稀少品 地上における天国の輝き 《モン=サン=ミシェル修道院とフレミエの大天使》 十八金無垢の美麗アンティーク・ペンダント 18.2 x 12.8 mm


突出部分を含むサイズ 縦 18.2 x 横 12.8 mm

フランス  1920 - 30年代



 フランスを守る守護聖人のひとり、大天使ミカエルの十八金製アンティーク・メダイあるいはペンダント。フランスにおいて十八カラット・ゴールドを示す「ワシの頭」のポワンソン(貴金属の検質印)が、上部の環に刻印されています。両面の細密浮き彫りはいずれも優れた出来栄えです。浮き彫りが発する金の輝きは、純白に縁取られた茶色のガラス・エマイユで強められ、天国の栄光を思わせます。





 ペンダントの一方の面には、モン=サン=ミシェル修道院(L'abbaye Mont-Saint-Michel)の全景が彫られています。モン=サン=ミシェル修道院の全景を浮き彫りにしたペンダント(メダイ)は時おり目にしますが、本品の浮き彫りにはいくつかの珍しい特徴があります。

 一つめの特徴は、サン・マロ湾に面した同名の町モン=サン=ミシェルから修道院の島へ渡る一筋の道が刻まれていることです。モン=サン=ミシェル修道院には大勢の観光客が訪れますが、本来ここは修道院であって、フランス最大のサン・ミシェル(仏 St. Michel 聖ミシェル、大天使ミカエル)の巡礼地です。危険に満ちた旅の末にモン=サン=ミシェルにたどり着く中世の巡礼者たちにとって、修道院は天国そのもののように、また修道院の島へと続く一筋の道は天国へ至る道にように見えたことでしょう。この道は他の作品には彫られていませんが、本品にははっきりと刻まれています。


 イエス・キリストはごく少数の選ばれた者だけが天国に入れると語っておられます。「ルカによる福音書」十三章二十二節から三十節を、ドイツ聖書協会のネストレ=アーラント二十六版及び新共同訳聖書によって引用します。  
           
 「ルカによる福音書」 十三章
 
   22     Καὶ διεπορεύετο κατὰ πόλεις καὶ κώμας διδάσκων καὶ πορείαν ποιούμενος εἰς Ἱεροσόλυμα.     イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。
   23    εἶπεν δέ τις αὐτῷ, Κύριε, εἰ ὀλίγοι οἱ σῳζόμενοι; ὁ δὲ εἶπεν πρὸς αὐτούς,    すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。
   24    Ἀγωνίζεσθε εἰσελθεῖν διὰ τῆς στενῆς θύρας, ὅτι πολλοί, λέγω ὑμῖν, ζητήσουσιν εἰσελθεῖν καὶ οὐκ ἰσχύσουσιν.    「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。
   25    ἀφ' οὗ ἂν ἐγερθῇ ὁ οἰκοδεσπότης καὶ ἀποκλείσῃ τὴν θύραν, καὶ ἄρξησθε ἔξω ἑστάναι καὶ κρούειν τὴν θύραν λέγοντες, Κύριε, ἄνοιξον ἡμῖν: καὶ ἀποκριθεὶς ἐρεῖ ὑμῖν, Οὐκ οἶδα ὑμᾶς πόθεν ἐστέ.    家の主人が立ち上がって、戸を閉めてしまってからでは、あなたがたが外に立って戸をたたき、『御主人様、開けてください』と言っても、『お前たちがどこの者か知らない』という答えが返ってくるだけである。
   26    τότε ἄρξεσθε λέγειν, Ἐφάγομεν ἐνώπιόν σου καὶ ἐπίομεν, καὶ ἐν ταῖς πλατείαις ἡμῶν ἐδίδαξας:    そのとき、あなたがたは、『御一緒に食べたり飲んだりしましたし、また、わたしたちの広場でお教えを受けたのです』と言いだすだろう。
   27    καὶ ἐρεῖ λέγων ὑμῖν, Οὐκ οἶδα [ὑμᾶς] πόθεν ἐστέ: ἀπόστητε ἀπ' ἐμοῦ, πάντες ἐργάται ἀδικίας.    しかし主人は、『お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ』と言うだろう。
   28    ἐκεῖ ἔσται ὁ κλαυθμὸς καὶ ὁ βρυγμὸς τῶν ὀδόντων, ὅταν ὄψησθε Ἀβραὰμ καὶ Ἰσαὰκ καὶ Ἰακὼβ καὶ πάντας τοὺς προφήτας ἐν τῇ βασιλείᾳ τοῦ θεοῦ, ὑμᾶς δὲ ἐκβαλλομένους ἔξω.    あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分は外に投げ出されることになり、そこで泣きわめいて歯ぎしりする。
   29    καὶ ἥξουσιν ἀπὸ ἀνατολῶν καὶ δυσμῶν καὶ ἀπὸ βορρᾶ καὶ νότου καὶ ἀνακλιθήσονται ἐν τῇ βασιλείᾳ τοῦ θεοῦ.    そして人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。
   30    καὶ ἰδοὺ εἰσὶν ἔσχατοι οἳ ἔσονται πρῶτοι, καὶ εἰσὶν πρῶτοι οἳ ἔσονται ἔσχατοι.
   そこでは、後の人で先になる者があり、先の人で後になる者もある。」
           
