グリュエン・カーヴェクス 《デューク》 キャリバー 330 カスタム・カーヴド 十七石プレシジョン・ムーヴメント スタイル・ナンバー 287 1937年

Gruen "DUKE", caliber 330 Custom Curved, Style Number 287, 17-jewel precision movement, 1937



 アメリカ合衆国の時計会社グリュエン(Gruen Watch Company)による湾曲した腕時計、カーヴェクス。1937年に発売されたデュークというモデルです。デューク(英 duke)とは英語で伯爵のことです。

 1930年代後半のアメリカでは、男性の間でケースが湾曲した細長い時計が流行し、時計各社は人々が求めるデザインの腕時計を発売しました。時計の外見を湾曲させることができても、ムーヴメント(内部の機械)はまっすぐであるのが普通ですが、グリュエン社はムーヴメントそのものを曲げてしまいました。これが有名なカーヴェクス・ムーヴメントです。本品に搭載されているキャリバー 330、別名カスタム・カーヴド("Custom Curved")は、1937年に開発された機械です。グリュエン社ではケースの型番をスタイル・ナンバーと呼んでいました。本品デュークのスタイル・ナンバーは 287で、1937年に制作された時計ですが、九十年近く前の品物であるにもかかわらず保存状態は良好で、きちんと動作します。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)をケース(英 case)といいます。本品はケースと文字盤が長方形のレクタンギュラー型で、ムーヴメントも長方形です。


 腕時計はもともと女性のものでしたが、第一次世界大戦をきっかけにして、腕時計を身に着ける男性が現れました。男性が腕時計を使うのは一種の女装のようなもので、はじめはたいへん勇気が要りましたが、男性の間でも保守的でない人々は腕時計に興味を示し、フォーマルな場ではあくまでも懐中時計を使いつつ、二個目の時計として腕時計を購入するようになりました。当時、時計は非常に高価で、一人一個しか持っていないのが普通でした。もしも男性が懐中時計に加えて腕時計も購入すれば、時計会社はひとりの顧客に二個ずつの時計を売ることができます。それゆえ時計各社は懐中時計と女性用腕時計に加え、男性用腕時計にも力を入れるようになりました。1930年代に入ると男性用腕時計の本格的な普及が始まり、やがて腕時計の販売本数が懐中時計の販売個数を上回るようになりました。

 1930年代の男性は、きちんとした場で使うべき主役の時計として懐中時計を所有しつつ、二本目の時計として腕時計を購入しましたが、腕時計に関しては、四角いケースのものを欲しがりました。これにはおそらく二つの理由があります。第一に、懐中時計はほとんどすべて円形でしたから、腕時計に関しては形の変化を求めたということ。第二に、円形の時計を手首に着けるのは 1910年代のコンヴァーティブル・ウォッチを連想させ、あまりにも女性的であること。コンヴァーティブル・ウォッチというのは下の写真のような時計で、女性用の小さな懐中時計に着脱可能なバンドを付けて、手首にも着けられるようにしたもののことです。コンヴァーティブル・ウォッチはすべて女性用です。


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 このような理由により、1930年代の男性は四角い腕時計を欲しがったわけですが、グリュエン社は二通りの方法でこの要請に応えました。

 第一の方法は、もともと女性用腕時計のムーヴメントとして開発された細長い機械を、男性用腕時計のケースに入れるというものです。1930年代の男性用ムーヴメントは円形でしたが、女性用腕時計は男性用よりも進歩していたために、良質の長方形ムーヴメントが数多く登場していました。これを男性用腕時計のケースに入れれば、非常に細長くドレッシーな男性用腕時計ができあがります。下の写真はそのようにして作られた男性用腕時計です。


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 第二の方法は、男性用時計のムーヴメントを新しく開発し、これを使って時計を作る方法です。第一の方法で男性用時計を作るのに使用可能な優れたムーヴメントが既に存在するのに、新しいムーヴメントをわざわざ開発する理由は、男性用時計にふさわしい精度を確保しつつ、ケースの湾曲をさらに大きくしたいからです。

