ハミルトン グレード 753 《ウィンザー》 19石手巻き アール・デコの美麗モデル 1954年

HAMILTON 《WINDSOR》 grade 753, 19 jewels, 1954



 ペンシルヴェニア州ランカスターに本社があったハミルトン・ウォッチ・カンパニーが 1954年頃に制作した美しい時計、「ウィンザー」(Windsor)。ケースの最大幅は 25ミリメートルで、五百円硬貨ほどのサイズです。もともと男性用として作られた時計ですが、1950年代の時計は現代のものよりも小さめで上品なサイズですので、女性にもお召しいただけます。バンドは茶や赤などお好きな色に交換可能です。およそ六十年前の品物にもかかわらず、保存状態はきわめて良好で、きちんと動作します。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。本品のムーヴメント「ハミルトン グレード 753」はクッション型(長方形が外側に膨らんで丸みを帯びた形)で、文字盤は長方形です。

 本品において何よりも特徴的であるのは、アール=デコ様式に基づいてデザインされたケースの形状です。1940年代と 1960年代の時計はシンプルでオーソドックス(正統的)なデザインですが、1950年代には各社各モデルが個性的で美しいデザインを競い合いました。本品のケースはアメリカ合衆国の黄金時代を、そのまま形に移したかのように華やかです。筆者(広川)はこれまで長年に亙ってアンティーク・ウォッチを扱ってきておりますので、「ハミルトン グレード 753」、及び同系の「グレード 752」「グレード 754」を搭載した時計も数多く目にしていますが、本品「ウィンザー」ほど華やぎと上品な美しさを備えた時計はありません。また同系ムーヴメントを搭載するハミルトンのうち、「ウィンザー」は格段に稀少なモデルであるうえに、本品ほど保存状態が良いものはきわめて稀(まれ)であり、手放しがたいと感じます。


 なおハミルトン社が 1950年代に制作したなかで最も良く知られ、名機として讃えられるムーヴメントは、1954年に生産が始まった「グレード 770」です。機械式時計の完成形であるムーヴメント「グレード 770」により、ハミルトンの技術力は「アメリカのパテック・フィリップ」と評されました。この有名なムーヴメント、「ハミルトン グレード 770」は、本機「グレード 753」及び「グレード 754」と同サイズ、同形の後継機に他なりません。「グレード 770」は石数が本機よりも三石多い点、及びインカブロック(耐震装置の一種)を採用した点が本機と異なりますが、両者は基本設計が同じで、共通の部品を数多く使用しています。









 本品「ウィンザー」のケースは、普通のレクタンギュラーではなく、よくあるトノー(樽)形やクッション形でもなく、シザーズ・カットの宝石のように美しい造形を見せています。ベゼル(風防を取り巻く部分)からラグ(バンドを取り付ける突起)にかけて、多面のファセット(小面)を有しますが、ファセット間の稜線はわずかな丸みを帯び、甘過ぎず武骨過ぎず、いわば「柔らかなシャープさ」とでも呼ぶべき優雅な煌(きら)めきを放っています。


(下) シザーズ・カットの参考写真 宝石はペリドットです。当店の商品。




 本品は 12/0サイズのクッション型手巻ムーヴメント、「ハミルトン グレード 753」を搭載しています。「ハミルトン グレード 753」はペンシルヴェニア州ランカスターのハミルトン社自社工場において、1951年から 1954年までの四年間に製作されたムーヴメントで、電池ではなくぜんまいで動く「手巻式」です。電池で動く「クォーツ式」腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1950年にはクォーツ式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。

 秒針があるクォーツ式腕時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式腕時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く腕時計や懐中時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。





 上の写真はムーヴメントの受け側、すなわちムーヴメントをケース裏蓋から外すと見える側を撮影しています。「受け」(ブリッジ bridge)と呼ばれる部分には、英語で「ダマスキーニング」(Damaskeening)、フランス語で「フォース・コート」(Fausses Côtes) または「コート・ド・ジュネーヴ」(Côtes de Genève) と呼ばれる装飾が施されています。この美しい模様は、回転する小円盤でバフ掛けすることにより産み出されています。

 天符はチラネジ天符、ひげぜんまいはハミルトン社の「エリンバー=エクストラ」(Elinvar-Extra) による巻き上げひげ(ブレゲひげ)です。「エリンバー」「エリンバー=エクストラ」はハミルトン社が誇る優れた合金で、これで作ったひげぜんまいの弾性は温度変化による影響を受けません。


