、制定の歴史的背景に関して言えば、キリスト教とは相容れない起源を有します。それゆえ信心具にトリコロールを取り入れられた本品の意匠は、一見したところ奇異な感じを抱かせます。




(上) 聖心を示すキリストと、その前に跪いてサクレ=クール教会を捧げる悔悛のガリア 当店の販売済み商品


 革命期に生まれたマリアンヌはフランス共和国の象徴であり、トリコロールと同様にキリスト教とは相容れない起源を有するので、信心具の意匠になることはありません。いっぽうガリアがメダイに登場することはあり得、上のメダイはその稀少な例です。しかしながら十九世紀後半から二十世紀前半の信心具に現れるガリアは、単に民族性を表す中立的なシンボルではなく、悔い改めるべき不信仰の象徴です。上のメダイにおいても、ガリアはマドレーヌを髣髴させる姿でキリストの前に跪いており、キリストとガリアの間には主従、上下の関係が明らかです。





 しかるに本品においては、フランス共和国を象徴するトリコロールがキリスト教に対していわば対等の立場を有し、相容れないはずの象徴が一つに結びついています。このように本来あり得ないはずのことが起こっているのは、本品の制作時期が、戦時、あるいは戦時に類する国難の時代であったことによります。すなわち本品は第一次世界大戦を挟む 1910年代のフランスで制作された品物であるゆえに、信仰心と愛国心が翼賛的に合同した時代の精神が信心具に反映され、キリストの聖心及び十字架を、トリコロールが彩っているのです。

 本品の表(おもて)面は、中央交差部にキリストの聖心(le Sacré-Cœur サクレ=クール)が彫られています。聖心は茨の冠に取り巻かれ、上部には十字架を突き立てられています。しかしながらキリストの聖心は人知を絶する強さの愛ゆえに烈しい炎を噴き上げて燃え、愛の視覚化であるまばゆい光輝を発しています。

 「主の祈り」から引用した「御国が来ますように」(羅 ADVENIAT REGNUM TUUM.)の句が、聖心を取り囲んでいます。御国(みくに)とは神の意志があまねく行われる「神の国」のことです。「御国が来ますように」という祈りは、本品においては「フランス共和国が神の国となりますように」との願いを表すとともに、フランスに対する神とキリストの加護を祈る言葉ともなっています。




(上) ユリウス・ベンツール作 「ヴェルサイユ襲撃時のルイ十六世と家族」 ヴェルサイユ宮最後の日のフォトグラヴュア 171 x 252 mm 1890年代 当店の商品です。


 聖母訪問界の修道女マルグリット=マリ(Ste. Marguerite-Marie Alacoque, 1647 - 1690)は、五つの傷と愛に燃える聖心を示すキリストの幻視を 1673年から1690年の間にたびたび経験し、後に行われるべき聖心への信心業の啓示を得ました。マルグリット=マリがキリストから受けた啓示には、当時のフランス国王ルイ十四世へのメッセージも含まれていました。1689年当時、パレ=ル=モニアルの聖母訪問会修道院の院長を務めていたのはスール・マリ=フランソワーズ・ド・ソメーズ (Marie-Françoise de Saumaise) でしたが、マルグリット=マリはこの院長に宛てた1689年6月17日の手紙の中で、地上で辱めを受けたキリストが地上の君主に償いを求めていると述べた後、キリストが語ったという次の言葉を記しています。日本語訳は筆者(広川)によります。

     Fais savoir au fils aîné de mon sacré Cœur – parlant de notre roi – que, comme sa naissance temporelle a été obtenue par la dévotion aux mérites de ma sainte Enfance, de même il obtiendra sa naissance de grâce et de gloire éternelle par la consécration qu'il fera de lui-même à mon Cœur adorable, qui veut triompher du sien, et par son entremise de celui des grands de la terre.
   わが聖心の長子(ルイ十四世)に伝えよ。王は幼子イエズスの功徳によって儚(はかな)きこの世に生まれ出でたのであるが、崇敬されるべきわが聖心に自らを捧げるならば、永遠の恩寵と栄光のうちに生まれるを得るであろう。わが聖心は王の国を支配し、また王を仲立ちにして地上の諸君主の国々を征服することを望むからである。
         