 この時代に流行した細長い時計は、手首に接する面がまっすぐだと時計の両端が浮き上がってしまい、着け心地が良くありません。男性用サイズの細長い時計を気持ちよく使うためには、手首の丸みに沿ってケースが湾曲する必要があります。第一の方法を使っても、時計のケースを湾曲させることは可能です。しかしながら既存のムーヴメントは機械自体が湾曲しているわけではないので、ケースの湾曲には限度があります。グリュエン社は誰もまねできないほど強く湾曲したケースの時計を作り、他社に差をつけたいと考えました。

 しかしこれはたいへん困難な課題です。なぜならば、男性用サイズのムーヴメントを新しく作っただけでは、湾曲した薄型時計のケースに入れることができないからです。歯車が曲がると回転しませんから、ムーヴメントを曲げるわけにはゆきませんが、細長くまっすぐなムーヴメントを湾曲した薄型時計に入れると、ムーヴメントの両端がケースの内側に当たってしまいます。

 時計の厚みが増しても構わないのであれば、細長くまっすぐなムーヴメントを湾曲したケースに入れることは可能です。しかし 1930年代には薄型時計が流行していましたから、時計の厚みを増すことは論外でした。薄型時計のケースを第一の方法による場合よりもさらに強く湾曲させるには、ムーヴメントを小さな円形の機種に替えて、ケースの中央部分に入れるしかありません。しかしながらあまり小さな女性用ムーヴメントは精度に不安が残ると考えられました。当時は男は外で仕事をし、女は家庭を守る時代でしたから、男性用時計の精度は女性用時計よりも重視されました。長方形の男性用時計のケースは大きいですが、これに小さな女性用円形ムーヴメントを入れるならば、せっかくのスペースが無駄になります。逆にケース内の広いスペースを有効利用できれば、精度の向上につながります。そこでグリュエン社は「湾曲した薄型時計のケース内の空間を有効に利用し、かつ大きなサイズの男性用ムーヴメント」を新しく開発して、スタイルと精度を両立させようとしたのです。







 この課題を見事に解決した画期的な発明が、グリュエン社のカーヴェクス(Curvex) ムーヴメントでした。上の写真は 1937年のクリスマス・シーズンにグリュエン社が打った広告で、中央上部にカーヴェクス・ムーヴメント(左)と従来のムーヴメント(右)の断面を示しています。二つの断面を比べると、ケースの容積が同じでも、カーヴェクス・ムーヴメントはケース内のスペースをはるかに有効に利用していることがわかります。

 曲がったムーヴメントはスイス、ビール (Biel) の時計師エミール・フレイが 1929年に発明したもので、グリュエン社の発明ではありませんが、特許がグリュエン社に譲渡されたことにより、カーヴェクス・ムーヴメントはグリュエン社のみが製作する名機となりました。グリュエン社のカーヴェクス・ムーヴメントには四種類があって、1935年にグリュエン キャリバー 311が、1937年にキャリバー 330 カスタム・カーヴド (Custom Curved)が、1940年にキャリバー 440が、1948年にキャリバー 370 カーヴァメトリック (Curvametric)が、それぞれ開発されました。





 本品は 1937年製のカーヴェクス(キャリバー 330 カスタム・カーヴド)です。ケースのデザインはアール=デコ様式に基づき、直線的要素を多用してすっきりとした形状です。腕時計が本格的に普及した1920年代は、アメリカ合衆国が好景気に沸いた時代と重なります。恐らくこのことが大いに関係して、1920年代のアメリカの時計は、男性用、女性用ともベゼルやケース側面に彫金を多用し、たいへん華やかな雰囲気です。これに対して1930年代と1940年代の時計は、デザインがぐっと落ち着きます。1930~40年代は、世界恐慌と第二次世界大戦の時代です。この時期の時計が1920年代のような華麗さを持たない背景には、1920年代風のデザインが飽きられたということに加えて、時代の雰囲気が色濃く反映しています。





 1930年代の時計には 1920年代のような華やぎはありません。しかしながらこれは時計デザインの方向性が異なるだけのことで、どちらの年代の時計がいっそう優れているか、美しいかという問題ではありません。1920年代の時計の美しさは装飾美であったのに対し、1930・40年代の時計の美しさは機能美であるといえます。装飾美と機能美の間に優劣は無く、ただ美の在り方が違うのです。1930年代の時計であるカーヴェクスは、1920年代の時計と比べるといずれもシンプルなデザインですが、本品はカーヴェクスのなかでも見易さ、使い易さをとりわけストイックに追求したモデルで、ケースからも文字盤からも、一切の余計な装飾を排しています。類いまれな機能美を有する本品は、1930年代における時計デザインの優れた作例です。





