10月19日 土曜日

 怖がりちゃんです。私の給食をよく食べて太り、毛艶も格段に良くなりました。また人をあまり怖がらなくなってきました。




 以前はこの猫がリオナちゃんをいじめているように見えていましたが、近所のにゃんこ友達キャロルさんと今日話したところ、最近はリオナのほうが強いらしいです。





 み空ミ堂 が開店しました。猫はいません。店内の様子は、こちらをクリック


10月18日 金曜日

 リオナちゃんです。






10月3日 木曜日

 9月28日に撮った写真。廸彦が猫キック用の魚で遊んでいます。







 リオナちゃん。昨日撮影しました。






 前にも書きましたが、キャロルさんがレオという名前を付けかけて、私がラテン語の女性形はリオナだと指摘しました。しかしリオナに話しかけるときに、私は「リオナ」とも「リオちゃん」とも呼んでいます。リオちゃん、と呼ぶのであれば、レオと名付けた場合と、結局同じことになってしまいますね。


10月2日 水曜日

 一年ぐらい前に撮った写真ですが、アップロードします。袋に入っているのは、こつめちゃんです。



 テーブルの上で昼寝をしているのは、廸彦です。




 一昨日、下の子供が家に来たので、ジュンク堂に連れて行きました。まだ九歳なので児童書のところに連れて行ったら、つまらなそうな様子です。それで最上階の専門書のフロアに連れてゆくと急に活き活きして、「ぼく、この階がいちばん好きやねん!」と言います。どんな本が好きなのか尋ねると、迷わず史学のコーナーに引っ張って行かれました。前にもここに来て立ち読みしたらしく、何冊かを指さします。アレクサンドロスの東征に関する本があったので、この人が誰か知っているかと尋ねると、「野生の馬を一回で乗りこなした人やろ」と答えたので、驚きました。古代ギリシアが好きだと言うので、手近な本を取って、これが古典ギリシア語やで、と原文を読んで聞かせると、パパ、すごー! と尊敬してくれました。何か一冊買ってやろうと言うと、エスカレーターを挟んで反対側の、自然科学の書架が並んでいるところに連れて行かれました。そこでもさんざん本を見ていましたが、結局人文系のところに戻って古代ローマ史の本を選んだので、それを買ってやりました。

 本をレジに持って行くと、ミネラルガラスの四角柱内部にレーザーで瑕を付け、三次元図形を描いたものを売っていました。それもついでに買ってやろうと言うと、グラファイトとフラーレンを選びました。フラーレンの命名の由来となったバックミンスター・フラーの建物(モントリオール万博のアメリカ館)も、建築物の図鑑で見て知っているらしい。グラファイトとフラーレンは炭素の同素体ですから、ペアとして考えると賢い選択です。このふたつを店にあるダイヤモンドと併せると、炭素同素体の結晶構造についての話もできるし、電気伝導性の有無についても面白い実験が可能です。当店には熱伝導率を測定するダイヤモンドテスターがありますが、ダイヤモンドは不導体ですので、その熱伝導は自由電子の移動によるのではなく、結晶格子の振動によるものであることも教えられます。


 子供の家にはテレビもゲーム機もありません。本しかないので、いつも読み耽っているようです。私の家に来ても状況は同じで、テレビもゲーム機もなく、図書室に各種資料や岩石などの標本、数千冊の本があるだけです。

 下の子を見ていて、子供は好きな本であれば読みこなすものだと、改めて思いました。小学生の頃の私は細胞生理学や腔腸動物の構造、海生哺乳類の生態など、主に生物学分野に興味があり、大学出版局の学術書を好んで読んでいました。関心の方向性が文系、理系に偏っていないのも、とても良いことです。下の子は古代ギリシア・ローマ史の他にもオオカミとフォッサマグナに興味があるようで、エドムント・ナウマンの名前も知っていました。私の恩師である山本耕平先生も、天文学から哲学に移られた方ですし、私自身も最初は理学部志望で、後に哲学を修めました。

 文系と理系を別物と考えるのは大きな間違いで、すべての事物は繋がっています。古典力学と量子力学が扱うのは時空のうちに生起する事象で、史学や文化人類学、言語学などが扱うのはそのうちのごく限られた部分です。しかるに文系諸学が対象とする範囲は理系に比べて必ずしも狭いわけでなく、文理の境界領域もありますし、哲学や心理学は自然科学の手が届かない領域さえ扱います。すべての学は相補的であって、このことに気づかないのは、それぞれ象の一部だけを撫でる群盲に等しい。




