丸みのある愛らしい時計 《ミドー マルチフォート グラン・リュクス》 ピンク・ゴールド系の金無垢ベゼル ハーフ・ローターによる最初期の自動巻 1945年頃

Mido MULTIFORT "GRAND LUXE", Mido cal. 817 (A Schild cal. 1081), 17 jewels, circa 1945


ラグと竜頭を除く直径 29.7 mm

風防と裏蓋を含む最大の厚さ 12.3 mm


バンド幅 16 mm



 スイスの時計メーカー、ミドー社が、1945年頃に製作した時計。ピンク・ゴールド系の金無垢ベゼルで、茶系の文字盤を囲んでいます。摩耗に強いステンレス・スティールが時計の美しさを保つとともに、落ち着いた茶色と金色の文字盤、艶やかなゴールドのベゼルが組み合わさって、古き良き時代の温かみを感じさせます。

 本品が作られた1940年代は、男性用、女性用とも現代よりもずっと小さな時計が使われていました。本品はもともと男性用として作られたものですが、直径は三十ミリメートル弱で、五百円硬貨よりも一回り大きい程度です。小さなサイズに十二ミリメートルの厚みがある本品は、全体的に丸みがあってたいへん可愛らしく、女性にもご愛用いただけます。





 本品は「たいへん美しいミリタリー文字盤」「珍しい材質の美しいケース」「ハーフ・ローター式自動巻ムーヴメント」を有しており、外見に関しても内部の機械に関しても特徴ある個性的な時計です。

 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。時計の文字盤は銀色や白色が多いですが、本品は多色を使用したカラー文字盤が珍しく、中央が濃い茶色、その外側が金色、その外側が白、周縁部が濃い茶色に塗り分けられています。七十年の歳月が美しい古色を与えて、アンティーク時計ならではの味わい深い文字盤になっています。





 本品の秒針は、時針、分針と同様に、時計の中心部に取り付けられています。このような時計を「中三針」(なかさんしん)といいます。時計が「中三針」であるのは、現代人の感覚からすれば当たり前に感じられるかもしれません。しかしながら時計の中心部に秒針を付けるのは技術的に難しいことです。それゆえ中三針の時計は 1960年代以降になって、ようやく一般に普及しました。それ以前の時代、すなわち 1950年代までは、男性用時計には六時の位置に小文字盤があって、そこに「スモール・セカンド」という小秒針を付けるのが普通でした。

 本品は 1945年頃の時計であるにもかかわらず、この時代のものとしては珍しい中三針式で、文字盤の中央に長い秒針が取り付けられています。また文字盤外周近くの白い帯状部分に一分ごとの刻み目が表示されているばかりか、さらに細かい刻み目により、一分が十二秒ごとに分割されています。分針の先端は秒針と同様に針状に尖り、時針も同様の形状となっています。

 現代の時計は中三針式で、長くて見易い秒針が付いていますが、せっかく取り付けられている秒針に注意を払う人は少なく、文字盤の周囲にも細かい刻み目は書かれません。しかしながら 1940年代の中三針式時計は、軍人、医師、看護師等、見易い秒針を必要とする人のための時計ですので、文字盤の周囲に細かい刻み目が書かれます。本品もそのような機種のひとつで、「1940年代の中三針式時計」ならではの特徴を備えています。秒単位の読み取りを可能とするデザインは、この時代の通常の時計に見られない特徴であり、本品がもともとミリタリー・ウォッチ(軍用時計)であることを示しています。

 時針と分針は枠状になっていて、中空部分は白色の夜光塗料で充填されています。夜光塗料は長い歳月を経て劣化しており、現在では光りません。夜光塗料もミリタリー・ウォッチの特徴です。





 文字盤の上部には「ミドー マルチフォート」(MIDO MULTIFORT)、「グラン・リュクス」(GRAND LUXE)、下部には「スーパー=オートマティック」(SUPER-AUTOMATIC)と、いずれも金色の文字で書かれています。





 ブランド名「マルチフォート」(MULTIFORT)はラテン語の語幹 "MULT-" と "FORT" を繋ぎの音(-I-)で結んだ造語です。"MULT-" は「多い」、"FORT" は「強い」という意味ですから、「マルチフォート」は「幾つもの長所(強み)を持つ」という意味です。上の写真は本品が作られた頃の雑誌広告(当店の商品 1,080円)です。右側は下部の拡大で、「マルチフォート」が持つ五つの強みが列挙されています。

     self-winding    自動巻
     waterproof    防水
     shock-resistant    耐衝撃
     anti-magnetic    耐磁
     unbreakable mainspring    切れない主ぜんまい





 広告下部の五つの円内には、ロボットを主人公にしたイラストが描かれ、「マルチフォート」の強みを象徴的に図解しています。このロボットは「ロビ」(Robi)といって、ミドーのマスコット・キャラクターです。





