懐中時計から作られた最初期の腕時計 エルジン 《グレード 403》 おはじきのようなコンヴァーティブル・ウォッチ 金無垢の高級品 1915年

Convertible watch by Elgin, grade 403, 7 jewels, cased in solid gold, production year around 1915



 十九世紀は懐中時計の時代でした。初期の懐中時計はムーヴメント(内部の機械)が大きく分厚かったのですが、技術の進歩によって小型で薄いムーヴメントが製作されるようになり、およそ百年前には時計を手首に快適に装着できるようになりました。





 男性は大きな時計、女性は小さな時計を使っていましたから、小さな時計を手首に装着しはじめたのは女性たちでした。このようにして、およそ百年前に、まず女性が腕時計を身に着け始めました。上の写真はいずれも二十世紀初頭に撮影されたもので、二人の女性は、小さな懐中時計にバンドを取り付けたものを、「腕時計」として装着しています。





 懐中時計から腕時計への移行期に見られた「腕時計型懐中時計」(あるいは「懐中時計型腕時計」)を、「トランジショナル・ウォッチ」と呼んでいます。「トランジショナル・ウォッチ」(transitional watch) とは、英語で「移行期のウォッチ」という意味です。上の写真の女性が装着している時計は 1910年代のトランジショナル・ウォッチで、本品にたいへん良く似ています。





 本品はかつてアメリカ合衆国イリノイ州で良質の時計を製作していたメーカー「エルジン・ナショナル・ウォッチ・カンパニー」(Elgin National Watch Company エルジン時計会社)が、いまから百年前の 1915年に制作した最初期の腕時計、「トランジショナル・ウォッチ」です。突出部分を除く時計の直径は 29ミリメートル、クリスタル(アクリル製風防)を含む時計全体の厚さは 8ミリメートルで、分厚いおはじきのように愛らしい形をしています。









 百年前の時計は現代の時計のような「クォーツ式」ではなく、ぜんまいで動く「機械式」です。電池で動くクォーツ式時計は 1970年代から使われ始めます。本品が製作された二十世紀初頭は、クォーツ式腕時計が存在しないのはもちろんのこと、現代のように本格的な腕時計自体がまだ存在していませんでした。

 秒針があるクォーツ式時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。本品のような機械式時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。日本語で「チクタク」と表現しているのは、クォーツ式時計の音ではなく、本品のような機械式時計の音です。






 ぜんまいを巻いたり、時刻を合わせたりするためのツマミを、「竜頭」(りゅうず)といいます。1920年代以降、現代に至るまで、腕時計の竜頭は三時の位置に付いています。これに対して「腕時計型懐中時計」、あるいは「懐中時計型腕時計」である本品は、懐中時計と同様に、十二時の位置に竜頭が付いています。「ボウ」(英 bow)と呼ばれる枠が竜頭を囲むように付いている点も、懐中時計と同じです。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。 本品のケースは14カラット・ゴールドすなわち「十四金」でできています。ケースが金めっきや金張りではなく、本品のように金でできている時計を「金無垢(きんむく)時計」といいます。

 純金を木槌で叩くと、薄く伸びて箔になります。このことからも分かるように、ゴールドはたいへん軟らかい金属です。純金は軟らかすぎて容易に変形し、実用品に使うことができません。したがってジュエリーや時計ケースを金で作る場合には、実用的な強度を持たせるために、ニッケル、銅、銀などを混ぜて意図的に純度を落とし、合金とします。わが国でよく目にする「十八金」は純度二十四分の十八の金合金、アメリカ合衆国で使われる「十四金」は純度二十四分の十四の金合金です。

 「十四金」は「十八金」に比べて丈夫である点が優れています。時計は日々着用する品物ですから、ケースの素材には耐久性が必要です。十八金は摩耗や変形を起こしやすいですが、十四金であれば大丈夫です。また18カラット・イエロー・ゴールド(十八金)はかなり強い黄色味を帯びていますが、十四金のイエロー・ゴールドは淡く上品なシャンパン・ゴールドで、ふだん銀色の時計やジュエリーしか身に着けないお客様にも、多くの方にご愛用いただいています。





