百年のきらめき 《女性用アンティーク宝飾時計 十七石》 二十金無垢ケースに手作業の彫金 手首周り十七センチメートル スイス 1920年代



 アール・デコ様式による女性用宝飾時計。今からおよそ百年前にスイスで制作されたアンティーク・ウォッチです。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを入れる金属製容器、すなわち時計本体の外側部分をケース(英 case)と呼びます。本品のケースはニ十カラット・ホワイト・ゴールド(二十金)製で、手作業による彫金が全面、すなわちラグ隠しとベゼル、ケース側面、ケース裏蓋に施されています。文字盤中央にも彫金が施され、ケースと美しく調和しています。

 本品のムーヴメントはジュネーヴ(スイス)の時計会社エトナ(Etna)によって 1920年代に制作されたものです。女性用腕時計は 1930年代後半から小型化し、二十世紀半ばには現行の一円硬貨よりもずっと小さくなりますが、1920年代の女性用時計は後世のものほど小さくはありません。本品の時計本体(ケース)のサイズは、ラグ(バンドを取り付ける突起)を含めた縦が 29ミリメートル、竜頭を除く幅が 16ミリメートルで、文字盤も時間を読み取りやすいサイズです。





 金は金色の金属元素です。銀やプラチナは可視光の全域にわたってほぼ偏り無く光を反射しますから白く輝きますが、これに対して金の反射光は長波長側に偏っており、そのせいで黄色っぽい輝きになります。金は非常に軟らかい金属で、純金は実用的用途に使うことができません。たとえば純金で時計ケースを作ってもすぐに歪みが出て、風防も裏蓋もバンドも外れてしまい、ムーヴメントがケースの外に転がり出てしまいます。それゆえ金で実用品を作る場合は、他の金属を混ぜて合金とし、必要な強度を確保します。

 金合金の色は、混ぜる金属によって異なります。金に銅と銀を混ぜると、最もよく見かけるイエロー・ゴールドになります。金にニッケルを混ぜると、ホワイト・ゴールドになります。本品のケースは銀色ですが、素材は銀ではなくて、ホワイト・ゴールドです。





 金の純度はカラット(karat)で表します。純度百パーセントの金は二十四カラットですが、これは軟らか過ぎて実用品を作れません。本品のケースは純度二十カラット、すなわち二十四分の二十(83.3%)のホワイト・ゴールドで制作されています。二十カラット・ゴールドは二十金ともいいます。上の写真は本品の裏蓋の内側です。"ST" はケースの製造会社の刻印です。"20K" の刻印は二十カラットの金合金を示します。

 二十カラットの金合金は十八カラット(十八金)や十四カラット(十四金)に比べて軟らかく、薄板は変形しやすいのが難点です。しかしながら本品のケースは金を惜しまず厚く作られているので、必要十分な強度が確保されており、ゆがみやひずみがまったく見られません。





 1920年代の女性用時計は贅沢品でしたが、とりわけ貴金属と宝石でできた本品はたいへん高価でした。当時の正確な値段は分かりませんが、十数年前にロンジンが復刻したこの時代の時計は百五十万円ほどであったと記憶しています。ロンジンの復興版は十八カラットの金無垢ケースに布のバンドが付いていましたが、本品は二十カラットのケースに十四金とプラチナのバンドを組み合わせています。


 懐中時計の時代であった十九世紀にはウォッチ・エングレイヴァー(英 a watch engraver 時計彫刻師)という職人がいて、海中時計のケースに美しい彫金を施していました。本品が制作された 1920年代は懐中時計から腕時計への過渡期にあたりますが、この時代の時計は懐中時計の伝統を引き継ぎ、ウォッチ・エングレイヴァーによって華やかな彫金が施されています。

 1920年代の時計はたいへん高価であり、また手仕事の伝統も色濃く残っていましたので、しばしばケースの前面に彫金が施されています。本品もリボン型のラグ隠し、ベゼル、ケース側面、裏蓋の全てに装飾がありますが、これは型押しではなく、宝飾職人の手作業による本物の彫金です。ラグ(英 lugs)とはバンドを取り付ける突起のこと、ベゼル(英 bezel)とは文字盤を囲み、風防を嵌め込む部分のことです。

