アール・デコ様式による小さな時計 《クリフォード》 十四金ピンク・ゴールド無垢 1940年代頃

"Clifford" in solid 14K rose gold case, A Schild cal. 1012, 17 jewels, 1940's



 十九世紀中頃の西ヨーロッパは日本趣味に熱狂し、やがて日本美術から大きな影響を受けた「アール・ヌーヴォー」様式を生み出します。アール・ヌーヴォー様式は嫋(たお)やかで優美な植物的曲線による左右非対称の意匠を特徴とし、花や草木、きのこ、昆虫、魚などのモティーフを愛好しました。アール・ヌーヴォー様式は 1880年代頃から二十世紀初めまでのヨーロッパを席捲し、懐中時計やクロックのケースに典雅なデザインを残しました。

 時計の世界では、十九世紀末から二十世紀初頭頃に女性たちが懐中時計を手首に装着し、腕時計として使い始めました。コンヴァーティブル・ウォッチの誕生です。女性たちのコンヴァーティブル・ウォッチは懐中時計と腕時計の両様に使うことができましたが、1910年代半ばころになると女性が懐中時計を使うことが少なくなってゆき、男性よりも先に、女性たちの間で、本格的な腕時計の時代が始まりました。

 この頃の美術工芸は、アール・ヌーヴォーからアール・デコの時代に変わっていました。曲線のみで構成されるアール・ヌーヴォーとは対照的に、アール・デコは直線を多用した幾何学的意匠を特徴とします。新たに誕生した腕時計は、このアール・デコ様式に従ってデザインされました。アール・デコの全盛期は 1940年頃までですが、時計の世界では 1950年代に入ってからもアール・デコ様式のデザインが主流を占めました。





 本品はアール・デコ様式に基づいて制作された女性用金無垢時計です。「金無垢(きんむく)時計」とは、ケース(時計の外側)がめっきではなく金でできている時計のことで、時計の中で最も高級な品物になります。本品の制作年代を機械の型式に基づいて判断すると 1936年から 1952年の間ですが、外観のデザインから見ておそらく 1940年代でしょう。

 二十世紀半ばの女性用時計は現代のものよりもずっと小さなサイズですが、なかでも本品のケースは縦 18ミリメートル、横 15ミリメートルと指先に載るサイズです。突出したラグを含めても、縦 23ミリメートルしかありません。





 一円硬貨の直径は 20ミリメートルです。本品は一円硬貨よりもひとまわり小さいサイズです。

 サイズが小さいのは金を節約するためではなくて、当時は小さな時計が流行していたためです。精密機械は、大きなサイズに作るよりも、小さく作る方がよほど高度な技術を必要とします。そのため、時計工学が発達するにつれて、それぞれの時計会社はより一層小さな時計を作ろうと技術的挑戦を続けました。時計のサイズは 1980年頃から大きなものが流行し始めて現在に至りますが、それより以前の 1940年代から 1970年代は、時計のサイズが極小化した時代でした。特に女性用時計のサイズは小さかったのですが、なかでも本品は「5.75 x 6.75リーニュ」という最小クラスの機械を搭載しており、この時代ならではの可愛い時計に仕上がっています。





 本品を横から見ると、十二時側と六時側のベゼルとラグ、中央のガラスがカマボコ形に盛り上がっています。カマボコ形ドームは現代の時計には見られない、アール・デコ様式の時計に特有のデザインです。ガラス部分で測った本品の厚みは 8ミリメートルです。現代の時計に比べるとむしろ薄型ですが、時計のサイズが小さいために厚みが目立って、コロコロと愛らしいジュエリーのようです。





 1940年代の時計は現代の時計のような「クォーツ式」ではなく、ぜんまいで動く「機械式」です。電池で動くクォーツ式時計は 1970年代から使われ始めます。本品が製作された 1940年代にはクォーツ式腕時計はまだ発明されていませんでした。

 秒針があるクォーツ式時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。本品のような機械式時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。日本語で「チクタク」と表現しているのは、クォーツ式時計の音ではなく、本品のような機械式時計の音です。





