泡玉のようなアンティーク時計 《ウィトナー 十七石 手巻き》 小さな高級品 スイス/アメリカ 1950年代中頃



 1950年代のアメリカ合衆国で、ロンジン=ウィトナー社が発表した女性用手巻き時計。ドーム状に大きく膨らんだ風防が、泡玉のような愛らしさです。

 第二次世界大戦の終結以来、アメリカ合衆国は安定的な経済成長を続けていました。1950年代はベビー・ブームの時代です。現状に満足した中産階級は明るい未来を予想し、たくさんの子供たちを儲けました。1955年にはディズニーランドが開園し、大勢の子供連れが「夢の国」に押し寄せました。1950年代のアメリカに起こったのは、もちろん良いことだけではありませんでしたが、好調な経済に支えられて、陽が当たる部分の華やかさが目立つ時代であったことは確かです。高価格品であったハイ・ジュエルの時計を購入できる人々は、好景気の恩恵を享受できる階層に属していました。それゆえ時計のデザインには明るい時代の雰囲気が反映し、個性的な美を競う数々の名品が生まれました。本品もそのような品物の一つといえます。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する筐体(きょうたい 箱、容器)、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を、ケース(英 case)と呼びます。ケースは上部のベゼル(英 bezel)と、下部の裏蓋(英 back)に分かれます。本品で最も特徴的なのは彫刻的なケースの形状です。ベゼル(ケース上部)の材質は十カラット・ゴールド(十金)によるゴールド・フィル(英 gold fill 金張り)、裏蓋の材質はステンレス・スティールです。

 現代の金めっき(エレクトロプレート)は、電解液に浸けた金属の表面に、非常に薄い十八金や純金の層を形成したものです。これに対して本品のベゼルの材質である「金張り」は、ベース・メタルの上に金の薄板を鑞付け(ろうづけ 溶接)してあります。金張りにおける金の厚さは、現代の金めっきの数十倍に及びます。また現代の金めっきに使われる十八金や純金は、軟らかいのですぐに摩滅しますが、本品に使用されている十金は十八金や純金に比べて格段に強く、摩耗しにくいのが特徴です。実際本品は六十年前の時計ですが、金はまったくはがれておらず、たいへんきれいな状態です。金の色合いに関しても十金は淡く上品なシャンパン・ゴールドですので、濃い金色が苦手な方でも抵抗なくご愛用いただけます。





 1953年当時、本品のようなハイ・ジュエル(後述)の時計は、初任給のおよそ三か月分の価格でした。当時の時計は、現在では想像できないくらい高価な品物だったのです。それゆえ時計を何本も持っている人は少なく、一つの時計を毎日大切に愛用するのが普通でした。

 時計を毎日愛用すると、肌に触れるケース裏蓋が摩耗します。これを避けるため、本品のケース裏蓋はステンレス・スティールでできています。上の写真は本品ケースの裏蓋で、ケースのメーカーであるスター・ウォッチ・ケース・カンパニーのマークに続いてベゼルの材質、その下段に裏蓋の材質が打刻されています。蓋の裏側は撮影しませんでしたが、時計のメーカー名(ウィトナー ニューヨーク、ジュネーヴ、モントリオール)、ケースのメーカー名(スター時計ケース会社)、ケースの材質(十金張りベゼル、ステンレス・スティール製裏蓋)、ケースの品番(2207)、ケースのシリアル番号(4448036)が刻印されています。





 文字盤を保護するクリスタル(英 crystal 風防)、いわゆるガラスは、ドーム状に大きく突出しています。1950年代には女性用、男性用とも現代の時計にみられないドーム型クリスタルが流行しました。当時の女性用時計は文字盤が非常に小さいのでドーム型クリスタルは強いカーブを描いて張り出し、あたかも泡のように愛らしい意匠となっています。

 本品のクリスタルは、プレクシグラスと呼ばれる高透明度のアクリル樹脂でできています。プレクシグラスの透明度はガラス(ミネラルガラス)に勝ります。またミネラルガラス製風防は瑕(きず)を直すことができませんが、プレクシグラスの風防は小さな瑕を磨いて取り除くことができます。本品はクリスタルが立体的で、長く愛用するとどうしても瑕が付く可能性があります。このような時計には、瑕を簡単に除去できるプレクシグラス製風防がぴったりです。





 時計において時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を文字盤(もじばん)、または文字板(もじいた)といいます。本品の文字盤は上品な艶消しの明るい銀色で、放射状のヘアラインを施されています。ヘアラインに反射された柔らかな光は、手首の動きにつれて揺れ動く明暗のパターンを為し、分厚いレンズ状のクリスタル越しに光と陰翳を奏でます。本品の文字盤は非常に綺麗な状態ですが、再生処理(リファービッシュ、リダン)を施したものではなく、この時計が製作された当時のオリジナルです。