 良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。本品のムーヴメント「ハミルトン グレード 753」は 19個のルビーを使用しています。上の写真ではルビーが 6個しか見えませんが、あとの13個は機械の裏側(文字盤側)など、上の写真に写っていない部分に使われています。

 17個のルビーを使用した「17石」(じゅうななせき)のムーヴメントは、摩耗してはならない個所すべてにルビーを使用した高級機で「ハイ・ジュエル」(high jewel) と呼ばれます。本機の同系機である「ハミルトン グレード 752」は 17石です。しかしながら本機「グレード 753」は、「グレード 754」と同じく、ガンギ車用にも二個の受け石を追加し、19石となっています。機械式ムーヴメントにおいて最も重要な箇所は調速脱進機ですが、「ハミルトン グレード 753」の調速脱進機は、およそ必要と考え得るすべての箇所にルビーを使っています。





上の写真は本品の文字盤を外し、ムーヴメントの地板側を撮影しています。九時前のあたりに見えるのが天符の受け石、六時半の位置に見えるのがガンギ車の受け石です。なお写真を見れば分かるように、いずれの受け石座も、受けの裏側から入れたネジで留められています。雌ネジは受けには切らず、受け石座にのみ切ってあります。こうすることで、ネジが折れた場合でも受けが損なわれることが無く、受け石座のみを取り換えれば済みます。





 「受け」には、メーカー名「ハミルトン」(HAMILTON)、石数を表す「十九石」(19 JEWELS)、ムーヴメントのグレード名(型式名)である "753"、製造国名「アメリカ合衆国」 (U. S. A.)、ムーヴメントのシリアル番号 (89056F) が刻まれています。「ハミルトン グレード 753」が製作されたのは 1951年から 1954年までの四年間で、シリアル番号は "001F" から "103400F" です。本機のシリアル番号は "89056F" ですので、恐らく 1954年に製作された機械であることがわかります。

 「ハミルトン グレード 753」の最終シリアル番号は "103400F" ですが、これは本品のモデル「ウィンザー」が十万三千四百個作られたという意味ではありません。「ハミルトン グレード 753」を搭載した時計にはいくつかのモデルがあり、「ウィンザー」はそのなかで最も美しく、また稀少な時計です。

 「アジャスティッド」(adjusted)、「アジャストメンツ」(adjustments) という文字は受けに刻印されていませんが、当時のハミルトン社の広告によると、「ハミルトン グレード 753」とその同系機(752, 754)は、「ポジション」に関して誤差が出ないように調整されています (adjusted to positions and closely regulated)。いくつのポジションに関する調整であるのか未詳ですが、おそらく「三時が下」「文字盤が上」を含む三つあるいは五つのポジションでしょう。

 上の写真は時計を動作させて撮影しています。ハミルトン社が耐震装置を導入するのは 1954年の「グレード 770」からで、「グレード 753」は耐震装置を持ちませんが、天符の動作中に天輪の軌跡がぶれていないことからお分かりいただけるように、天真の曲がりは一切ありません。





 本品の文字盤はシルバーあるいはライト・グレーで、ヘアライン加工が施され、サテン生地のように柔らかな光を反射します。黒の文字で "HAMILTON"(ハミルトン)のロゴが書かれています。

 文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは小さな金色の部品を植字した立体インデックスで、十二時、三時、九時の棒状部品、その他の箇所の可愛らしいピラミッド形部品が、光を美しく反射します。





 本品「ウィンザー」の文字盤は平坦ではなく、中央部分に向けて緩やかなドーム状に隆起しています。ドーム状文字盤の場合、地板の中央部分と文字盤裏の間に隙間が生じるので、「筒車」(短針を取り付ける車)が浮き上がって、隣の「日の裏車」との噛み合わせが外れてしまい、ムーヴメントが問題なく動いているにもかかわらず、針が進まなくなることがあります。このような事態を避けるために、普通は針座(筒車にあてがう環状のバネ)を一枚ではなく二枚組み合わせて使い、筒車を地板に強く押し当てる方法が採られます。ところが本品「ウィンザー」は、針座を二枚使う代わりに、文字盤そのものを中央部分で厚くしています。「ウィンザー」の文字盤中央部は 2.0ミリメートルの厚みがあります。

 「筒車」と「日の裏車」の噛み合わせを保つのに、文字盤中央部の厚みを増すのは最も確実な方法ですが、私はこの種の文字盤をハミルトン以外のメーカーで見たことがありません。より優れた製品を作るためであれば一切の労力を厭わないハミルトンの時計作りは、驚嘆と敬服に値します。


