彫金が美しいアール・デコ様式 「ロアリング・トゥエンティーズ」の夢を伝える女性用時計 《ウィトナー》 クラシカルなクッション型ケースに円形文字盤 1920年代



 空前の好景気を迎えた 1920年代のアメリカ合衆国で、ウィトナー社が販売した女性用時計。ちょうど百円硬貨ほどの大きさです。

 1920年代は未だ大多数の男性が十九世紀に引き続いて懐中時計を使っていましたが、富裕な女性の間には腕時計が広まりつつありました。本品は、それまで時計を持っていなかったか、懐中時計またはペンダント・ウォッチを使っていた富裕層の女性に対し、「初めての腕時計」として売り込まれた品物です。





 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する筐体(きょうたい 箱、容器)、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を、「ケース」(英 case)と呼びます。本品のケースは正方形の各辺が外側に膨らんだ「クッション型」です。

 ケースの材質は十四カラットのホワイト・ゴールド(十四金)による「ゴールド・フィル」(英 gold fill 金張り)です。現代の金めっき(エレクトロプレート)は、電解液に浸けた金属の表面に、非常に薄い十八金や純金の層を形成したものです。これに対して本品のケースの材質である「金張り」は、ベース・メタルの上に金の薄板を鑞付け(ろうづけ 溶接)してあります。金張りにおける金の厚さは、現代の金めっきの数十倍に及びます。また現代の金めっきに使われる十八金や純金は、軟らかいのですぐに摩滅しますが、本品に使用されている十四金は、十八金や純金に比べて格段に強く、摩耗しにくいのが特徴です。実際、本品は百年近く前の時計ですが、金はまったくはがれておらず、たいへんきれいな状態です。





 本品のケースの形態的な特徴は、懐中時計の名残をとどめていることです。1930年代以降の腕時計ケースは、本体と裏蓋の二つに分かれます。しかしながら 1920年代の腕時計ケースは懐中時計ケースと同様の構造で、ムーヴメントを枠のように囲むケース本体と、風防の枠となるベゼル(英 bezel)と、裏蓋(英 back)の三つに分かれます。本品もその例外ではありません。





 本品の最大の特徴は、ケースに細密な彫金が施されていることです。1920年代の時計ケースには、ケースのべゼルと側面に手の込んだ彫金が施される場合があり、なかでも本品は最も美しい例です。

 時計ケースが美しい彫金で埋め尽くされるのは 1929年までで、1930年代に入った途端、華やかな装飾はまったく姿を消します。アメリカ合衆国と西ヨーロッパ諸国が空前の繁栄を謳歌した 1920年代は「ロアリング・トゥエンティーズ」(英 the roaring twenties 狂騒の二十年代)と称され、華やかな文化が花開きました。しかしながら 1929年10月末にウォール街で株価が暴落して世界恐慌が始まると、黄金時代は突然の終焉を迎えました。高価格品であった時計は一挙に売れなくなり、時計各社はコスト削減に走ります。世相も暗くなり、華やかな時計は時代にそぐわなくなりました。世界恐慌のせいで、時計ケースのデザインは大きく変化しました。





 上の写真に写っている定規のひと目盛りは、一ミリメートルです。クッション型ベゼルの四隅には小さなハートを配し、各辺を細密な彫金で埋め尽くしています。ベゼルの外縁、各辺の彫金内部、風防(ガラス)に接する部分には、ミル打ちが施されています。ミル打ちというのは極細の線を細かく区切って細粒の連続とする彫金技法で、本品では一ミリメートルあたり約四個の細粒を刻んでいます。ミル打ちは非常に手間がかかる技法で、アンティーク・ファイン・ジュエリーには時折り施されますが、1930年代の時計にも、現代の高級時計にも、いっさい見ることができません。





 本品はケース側面にも同様に細かな彫金を施しています。十九世紀から 1920年代までの時計の世界には、「ウォッチ・ケース・エングレーヴァー」(英 watchcase engraver 時計ケース彫刻師)という職人芸術家がいて、懐中時計や腕時計に凝った細工を施していました。本品の彫金も熟練したウォッチ・ケース・エングレーヴァーの仕事です。

 現代の高級時計はケース表面を滑らかに研磨して光沢仕上げとします。表面が滑らかで光沢のある時計やジュエリーは、一見したところ高級感がありますが、実は研磨するだけで簡単に製作でき、コストがかかりません。本品のような彫金ケースは、時計会社が富裕層のみを顧客とし、コストを気にせずに品物を作ることができた時代のものです。