 本品のケースは懐中時計そのものの形をしています。

 まず第一に、1920年代以降の時計はケースの裏蓋がケース本体と完全に分離しています。しかしながら本品は、上の写真のように、ケースの裏蓋が蝶番(ちょうつがい)で開くようになっています。懐中時計のケースの様式はさまざまで、「蝶番式」に並んで「こじ開け式」や「ネジ式」のものも多くありましたが、本格的な腕時計の時代になると「蝶番式」は姿を消し、裏蓋はすべて「こじ開け式」か「ネジ式」になります。本品の「蝶番式」裏蓋は、懐中時計特有の様式です。

 第二に、本品のケースでは、「ベゼル」と「ベゼル以外の部分」が分離しています。「ベゼル」(英 bezel)とは時計ケースが文字盤を取り巻く部分のことです。本品のケースは、「ベゼル以外の部分」、すなわち時計の側面の部分と裏蓋が蝶番で連結されているわけですが、ベゼルはこれらの部分(ケース側面と裏蓋)から完全に分離されています。

 このような構造になっている理由は、ケース内部にムーヴメントを収容・固定する方法が、懐中時計式であるからです。1920年代以降になると、特に女性用時計においては、ケース本体から裏蓋を外すだけでムーヴメントを簡単に取り出せる場合がほとんどです。しかしながら本品のムーヴメントをケースから取り出すには、ムーヴメントのオシドリネジを緩めて竜真(末端に竜頭が付いた棒状部品)を引き抜き、機留めネジを半回転させたうえで、受け側(ムーヴメントの裏蓋側)から日の裏側(文字盤側)へと押し出す必要があります。ムーヴメントを文字盤側に押し出すためには、ベゼルが外れていなければなりません。ムーヴメントのこのような取り出し方も、ベゼルがケース本体から外れる構造も、懐中時計と同じです。





 実際、本品はケースからバンドを自由に外すことができます。というよりも、懐中時計にバンドをしっかり取り付けられるように、バンドのフックを掛けるための金具を十二時側と六時側に設けたのが本品です。

 したがって本品は懐中時計と腕時計の二通りに使うことができます。このような時計は「トランジショナル・ウォッチ」のなかでも特に古いタイプのもので、「コンヴァーティブル・ウォッチ」と呼ばれます。「コンヴァーティブル」(convertible) とは英語で「両用式」という意味で、懐中時計と腕時計の両様に使うことができるゆえに、このように名付けられています。





 上の写真は、非常に美しい彫金細工を施した金色のバンドを取り付けて撮影しています。このバンドは端のフックがバネで開閉するようになっています。全体の長さもバネで伸縮します。どのバネも破損の無い良好な状態です。時計とバンドを合わせた本品の全長(手首周りのサイズ)は、バネが全く伸びていない状態で測ると 17センチメートルです。バンドの材質はイエロー・ゴールドの金張りまたはロールド・ゴールド・プレートです。「金張り」(ゴールド・フィル)及びロールド・ゴールド・プレートは、金の薄板を高温高圧によってベース・メタルの表面に鑞(ろう)付けした素材で、現代の金めっき(エレクトロ・プレート)に比べると金の層が格段に分厚いのが特長です。このバンドは彫金の透かし細工が美しく、側面にも文様が刻まれています。淡く上品な金色は時計本体によく調和しています。


 なおアンティーク時計全般に共通していえることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、この彫金バンドは時計と同じ年代のものですが、この時計用に作られたわけではなく、たまたまこの時計に取り付けて写真を撮影しただけのことです。したがってサイズや好みに合わない場合は、他のバンドと交換することができます。

 バンドを替えると見た目の印象がかなり変わりますので、ご来店が可能であれば、いろいろな取り合わせを試着しながらご相談いただくのが望ましいかと存じます。当店には女性用アンティーク時計のバンドが各種揃っており、お客様と相談の上、適切なバンドをご用意いたします。お気兼ねなくご相談ください。