 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの数字を、インデックス(英 index)といいます。インデックスの様式には年代ごとの流行があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字です。1950年代の時計では、十二時、三時、六時、九時のみがアラビア数字で、他の部分は線または楔(くさび)形のバー・インデックスです。1960年代の時計はすべてがバー・インデックスです。本品は 1950年代の時計なので、十二時、三時、六時、九時はアラビア数字、他の部分は楔形インデックスとなっています。

 本品のインデックスは金色の小さな部品を文字盤上に植字した立体インデックスです。アラビア数字の縦横、および楔形インデックスの長さはいずれも二ミリメートルほどですが、柔らかな銀の光を放つ文字盤を背景にきらきらと光ってよく目立ち、優れた視認性を有します。針はインデックスと同じ金色で、クラシカルなランス型(槍型)です。針の幅は一ミリメートルほどですが、インデックスと同様に光を反射して輝き、見やすさの問題はありません。なお商品写真は実物を大きく拡大しているので、インデックスや針のわずかな酸化が良く判別できますが、実物を肉眼で見ると充分に美しい状態です。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。この時代の時計は現代の時計に比べて格段に小さく作られています。女性用時計はとりわけ華奢(きゃしゃ)で、ほとんどのモデルは現行の一円硬貨よりも小さなサイズです。上の写真は本品のムーヴメントを一円硬貨の上に載せて撮影しています。

 現代の時計はクォーツ式時計といって、電池で動くクォーツ・ムーヴメントを使っています。クォーツ式時計が普及したのは 1970年代後半以降で、それ以前の時計は電池ではなくぜんまいで動いていました。電池で動く時計をクォーツ式時計と呼ぶのに対して、ぜんまいで動く時計を機械式時計といいます。アンティーク時計はすべて機械式時計です。本品も機械式時計で、電池ではなくぜんまいで動きます。電池は不要なので、本品のムーヴメントには電池を入れる場所がありません。

 三時の横に突出したツマミを竜頭(りゅうず)といいます。上の写真で、竜頭はムーヴメントの下方(手前側)に写っています。この竜頭を指先でつまみ、回転させることで、ぜんまいを巻き上げます。

 本品に搭載されているのは、スイス製手巻きムーヴメント、ウィトナー キャリバー 6N7G3です。ぜんまいを十分に巻き上げると、ウィトナー キャリバー 6N7G3は三十八時間動作します。そのまま放っておくと止まるので、一日一回ぜんまいを巻き上げてください。





 良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、高級時計の部品として使用されるのです。必要な部分すべてにルビーを入れると、十七石(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントはハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 a high jewel movement)と呼ばれる高級品です。本品は十七石のハイ・ジュエル・ムーヴメントで、セヴンティーン・ジュエルズ(英 SEVENTEEN JEWELS 十七石)の文字が刻印されています。上の写真で赤く写っているのがルビーで、一見したところ五個しか入っていないように見えますが、この写真に写っていない文字盤下の地板やムーヴメントの内部に入っていたり、箇所によって二重に入っていたりして、全部で十七個のルビ-が使われています。

 上の写真でムーヴメントの右寄りに大きな環が見えています。これは天符(てんぷ)という部品で、機械式時計の心臓に相当する調速脱進機の一部です。ウィトナー キャリバー 6N7G3の天符は振動数一万八千(f = 18000 A/h)といって、一秒間に五回、一時間に一万八千回の割合で振動(振り子のように往復回転すること)を繰り返します。





 バンドを取り付けるための突起をラグ(英 lugs)といいます。現代の女性用時計は昔の男性用時計に相当するサイズで、十二時側と六時側に二本ずつのラグが突出し、ばね棒と呼ばれる部品を使って、革や金属でできた幅広のバンドを取り付けるようになっています。しかしながら 1930年代から1970年代頃までの女性用時計は一円硬貨よりも小さなサイズですので、ラグは十二時側と六時側に一本ずつ突出するセンター・ラグ方式が主流です。本品もセンター・ラグ方式で、十二時側と六時側に一本ずつ突出したラグに金属製バンド末端のリングを引っ掛けるか、コード・バンドと呼ばれる紐製バンドを通す仕組みになっています。

 昔も今も、時計会社は時計のみを作り、バンドは作っていません。新品の時計を買ったときに付いているバンドは、バンドのメーカーが時計会社に納入したものです。それゆえアンティーク時計のバンドに関しても、そのバンドがもともと付いていたものかどうかということは、全く気にする必要がありません。