(上) マグダレニアン文化(後期旧石器時代 17,000年ないし 12,000年前)の洞窟壁画に見られるシャーマン un chaman, la grotte des Trois-Frères, Montesquieu-Avantès, Ariège, Languedoc-Roussillon-Midi-Pyrénées


 子供には、どの分野の何を訊かれても一応の答えを示せて、その一方で自分の無知と小ささを心底から痛感できる人になってもらいたいと思っています。

 上に示したのはマドレーヌ期のシャーマンを描いた洞窟壁画の模写で、現物はピレネー山麓モンテスキュー=アヴァンテス(Montesquieu-Avantès)のトロワ=フレール洞窟にあります。地球に小惑星でも衝突しない限り、人類は一万数千年後にも存続しているかもしれませんが、彼らから見れば二十一世紀の人間は穴居人のようなものでしょう。我々の間で優れた科学者と看做される人たちも、一万数千年後の人から見れば呪術師、まじない師と差がありません。

 私は日々自分の無知を痛感し、自分は何も知らないままに死んでゆくのだな、と絶望的な気持ちになります。そうであっても、自分を賢いと思っている愚者と比べれば、自分の無知と無能力を知っているだけましです。子供にも、自分が優秀である、知識人であるなどと思い誤るような愚か者にだけはなってもらいたくない。それと同時に様々な分野の知識を、常に謙虚に、わずかずつ学び取ってほしいと考えています。



10月1日 火曜日

 本日未明に見た夢を、憶えているうちに記録しておく。以下は夢の内容。


 子供ふたりと山中を散策している。そう遠くないところに旅行に来て、宿舎から近い森の中に入ったらしい。いまは一通りの散策を終えて、宿舎に戻るところである。道の左側に沿って、田圃の用水路に似た溝がある。溝を覗き込むと部分的に水が溜まっており、孵化後間もない数頭の恐竜が水に浸かっている。恐竜の内訳は、イグアノドン科またはハドロサウルス科と思われるものが二頭、ステゴサウルス科に似ているがもっと細身の種類がおよそ五頭である。イグアノドン科またはハドロサウルス科の幼体はいずれも頭胴長四、五センチメートルに育っており、上体を起こしているが、ステゴサウルス科に似た幼体は尾を合わせても二センチメートルほどしかなく、水面と水中に浮遊している。恐竜たちはいずれも動かないが、生きていると思われた。

 森に入るとき、私はすでに溝の恐竜に気付いていた。いまは森からの帰途で、同じ道を逆向きに歩いている。下の子が恐竜に気づいて、私たちは三人で溝を覗き込む。幼い恐竜たちを水に浸かったまま放置すれば死んでしまいそうであったし、詳しく研究したいとも考えたので、運搬に必要な容器を調達すべく、上の子をそこに残して道を走り、宿舎に戻った。しかし適当な容器が無いので、よそで調達すべく出かけた。


 場面が変わって、私は下の子を連れて電車に乗っている。私の手には一個の紙製円筒容器があり、二か所に空気孔が開いている。直径五センチメートル、高さ十五センチメートルほどの小さな容器だが、恐竜の幼体はまだ小さいので、容器のサイズはこれで十分である。しかしながら一個では数が足りない。恐竜は大きさが違うものが二種類いたし、特に大きいほうは個体ごとに別容器を用意するようがよい。小さな恐竜も、五頭をひとつの容器に入れるのは無理があるだろう。若年恐竜は成長曲線の傾きが大きく、譬えて言えばヨナのトウゴマみたいなものである。だから何としてでも今のうちに移送したい。幼体がいるなら成体もいるはずである。イグアノドンとハドロサウルスは草食だし、ステゴサウルスに似た幼体も草食恐竜に見えるが、恐竜たちも不用意に人間に出くわすと怯えるであろうから、成体にはできるだけ出くわしたくない。幼体を速やかに保護したいと思う。

 淡路島の向こうに夕日が沈むのが、電車の車窓から見える。上の子を淡路島の森に残したまま、もうすぐ日が暮れることに気付く。子供を残してきたことを後悔して気持ちが焦るが、どうしようもない。

 周囲に住宅しかないような駅に電車が着いて、当駅止まりとの告知が流れる。乗客たちは全員降車し、改札口に向かう。ほぼ全員が通勤客らしい。電車は一両だけの小さな車両である。私は学生時代、叡山電車の修学院駅で車両を掃除するアルバイトをしていたが、あの頃の旧型車両に似ている。電車には運転士と、女の車掌が乗っていて、私たち以外の客が下りた車内を点検している。電車はしばらく動きそうにないし、駅周辺では容器を手に入れられそうもない。この駅自体も新駅らしく、私は地理不案内である。上の子供が待っている淡路島の森に、どうやって戻ろうかと思案する。