 時計本体の説明に戻ります。

 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」、文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは 優雅な斜体のアラビア数字で、これは二十世紀前半までの時計に見られる特徴です。1950年代半ばから1960年代以降になると、棒状の「バー・インデックス」が圧倒的に多くなります。

 本品の文字盤は艶を消した金色で、「エルジン」のロゴ (ELGIN) が黒で書かれています。艶を消した金色の文字盤は、最初期の女性用腕時計(トランジショナル・ウォッチ)にほぼ限られる特徴です。1920年代に入ると白い文字盤が圧倒的多数を占めるようになり、金色の文字盤は姿を消します。

 本品の文字盤は再生(リファービッシュ、リダン)したものではなく、時計が製作された当時のオリジナルです。百年前の品物であるにもかかわらず、文字盤はたいへん綺麗な保存状態です。





 時計のなかには青い針を持つものがあります。時計の針が鋼鉄製である場合、加熱により青い酸化被膜を作り、錆の発生を防ぎます。加熱して得られた酸化被膜のせいで青く見える鋼鉄を、「ブルー・スティール」(英 blue steel 「青い鋼(はがね)」の意)といいます。「ブルー・スティール」を作るには手間がかかるので、現代の時計に見られる青い針は、大抵の場合、「ブルー・スティール」を模して青く塗装しています。本品の針は真正のブルー・スティールです。なおこの時代の女性用時計に秒針はありません。





 1930年代に入ると、女性用腕時計のサイズは一円硬貨よりも小さくなります。しかしながら誕生したばかりの腕時計(トランジショナル・ウォッチ)はサイズが大きく、本品(直径 29ミリメートル)は五百円硬貨(直径 26.5ミリメートル)よりも少し大きめです。

 大きめといっても、これは 1930年代から 1970年代までの女性用時計に比べた場合の話で、最近の時計に比べると小さくて薄いサイズです。大きくて分厚い機械を作るよりも、小さくて薄い機械を作る方が難しいですから、女性のために誕生した薄く小さい腕時計は、大型で分厚い男性用懐中時計を凌(しの)ぐ高度な技術で制作されています。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)といいます。上の写真は本品のムーヴメント「エルジン グレード 403」です。「エルジン グレード 403」は 5/0サイズ、七石の手巻き式ムーヴメントで、同じサイズの「グレード 380」「グレード 399」「グレード 408」と多くの点で設計が共通しています。

 本品はぜんまいで動く「機械式時計」です。良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度「9」と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されます。

 上の写真の右寄りに高速で回転する部品(天符 てんぷ)が写っていますが、その中心にあるのがルビーです。ルビーは一個しか入っていないように見えますが、写真に写っていない部分を含めて、本機には合計七個のルビ-が使われています。腕時計草創期のムーヴメントに使われるルビーの数は、後の時代に比べて少ない傾向があります。後世の時計は十五石や十七石が多いですが、本機は七石で、後世の時計に比べると、ルビーの数にずいぶんと開きがあります。しかしながらこれは本機の性能や価値が後世の時計の半分しかないということでは決してありません。本品の機械のルビー製部品は、七個すべてが調速脱進機に使われています。調速脱進機は機械式時計にとって最も大事な部分ですが、本機はクラブトゥース脱進機を採用し、十五石や十七石の時計とまったく変わらない仕様になっています。ひげぜんまいは精度に優れたブレゲひげ(巻き上げひげ)です。

 時計は無料でオーバーホール(分解掃除)をした後にお渡しいたします。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々ご愛用いただけます。どうぞ安心してお買い上げくださいませ。







 この時計は当時の箱と組み合わせることができます。箱は本品にもともと付属していたものではなく、本品と同時代に作られたアンティーク品です。上の写真に写っている箱の価格は 19,500円ですが、コンヴァーティブル・ウォッチ「エルジン クレード 403」(本品)をお買い上げいただいた方には、割引価格(9,500円)にてご提供可能です。

 下記の価格は、時計を上の写真に写っている彫金バンドと組み合わせた場合の、時計とバンドの税込み合計額です。他のバンドに交換すると、価格が変わることがあります。お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。付属品に関すること、お支払方法に関することなど、どうぞ遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 218,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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