 革やファブリックのバンドは消耗品ですから、いずれにせよ新品に交換する必要があります。金属製バンドは長持ちしますが、この場合も時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。「オリジナル」のバンドがアンティーク時計に付いている場合でも、元の所有者が自分の好みやサイズに合わせてバンドを付け、それが残っているだけのことです。したがって自分の好みのデザイン、材質、サイズのバンドを選んで取り付けるのが、アンティーク時計との正しい付き合い方です。

 商品写真に写っている金属製バンドは、時計と同時代の汎用品です。六十年以上前のヴィンテージ品ですが、新品のように綺麗な保存状態です。このバンドはバネによる伸縮式で、留め金が無いので、時計の着脱が容易です。このバンドと時計を合わせた手首回りの適合サイズを、バンドが全く伸びていない状態で計測すると、15.5センチメートルです。本品のサイズが合わない場合は適合するサイズの別のバンドをお選びいただいてもかまいませんし、コード・バンド(黒い紐のバンド)に変更することもできます。コード・バンドは時計を引き立たせてくれますし、普段使いにもドレスアップした装いにも似合います。当店では、たいていの場合、バンドを無料で交換できます。





 同じように見える女性用アンティーク時計のムーヴメントは、たとえ同一メーカーの機械であっても、多様な種類に分かれています。時計は精密機械で、部品は千分の一ミリメートル単位で設計・製作されているため、異なる機械の部品に互換性がありません。また非常に精密な部品を、当時と同じ精度で再び製作することはほぼ不可能です。しかるにアンティーク時計のメーカーは現在まで存続していない場合が多く、たとえ存続している場合でも、何十年も前の部品を保有してはいません。それゆえアンティーク時計は、部品が壊れると修理することができません。修理に必要な交換部品が手に入らないからです。

 このような理由で、どのアンティーク店でも、時計は現状売りであるのが普通です。「現状売り」とは、壊れていない状態の商品をお客様に引き渡した時点で、その時計に関係するすべての取引が、将来の修理も含めて全て終了したと看做す取引方法です。要するに現状売りとは、「将来故障が起こっても、修理に対応しない」という意味です。





 しかしながらアンティークアナスタシアは、非常に珍しいアンティーク時計の修理対応店です。本品に関しましても、期限を切らずに将来の修理に対応いたします。

 上の写真は当店に在庫しているウィトナー キャリバー 6N7G3(ア・シールド キャリバー 1023)の部品のうち、部品取り用ムーヴメントの一部を撮影しています。部品取り用といっても、いずれも腐食等の無い良好な状態で、特に下段の五機は現状で動作しています。














 アンティークアナスタシアには、ヴィンテージ時計の箱も数多く在庫しており、別売りにてお譲りすることが可能です。上の写真に写っている二種類はウィトナーの箱で、いずれも本品と同時代のものです。箱の価格は、赤い箱が二万円、金属製のジュエリー・ボックスが三万八千円です。赤い箱は新品同様の綺麗な状態で、やや褪色した外箱付きです。なおヴィンテージ品ではない通常の箱(ギフト用ボックス)は、無料でお付けいたします。




(上) オースティン・ブリッグズのイラストレーションによるスイス時計協会の広告 1948年 当店蔵 本品のような時計を買えるのは中流以上の富裕な層であり、白人に限られました。黒人、日系人、インディアン等の有色人種は、時計の広告に決して登場しません。


 ミッド・センチュリー当時、本品のように質の良い時計の価格は、初任給の三か月分以上に相当しました。現代の貨幣価値でいえば、六、七十万円といったところでしょうか。クォーツ式(電池式)の安価な時計が容易に手に入る現在から見ると、昔の時計は想像もつかないほど高価な品物であったわけですが、製造後数十年経った時計でも普通に使えるという「一生もの」のクオリティを備えていたのであって、いわゆるブランド代ゆえに品質に比べて価格が高すぎる商品とは事情が異なります。初任給三か月分の価格が付いた商品には、初任給三か月分の実質的な値打ちがあったのです。

 ちなみに機械式時計は現在でも作られています。高級品を紹介する雑誌などで見かける数十万円から数百万円の時計が、機械式時計です。クォーツ時計は数年の寿命で、かなり良いものでも十年余りで回路が壊れて修理不能になりますが、機械式時計は数十年以上のあいだ動く「一生もの」です。良質の機械式時計の初任給数か月分という値段は、昔も今も変わりません。





 アンティーク時計を安心してご購入いただくために、全般的な解説ページをご用意いたしました。アンティーク時計を初めて購入される方は、こちらをお読みくださいませ。

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 当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。何なりとご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 138,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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