 場面が変わって、私は知らない町を歩いている。神戸のような都会ではなく、道が舗装されていないような田舎である。下の子を連れていたのに姿が見えない。私は駅に向かって歩いていて、次の電車で元の場所に戻らないといけないから、下の子が勝手にどこかに行ったことで困っている。そうするうちに下の子が戻ってきて、自転車屋さんに行ってきたと言う。なぜ、と訊くと、僕が恐竜を見つけたせいでお兄ちゃんが一人で森に残らないといけなくなったから、その償いに自転車を買ったのだという。自転車を買えるお金を持っていなかっただろうと言うと、ローンを組んだ、と答える。下の子が買ったのは自分用の自転車で上の子とは無関係だし、遠隔地で、しかも不要不急の自転車を買っている場合ではないから、私は子供の頭をぱしん、と叩いた。


 さらに場面が変わって、私は森の近くに戻っている。下の子はおらず、一人である。そこに高校があって、演劇部の稽古のような声が聞こえている。高校は平地にあり、その近くに山への上り坂がある。私が行こうとしているのは、山の上の森である。既に日が暮れて、周囲は真っ暗である。

 私が坂の入り口に着かないうちに、杣人のような初老の男が山から降りてくる。すると小さくて黒い獰猛な生き物が数頭現れて、男に襲い掛かる。生き物は哺乳動物で、タスマニアデビルに似ている。しかしタスマニアデビルは日本にいないから、更新世以前の食肉目が生き残っているのかもしれないと思う。私は慌てて引き返し、動物を追い払うための棒が落ちていないか探すが、適当なものが見当たらない。棒状の記念物が高校の敷地に等間隔に立っており、引き抜いて使えそうである。福井県の高校では、棒状の記念碑を立てるのだな、と思う。数本の記念物を引き抜いてみて、先端が鋸になっているものと、槍状になっているものを選び、一時的に借りることにする。初老の男がどうなったかと目を遣ると、彼はましらの如くに身軽ですばしこい。自在に木に登るさまは樹上性のマカクそのものである。あの様子なら、私の救援は不要だなと思う。


 一方、私自身もこれから山に登らなければならない。すぐ近くに動物が来たが、よく見ると廸彦である。その横にぐみちゃんも来て甘えている。廸彦、ぐみは猫の名前である。足元に黒い箱があって、その中にも黒い動物がいる。私は長い鋸を持ってはいるが、それはあくまでも野生動物を近づけないためであって、如何なる動物にも危害を加えるつもりは無い。動物を傷つけるのは、私が最も嫌うことである。箱の中の動物をそっとつついてみたが、大人しい。闇夜の黒い箱の中に黒い動物がいるので、姿かたちはまったく見分けがつかないが、登か澄雄かもしれない。登と澄雄もねこ室の黒猫である。

 上の子に電話してみると、中学生なのに暗闇に怯えて、幼稚園児のように泣いている。男のくせに情けないが、可哀想にも思う。暗くて道がわからないので、下の子から借りた電話機をランプ代わりに使おうとするが、スマートフォンは使い方がわからないので諦める。私は真っ暗な山道を足で探りながら登り始める。


 以上が夢の内容である。忘れないうちに記録したが、内容があまりにも混乱している。夢だから、こんなものだろうか。学生時代にイェンゼンの「殺された女神」を読んだが、その時に感じた不条理さを思い出す。

 今日の夢では森のある場所が最初は淡路島(兵庫県)であったのに、夢の最後では福井県に変わっている。私は学生時代は京都に住んでいた。福井県は京都府の隣で、鯖街道を通れば小浜に出る。当時の私は中型二輪を乗り回していて、小浜にも二輪で気晴らしに出かけたことがある。昨日のねこ室のお客さまが福井の方だったので、ふらっと小浜に行ったときの話をした。それが頭に残っていたのだろうか。福井には白亜紀を含む手取層群があって、勝山市北谷には白亜紀の地層が露出している。だから夢の舞台がいつの間にか福井県に変わったのは一見したところ合理的だが、結末は不分明で、恐竜の幼体の発見場所まで戻れたのかどうか、結局不明のままである。恐竜が温血であったかどうかを、もう少しで確かめられるところだった。夢ながらとても惜しい気がする。