 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」、文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品のインデックスは黒いアラビア数字で、あたかもそれぞれの数字が文字盤中央から外に向けて飛び出してゆこうとするかのように配置されています。このような文字盤を「イクスプロウディング・ダイアル」(英 exploding dial 「爆発したような文字盤」の意)と呼んでいます。「イクスプロウディング・ダイアル」は 1920年代から 30年代の時計によく見られます。本品の製作時期はこれよりも約十年後になりますが、アール・デコの時計らしい特徴といえます。

 本品のインデックスは、一時から十二時まですべてがアラビア数字で表示されています。これは 1940年代までに製作された時計の特徴です。1950年代に入るとインデックスは数字とバー(棒)の混用となり、1960年代にはほぼ完全にバー・インデックスのみになります。1940年代までに作られたアンティーク時計は、数字が書かれた文字盤がお好きな方にぴったりです。





 本品の文字盤はコッパー・トーン(銅色)で、周囲の白との対比が鮮やかです。コッパー・トーンの文字盤はピンク・ゴールドのケースと組み合わされます。スイスの時計会社「クリフォード」の名前が、文字盤上部に書かれています。

 本品の文字盤は再生(リファービッシュ、リダン)したものではなく、時計が製作された当時のオリジナルです。ところどころに軽い変色はありますが、およそ七十年前の品物であることを考えれば、十分すぎるほど綺麗な保存状態といえます。なおいくつかの商品写真において文字盤が歪んでいるように見えますが、これはガラスを通った光の屈折によってそのように写っているだけです。実際の文字盤に歪みはありません。





 針は金色の「モダン型」です。アンティーク時計に見られるさまざまな形の針は、その多くが現代の時計にも継承されていますが、この「モダン型」だけは、現行品に使われているのを見たことがありません。本物のアンティーク時計ならではの針の形といえるでしょう。なおこの時代の女性用時計はドレス・ウォッチですので、秒針はありません。現代の時計には当たり前のように秒針が付いていますが、秒針は本来ストップ・ウォッチの代用であり、作業時間の測定に使うものです。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)を「ケース」(英 case)といいます。 本品のケースは 14カラットのピンク・ゴールドでできており、裏蓋上部に純度の刻印があります。本品のように、めっきではない金製のケースを持つ時計を「金無垢(きんむく)時計」といいます。

 純度百パーセントの金は軟らかすぎるため、時計やジュエリーには使えません。金無垢時計やジュエリーの金は、実用的な強度を確保するために他の金属との合金とし、わざと純度を落としてあります。本品に使われている金は14カラット・ピンク・ゴールド(十四金)で、純金の「二十四分の十四」に相当する純度の、金と銅の合金です。時計ケースの素材として最も重要なのは強度です。わが国でよく見かける 18カラット・ゴールド(十八金)は人間の手の力で容易に変形してしまうほど軟らかいですが、14カラット・ゴールドは 18カラット・ゴールドほど容易には変形せず、実用的な硬さを有し、ムーヴメントをしっかりと保護します。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)といいます。本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動いています。本品のようにぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいます。良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度「九」と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。

 上の写真は本品のムーヴメント、ア・シールド キャリバー 1012 です。赤く写っているのがルビーで、五個しか入っていないように見えますが、この写真に写っていない文字盤下の地板やムーヴメントの内部に入っていたり、箇所によって二重に入っていたりして、全部で十七個のルビ-が使われています。本品のムーヴメントには「セヴンティーン・ジュエルズ」(17 JEWELS 十七石)、「スイス」(SWISS スイス製)、「クリフォード時計会社」(CLIFFORD WATCH COMPANY)等の刻印が読み取れます。





 「ア・シールド キャリバー 1012」はスイス時計各社に採用された優秀なムーヴメントで、1936年から 1960年までの二十五年間に亙って作り続けられました。上の写真の左には、多数の小さなネジが取り付けられた環状の部品が写っています。これは振り子の役割をする重要な部品で、「天符」(てんぷ)といいます。天符は機械式時計の心臓です。「ア・シールド キャリバー 1012」の天符は直径七ミリメートルという小さなサイズですが、一秒あたり二回半の割合で往復するように回転し(振動数 f = 18000 A/h)、十分な計時性能を確保しています。





 上の写真は、本品のムーヴメント「ア・シールド キャリバー 1012」を一円硬貨の上に載せて撮影しています。ムーヴメントのサイズをノギスで実測すると、15.7 x 13.2ミリメートルです。およそ七十年前に作られたこの小さな機械は、直径七ミリメートルの天符を一時間あたり一万八千回、一日当たり四十三万二千回振動させて、いまでも正確に時を刻みます。