 時計の文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは金色の帯状部分に表示されており、わずかに盛り上がったローマ数字とバー(棒)が交替しています。ローマ数字の文字盤では四時を表すのに四本のイー(I ラテン語読み)を並べることが多くありますが、本品でも同様の表記法が採られています。

 三時の位置からケース外に突出したツマミを「竜頭」(りゅうず)といいます。機械式時計はぜんまいを巻き上げたり時刻を合わせたりする機会が多いので、クォーツ式時計に比べると、竜頭が速く摩耗します。しかしながら本品の竜頭は摩耗に強いステンレス・スティール製で、1945年当時のオリジナルの竜頭が、新品のような状態のまま残っています。

 二十世紀後半になると、男性用時計の竜頭は実用本位の味気ない形状になります。しかしながら本品の竜頭は優雅な曲線で構成されており、懐中時計の竜頭に似ています。本品が作られた1945年は、男性用腕時計が使われるようになって二十年ほどしか経っていない時代です。竜頭のデザインも初期の腕時計ならではのものであり、古き良き時代の香りを留めています。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の筐体(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。本品のケースはステンレス・スティール製です。ステンレス・スティール製ケースもミリタリー・ウォッチの特徴です。裏蓋は十角形の突出があるスクリュー式で、以下の刻印があります。


     刻印  意味  解説
         
     MIDO  ミドー  メーカー名
     MULTIFORT AUTOMATIC  マルチフォート オートマティック  ブランド名、及び「自動巻」の表示
     ANTIMAGNETIC RUSTLESS STEEL  耐磁ステンレス・スティール  ケースまたはひげぜんまいの耐磁性の表示
     ANTI-CHOC  耐衝撃  天符が耐衝撃性を有するという意味の表示
     WATERPROOF IMPERMÉABLE  防水  英語とフランス語による「防水」の表示
     SWITZERLAND  スイス  製造国
     220    ケースの型式


 十角形の突出があるスクリュー式裏蓋は、ジュネーヴの時計ケース専業メーカー、タウベール社(タウベルト社 Taubert & Fils, Rue des Pêcheries 10, Genève)が開発し、特許を取得した方式です。したがって、本品の裏蓋にタウベール社の刻印はありませんが、本品のケースはタウベール社が製作し、ミドー社に納入したものであることがわかります。

 タウベール社が開発した十角形の裏蓋のケースは、スイスにおいて 1932年8月31日に特許が認められました。スイスにおける特許番号は"CH 156807"です。同じ特許はイギリスにおいて 1932年12月29日に特許が認められています。イギリスにおける特許番号は方式は"GB 385509"です。

 タウベール社によるこのケースは防水時計用に作られています。本品のクリスタル(風防)は当時発明されたばかりのプレクシグラス(高透明度のアクリル)にテンション・リングを併用し、防水性を高めています。しかしながらもともと竜真の孔に仕込まれていたはずのパッキン(防水材)は失われています。本品に限らず、すべてのヴィンテージ・ウォッチ(アンティーク時計)は防水性を失っているとお考えください。





 上の写真の右側は、ケース裏蓋の内側を撮影しています。刻印の内容は次の通りです。

     刻印  意味  解説
         
     British petent No. 385509  大英帝国特許 BR385509  タウベール社が取得したケースの特許番号
     Mido LIMITED, SWITZERLAND  スイス、ミドー株式会社  時計のメーカー名
     RUSTLESS STEEL  ステンレス・スティール  ケースと裏蓋の材質
     958472    ケースのシリアル番号

 ケースの十二時側と六時側から突出してバンドを取り付ける部分を「ラグ」(英 lugs)といいます。商品写真に撮影していませんが、六時側の左右のラグ間にもシリアル番号(8472)が刻印されています。


 ケース上部にあってクリスタル(風防)を取り囲む部分を「ベゼル」(英 bezel)といいます。本品は機能に関する部分の作りが全くのミリタリー・ウォッチであるにもかかわらず、ラグの上面とベゼルがピンク・ゴールドがかった金でできています。上の写真の左側は、ケースから取り外したベゼルを裏返しにしています。このベゼルはロールド・ゴールド・プレートでもゴールド・フィルドでもなく、金無垢です。

 ケース素材にステンレス・スティールと金を組み合わせた例は最近の時計には見られますが、ヴィンテージ・ウォッチにはきわめて珍しく、本品は筆者(広川)がこれまで目にした唯一の例です。本品は機能面がミリタリー・ウォッチの仕様になっているので、金無垢のベゼルはいっそう珍しく、たいへんおしゃれな時計に仕上がっています。





 現代の時計は電池で動く「クォーツ式」ですが、「クォーツ式」腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1940年代にはクォーツ式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。したがって本品もぜんまいで動く時計です。このような時計を「機械式時計」と呼びます。

