エルジン グレード 464 銀無垢ケースの美麗トランジショナル・ウォッチ 最初期の男性用腕時計 十五石 1918年

a transitional watch by ELGIN, grade 464, 15 jewels, sterling silver case, 1918



 エルジン・ナショナル・ウォッチ・カンパニー(The Elgin National Watch Company 以下、エルジン)は 1864年から 1968年までアメリカ合衆国に存在していた名門ウォッチ・メーカーです。イリノイ州シカゴから五十キロメートル余り北西にある町エルジンに世界最大の時計工場を建設し、1867年から 1964年までの間におよそ六千万個にのぼる良質の時計を製作しました。

 エルジンは 1960年代末、完全に操業を停止しました。現在新品として販売されているクォーツ式「エルジン」は中国製で、かつてのエルジンとは何の関係もありません。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する容器、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を「ケース」(英 case)と呼びます。

 本品のケースはスターリング・シルバー(純度 925/1000の銀)製で、スリー・ピース構造になっています。突出部分を除くサイズは縦横とも 32ミリメートルの正方形ですが、四つの角(かど)は美しい曲線を描いて円くなっており、非常にドレッシーな印象です。





 上の写真はケースの裏蓋を外したところで、裏蓋の内側とムーヴメントの受け側が見えています。裏蓋の内側にはイリノイ州エルジンにあった時計ケースの専門メーカー、「イリノイ・ウォッチ・ケース・カンパニー」(Illinois Watch Case Company, Elgin) の社名と、銀の純度を示す「スターリング」(STERLING) の文字、ケースのシリアル番号 (5291068) が刻印されています。

 写真の右側にはエルジン社製ムーヴメント「グレード 464」が見えます。「エルジン グレード 464」はイリノイ州エルジンのエルジン社自社工場において製作されたムーヴメントで、電池ではなくぜんまいで動く「手巻式」です。電池で動く「クォーツ式」腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1918年にはクォーツ式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。

 秒針があるクォーツ式腕時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式腕時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く腕時計や懐中時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。





 「エルジン グレード 464」は 1917年にシリアル番号 "21018001" の第一号機が製作され、1928年までの十二年間に十二万六千個が作られました。本機は 1918年製の 1370号機で、シリアル番号は "21019371" となっています。

 上の写真は本品ムーヴメントの受け側、すなわちケース裏蓋を外すと見える側を撮影しています。写真では分かりづらいですが、「受け」(ブリッジ bridge)と呼ばれる部分には、英語で「ダマスキーニング」(damaskeening) あるいは「ダマシーニング」(damascening)、フランス語で「フォース・コート」(fausses côtes) または「コート・ド・ジュネーヴ」(côtes de Genève) と呼ばれる装飾が施されています。この美しい模様は、回転する小円盤でバフ掛けすることにより産み出されています。それぞれの受けは鏡のように磨き上げられているだけではなく、縁を丁寧に面取りされています。

 天符は二種の金属を張り合わせたバイメタリック・バランスで、チラネジ式です。ひげぜんまいは巻き上げひげ(ブレゲひげ)、振動数は毎時一万八千(f = 18000 A/h)です。上の写真は時計を動作させて撮影しています。1918年製の本品は耐震装置を持ちませんが、天符の動作中に天輪の軌跡がぶれていないことからお分かりいただけるように、天真の曲がりは一切ありません。ひげぜんまいにも巻き乱れはなく、巻き上げひげ(ブレゲひげ)ならではの美しい同心円を描いています。





 良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。本品のムーヴメント「エルジン グレード 464」は十五個のルビーを使用しています。上に示した二枚の写真では、ルビーがそれぞれ四個ずつしか見えませんが、あとの七個は機械の裏側(文字盤側)など、写真に写っていない部分に使われています。

 1910年代頃のムーヴメントには七石のものが多くありました。「グレード 464」と同系統の機械(grades 413, 415, 416, 462, 463, 464, 465, 467, and 468)にも、七石のものと十五石のものがあります。「グレード 464」は十五個のルビーを使用した「十五石」(じゅうごせき)のムーヴメントで、摩耗してはならない個所のほぼすべてにルビーを使用した良質の機械です。