     Il veut régner dans son palais, être peint dans ses étendards et gravé dans ses armes, pour les rendre victorieuses de tous ses ennemis, en abattant à ses pieds ces têtes orgueilleuses et superbes, pour le rendre triomphant de tous les ennemis de la sainte Église.    わが聖心は王の宮殿にて統べ治め、王の軍旗に描かれ、王の紋章に刻まれることを望む。そうすれば王はすべての敵に勝利し、驕り高ぶる覇者たちの頭をその足下へと打ち倒し、聖なる教会のすべての敵を征服するであろう。
         
      (Marguerite-Marie d'Alacoque, Lettre IIC, 17 juin 1689, Vie et œuvres, vol. II, Paray-le-Monial)     (「マルグリット=マリの生涯と著作 第二巻」より、1689年6月17日付第98書簡)


 十七世紀はイギリスでプロテスタント勢力によるピューリタン革命(1641 - 1649年)と名誉革命(1688 - 1689年)、プロテスタント勢力を加えた諸国とルイ十四世のフランスが交戦したプファルツ継承戦争(1688 - 1697年)が起きた時代です。またオスマン・トルコは東地中海の制海権を未だ維持しており、1683年にはウィーンを攻囲しました。

 上記の啓示でキリストはルイ十四世を「わが聖心の長子」(le fils aîné de mon sacré Cœur) と呼んでいますが、この表現を十七世紀という時代背景に照らすと、「カトリック教会の長姉」(fille aînée de l'Église)、すなわちカトリック教会の守護者たるフランスのイメージがはっきりと浮かび上がります。

 マルグリット=マリはキリストから受けた上記の啓示をルイ十四世宛ての手紙に記しました。聖女の手紙はパレ=ル=モニアルのド・ソメーズ院長から、パリ、シャイヨ宮にある聖母訪問会修道院の院長、王妃、国王付聴罪司祭を経て国王に渡されるはずでした。しかしながら国王からの反応はありませんでした。聖女の手紙がいずれかの段階で止められたか、あるいは国王が手紙を読んでも内容を実行しなかったのです。

 聖女に対する上記の啓示が明らかになったのは、マルグリット=マリ列福の三年後、聖女がド・ソメーズ院長に宛てた手紙のひとつ(第98書簡)が1867年8月に公開されたときのことです。十九世紀後半のフランス人たちは、普仏戦争の敗北、コミューンの内乱など、フランスを襲った数々の不幸を、ノアの洪水に比して考えました。ルイ十四世とフランス人の心が頑なになり、キリストの啓示に聴き従わなかった結果、それらの災厄が起こったと思われたのです。キリストはマルグリット=マリを通してフランスに啓示を与えたのに、それ以来百年経ってもフランスは回心せず、それどころかフランス革命を起こして、ますます悪くなりました。聖女に啓示が為されたちょうど百年後、1789年の聖心の祝日(6月17日)に第三身分が国民議会を結成し、反キリスト教的、反教会的なフランス革命が本格化したことは、保守的な人々の目から見れば、フランスが神に反逆した象徴的な出来事と映りました。


 本品に刻まれた「御国が来ますように」(羅 ADVENIAT REGNUM TUUM.)という祈りには、このような歴史的背景があります。本品は 1910年代に制作されたものであると書きましたが、さらに年代を絞れば、1919年10月16日、モンマルトルのサクレ=クール教会が献堂された記念に制作されたものであろうと考えます。これは史上初の大量殺戮戦となった第一次世界大戦の終結後、まだ一年も経たないときであり、国土を戦場とされて満身に傷を負いつつも戦勝を勝ち取り、ようやく神の祝福を得たと感じたフランスが、数十年の年月とガリアの全教会の力を結集して完成したモンマルトルの聖心のバシリカを、トリコロールで飾るにふさわしい機会であったと思われます。





 本品の彫刻において、心臓の高さはおよそ三ミリメートルで、上部の炎を合わせても五ミリメートルほどにすぎません。そのように小さなサイズにもかかわらず、聖心(サクレ=クール)は二色のフリット(ガラス)を隙間なく埋めて、丁寧なエマイユ(七宝)が施されています。雪のように白い不透明ガラス、及び外周の青い不透明ガラスのエマイユも丁寧で、特に白いガラスが極小の文字の最も小さな部分まで綺麗に入り込んでいるのは、中世以来エマイユ工芸を発達させたフランスならではの技術です。聖心から発出する光線は太さや長さが一本一本微妙に異なり、手作業によるメダイユ彫刻の温かみを感じさせます。