 二十世紀の初め頃、富裕層の女性は家の外で働くことがありませんでしたので、時計を持っていないのが普通でした。第一次世界大戦(1914 - 1918年)の時代までは、そもそも腕時計が存在していませんでした。民生用の腕時計は、第一次世界大戦後に、女性向けに作られたのが最初です。「ジュエリーのように綺麗な時計を手首に着ける」という新奇なファッションは、たちまちにして富裕な女性の心を捉え、1920年代に入ると華やかな女性用時計が一挙に花開きます。

 好景気に沸いた「ロアリング・トゥエンティーズ」(狂騒の二十年代)のアメリカ合衆国では、エルジン時計会社が女性用腕時計を作り始めました。ハミルトンとウォルサムは男性用の懐中時計に注力し、女性用腕時計を作りませんでしたが、ブローバとグリュエンは女性用腕時計の輸入を始めました。1920年の時点ではそれほど大きな企業でなかったウィトナー時計会社にとって、新たに出現した「女性用腕時計」というジャンルは成長の好機であったことでしょう。極めて美しい本品の作りには、アール=デコ華やかなりし 1920年代の雰囲気とともに、ウィトナー社の意気込みが感じられます。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を、「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)といいます。本品の文字盤は上品な半艶消しの銀色で、柔らかな光を反射します。本品の文字盤は時計が製作された当時のオリジナルですが、経年変化はごく軽度であり、たいへん綺麗な状態です。

 文字盤の上部には「ウィトナー」(WITTNAUER)のロゴが、最下部には「スイス製」(SWISS)の表示があります。六時の位置には同心円状の彫金による小文字盤に、小秒針(スモール・セカンド)を取り付けています。

 現代の時計の秒針は「中三針式」(なかさんしんしき)あるいは「センター・セカンド式」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。これに対して懐中時計の秒針は、ごく少数の例外を除き、「小秒針式」(スモール・セカンド式)といって、六時の位置に取り付けられています。時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを製作するのは技術的に困難で、中三針式は 1960年代以降にようやく普及します。それ以前の時計はほとんどすべて小秒針式です。本品も小秒針式です。





 文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を、「インデックス」(英 index)といいます。インデックスの様式には年代ごとの流行があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字です。1950年代の時計では、十二時、三時、六時、九時のみがアラビア数字で、他の部分は線または楔(くさび)形のバー・インデックスです。1960年代の時計はすべてがバー・インデックスです。本品は 1920年代の時計ですので、インデックスはすべてアラビア数字です。アラビア数字の字体は現代には見られない可愛らしいデザインで、視認性の点でも優れています。

 長針と短針は懐中時計によく使われたクラシカルな形です。長針、短針、小秒針は青い色をしていますが、これは「ブルー・スティール」(青焼き)といって、鋼を加熱して青い酸化被膜を作ったものです。「ブルー・スティール」は見た目が美しいことに加えて腐食(錆)に強くなります。現代の時計の青い針はたいていの場合青く塗装していますが、本品の針は真正の「ブルー・スティール」です。


 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。下の写真はケースの裏蓋を開けてムーヴメントを撮影しています。左下に写っているのはケース裏蓋の内側で、時計ケースのサイズ(10/0サイズ)、ケースのメーカー名(ワズワース社)、ケースの材質(十四金張り)、ケースのシリアル番号(7756956)が刻印されています。シリアル番号の末尾四桁は、ムーヴメントの枠にも刻印されています。





 現代の時計は「クォーツ式時計」といって、電池で動くクォーツ・ムーヴメントを使っています。クォーツ式時計が普及したのは 1970年代後半以降で、それ以前の時計は電池ではなくぜんまいで動いていました。

 電池で動く時計を「クォーツ式時計」と呼ぶのに対して、ぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいます。アンティーク時計はすべて機械式時計です。本品も機械式時計で、電池ではなくぜんまいで動きます。電池は不要なので、本品のムーヴメントには電池を入れる場所がありません。

 三時の横に突出したツマミを「竜頭」(りゅうず)といいます。上の写真で、竜頭はムーヴメントの下方(手前側)に写っています。この竜頭を指先でつまみ、回転させることで、ぜんまいを巻き上げます。

 本品に搭載されているのは、スイス製手巻きムーヴメント「ウィトナー キャリバー 7T」です。ぜんまいを十分に巻き上げた手巻きムーヴメントの駆動時間は、一日半です。そのまま放っておくと止まるので、一日一回ぜんまいを巻き上げてください。