 現代の時計の秒針は「センター・セカンド」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。これに対して 1950年代までの時計の秒針は、ごく少数の例外を除き、「スモール・セカンド」といって、六時の位置に取り付けられています。時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを制作するのは技術的に困難で、「センター・セカンド」が普及するのは1960年代です。1950年代までの時計はほとんどすべて「スモール・セカンド」方式で、本品も例外ではありません。本品「ウィンザー」の文字盤は、スモール・セカンド部分においても裏側の厚みを増し、文字盤の安定性を高めています。





 針は金色のアルファ型で、当時のオリジナルです。いかにもヴィンテージ時計らしいクラシカルな針は、文字盤全体の上品なデザインに良く似合っています。





 本品のケースは10カラットのゴールド・フィルドです。「ゴールド・フィルド」とは板状の金をベース・メタルに張り付けたもので、現代の金めっき(エレクトロプレート)に比べると金の厚みは数十倍に達し、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は 10カラット・ゴールド(純度 10/24のゴールド)で、十八金に比べて金そのものの強度が格段に強く、色の点でも淡く上品なシャンパン・ゴールドをしています。クリスタル(風防)は 1950年代に流行したドーム状で、「プレクシグラス」と呼ばれる高透明度のアクリル樹脂でできています。





 ケースの裏蓋には「ハミルトン」(HAMILTON)、「10カラットの金張り」(10K GOLD FILLED) の文字と、「スター・ウォッチ・ケース・カンパニー」(STAR WATCH CASE COMPANY) の星マークが刻印され、1955年の年号と、"QP" または "PQ" の装飾的なモノグラム(組み合わせ文字)が、プロのエングレーヴァー(線刻・版画職人)によって刻まれています。本品に搭載されているムーヴメントはおそらく 1954年製ですが、本品はその翌年に購入されたことがわかります。


 ハミルトンの広告 1951年


 1950年代当時、ハイ・ジュエルの時計の価格は初任給二か月分ぐらいに相当し、現代人には想像できないほど高価でしたが、時計の品質は購入者の期待を裏切らず、一生のあいだ愛用できる耐久性を有していました。特にアメリカ時計の品質はスイス時計よりもずっと優れていました。しかしながら 1941年12月8日、日本が真珠湾を攻撃して日米が開戦すると、合衆国政府はアメリカ国内でムーヴメントを製作するエルジン、ハミルトン、ウォルサムの各時計会社に命じ、全力を挙げて軍用時計のみを生産させました。したがってこの三社は、太平洋戦争のあいだ、民生用の時計を作ることができませんでした。

 アメリカの時計各社が民生用の時計を作れずにいる状況は、中立国スイスの時計産業にとって大きなビジネス・チャンスでした。民生用の時計が不足した戦時下のアメリカには、大量のスイス時計が輸入され、顧客を奪われたアメリカの時計会社は経営上の大きな打撃を受けて、ムーヴメントを自社で開発、生産する力を失ってゆきました。1892年にペンシルヴェニア州ランカスターで創業し、数々の名作ムーヴメントを世に送り出したハミルトン社も、1950年代頃からスイス製エボーシュを使い始め、1969年には自社工場でのムーヴメント生産を完全に停止します。「ハミルトン グレード 752」から本機「グレード 753」を経て「グレード 770」に至るムーヴメントは、ハミルトンがペンシルヴェニアで開発・製作した最後の男性用時計ムーヴメントであり、やがてはスイス資本に買収される運命の名門ハミルトン社が、機械式時計の時代に放った最後の煌(きら)めき、美しく華やかな火花です。





  本品は男性用として作られた時計ですが、20世紀中葉の時計は現在に比べて小さめのサイズであり、たいへん上品であるゆえに、女性にもお使いいただけます。バンドはお好きな色、質感、長さのバンドに換えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り換えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。

 当店はアンティーク時計の修理に対応しております。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。








 当店では時計用の箱をご購入いただけます。箱はレプリカ(現代の複製品)ではなく、時計と同時代のヴィンテージ品(アンティーク品)です。写真に写っている箱のサイズは重量感のあるオールド・プラスティック、おそらくガラリスでできており、基部の幅 13.4センチメートル、基部の奥行 8.7センチメートル、全体の高さ 4.5センチメートルです。税込価格は 22,000円ですが、時計をお買い上げいただいた方には税込価格 13,200円にてご提供いたします。









 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 178,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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