一円玉より小さなオメガ ぜんまいで動く最高級機 《キャリバー 485》 カットガラスが美しい作例 1969/70年



 前世紀半ばには男女とも小さな時計が流行しました。本品は五十年以上前の 1969年ないし 1970年頃にスイスのオメガ社が製作した女性用時計で、オメガ社の技術を結集した最上級のムーヴメントを搭載しています。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。時計のムーヴメントには電池で動くクォーツ式と、ぜんまいで動く機械式があります。現代の時計はほぼすべてクォーツ式ですが、これは 1970年代末から普及し始めた方式です。本品が製作された 1970年頃にはクォーツ式ムーヴメントは未だ市場に存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。

 秒針があるクォーツ式時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとにチッ、チッ、チッ … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。本品のような機械式時計(ぜんまい式時計)を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音がチクタクチクタクチクタク…と連続して聞こえてきます。チクタクという擬音語は、機械式時計の音をまねた表現です。





 ムーヴメントを保護する金属製の筐体(きょうたい)、すなわち時計本体の外側をケース(英 case)といいます。本品のケースはステンレス・スティールでできています。ステンレス・スティールは丈夫であるうえにアレルギーも起こしにくく、時計のケース素材として最も優れています。

 後に見るように、本品はクッション型の手巻きムーヴメント、オメガ キャリバー485を搭載しています。女性用腕時計ケースは 1950年代にはトノー型(仏 tonneau  樽型)がもてはやされましたが、1960年代には丸型に流行が移りました。本品も丸型ケースを採用しています。





 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を文字盤(もじばん)または文地板(もじいた)、文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの数字をインデックス(英 index)といいます。本品のインデックスは 1960年代から 1970年代にかけて流行したバー・インデックス(棒状のインデックス)です。本品のインデックスは銀色の小部品を植字し、文字盤よりも一段高くなっています。





 本品の文字盤は明るいシルバーで、放射状のヘアライン(微細な線)で上品な半艶(つや)消し仕上げが為されています。ギリシア文字によるオメガ社のマークが植字され、同社のロゴ(OMEGA)が黒で書かれています。文字盤は新品同様の保存状態ですが、再生(リファービッシュ、リダン)したものではなく、1969/70年当時のオリジナルです。

 針はすっきりと上品なバトン型で、黒く塗られ、シンプルなバー・インデックスによく似合っています。この時代の女性用時計に秒針はありません。文字盤最下部にスイス製(英 SWISS MADE)と書かれています。





 文字盤の下半分に《ド・ヴィル》(DE VILLE)の文字が見えます。ド・ヴィルは都会風という意味のフランス語です。オメガ社は洗練されたスタイルの《ド・ヴィル》を 1967年から市場に投入し、今日に至っています。フランス語でアビ・ド・ヴィル(habit de ville)というと街に出かけるときの綺麗目の外出着を指します。《ド・ヴィル》と名づけられた本品も、身に着ける女性の趣味の良さが自然に表れる美しいデザインです。

 1965年、アメリカ航空宇宙局は船外活動時及び月面活動時に着用すべき腕時計として、オメガ社のスピードマスターを指定しました。1969年にアポロ11号が月面に降り立った時にも、二人の宇宙飛行士はオメガ・スピードマスターを装着していました。1969年はコンコルドが試験飛行に成功した年でもありましたが、この超音速旅客機のコクピットに備え付けられたのもオメガ社の時計でした。オメガは現在でも優れた時計会社ですが、本品《ド・ヴィル》が製作された 1969/70年のオメガ社は飛ぶ鳥を落とす勢いでした。





 本品のクリスタル(風防)はサファイアガラスでできています。サファイアガラスは普通のガラス(ミネラル・ガラス SiO2)ではなく、サファイア (Al2O3) です。このサファイアは人工的に生成したものですが、天然サファイアと同じ化学構造と物理的特性を有します。ミネラル・ガラスのモース硬度は 7 ですので、ミネラル・ガラスでできた時計のクリスタルは瑕(きず)が付きやすく、またいったん瑕が付くとクリスタル全体を交換するしかありません。これに対してサファイアガラス(人工サファイア)はモース硬度 9 と非常に硬く、めったなことで瑕が付きません。

