聖フランチェスコの聖遺物 カルチェリにある石の寝台で集めた塵と、小鳥たちが留まったアスペンの木片 68 x 42 mm


紙包みの概寸 68 x 42 mm



 アッシジの聖フランチェスコ(伊 Francesco d'Assisi, 1182 - 1226)聖遺物。聖人にゆかりの深い薔薇の葉を、簡易な紙製ルリケールに封入しています。





 紙包みの表(おもて)面には内容物の説明がイタリア語で書かれています。

     POLVERE raccolta nel Letto di pietra del SERAFICO P. S. FRANCESCO e legno dell'albero dove si posavano gli Uccelli per ricevere la di Lui Benedizione nel Santuario delle Calceri sopra Assisi    セラフの如き師父フランチェスコの石棺の中で集めた塵と、アッシジ近郊の聖地カルチェリで小鳥たちが聖人から祝福を受けたときに留まっていたアスペンの木片



 イタリア語「レット」は「寝床」が原意ですが、「棺」の意味にも使われます。ここでは「ソプラ・イル・レット」(伊 sopra il letto レットの表面で、レットの上で)ではなく、「ネル・レット」(伊 nel Letto レットの中で)となっていますので、「棺」の意味であることがわかります。




(上) Giotto, "San Francesco che riceve le stimmate", c. 1325, affresco, Santa Croce, Cappella Bardi, Firenze


 聖遺物の説明において、聖フランチェスコは「セラフの如き師父」と呼ばれています。セラフ(セラフィム)とは、神の御そばに仕える最高位の天使を指します。その名は「燃える」という意味のヘブル語に由来し、日本語でも熾天使(してんし)、すなわち火を熾(お)こす天使と訳されています。七、八世紀から数百年以上に亙って非常に大きな権威を有した書物「天上位階論」(De Coelesti Hierarchia, Περὶ τῆς οὐρανίου ἱεραρχίας 天のヒエラルキアについて)によると、セラフは天使たちの最上位にあって神から発出する愛に充溢するとともに、下位の者たちに愛を伝え、また下位の者たちを神へと引き上げます。フランシスコ会の神学者ボナヴェントゥラは「魂の神への道程」("Itinerarium Mentis in Deum") プロログス(羅 PROLOGUS まえがき)においてフランチェスコの聖痕に言及し、次のように書いています。和訳は筆者(広川)によります。

     Via autem non est nisi per ardentissimum amorem Crucifixi, qui adeo Paulum ad tertium caelum raptum transformavit in Christum, ut diceret: Christo confixus sum cruci, iam non ego; vivit vero in me Christus; qui etiam adeo mentem Francisci absorbuit, quod mens in carne patuit, dum sacratissima passionis stigmata in corpore suo ante mortem per biennium deportavit.    しかるにこの道程は、十字架に架かり給うた御方の燃ゆるがごとき愛によらざれば、辿るべからざるものである。十字架に架かり給うた御方は、第三の天にまで引き上げられたパウロを変えてキリストと為し給い、「わたしは、キリストと共に十字架に付けられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」と言わしめ給うた。さらにキリストはフランチェスコの魂を吸収し給いて、その魂は肉体において顕(あら)わとなった。すなわちフランチェスコは死ぬ前に二年間に亙り、ご受難のいとも聖なるスティグマタ(聖痕)を身に帯びたのである。


 上に引用した箇所で、ボナヴェントゥラは「十字架に架かり給うた御方の燃ゆるがごとき愛」(羅 ardentissimum amorem Crucifixi)という言葉を使っています。ここで「クルーキフィクスス」(Crucifixus 十字架に架かり給うた御方)は属格に置かれていますが、この属格は「愛の主体」及び「愛が向かう客体」の両方を重層的に意味しています。すなわち「アモル・クルーキフィクシー」(羅 amor Crucifixi)は「十字架に架かり給うた御方が罪びとを愛する愛」という意味を表すとともに、「罪びとが十字架に架かり給うた御方を愛する愛」という意味をも表しています。