 本品が搭載するキャリバー 330はグリュエン社の自社製ムーヴメントで、1937年に開発され、スイス、ビール(Biel ベルン州ビール郡)の同社工場で製作されたカーヴェクス・ムーヴメントです。この時代のムーヴメントはすべて手巻式で、電池ではなくぜんまいで動きます。電池で動くクォーツ式腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1930年代にはクォーツ式腕時計はまだ発明されておらず、自動巻(オートマティック)も実用化されていませんでした。





 上の写真はムーヴメントの受け側、すなわちムーヴメントをケース裏蓋から外すと見える側を撮影しています。受け(ブリッジ bridge)と呼ばれる部分にはグリュエン時計会社(Gruen Watch Company)、プレシジョン セヴンティーン・ジュエルズ(PRECISION Seventeen Jewels)、カーヴェクス(CURVEX)、スイス(Switzerland) 等の文字が刻まれています。 六桁のアラビア数字(681930)は本機固有のシリアル番号です。香箱(こうばこ 写真の右上に写っている大きな歯車)の左には、キャリバー名 (330)が地板に刻印されています。





 上の写真に写っているムーヴメントの左上に、環状の部品が写っています。これは天符(てんぷ)というもので、ひげぜんまいという細いぜんまいの働きによって一時間当たり一万八千回という高速で振動(往復するように回転すること)し、規則正しい動きによって正確に時を測ります。天符は振子時計の振子に相当し、機械式懐中時計及び機械式腕時計において最も重要な部品です。天符にはチラねじと呼ばれる微小なネジが多数取り付けられていますが、天符が振動しているために写っていません。





 天符の受けにコノルーマ(CONORUMA)と書かれているのは、グリュエン キャリバー 330の天符とひげぜんまいが、コノルーマという特殊な合金でできていることを表します。金属は高温で膨張し、低温で収縮します。グリュエン キャ バー 330の天符は一日あたり四十三万二千回、一年あたり一億五千五百五十二万回もの振動を繰り返すので、温度が天符に及ぼすわずかな変化が時計の精度に影響します。気温の変化が天府に及ぼす影響を最小限に抑えるため、古い時代の時計では天輪(天符の環状部分)に切れ目を設けたり、二種類の金属を張り合わせたりしていました。上の写真は1920年代のムーヴメント、ディディスハイム キャリバー 44です。天輪に切れ目があり、また二種類の金属を張り合わせてあることがわかります。

 気温が変化するとひげぜんまいの長さが変わります。ひげぜんまいの長さが変わると、必然的に歩度(ほど 時計の進み具合)が変わります。古い時代のように天輪に切れ目を設けたり、二種類の金属を張り合わせたりすれば、温度変化が歩度に及ぼす影響はある程度まで抑制できましたが、これは対症療法のようなものであって、根本的解決ではありません。しかしながらグリュエン社のコノルーマは温度変化への耐性に優れ、膨張・収縮がほとんど起こりません。グリュエンはコノルーマを開発することにより、天符の構造を簡略化しただけでなく、ひげぜんまいの長さが温度によって変化するという重大問題を、一挙に解決してしまいました。なお本品のひげぜんまいはフランス語でスピラル・ブレゲ(spiral Breguet)、日本語でブレゲひげまたは巻き上げひげと呼ばれるタイプです。ブレゲひげは製作するのが難しく高価ですが、非常に優れた精度で振動します。





 良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。機械式ムーヴメントにおいて、ルビーを使うことが望ましい箇所は十五か所あり、うち二か所には二個ずつのルビーが使われます。したがってすべての箇所にルビーを使った理想的な状態は、十七石ということになります。

 上の写真の右端にプレシジョン セヴンティーン・ジュエルズ(PRECISION Seventeen Jewels)と刻印されているのは、本機が十七石のムーヴメントであることを示します。写真ではルビーが四個しか見えませんが、あとの十三個は機械の裏側(文字盤側)など、上の写真に写っていない部分に使われています。