 本品のクリスタルは内側周囲に宝石のようなファセット・カットを施したカット・クリスタルで、時計が傾くたびにキラキラと美しく光を反射します。時計のクリスタルにファセット・カットを施すのも、1960年代、70年代の流行です。





 1969/70年の女性用腕時計と現代の女性用腕時計を比べると、動く仕組みが異なるだけでなく、サイズの点でも大きく異なります。1930年代から 1970年代までは小さな時計が流行していました。女性用腕時計の直径は英語でミッド・センチュリー(英 mid century 世紀の中頃)と呼ばれる二十世紀半ば、とりわけ 1960年代から 1970年代に最も小さくなります。本品もそのような女性用時計のひとつで、ケースの直径が 17.6ミリメートルしかありません。一円硬貨の直径は 20ミリメートルですから、本品はこれよりも小さなサイズです。本品のように華奢で可愛らしい時計は、現代では作られなくなってしまいました。

 大きな機械を作るよりも小さな機械を作る方が難しいですから、1960/70年代の女性用時計は当時の男性用時計を凌(しの)ぐばかりか、現代の時計をも凌ぐ高度な技術で製作されていることがおわかりいただけます。





 上の写真はケース裏蓋を開けて、内側を撮影しています。いちばん上にアシエ・イノクシダブル(仏 ACIER INOXYDABLE)とあるのはフランス語で、英語のステンレス・スティール(英 stainless steel)と同じ意味です。三角形の内部に他にオメガ社のマークとロゴ(英 OMEGA WATCH COMPANY オメガ・ウォッチ・カンパニー)が見えます。その下にファブリケ・アン・シュイス(仏 FABRIQUÉE EN SUISSE スイス製)、スウィス・メイド(英 SWISS MADE スイス製)の文字がフランス語と英語で併記されています。その下の数字(511.166)はケースの型式です。

 最下部に見えるセ・ベ(C.B)はケースを作ったサントラル・ボワチエ社(仏 Centrale Boitiers)のロゴです。サントラル・ボワチエ社はオメガ社にシーマスターのケースも供給しています。引っかきキズで書かれた数字はオーバーホール(分解掃除)の記録です。





 上述したように、時計のムーヴメント(内部の機械)にはクォーツ式と機械式があり、本品はぜんまいで動く機械式ムーヴメントを搭載しています。機械式ムーヴメントには手巻きと自動巻がありますが、本品は手巻きで、一日一回ぜんまいを手動で巻き上げる必要があります。

 上の写真は本品のムーヴメントを取り出して撮影しています。時計の三時部分に突出するツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。上の写真で手前に写っているのが竜頭で、オメガのマークが付いています。竜頭を指先でつまんで回転させれば、誰でも簡単にぜんまいを巻くことができます。竜頭を一段階引き出して回転させると、時刻合わせができます。これは現代の腕時計と同じです。





 上の写真のムーヴメント左寄りに、天符(てんぷ)と呼ばれる大きな環状の部品があります。天符はぜんまいで動く時計(機械式時計)に特有の部品であり、機械式時計の心臓部分です。電池で動く時計(クォーツ式時計)に天符はありません。

 機械式クロックにおいて、最も大切な部品は振り子です。機械式時計は振り子によって時を測っています。しかるに懐中時計や腕時計には振り子を取り付けることができません。時計が傾くと振り子が止まるからです。天符はいわば傾けても止まらない振り子で、クロックの振り子と同様の振動を行います。振動とは一方向に回り続けるのではなく、往復するように回転することです。





 上の写真は本品のムーヴメントを一円硬貨の上に置いて撮影しています。

 オメガ社はキャリバー 480系統に属するムーヴメントを六種類製作していますが(480, 481, 482, 483, 484. 485)、本品キャリバー 485は六種類の中で最も性能が良い最高級機です。480, 481は古いタイプの天符(チラネジ天符)でしたが、482, 483では新しいタイプの天符(チラネジ無しの天符)が採用されました。483までのパワーリザーヴ(ぜんまいをいっぱいに巻き上げた時計が動く時間)は42時間でしたが、484では主ぜんまいが長くなり、パワーリザーヴも 46時間に伸びました。本機 485は 480系の最終進化形で、天符の振動数が 484までの毎時 19800振動(f = 19800 A/h)から 21800振動(f = 21800 A/h)に伸びています。これは天符が一秒あたり 6回、一時間あたり 21800回の振動を繰り返すことを意味しています。毎時 21800振動は一般的な女性用時計よりも格段に高振動であり、最高級機にふさわしい計時性能が確保されています。