 機械式時計はぜんまいの巻き上げ方式によって「手巻」と「自動巻」(オートマティック)に大別されます。「自動巻」は時計を着用する人の腕の動きを利用して、ぜんまいを自動的に巻き上げる方式のことです。自動巻の時計は、手巻と同じように、手動でぜんまいを巻き上げることもできます。自動巻時計を着用していても、腕をあまり動かさなければぜんまいの巻き上げ量も少なく、時計を手首から外すと、次の日に時計を着けるよりも以前に止まります。そのような場合は自動巻時計であっても手動でぜんまいを巻き上げればよいのです。






 本品は現在では見ることができない古いタイプの自動巻時計で、「ハーフ・ローター式自動巻」または「バンパー・オートマティック」(英 bumper automatic)と呼ばれる種類です。

 自動巻ムーヴメントは、簡単にいえば、自動巻部品すなわち錘(おもり)を、手巻ムーヴメントの上に付加したものです。錘は扇形で、回転するようになっており、日本語で「回転錘」(かいてんすい)、英語で「ローター」(rotor)と呼ばれます。現代の自動巻ムーヴメントでは、ボール・ベアリングに支えられた回転錘が三百六十度自由に回転し、大抵の場合はどちら向きの動きでもぜんまいの巻き上げに利用されます。しかしながらハーフ・ローター式では回転錘がムーヴメントの全周を回転せず、巻き上げに利用される動きも一方向のみです。本品が製作された 1945年の段階では、ボール・ベアリングもまだ使われていません。





 本品に搭載されている機械は、十一リーニュ(地板の直径 24.81ミリメートル)のハーフ・ローター式自動巻ムーヴメント、「ミドー キャリバー 817」です。「ミドー キャリバー 817」はエボーシュ・メーカー(時計各社にムーヴメントの半完成品を供給するメーカー)であるア・シールド社が製作した「ア・シールド キャリバー 1081」ですが、同社はこの機械をミドーのためだけに作っています。

 上下の写真はムーヴメントの受け側、すなわちケース裏蓋を外すと見える側を撮影しています。この写真には「ミドー・リミテッド」(MIDO LIMITED)、「八一七」(817)、「スイス製」(MADE IN SWITZERLAND)と書かれた金色のハーフ・ローターが写っています。ムーヴメントの写真には、二本のバネ、すなわちハーフ・ローターの衝突を受け止める「バンパー」も写っています。





 「ミドー キャリバー 817」の天符はチラネジ天符です。動作中に撮影した写真において、天輪の軌跡が全くぶれていないことからもお分かりいただけるように、本品の天真に曲がりは無く、たいへん良い状態です。またひげぜんまいにも乱れはなく、等間隔を保って綺麗に巻いています。これらは機械式ムーヴメントにおいて最も重要なことです。

 良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。機械式ムーヴメントにおいてルビーの使用が望ましい箇所は十五か所あり、これら全てにルビーを入れると、十七個のルビーを使った「十七石」の機械になります。十七石以上のムーヴメントを「ハイ・ジュエル・ムーヴメント」と呼びます。「ミドー キャリバー 817」は「ハイ・ジュエル・ムーヴメント」で、十七個のルビーが使われており、「セブンティーン・ジュエルズ」(17 SEVENTEEN JEWELS)の刻印があります。





 上の写真は本品の文字盤を外し、ムーヴメントを地板側から撮影しています。裏押さえをはじめ、竜真まわりに錆(さび)や破損は無く、その他の部分にも問題はありません。時刻合わせ及び巻き上げ機構の形から、「ミドー キャリバー 817」(ア・シールド キャリバー 1081)は「ア・シールド キャリバー 970」に自動巻機構を付加したムーヴメントであることが分かります。

 中ほどの左寄りに見えている銀色の円形部品は、天符の受け石座です。本品をはじめ、「ミドー マルチフォート」には耐衝撃装置(インカブロック)が装備されています。インカブロックは 1950年代に入ると広く普及しますが、1945年の段階でインカブロックを使った時計は珍しく、「ミドー マルチフォート」が時代を先取りしていることが分かります。





 七十年以上前の品物にもかかわらず、本品の保存状態は良好で、きちんと動作します。文字盤の変色は「パティナ」(古色)とよばれるもので、複製品には真似ができないアンティーク時計ならではの美です。

 ヴィンテージ・ウォッチ(アンティーク時計)は男性用、女性用とも現代のものよりも小さめですが、特に本品が作られた 1945年頃の男性用時計は現代の「ボーイズ・サイズ」ぐらいの大きさです。本品ももともと男性用ですが、サイズ、形状、風合いともたいへん上品で、昨今の過剰に大きな時計が苦手な男性だけでなく、女性にも快適にお召しいただけます。

  バンドはお好きな色、質感、長さのバンドに換えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り換えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。本品のバンドも、金属製バンドやお好きな色の革バンドに交換可能です。





 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 185,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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