 上の写真は本品ムーヴメントの日の裏側、すなわちムーヴメントをケースから取り出して針と文字盤を外すと見える側を撮影しています。腕時計のムーヴメントを見慣れていなければわかりませんが、「エルジン グレード 464」の基本設計は懐中時計用ムーヴメントと同じです。





 本品の巻き上げと時刻合わせの方式は、現代の時計と同じ「ステム・ワインド、ペンダント・セット」です。しかしながらムーヴメントをケースから取り出す際、上の写真に写っているように、ステム(竜真)の外端は竜頭(りゅうず)と共にケース側に残ります。これはダスト・プルーフ・ケースの懐中時計に採用されているのと同じ方式です。本品の竜頭(りゅうず ぜんまいを巻き上げたり時刻を合わせたりする際のツマミ)も、懐中時計の竜頭と同じ形をしています。


(下) ダスト・プルーフ・ケースを採用した懐中時計 コランバス十五石 18サイズ 1900年頃 当店の商品です。




 本品は機械の構造、ケースの構造、竜頭の形など、どの点を取っても実質的には懐中時計であり、「懐中時計にバンドを取り付けて腕時計の形にしたもの」であることがわかります。ブレスレット式懐中時計とでも言うべきこの様な時計を、「トランジショナル・ウォッチ」(英 a transitional watch 「移行期の時計」の意)といいます。


 十九世紀の人々は男性も女性も懐中時計を使っていましたが、二十世紀に入ると、お洒落に敏感な女性たちの間で、懐中時計を手首に装着することが流行しはじめました。つまり腕時計を最初に使い始めたのは女性たちだったのです。下の写真はいずれも二十世紀初頭に撮影されたもので、二人の女性は、小さな懐中時計にバンドを取り付けたものを、「腕時計」として装着しています。





 下の写真は二十世紀初頭の女性用懐中時計で、ケースの形状を工夫してバンドを取り付けられるようにしてあります。腕時計が生まれようとする時代に作られた「コンヴァーティブル・ウォッチ」のひとつです。


(下) ブランパン製コンヴァーティブル・ウォッチ 《ホールマーク》 腕時計になる懐中時計 1900 - 1910年頃 当店の商品です。




 女性用懐中時計は小さいので手首に装着することが可能でしたが、男性は二十世紀に入っても懐中時計を使い続けました。しかしながら 1914年に第一次世界大戦が始まると、時刻を素早く確認できる腕時計の利便性が注目され、「女のもの」であった腕時計を、まず軍人が使い始めました。このようにして、いまからおよそ百年前に、まず女性が、続いて男性が、腕時計を身に着けるようになったのでした。

 本品をはじめ、懐中時計から腕時計への移行期に見られた「腕時計型懐中時計」(あるいは「懐中時計型腕時計」)を、「トランジショナル・ウォッチ」と呼んでいます。「トランジショナル・ウォッチ」(transitional watch) とは、英語で「移行期のウォッチ」という意味です。本品は男性用として作られた「トランジショナル・ウォッチ」であり、最も初期の男性用腕時計です。





 本品の文字盤は上品な艶消しの銀色で、"ELGIN"(エルジン)のロゴが書かれています。この文字盤は非常に綺麗な状態ですが、再生処理(リファービッシュ、リダン)を施したものではなく、1918年当時のオリジナルです。

 文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは手書きのアラビア数字で、六時のみがスモール・セカンドの小文字盤になっています。インデックスの文字は優雅な書体ながら、しっかりとめりはりが効いていて、明色の文字盤を背景に優れた視認性を確保しています。





 クリスタル(文字盤と針を保護するガラス)の枠となる金属製部分、すなわちケースの最上部を「ベゼル」(英 bezel)と呼びます。上の写真はベゼルを外して撮影しています。