 本品のように良質の機械式時計は、高速で作動しても摩耗しないようにルビーを部品として使用しています。ルビーはサファイアと同じくコランダム (Al2O3) という鉱物で、モース硬度 9 と非常に硬いので、高級時計の部品として使用されるのです。

 必要な部分すべてにルビーを入れると、十七石(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントはハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 a high jewel movement)と呼ばれ、高精度、長寿命の高級機です。本品はハイ・ジュエル・ムーヴメントで、写真に赤く写っているのがルビーです。ルビーは五つしか見えませんが、あと十二個のルビーは写真に写っていないところに使われています。天符の孔石と受け石(天符の中心に見えるルビー)は金色の小さな部品で留められています。これはキフ・エラスター(Kif Elastor)という板バネで、衝撃吸収装置として働きます。





 本品ムーヴメントにはオメガのマークとキャリバー名(Ω 485)、オメガ・ウォッチ・カンパニー(英 OMEGA WATCH COMPANY)、十七石(英 SEVENTEEN 17 JEWELS)、スイス製(英 SWISS)の文字と、シリアル番号(30521919)が刻まれています。キャリバー(英 calibre/caliber)とはムーヴメントの型式のことです。本品オメガ キャリバー 485は、十七石の手巻きムーヴメントです。









 本品はオリジナルの箱に入っています。箱の保存状態は内外ともに良好です。





 アンティーク時計のバンドは元々取り付けられていたものでなくても構いません。革や布のバンドは言うまでも無く、バンドはすべて消耗品ですし、昔のバンドが使える状態で残っていたとしても、それは前の所有者が自分に合うサイズ、好みのデザインのバンドを取り付けているだけのことです。バンドに時計会社の名前が書かれていたとしても、それは時計会社がバンドのメーカーに文字を入れさせているだけです。時計会社はバンドまで作っていませんから、自分に合うサイズとデザインのバンドを取り付けるのが、アンティーク時計との正しい付き合い方です。

 バンドを取り付けるための突起をラグ(英 lugs)といいます。女性用アンティーク時計は十二時側と六時側に一本ずつのラグが突出したセンター・ラグ方式が普通です。しかしながら本品は現代の時計と同じく、十二時側と六時側に二本ずつのラグが突出し、ばね棒を使ってバンドを取り付けるようになっています。現代の時計と同じ方式を取り入れた本品は、同時代に多く見られたセンター・ラグ方式に比べてバンドに関する自由度が高く、さまざまな色や質感の革バンドを取り付けることができます。

 商品写真は黒の型押し革バンドを取り付けて撮影しましたが、茶、赤など、他の色に変更しても構いません。金属製バンドを取り付けることも可能です。





 当店は数少ないアンティーク時計の修理対応店です。アンティーク時計はどこの店でも原則的に現状売りで、壊れても修理が困難ですが、店主(広川)にはアンティーク時計に関する十分な専門知識があり、部品も豊富に揃っているため、他店で不可能な修理に対応できます。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々気軽にご愛用いただけます。デリケートなイメージのアンティーク時計ですが、日常使用は十分に可能です。時計は順調に動作しています。どうぞ安心してお買い上げくださいませ。





 本品は1969/70年当時に日本に輸入された時計です。本品の新品時の価格は、初任給のおよそ六か月分でした。当時は 1ドル=360円の固定レートで、輸入品が高価であったためでもありますが、当時のヴィンテージ・ウォッチ(アンティーク・ウォッチ)が現在順調に動いていることからもお分かりいただけるように、当時の機械式時計は非常に質が良く、じゅうぶんに「一生もの」と呼べる品物でした。特に本品はケースもクリスタル(風防)も綺麗な状態であり、外側を見ただけでは分からないムーヴメントの状態(輪列の状態、日の裏輪列の状態、時刻合わせ機構の状態、天真やひげぜんまいの状態、調速脱進機の動作)も非常に良好で、これからも長くご愛用いただけます。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 168,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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