最初期の腕時計 ヴィリス 真珠母貝製ベゼル アール・ヌーヴォーのブロンズ製彫金ケース 1910年頃


ケース(ブロンズ製の部分)のサイズ  45.4 x 29 2 mm (竜頭を除く)


エングレーヴィングによって彫金装飾を施したブロンズ製ケース

アラビア数字を手書きした白色琺瑯(ほうろう)文字盤

シリンダー脱進機による懐中時計用ムーヴメントを搭載



1910年頃



 リスト・ウォッチというものがまさに生まれようとしている時代に製作された最初期の腕時計。腕時計の形をしてはいますが、ムーヴメントの様式をはじめ、19世紀の懐中時計の名残を色濃く残しています。


【機械式時計の歴史と、腕時計の誕生】

 時計には、電池で動く「クォーツ式」時計と、ぜんまいで動く「機械式」時計の二種類があります。「クォーツ式」時計は1970年代に普及し始めたもので、それ以前の時計はすべてぜんまいで動く「機械式」時計でした。

 機械式時計はガリレオ・ガリレイが発見した「振り子の等時性」を利用して時を測るもので、基本の形態は「振り子時計」です。振り子は教会の大時計や家庭の柱時計、置時計に付いています。

 しかし振り子時計は傾けることができません。時計を傾けると、振り子の動きが止まってしまうからです。したがって携帯用時計(ウォッチ)では、振り子は「天符(てんぷ)」という部品に置き換えられています。天符はあたかも振り子が往復するように、一定の周期で方向を切り替えて回転します。

 天符


 振り子の代わりに天符を採用することで、時計を自由な角度に傾けることができるようになり、携帯用時計が実現しました。最初の携帯用時計は懐中時計です。現代人は「ウォッチ」という言葉で腕時計を思い浮かべますが、「ウォッチ」は本来は懐中時計(ポケット・ウォッチ)のことでした。

 最初の懐中時計はボールのように丸く厚みがありましたが、技術の進歩に伴って薄型化・小型化しました。特に女性用の懐中時計は男性用よりも小さくデザインされ、20世紀初頭頃には手首に装着できる程度の大きさになりました。こうして誕生したのが腕時計です。

 当初、腕時計は女性専用のものであり、男性は大きな懐中時計を使っていました。男性に腕時計が普及するのは、ようやく1920年代の半ば以降のことです。


【トランジショナル・ウォッチ】

 本品は懐中時計から腕時計が生まれようとする時代に製作された時計です。バンドを取り付けた腕時計ではありますが、文字盤や竜頭(りゅうず)のデザイン、ムーヴメント(時計内部の機械)に19世紀の懐中時計の面影を強くとどめており、懐中時計にバンドを付けたもの、といっても過言ではありません。1900 - 1910年代に製作されたこのような時計を、「トランジショナル・ウォッチ」、すなわち移行期の時計と呼んでいます。本品には次のような特徴があります。





 ケースはブロンズ製で、懐中時計に施されていたのと同様のエングレーヴィングによる彫金細工が施されています。これは鋳型に流し込んで模様を付けたのではなく、ビュラン(彫刻刀)を使って手作業で模様を彫っています。

 五枚の花弁を持つ可愛らしい花が四輪、彫られています。植物文様は19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを席捲した日本趣味、アール・ヌーヴォーの影響です。花の種類はおそらく薔薇でしょう。清楚な五弁の薔薇は、聖母マリアの花として愛好されました。


 文字盤は懐中時計の様式で、真っ白な琺瑯(ほうろう)にローマ数字によるインデックスを手書きしてあります。インデックスは12時のみ赤色になっています。2, 4, 6, 8, 10時の五箇所に、可愛らしいシルバーの点が打たれています。

 懐中時計の琺瑯引き文字盤は破損している場合が多いですが、本品の文字盤はたいへん良好なコンディションです。ルーペで見ると八時と九時の間に微かなヘアライン(亀裂)がありますが、このヘアラインを写真に撮るのは困難で、うまく写せませんでした。ほとんどの人は肉眼では気付かないはずです。

 文字盤上部に「ヴィリス」(VIRIS) というブランド名あるいはメーカー名、文字盤の最下部に、ドイツ語で「シュヴァイツァー・マルケ」(Schweizer Marke スイスの商標)と書かれています。「ヴィリス」という名前が書かれた時計は珍しく、私も本品しか見たことがありません。名前の由来は不明ですが、ラテン語として読むと、"VIR"(男性)の複数与格が "VIRIS" で、「男性たちのために」という意味になります。まず女性の間で使われ始めた腕時計が、これから男性の間にも広まるようにとの意味合いを込めた命名ではないでしょうか。





 針は懐中時計そのもののスペード型です。スペード型の短針は、リーフ型長針と組み合わせるのがルールです。


 文字盤と取り巻くベゼル部分は一枚の真珠母貝(マザー・オヴ・パール)を削って製作されています。写真にうまく移りませんが、ラブラドレッセンスのような深みがある天然貝特有の輝きを見せています。




 ムーヴメントはスイス製の手巻き式で、古い時代の懐中時計に見られる「シリンダー脱進機」を搭載しています。この形式の脱進機は19世紀までよく使われていましたが、やがてクラブトゥース脱進機に駆逐されて姿を消しました。


 ムーヴメントのコンディションについて述べると、天符の振り角は大きく、天真の曲がり、ひげぜんまいの巻き乱れ等の問題も一切ありません。巻き上げ及び時刻合わせ機構にもまったく問題ありません。



 本品は男性用としても女性用としても使うことができます。バンドを取り付ける部分に適合するサイズ、幅 11ないし12ミリメートルのワイアラグ用バンドを取り付けると、女性用時計になります。






 男性用時計、あるいは男女兼用時計として使う場合は、下の写真のようなバンドを使います。






 本品は外見上のみならず、機械の動作・性能の点でも、百年近く前の時計としては非常に良好な保存状態です。





オーバーホール済、現状売り 本体価格 78,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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