ブロンズの薄板を打刻して作ったメダイ。19世紀後半のフランス製で、片面に幼子イエス、もう片面にバック通りの聖母を刻みます。
イエスは雲に囲まれた球体上に立っています。球体は全世界あるいは全宇宙の象徴であり、イエスがこの上に立つ構図は、宇宙の支配権がイエスに帰属することを表します。幼子イエスは威厳に満ちた仕草で天を指さし、自らが神であることを明らかにしています。
左手に持った「グロブス・クルーキゲル」を示しつつ、右手で天を差して自らが神であることを明示する図像は、「サルヴァートル・ムンディー」(SALVATOR
MUNDI ラテン語で「世界の救済者」「世の救い主」の意)と呼ばれます。本品のイエスは左手に世界球を持つのではなく、左腕に大きな十字架を抱えていますが、十字架の下部は球体に接しており、これを大きな世界球と見做すことも可能です。したがって本品のイエス像は「サルヴァートル・ムンディー」の一類型といえます。
幼子イエスを取り巻くように「神なる幼子イエス会」(Association du Divon Enfant Jésus) の文字があります。20世紀初頭以降のフランスで「コングレガシオン」(congrégation)
は修道会、「アソシアシオン・ルリジューズ」(association religieuse) は俗人の宗教団体を指します。本品が制作された時代の「アソシアシオン」がどのような団体を指すか、はっきりと分かりませんが、おそらく俗人が参加する信心会のようなものでしょう。
もう一方の面には「バック通りの聖母」が打刻されています。無原罪の御宿りなる聖母は右脚で体重を支えるコントラポストの姿勢を執り、球体上に蛇を踏み付けて立っています。聖母は掌(てのひら)を前に向けて両腕を広げ、罪びとを抱きとめようとしています。聖母の両手からは地上に向けて恩寵の光が降り注いでいます。
上の写真に写っている定規のひと目盛は 1ミリメートルです。聖母の顔や手足のサイズは 2ミリメートルに満ちませんが、人体の正しい比例に基づいて正確に再現されています。衣の襞はまったく自然に流れており、女性らしい肩の丸み、胸や腹部、太ももの丸みも美しく表現されています。聖母を取り巻くように、執り成しを求めるフランス語の祈りが記されています。
Ô Marie conçue sans péché, priez pour nous qui avons recours à vous. 罪無くして宿り給えるマリアよ、御身に頼る我らがために祈りたまえ。
筆者はこれまでに非常に数多くのフランス製アンティーク・メダイを見てきていますが、「神なる幼子イエス会」(Association du Divon
Enfant Jésus) のものは本品以外に見たことがありません。単に稀少なだけでは必ずしも価値があるとは言えませんが、本品は同時代の類品に比べても際立って丁寧に作られており、打刻による浅浮き彫りながら、メダイユ彫刻が発達したフランスならではの作例となっています。
本品は百数十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品ですが、古い年代にも関わらず、たいへん良好な保存状態です。特筆すべき問題は何もありません。