           
 「マタイによる福音書」七章十三節から十四節、及び二十一節から二十三節では、次のように語っておられます。
           
 「マタイによる福音書」 七章
           
   13     Εἰσέλθατε διὰ τῆς στενῆς πύλης: ὅτι πλατεῖα ἡ πύλη καὶ εὐρύχωρος ἡ ὁδὸς ἡ ἀπάγουσα εἰς τὴν ἀπώλειαν, καὶ πολλοί εἰσιν οἱ εἰσερχόμενοι δι' αὐτῆς:     「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
   14    τί στενὴ ἡ πύλη καὶ τεθλιμμένη ἡ ὁδὸς ἡ ἀπάγουσα εἰς τὴν ζωήν, καὶ ὀλίγοι εἰσὶν οἱ εὑρίσκοντες αὐτήν.    しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」
           
   21     Οὐ πᾶς ὁ λέγων μοι, Κύριε κύριε, εἰσελεύσεται εἰς τὴν βασιλείαν τῶν οὐρανῶν, ἀλλ' ὁ ποιῶν τὸ θέλημα τοῦ πατρός μου τοῦ ἐν τοῖς οὐρανοῖς.     「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。
   22    πολλοὶ ἐροῦσίν μοι ἐν ἐκείνῃ τῇ ἡμέρᾳ, Κύριε κύριε, οὐ τῷ σῷ ὀνόματι ἐπροφητεύσαμεν, καὶ τῷ σῷ ὀνόματι δαιμόνια ἐξεβάλομεν, καὶ τῷ σῷ ὀνόματι δυνάμεις πολλὰς ἐποιήσαμεν;    かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。
   23    καὶ τότε ὁμολογήσω αὐτοῖς ὅτι Οὐδέποτε ἔγνων ὑμᾶς: ἀποχωρεῖτε ἀπ' ἐμοῦ οἱ ἐργαζόμενοι τὴν ἀνομίαν.    そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。』」



 モン=サン=ミシェル修道院が要塞型建築であるのは、ヴァイキングをはじめとする外敵から修道院を守るためです。しかしながら巡礼者の立場に立てば、堅固な城壁と門に守られたモン=サン=ミシェル修道院は、まさに地上における天国の顕現と見ることができます。中世の巡礼者にとって、信仰とは聖遺物を擁する方々の聖地を巡ることに他なりませんでした。命がけの旅の後、巡礼者がサン・マロ湾に辿り着くと、対岸の町から島に向けて、一筋の道がまっすぐに伸びています。道の先には跳ね橋があり、道は堅固な要塞の門を経て、巡礼者を島内へと導きます。「狭き門」を通って修道院島に入ったとき、古(いにしえ)の巡礼者たちはどれほど幸福な気持ちになったことでしょうか。





 本品が有する二つめの特徴は、エマイユの色が青ではなく、茶色であることです。

 本品はモン=サン=ミシェル修道院の浮き彫りに茶色の半透明ガラスによるエマイユを施し、エマイユ・シュル・バス=タイユとしています。フランス製メダイやペンダントに施されるエマイユは青色が圧倒的に多く、茶色のエマイユが使われることはめったにありません。本品の素材は十八カラットの金(十八金)ですが、エマイユが通常通りに青色ならば、せっかくの金色が覆い隠されてしまいます。本品ではガラスの色を茶色とするこで、十八カラット・ゴールドが放つ金色の輝きを強め、モン=サン=ミシェル修道院が有する「地上の天国」という特性を際立たせています。


 三つめの特徴は、修道院を囲む白いエマイユです。

 本品のエマイユ技法は全体としてエマイユ・シャンルヴェで、茶色のエマイユによる中央の面を、不透明ガラスによる純白のエマイユで囲んでいます。直線で区切られた六つの白色エマイユが茶色のエマイユを取り囲む様子は、半ば開きかけた八重咲の白薔薇を、アール・デコ様式によって図案化した意匠と見ることができます。