 現代の高級時計はケースを平滑に作り、ピカピカに研磨しています。ケースがよく光ると高級感を演出できますが、実のところこれは研磨すればよいだけなので、制作に手間がかかりません。これに対してエングレーヴィング(彫金)は非常に手間がかかります。本品に見られる見事な彫金は、時計が産業的量産品になる以前に制作された本品が、実用品であるとともに美術工芸品でもあることを示しています。




 ベゼルの三時と九時の位置には、変形シザー・カットの青色石がベゼル・セット(覆輪留め)されています。石の種類は鑑別していませんが、サファイアでしょう。十二時側と六時側はリボン型の装飾がラグを隠していますが、リボン中央の結び目にもトライアングル・カットの青色石がベゼル・セットされています。


 バンドを取り付ける突起をラグといいます。現代の女性用時計は、男性用時計と同様に、ケースの十二時側と六時側から二本ずつのラグが突出し、バネ棒と呼ぶ部品を使って革、布、金属等でできた平たいバンドを取り付けるようになっています。しかるに本品のラグはバネ棒式ではなく、ケースの十二時側と六時側の端に、ワイア・ラグと呼ばれる針金状のラグが固定されています。バネ棒式のバンドは使うことができないので、本品にはクラスペット(claspet)と呼ばれる特殊な方式のバンドが取り付けられています。






 バンドの材質は十四カラット・ゴールドとプラチナで、裏面に材質(PLT 14K)と特許の日付(1922年2月)が刻印されています。上の写真に写っている可動部を指でつまんで持ち上げると、クラスペットが開くので、ラグから簡単に外すことができます。







 バンドにも一面に装飾があり、十二時側と六時側にそれぞれ一個ずつ、爪留めのダイヤモンドと覆輪留めのサファイアがセットされています。無色透明石がダイヤモンドであることは、熱伝導率のテスターで確認済みです。

 ダイヤモンドとサファイアの周囲にはミル打ちが施されています。ミル打ちとはジュエリーの稜線部分に鏨(たがね)による彫金を施し、点あるいは細粒の連続を作り出す技法です。ミル打ちは非常に手間がかかるので、現代の時計には見られません。本品ではケース、バンドのいずれにも時間と手間を惜しまずにミル打ちが施されており、アンティーク・ファイン・ジュエリーと同様の優雅な趣があります。

 時計に近くバンドが幅広になった部分は、内部に仕込まれたバネで多少伸びるように作られています。十二時側はバネが破断しているらしく伸縮しませんが、これによってバンド自体が切れる心配はありません。手首周りのサイズ(時計とバンドを合わせた長さ)は十七センチメートルですが、リンクを外せば短くすることができます。クラスペット方式のバンドは自由に着脱できますので、ワイア・ラグ用革バンドに付け替えることも可能です。





 本品はスイスからアメリカに輸出された品物です。1920年代のアメリカ合衆国は空前の繁栄を謳歌しましたが、1929年10月末に世界恐慌が起こり、黄金時代は突然の終焉を迎えました。高価格品である時計は一挙に売れなくなり、時計各社はコスト削減に走ります。世相も暗くなり、華やかな時計は時代にそぐわなくなりました。1930年を境にして時計ケースのデザインは大きく変わりました。

 このような事情で、1930年代に入ると時計ケースに彫金はほとんど施されなくなります。とりわけケース側面にまで全面的な彫金が施されるのは、1929年までに制作された時計に限られます。世界恐慌は第二次世界大戦の原因になりましたが、本品は世界の運命を暗転させた大恐慌が起こる以前の品物であり、人々が平和と繁栄を謳歌した古き良き時代の薫りを色濃く留めています。





  時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を、文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)といいます。本品の文字盤は明るい銀色で、ヘアラインによる半艶消し処理が為され、光を柔らかく反射します。文字盤中央部には二輪の花が彫刻されています。これも職人の手作業による彫金で、型押しではありません。

 二輪の花はバラ科の果樹のように見えます。桜の花かもしれません。十九世紀末のヨーロッパでは、日本美術の強い影響により、アール・ヌーヴォーが花開きました。桜を思わせる本品の彫刻は、装飾美術史に大きな足跡を遺した日本美術とアール・ヌーヴォーの名残りです。


 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの印を、インデックス(英 index)といいます。本品のインデックスはブルーのアラビア数字で、角ばった字体は 1910年代から 20年代に全盛期を迎えたアール・デコの特徴です。