 良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはたいへん硬い鉱物ですので、高級時計の部品として使用されるのです。本品のムーヴメントは十五個のルビー製部品を使用した「十五石」のムーヴメントで、必要な部分のほぼすべてにルビーは入っています。上の写真で赤く写っているのがルビーで、一見したところ四個しか入っていないように見えますが、この写真に写っていない文字盤下の地板やムーヴメントの内部に入っていたり、箇所によって二重に入っていたりして、全部で十五個のルビ-が使われています。ムーヴメントには「フィフティーン・ジュエルズ」(英 FIFTEEN JEWELS 十五石)の文字が刻印されています。

 機械式携帯時計(懐中時計と腕時計)のムーヴメントに使われるルビーの数は、年代を遡ると少なくなる傾向があります。1920年代の時計に多いのは、七石のムーヴメントです。1920年代に十五石ムーヴメントを搭載していた本品は、高級品です。





 上の写真で、竜頭の反対側に大きな環が見えています。これは天符(てんぷ)という部品で、機械式時計の心臓に相当する調速脱進機の一部です。「ウィトナー キャリバー 7T」の天符は「振動数一万八千」(f = 18000 A/h)といって、一秒間に二・五回、一時間に九千回の割合で、振り子のように往復する回転運動を繰り返します。上の写真においても、天符は高速で振動しています。

 機械式時計の原理は、「天符の等時性」を利用しています。簡単に言うと、天符は元気に動いている場合でも、機械が老朽化して弱弱しく動いている場合でも、全く同じように時を刻みます。しかしながら機械の状態が良く、天符が元気に大きく動いているほうが、時計を長く愛用していただけることは言うまでもありません。

 「天符の等時性」は便利な性質である反面、アンティーク時計の健康状態はこの性質ゆえに分かりにくくなっています。ひげぜんまいという大事な部品が弱っていて、天符の動きが悪くなっている場合でも、等時性のおかげで、時計は正常に進むのです。ひげぜんまいが弱っている場合、この部品を修理して元気を取り戻させることはできません。アンティーク時計の健康状態を知るには、裏蓋を開けてムーヴメントの動きを確認する必要があるのです。本品のひげぜんまいはたいへん良い状態で、天符は大きな振り角で元気に動いています。本品はあと数十年に亙って問題なくお使いいただけます。





 バンドを取り付けるための突起を「ラグ」(英 lugs)といいます。現代の時計は十二時側と六時側に二本ずつのラグが突出し、「ばね棒」と呼ばれる部品を使って、革や金属でできた幅広のバンドを取り付けるようになっています。しかしながら本品をはじめ、1920年代の時計の多くは、ばね棒を使わない固定式ラグ(ワイア・ラグ)方式です。ワイア・ラグ方式の時計には、現在普及しているばね棒式ラグ用のバンドではなく、ワイア・ラグ用のバンドを使う必要があります。ワイア・ラグ用のバンドは当店で販売していますので、古くなった場合でも取り換えできます。ご安心ください。





 アンティーク時計のメーカーは、多くの場合存続していません。メーカーが存続している場合でも、何十年も前の部品は保管されていません。それゆえアンティーク時計はメーカーによる修理ができません。このような理由で、アンティーク時計はどこの店でも「現状売り」で、修理には対応してくれません。しかしながらアンティークアナスタシアは、非常に珍しいアンティーク時計の修理対応店です。本品に関しましても、期限を切らずに将来の修理に対応いたします。


 1920年代当時、本品のように質の良い時計の価格は、現代の貨幣価値でいえば八十万円から百万円に相当しました。クォーツ式(電池式)の安価な時計が容易に手に入る現在から見ると、昔の時計は想像もつかないほど高価な品物であったわけですが、製造後百年近く経った時計でも普通に使えるという「一生もの」のクオリティを備えていたのであって、いわゆる「ブランド代」ゆえに品質に比べて価格が高すぎる商品とは事情が異なります。高価な時計には、価格に見合う実質的な値打ちがあったのです。

 ちなみに機械式時計は現在でも作られています。高級品を紹介する雑誌などで見かける数十万円から数百万円の時計が、機械式時計です。クォーツ時計は数年の寿命で、かなり良いものでも十年余りで回路が壊れて修理不能になりますが、機械式時計は数十年以上のあいだ動く「一生もの」です。良質の機械式時計の値段は、昔も今も変わりません。





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