 キリストから注がれる愛がパウロのうちに充溢したとき、使徒は第三の天にまで引き上げられました(「コリントの信徒への手紙 二」十二章二節)。フランチェスコの身にも、これと同様のことが起こりました。すなわち神とキリストから注がれる愛がフランチェスコのうちに充溢したとき、この聖人もまた脱魂状態に陥ったのです。このときフランチェスコのうちには神の愛が充溢し、フランチェスコはキリストと一体になりました。そしてフランチェスコの魂は神とキリストに向かって上昇したのです。神とキリストの愛が聖人のうちに充溢し、また聖人の魂が神とキリストに向かって上昇したことを示す可視的な印として、聖人の体には聖痕が残されました。

 神は人々がフランチェスコに倣い、神の愛に満たされて神へと上昇することを望み給いました。神が僕(しもべ)フランチェスコの体に聖痕を与え給うたのは、「フランチェスコのうちに充溢する神とキリストの愛」、「フランチェスコから神とキリストに向かう愛」、並びに「僕フランチェスコを通して人々に注がれる神とキリストの愛」を、誰にとっても分かりやすいように可視化するためでした。神から与えられたこのような役割ゆえに、アッシジの聖フランチェスコは「セラフィクス」(羅 Seraphicus)すなわち「熾天使のごとき者」と呼ばれているのです。


 十四世紀末まで遡ることが可能な聖フランチェスコ伝「イ・フィオレッティ・ディ・サン・フランチェスコ」(I fioretti di san Francesco イタリア語で「聖フランチェスコの小さき花」)の十五章には、アッシジの住民たちがサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ一帯が炎に照らされているのを見て、家事を消そうと急ぎ集まった出来事が書かれています。しかしながら現場に火事は発生しておらず、聖フランチェスコと聖キアラをはじめとする修道者たちが神を観想しているだけでした。神が聖フランチェスコたちに与え給う愛と、聖フランチェスコたちが神を愛する愛が、人々の目には炎となって映じたのでした。「イ・フィオレッティ」の記述が歴史的事実であるかどうかは別として、これは「セラフの如き聖フランチェスコ」が神を観想するときに、如何にもふさわしい出来事といえます。




(上) Giotto, "la Predica agli Uccelli", 1295 - 1299, affresco, 270 x 200 cm, la Basilica superiore di San Francesco d'Assisi, Assisi


 「イ・フィオレッティ」の十六章は聖フランチェスコの宣教の始まりに関する記述ですが、ここには福音宣教に出発した聖人が、街道の脇に大勢の小鳥たちがいるのを目にし、その小鳥たちに説教をした出来事が記されています。聖人は「マタイによる福音書」六章二十六節から二十八節、及び「ルカによる福音書」十二章二十四節から二十七節を引用して、小鳥たちに対する神の愛を示し、いつも熱心に神をほめたたえることを小鳥たちに勧めました。説教が終わり、聖人が十字を切って小鳥たちを祝福すると、小鳥たちは四つの群れに分かれ、美しく囀りながら東、西、南、北に飛んでゆきました。小鳥たちはこれによって、フランチェスコの福音宣教が世界中に広まることを示したのでした。





 紙包みは糊でしっかりと閉じられたうえ、フランシスコ会の紋章が型押しされています。フランシスコ会の紋章はキリストの右腕とフランチェスコの左腕を交差させたもので、いずれの掌にも釘による大きな傷口が開口しています。腕の交差部から上方に向かって十字架が立っており、横木の高さにエス(S)とエフ(F)の文字があります。これは「ステンマ・フランチェスカーノ」(伊 Stemma Francescano フランシスコ会の紋章)の意味でしょう。





 本品は数十年前に作られた真正のアンティーク品ですが、長い間に亙って一度も開封されておらず、保存状態は極めて良好です。特筆すべき問題は何もありません。





15,800円

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