 本品の技法は「エマイユ・シャンルヴェ」(émail champlevé) で、金属を彫りくぼめた部分にフリット(fritte ガラスの粉末)を入れ、炉内で融解固着させています。すなわち本品は次のような工程で制作されています。

1. メダイユ彫刻家が鋳型を彫る。

2. 鋳造職人がメダイユを鋳造する。

3. ガラス職人がメダイユのくぼみにフリットを入れて焼成する。所定の枠からはみ出さないように気を付けつつ、くぼみの隅々まで余すところなくフリットを入れる作業、及び焼成中の温度管理には細心の注意を要する。

4. エマイユが融着したメダイユを炉内に入れたまま長時間かけて徐冷する。

5. 徐冷完了後、メダイユを炉から取り出し、必要に応じてコランダムまたはダイアモンドの粉末で研磨する。





 もう一方の面には「スヴニール・デュ・サクレ=クール、モンマルトル」(souvenir du Sacré-Cœur, Montmartre) の金文字が、青色エマイユを背景に浮かんでいます。「ル・サクレ=クール」というフランス語は、直接的には「キリストの聖心」を指しますが、「聖心に捧げられた聖堂」(聖心教会、サクレ=クール教会)をも意味します。したがって「スヴニール・デュ・サクレ=クール」とは、パリ、モンマルトルにある「サクレ=クールのバシリカ」に巡礼した記念、という意味です。

 なお「スーヴニール」(souvenir) は、英語を経由し、「スーベニア」という形で日本語に入っています。「スーベニア」というと観光客向けの安っぽい土産物を連想しますが、フランス語「スーヴニール」の語源はラテン語の動詞「スブウェニオー」(SUBVENIO) で、事物を主語とし、その事物が「人の心に到来する」「思い出される」という意味です。「スーヴニール」というフランス語は初聖体や真面目な巡礼など、人生において重要な出来事を思い出させる記念品に書かれる言葉であり、決して安っぽい土産物のことではありません。




(上) リュドヴィク・ペナン作 銀製クルシフィクス わが子とともに受難する無原罪の御宿り 48.5 x 30.3 mm フランス 十九世紀後半 当店の販売済み商品


 本品は十字架を模っており、表(おもて)面の交差部に聖心を配しています。これは本品がコルプス(羅 CORPUS 磔刑のキリスト像)を伴うクルシフィクスと同等の意味を有することを示します。しかるにクルシフィクスの裏面には、ときとして聖母の姿が刻まれます。本品の裏面には僅かにすみれ色がかった青色エマイユが施されていますが、この青はフランス語で「ブリュ・マリアル」(仏 bleu marial)、英語で「マリアン・ブルー」(英 Marian blue) と呼ばれる「聖母マリアの青」です。したがって本品の青は、フランスの青であるばかりでなく、聖母の青でもあることがわかります。

 本品は十字架の形にもフランスらしい特徴があります。本品が模る十字架は、横木の両端と縦木の下端に半円状の突出を有しますが、これはフランスのクロワ・レジオナル及びクロワ・ジャネットに特有の意匠です。フランスの十字架が末端三か所に有する膨らみは、正典福音書においてキリストが三たび流し給うた涙であるといわれています。





 本品はフランス以外のものではありえないメダイです。すなわち本品がテーマとするモンマルトルの聖心教会(バジリク・サクレ=クール・ドモンマルトル)は、悔悛のガリアがキリストの聖心に捧げた奉献物であり、最もフランスらしい聖堂のひとつといえます。またルネサンス期のイタリアからフランスに伝わって開花したメダイユ彫刻も、近世以前に「リモージュもの」(l'Œuvre de Limoges) と呼ばれていたエマイユ・シャンルヴェも、いずれもフランスが最高の水準を誇る工芸技法です。末端三か所が半円状に膨らんだ十字架の意匠もフランス的です。





 本品はおよそ百年前に制作された品物ですが、保存状態は極めて良好です。エマイユに剥落や破損はいっさいありません。ブロンズ部分は均一なパティナ(古色)に被われて、百年の星霜を近代フランスとともに歩んだ真正のアンティーク品ならではの風格を有します。





本体価格 15,800円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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