 アンティーク時計のインデックスには年代ごとに様式の流行があります。大体の傾向として、1940年代以前のインデックスはすべてアラビア数字ですが、1950年代から 1960年代半ば頃までの時計では、アラビア数字とバー・インデックス(線状のインデックス)が混用されます。1960年代後半から 1970年代の時計は十二時以外のすべてがバー・インデックスです。本品はケースと文字盤の彫金、インデックスの様式、バンドの意匠と取り付け方式とも 1920年代ならではの特徴を示しています。

 本品の針はブルー・スティールといって、鋼を加熱して青い酸化被膜を作っていますが、経年によりほぼ黒色になっています。破損や曲がり、腐食等の問題は無く、良い状態です。本品のように長針と短針のみを有する時計を、二針(にしん)の時計と呼びます。二針の時計はドレス・ウォッチであり、優雅な雰囲気があります。また二針の時計は三針の時計に比べると構造が単純で、メンテナンス性に優れています。





 三時の位置から突出するツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。本品は電池が要らない手巻き時計で、ぜんまいで動きます。手巻き時計は竜頭を操作して毎日ぜんまいを巻き上げるので、現代の電池式時計に比べて操作しやすいサイズの竜頭が取り付けられています。なお本品には青色ガラスの石付き竜頭を取り付けています。お好みにより、石付きでない通常の竜頭に付け替えることもできます。


 時計内部の機械を、ムーヴメント(英 movement)と呼びます。

 現代の時計はクォーツ式時計といって、電池で動くクォーツ・ムーヴメントを使っています。クォーツ式時計が普及したのは 1970年代後半以降で、それ以前の時計は電池ではなくぜんまいで動いていました。電池で動く時計をクォーツ式時計と呼ぶのに対して、ぜんまいで動く時計を機械式時計といいます。アンティーク時計はすべて機械式時計です。本品も機械式時計で、電池ではなくぜんまいで動きます。電池は不要なので、本品のムーヴメントには電池を入れる場所がありません。

 本品のような手巻き式時計は、機械式時計の一種です。手巻き式時計のぜんまいは、竜頭(りゅうず)を指先でつまみ、回転させて巻き上げます。ぜんまいを十分に巻き上げると二日近く動作しますが、そのまま放っておくと止まるので、一日一回以上ぜんまいを巻き上げてください。ただし使わないときは、ぜんまいを巻く必要はありません。止まった状態で保管していても大丈夫です。





 良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、良質の時計の部品として使用されるのです。必要な部分すべてにルビーを入れると、十七石(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントはハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 high jewel movement)と呼ばれる高級品です。本品は十七石のハイ・ジュエル・ムーヴメントで、十七個のルビーが使用されています。上の写真で赤く写っているのがルビーで、五、六個しか入っていないように見えますが、この写真に写っていない文字盤下の地板やムーヴメントの内部に入っていたり、箇所によって二重に入っていたりして、全部で十七個が使われています。

 ハイ・ジュエル・ムーヴメントは二十世紀後半になると十分に普及しますが、1920年代頃の女性用時計は七石のものが多く、高級品でも十五石が普通でした。十五石と十七石には大差が無いように思われるかもしれませんが、十五石のムーヴメントは二番車にルビーの穴石を使っておらず、ここが摩耗して偏円になると三番カナとの嚙み合わせが外れ、また長針の先が文字盤に接触して時計が止まります。十七石ムーヴメントを搭載した本品では、そのような問題が起こりません。





 1920年当時、本品のような宝飾時計の価格は、現在の貨幣価値に換算すれば少なくとも百数十万円以上でした。クォーツ式(電池式)の安価な時計が容易に手に入る現在から見ると、昔の時計は想像もつかないほど高価な品物であったわけですが、製造後百年が経った時計でも普通に動作するだけのクオリティを備えていたのであって、いわゆるブランド代ゆえに品質に比べて価格が高すぎる商品とは事情が異なります。当時の時計は高価でしたが、品物の価値もそれだけ優れていたのです。

 本品はオーバーホール後に静置して動作を試験しただけでなく、店主(広川)自身が実際に着用して、二十四時間以上正常に動くことを確認しています。しかしながら本品は耐久性があるハイ・ジュエル・ウォッチとはいえ、百年前の品物です。またそもそも宝飾時計は日々の酷使を想定して作られていません。それゆえ本品は優しくいたわりながら使ってくださる方にお譲りいたします。





 本品のお支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 680,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




女性用腕時計 金またはプラチナ製ケース 宝石で装飾したもの メーカー名 《CからG》 商品種別表示インデックスに戻る

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