 修理前


 上の写真は本品の文字盤を取り除いたところで、ふだんは見ることができない「地板」と「日の裏輪列」、及び「時刻合わせ機構」が見えています。B は「裏押さえ」という部品です。本品の時刻を合わせるときには、現代の時計と同様に、写真の最上部に写っているツマミ(竜頭 りゅうず)を引き出します。時刻合わせを終えたら、ツマミを押し戻します。「裏押さえ」は時刻合わせが完了するまでの間、ツマミ引き出したままの状態に保つ役割を果たします。

 上の写真の「裏押さえ」は実は壊れていて、ツマミ引き出したままの状態に保つことができません。本来であれば「裏押さえ」(B) から細い棒が出て、「オシドリ」(L) に引っかかっていないといけないのです。裏押さえから突出する棒状の部分はとても細く、時計を長く使っていると必ず折れてしまいます。これは金属疲労によるもので、避けることができません。

 ア・シールド社もクリフォード社も昔の時計会社で、現在まで存続していないので、裏押さえが壊れても新しい部品を取り寄せることはできません。このようにアンティーク時計は、壊れても修理が不可能で、どうしても「現状売り」となります。





 しかしながら当店は数少ないアンティーク時計の修理対応店です。上の写真は当店に在庫している「裏押さえ」の一部です。「ア・シールド キャリバー 1012」の裏押さえも、当店には豊富に在庫しています。本品の裏押さえも新品に交換いたしました。


 修理後


 当店には部品取り用ムーヴメントも数多く在庫しています。下の写真はすべて「ア・シールド キャリバー 1012」です。ちなみに当店の「ア・シールド キャリバー 1012」は、これで全部ではありません。





 商品写真の撮影時に本品に取り付けてあるバンドはバネによって伸縮するタイプです。時計と環状を為して切れ目が無いので、すばやく着脱できますし、落下事故を起こしにくいのも優れた点です。時計を含めた現状の全長(手首周り)は 15センチメートルです。





 昔の時計は現状の手首周りが小さい場合が多く、たびたび交換を要します。本品に限らずアンティーク時計一般に言えることですが、時計のメーカーとバンドのメーカーは別です。アンティーク時計に付いているバンドは、たまたまその時計に取り付けられているだけのことで、時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合も事情は同じで、このバンドは時計と同じ年代のものですが、この時計用に作られたわけではなく、たまたまこの時計に取り付けてあるだけのことです。したがってサイズや好みに合わない場合は、我慢して使わずに、他のバンドと交換すればよいのです。

 しかし現代の時計は本品のようなセンター・ラグ式(バンドを取り付ける突起が、十二時側と六時側にひとつづつ突出した方式)ではないので、この方式のバンドはもはや作られておらず、アンティーク時計のバンド交換は困難であるのが現実です。センター・ラグ式時計のバンドはどの色でも稀少ですが、特に本品のようにピンク・ゴールド色のものは入手がほぼ不可能ですので、どこのアンティーク店でも現状売りとなっています。





 しかしながら当店には留め金式バンド、伸縮式バンド、コード・バンドなど、アンティーク時計用のバンドが数多く揃っています。ピンク・ゴールド色のものは手に入りにくいので、男性用、女性用とも特に力を入れて集めています。上の写真に写っているのはいずれもピンク・ゴールド色の女性用バンドで、当店在庫の一部です。中ほどに写っている長めの二本はいずれも 16センチメートルで、これを時計「クリフォード」に取り付けると 18センチメートルあまりの全長になります。





 一般にアンティーク時計は「現状売り」で、壊れても修理が困難ですが、アンティークアナスタシア店主にはアンティーク時計に関する十分な専門知識があり、部品やバンドも豊富に揃っているため、他店で不可能な修理やメンテナンスに対応できます。デリケートなイメージのアンティーク時計ですが、日常使用は十分に可能です。時計は無料でオーバーホール(分解掃除)をした後にお渡しいたします。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々気軽にご愛用いただけます。どうぞ安心してお買い上げくださいませ。





 アンティーク時計を初めて購入される方のために、よくある疑問をこちらにまとめました。どうぞご覧ください。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 168,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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