 この夢が引き金になって、以前見た夢を思い出した。私は京都駅にいて、新幹線で姫路に向かおうとするが、目指すプラットフォームに行き着くことができずに困っている。新幹線の京都駅は高架上にあるが、夢の中では在来線と同じく地上にあった。



 明恵やウォルフガング・パウリの夢は、華厳の世界や量子力学、宇宙の大構造などに結び付く深みが感じられる。これに対して私の見る夢は、内容がどうも卑近かつ散文的である。

 ラテン語のインテッレゴー(インテルレゴー INTELLEGO)はインテル・レゴー(inter-lego)すなわち内奥を読み解く、あるいは間で拾い集めるという意味で、インテッレークトゥス(インテルレークトゥス INTELLECTUS)はその行為名詞である。インテッレークトゥス(知性)という言葉で、私はミレーの有名な油彩画「落穂拾い」(Jean-François Millet, "Des Glaneuses", 1857)を思い浮かべる。イデア界や物自体界(die Welt der Dinge an sich)、神や一者(τὸ ἕν)の内奥は、覚醒時のインテッレークトゥスにとってはまったく不可知である。トマス・アクィナスも「スンマ・テオロギアエ」パルス・プリマの最初のほうで、神の本質と属性は全く知ることができない、と言っている。

 しかしながら身体と結合した人間の知性知性には捉えることができない次元も、夢においては限界領域(das Grenzgebiet)となって、微かに覗き見ることができるのではないか。ウパニシャッドや臨死体験の本を読むと、人間の知性は地上の次元を超えた活動領域を有するように思える。私もたまには世界観的な夢を見てみたいものだと思う。





(上) Michelangelo Buonoarroti, "il Sogno" c. 1533


 夢のことを書いていて、「夢」("il Sogno", c. 1533)と題されたミケランジェロの素描を思い出した。ミケランジェロは青年貴族トンマーゾ・デ・カヴァリエーリ(Tommaso de' Cavalieri)に熱烈な愛を捧げて、詩を書き、この作品を描き、彫刻を刻んだ。彫刻はパラッツォ・ヴェッキオにある「勝利の神」("Il Genio della Vittoria", c. 1532 - 1534, marmo, alt. 261 cm, Palazzo Vecchio, Firenze)で、トンマーゾに踏みつけられる老人はミケランジェロ自身である。




(上) Alessandro Allori,, "Ritratto di Bianca Cappello", tra il 1570 e il 1590, Olio su rame, 27 x 37 cm, la Galleria degli Uffizi, Firenze


 メディチ家のトスカナ大公フランチェスコ一世(Francesco I, 1541 - 1574 - 1587)はオーストリアの皇女ヨハンナ(Johanna von Österreich, 1547 - 1578)と結婚していたが、美しいビアンカ・カペッロ(Bianca Cappello, 1548 - 1587)を愛し、妻の死後時を措かずしてビアンカと再婚した。ウフィツィ美術館にはマニエリスム画家アレッサンドロ・アッローリ(Alessandro Allori, 1535 - 1607)作とされるビアンカ・カペッロの肖像があり、ミケランジェロに倣った「人生の寓意」という作品が、裏側に描かれている。


(下) Alessandro Allori, "Allegoria della Vita Umana", tra il 1570 e il 1590, Olio su rame, 27 x 37 cm, la Galleria degli Uffizi, Firenze




 夢には関係無いが、フランチェスコ一世は政治よりも珍しい物の収集、実験、技術的な製作を好み、パラッツォ・ヴェッキオ内にロ・ストゥディオーロ(伊 Lo Studiolo di Francesco I)と呼ばれる小部屋を造った。ロ・ストゥディオーロは文字通りのヴンダーカンマー(独 eine Wunderkammer 驚異の部屋)であり、フランチェスコの作業場であり、心休まる隠れ家であった。フランチェスコはジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari, 1511 - 1574)に命じて、ロ・ストゥディオーロの天井と壁面の全体を、数十点の絵画と彫刻で飾らせている。

 私はフランチェスコのような貴顕の士ではないし、当店に並ぶ品々はロ・ストゥディオーロの収集物とは比べるべくもない。私の店には天井画も壁画も描かれていない。しかしフランチェスコとはあらゆる点で気が合いそうに思う。歴史上の人物のなかで、トスカナ大公フランチェスコ一世は私が最も親近感を覚える一人である。


 今年十二月八日から六日間、アンティークアナスタシアにて有名女性画家の展覧会を開催します。数々の国際賞を受賞し、今月はルーヴルでも作品が展示される方ですが、関西での個展は当店が初となります。ご期待ください。




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