 十七石のムーヴメントをハイ・ジュエル・ムーヴメント(high jewel movement 英語で「多石ムーヴメント」の意)と呼びます。グリュエン社ではハイ・ジュエル・ムーヴメントの時計をプレシジョンと名付けていました。グリュエンでも他社でも十七石の時計は高級品で、その価格は十五石の時計の二倍以上でした。





 上の写真はキャリバー 330の文字盤を外したところです。写真は真上に近い角度から撮影しているので分かりづらいですが、キャリバー 330はムーヴメントの全体が湾曲しています。地板も緩やかなカーヴを描き、両端(十二時側と六時側)は中央部分よりも下がっています。





 本品の文字盤には黒の文字でグリュエン・カーヴェクス(GRUEN CURVEX)、プレシジョン(PRECISION)と書かれています。文字盤の古色は本品がおよそ九十年の歳月をかけて獲得した美しいパティナ(古色)であり、レプリカには真似のできないアンティーク時計の証しです。

 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの数字を、インデックス(英 index)といいます。本品のインデックスはアラビア数字を打刻によって立体的に浮かび上がらせて、表面に金を張っています。本品の時針と分針は上品なリーフ型で、ドレス・ウォッチにふさわしい趣があります。





 上の写真は本品ケースを開けて裏蓋からムーヴメントを外し、裏蓋の内側を撮影しています。

 本品ケースの材質は、14カラットのゴールド・フィルドです。ゴールド・フィルドとは板状の金をベース・メタルに張り付けたもので、現代の金めっき(エレクトロプレート)に比べると金の厚みは数十倍に達し、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。本品のケースに張られている金は 14カラット・ゴールド(純度 14/24のゴールド)で、わが国で見かける十八金に比べて金そのものの強度が格段に強く、色の点でも淡く上品なシャンパン・ゴールドをしています。

 先に述べたように、グリュエンの本社はオハイオ州シンシナチにありましたが、ムーヴメントの工場はビール(スイス)にありました。グリュエン社はスイスで製作したムーヴメントをアメリカ合衆国に輸入し、アメリカ製のケースに入れ、ヴァージニア州アーリントンの海軍天体観測所から送られてくるシグナルを基に時間調整をして、時計を完成していたのです。グリュエン時計会社がアメリカでケースに入れて時間調整をした(cased and timed in U.S.A. by Gruen Watch Company)と裏蓋に打刻されているのは、この意味です。

 ワズワース(Wadsworth)はグリュエン本社から数マイルのケンタッキー州デイトンにあった時計ケースのメーカーです。グリュエンの時計ケースは自社で作る場合も他社に外注する場合もあり、外注する場合はワズワース製のものが多く採用されました。

 G012695はケースのシリアル番号、330はムーヴメントのキャリバー名です。287はケースの意匠を特定する番号で、グリュエン社はこの番号をスタイル・ナンバー(style number)と呼んでいました。本品スタイル・ナンバー 287、愛称デューク 1937年のモデルです。







  本品は男性用として作られた時計ですが、二十世紀前半の時計は現在に比べて小さめのサイズであり、たいへん上品であるゆえに、女性にもお使いいただけます。バンドはお好きな色、質感、長さのバンドに替えることができます。時計会社はバンドまで作っていませんので、アンティーク時計のバンドをお好みのものに取り替えても、アンティーク品としての価値はまったく減りません。時計お買上時のバンド交換は、当店の在庫品であれば無料で承ります。

 当店はアンティーク時計の修理に対応しております。アンティーク時計の修理等、当店が取り扱う時計につきましては、こちらをご覧ください。







 当店では時計用の箱をご購入いただけます。箱はレプリカ(現代の複製品)ではなく、時計と同時代のヴィンテージ品(アンティーク品)です。上の写真に写っている箱の税込価格は 15,800円から 18,900円ですが、時計をお買い上げいただいた方には 5,800円から 9,500円でご提供いたします。



















 上の写真に写っているブルーの箱は本品がもともと入っていたものではありませんが、本品と同時代のグリュエン・カーヴェクスの箱です。この箱はたいへん手に入りにくく、およそ二十年っけてようやく入手に成功しました。箱の税込価格は 60,000円です。60,000円は私が手に入れた原価とほぼ同じです。







 当店の時計は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 188,000円 (税込み価格 207,900円)

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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