 ダンテ・アリギエリ(Dante Alighieri, 1265 - 1321)は「ラ・ディヴィーナ・コンメーディア」("La Divina Commedia" 「神曲」)において、天国をカンディダ・ローザ(伊 candida rosa 白薔薇)に喩えています。「神曲」天国篇第三十一歌の冒頭から第十五行までを引用します。日本語訳は筆者(広川)によります。ダンテの原文は三行ずつが連を為す韻文ですが、筆者の訳はイタリア語の意味をできるだけ忠実に和訳することを主眼としたため、韻文になっていません。

  1 . In forma dunque di candida rosa そして白い薔薇の形を取って
  2 mi si mostrava la milizia santa 聖人たちの群れが見えた。
  3 che nel suo sangue Cristo fece sposa; キリストが御自身の血を以って花嫁と為し給うた人々である。
  .
  4 ma l'altra, che volando vede e canta また別の群れは、空を飛びつつ見て謳う。
  5 la gloria di colui che la 'nnamora 彼らを愛し給うた御方の栄光を。
  6 e la bontà che la fece cotanta, 彼らをかくも幸福なる者と為し給うた善き御方を。
  .
  7 sì come schiera d'ape che s'infiora 花に降り立つ蜜蜂の群れにもまったく似て、
  8 una fïata e una si ritorna 彼らは次々に戻って行く。
  9 là dove suo laboro s'insapora, その仕事に喜びを与えてくれる、あちらの場所へと。
  .
  10 nel gran fior discendeva che s'addorna 彼らはたくさんの花弁に飾られた
  11 di tante foglie, e quindi risaliva 大きな花へと降りて行き、
  12 là dove 'l süo amor sempre soggiorna. その愛の常に留まるところへと戻って行った。
  .
  13 Le facce tutte avean di fiamma viva 彼ら皆の顔は活ける火に輝き、
  14 e l'ali d'oro, e l'altro tanto bianco, その翼は黄金で、他の部分はあまりにも白く、
  15 che nulla neve a quel termine arriva. どのような雪もその白さには届かない。


 本品の意匠は、カンディダ・ローザ(白薔薇)の中心に修道院を配置しています。モン=サン=ミシェル修道院を「地上の天国」と考えれば、これはまことに当を得た表現と言うことができます。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。モン=サン=ミシェル修道院を構成する大部分の建物は高さ一ミリメートルに足りませんが、現実の建物における大きさの比率が正確に再現されています。

 本品の裏面に彫られたエマニュエル・フレミエの大天使像は、修道院中央に聳える尖塔の頂上に取り付けられています。この彫刻はたいへん有名な作品で、モン=サン=ミシェル修道院の象徴のように看做されているために、メダイユ等でしばしば強調的に描写され、実物よりもずっと大きな比率で尖塔上に表現されがちです。しかしながら本品において、フレミエの大天使像は実際の比率の通り、巨大な尖塔の頂部にごく小さく表現されています。

 本品の浮き彫りは一ミリメートル未満の細部を正確に表していますが、これは金細工師の作業精度が数十分の一ミリメートルのオーダーであることを示しています。絵画でも彫刻でも、極端に小さな作品を作るのは困難を極めます。金細工師は本品の母型をこのままのサイズで彫っていますが、その仕上がりには危なげが無く、ルーペで見ているとノルマンディーの海岸に立って修道院を見ているかのような錯覚にさえ陥ります。芸術的感性に裏打ちされた金細工師の職人的技量は、実物を見ても信じ難いほどの域に達しています。





 もう一方の面には竜の姿のサタン(堕天使の首領、悪魔)に止めを刺すために剣を振り上げるサン・ミシェル(大天使ミカエル)が浮き彫りにされています。

 現在のモン=サン=ミシェル修道院は、海からの高さ170メートルの尖塔を有します。尖塔の頂上には剣を振り上げ、竜を踏みつけるサン・ミシェルの大きな像が取り付けてあります。この像は彫刻家エマニュエル・フレミエ(Emmanuel Frémiet, 1824 - 1910)の意匠に基づき、1895年にパリのモンデュイ社(Maison Monduit et Bechet, Gaget Gauthier & Cie Sccrs, 25 rue de Chazelles, Paris, 1770 - 1970)が制作したもので、鋼鉄の表面を銅板で蔽い、金めっきを施してあります。大天使の身長は 2.8メートル、翼と剣の先端までを合わせると 4.5メートルの高さがあり、重量は 520キログラムに及びます。この大天使像が尖塔上に取り付けられて祝別されたのは、1897年のことです。