 針はブルー・スティールで、当時のオリジナルです。「ブルー・スティール」とは鋼を加熱して青い酸化被膜を形成させたものです。ブルー・スティールは貴金属ではありませんが、作るのに手間がかかるので、現代の時計に採用されることはまずありません。現代の時計の青い針は、大抵の場合青色の塗料を塗ってあります。本品の針は真正のブルー・スティールです。


(上) 十九世紀の懐中時計 リップ社製 「クロノメートル・ド・オート・プレシジオン」 15石 当店の商品です。


 本品は針の形もインデックスの字体も懐中時計時代そのままで、十九世紀の雰囲気を色濃く残しています。



 現代の時計の秒針は「センター・セカンド」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。これに対して 1950年代までの時計の秒針は、ごく少数の例外を除き、「スモール・セカンド」といって、六時の位置に取り付けられています。時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを制作するのは技術的に困難で、「センター・セカンド」が普及するのは1960年代です。1950年代までの時計はほとんどすべて「スモール・セカンド」方式で、本品も例外ではありません。


 本品に限らずアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、バンドの種類や色はお好みに合うものをご用意いたします。

 たとえば下の写真のようにバンドの色を変更すると、ずいぶん雰囲気が変わります。本品はもともと男性用として作られた時計ですが、アンティーク時計は男性用であっても小ぶりですので、女性にも十分にお使いいただけます。





 下の写真に写っているバンドは、時計の裏側に革製のガードがあるタイプです。このタイプのバンドはトランジショナル・ウォッチ時代によく使われていました。写真の商品は第一次世界大戦当時のバンドを復刻したものです。





 バンドの色や材質に関して、いったん取り付ければ二度と変更できないかのように考える必要はありません。取り付け部の幅さえ合えば、バンドは随時簡単に取り替えできます。バンドは消耗品ですから、傷めば交換しなければなりません。また傷んでいない場合でも、気分を変えたければいつでも取り替えて、「着せ替え」を楽しんでいただけます。取り外したバンドは、失くさずに保管していれば再び使えます。お買い上げ後のバンド交換は当店にていつでも工賃無料で承りますし、慣れればご自分でも交換していただけます。

 本品に適合するバンド幅は 15ミリメートルです。15ミリメートルというバンド幅は、いかにも最初期のトランジショナル・ウォッチらしく、現代の時計にはまず見られない変則的なサイズです。そのため、このページの商品写真に写っている黒のバンドは、幅 18ミリメートルのものを、取り付け部分の左右を少し切り欠いて使用しています。こうすることでバンドの見た目が幅広になり、いっそう男性用時計らしくなります。上の写真に写っている赤のバンドと茶色のバンドは、幅 16ミリメートルのものを取り付けています。幅 16ミリメートルのバンドは少しきつめですが、何とか取り付け可能です。


 本品のケースは銀でできていますので、自動車の排気等に含まれる硫黄の影響で表面に硫化銀が生成し、長く使わずにいると黒ずみやくすみが生じます。私はアンティーク時計の風合いが好きで、銀の黒ずみも気になりませんが、黒ずみやくすみが気になる場合は、ジュエリーを磨く布が数百円で市販されていますから、それで軽く磨けばピカピカになります。専用の薬剤や特殊な道具等は一切不要です。下の写真は本品を軽く磨いて撮影しました。





 本品のオリジナルの共箱は失われていますが、同時代のエルジンの箱をご用意することが可能です。下の写真に写っているアール・デコ様式の箱には 1925年に特許が出願された懐中時計ケースの仕組み(アメリカ合衆国特許番号 1619822)が採用されており、ディスプレイ・ケースを兼ねています。本品は 1918年製ですが、本品と同型のムーヴメント「グレード 464」は 1928年まで製作されていましたから、時代は概(おおむ)ね合っています。箱は別売り商品で、税込価格は 16,800円ですが、時計をお買い上げいただいた方には税込価格 6,800円にてご提供いたします。

 なお三点の商品が並んで写っているのは、三枚の写真を合成したものです。時計も箱も、一点しかありません。







(下) 三方向から撮影して合成した写真。商品は時計、箱とも一点です。








 当店はアンティーク時計の修理に対応しております。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。









 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





188,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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