(上) ソクラ社における修復作業 出典 レサンシエル紙


 エマニュエル・フレミエは 1892年にフランス美術アカデミー会員に選ばれた高名な彫刻家で、この「サン・ミシェル像」以外にも、パリ、ピラミッド広場の「ジャンヌ・ダルク騎馬像」や、動物をテーマにした数々の作品によって知られています。モン=サン=ミシェル修道院の大天使像は、パリ十七区のサン=ミシェル=デ=バティニョル教会(l'église Saint-Michel-des-Batignolles)の鐘楼、及びオルセー美術館にも同一の像があります。またモンデュイ社はフランスからアメリカ合衆国に贈られた「自由の女神」("La Liberté éclairant le monde" par Auguste Bartholdi, 1886)像を鋳造したことでも知られています。

 モン=サン=ミシェル修道院は海上の岩礁にあるため、フレミエの大天使像の表面は潮風による劣化が激しく、1935年、1987年、2016年の三度に亙って修復されています。1935年の修復は尖塔上で行われ、1987年と 2016年の修復はヘリコプターで吊り下ろして行われました。2016年にはペリグー近郊マルサック=シュル=リル(Marsac-sur-l'Isle ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏ドルドーニュ県)のソクラ社(SOCRA)まで運ばれ、調査と修復が行われています。





 この面のエマイユも茶色で、金色に輝くフレミエの大天使をよく表しています。この面は周囲の窪みにガラスが入っていませんが、もともと施されていたエマイユが剥落したのではないことは、この面のエマイユが表面を研磨されていないことからも分かります。写真ではわかりづらいですが、本品は修道院の面はエマイユの定着後に研磨仕上げを施し、シャンルヴェのすべての面の高さを揃えています。これに対して大天使の面はエマイユが研磨されておらず、ガラスの表面がなだらかな局面を描いています。これは周辺の区画にエマイユ・シャンルヴェが施されなかったことを示しています。

 ふたつの面の仕上げが異なるのは不思議にも思えますが、これは天使の浮き彫りの周囲にエマイユを省略したのではなくて、むしろ修道院の浮彫の周囲を白い花弁で取り巻いたのだと考えれば納得できます。つまり、サタンは天国に入れませんから、大天使ミカエルがサタンと戦う場所は、地上、あるいは天と地の間であることになります。それゆえサタンと戦うミカエルを、カンディダ・ローザの白い花弁で取り囲むわけにはゆきません。ミカエルは天国においてサタンと戦っているのではないからです。一方モン=サン=ミシェル修道院は地上にありながらも、本品においては「地上における神の国」として描かれています。したがってモン=サン=ミシェル修道院の浮き彫りは、カンディダ・ローザの白い花弁で取り囲まれているのです。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。ミカエルの顔の大きさは直径一ミリメートルに足りませんが、細部がきちんと表されています。





 本品のような金製品は特別な品物で、新生児の洗礼や子供の初聖体など、人生の大きな区切りとなる機会に購入されました。おそらく本品は「ミシェル」(男の子なら Michel, 女の子なら Michelle)という新生児の洗礼を記念するペンダントに違いありません。





 本品が制作された時代は戦間期に当たります。フランスは第一次世界大戦で国土が戦場となり、恐ろしい戦争被害を被りました。本品が新生児の洗礼を記念する品物であるとすれば、当時二十歳ぐらいであったはずの両親は、第二次世界大戦中に幼少期を過ごしたことになります。両親自身は戦争を生き延びて無事に成長し、結婚して子供を授かったわけですが、自分たちの幼少期のように危険な時代が再び訪れることなく、新生児が健やかで幸せな人生を送れるようにと願ったことでしょう。フランスの守護聖人聖ミカエルを刻んだ本品には、子供の幸せを願う両親の真摯な祈りが籠められています。

 本品は八十年ないし九十年前のフランスで制作された真正のアンティーク品です。古い年代にもかかわらず、金もエマイユも制作当時と変わらず、極めて良好な保存状態です。時を経て大切に伝えられた本品の美しい輝きは、両親の願いが叶えられ、聖ミカエルが子供の人生を見事に守り抜いたことを証明しています。

 本品は十八金とガラスですので、金属アレルギーがある方にもご愛用いただけます。鎖を通す外付けの環のみ金ではないので、肌が弱い方はこの部分を透明マニキュア等で保護する必要があります。

 十八金は軟らかいために、ペンダントを常用すると浮き彫りが摩滅します。しかしながら本品の浮き彫りはガラス・エマイユによって保護されていますから、摩滅することは決してなく、繊細な美を永遠に保ちます。





本体価格 48,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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