アンティーク工芸品 金色と響き合う青色エマイユ 《ギヨシャージュ文字盤に時を刻む時計 直径 28.5 mm》 女性用、または小ぶりの男性用 スイスまたはフランス 1950年頃


Marvin, model name unknown, cal. 160, 17 jewels



 1950年頃のフランスまたはスイスで制作された美しい時計。文字盤が中空に浮かんで見えるデザインは、二十世紀半ばに流行したミステリー・ウォッチの系統に属します。突出部分を除くケースの直径は 28.5ミリメートルで、これは五百円硬貨(直径 26.5ミリメートル)よりも一回り大きく、当時の男性用サイズまたはボーイズ・サイズです。しかしながら本品は文字盤周囲に開いた空間があり、よく目立つエマイユ部分の直径は 17.5ミリメートルほどと小さいので、時計全体のサイズも実際より小さく思えます。このため現代の感覚で見れば女性用と感じる人が多いでしょう。





 本品は現代の時計のようなクォーツ式ではなく、ぜんまいで動く機械式です。電池で動くクォーツ式時計は 1970年代から使われ始めます。本品が製作された 1950年頃には、クォーツ式腕時計はまだ存在していませんでした。

 秒針があるクォーツ式時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとにチッ、チッ、チッ … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。本品のような機械式時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、チクタクチクタクチクタク…と連続して聞こえてきます。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計本体の外側)をケース(英 case)といいます。ケースは風防(いわゆるガラス)の枠であるベゼル(英 bezel)と裏蓋で構成されます。本品の裏側は表側と同様のシースルー構造となっており、裏蓋はベゼルに透明円盤を嵌め込んでいます。したがって本品のケースは表裏両側のベゼル、風防、裏側の透明円盤と、ラグ(英 lugs バンドを取り付けるための突起)でできていることになります。

 ケースの金属部分はベース・メタルにイエロー・ゴールドの金めっき、風防と裏蓋の透明円盤はメチルメタクリレートと呼ばれる硬質の透明アクリル樹脂でできています。メチルメタクリレートはプレクシグラスやルーサイトという商標名でもよく知られています。





 本品は手巻き式で、一日一回、手動で竜頭(りゅうず)を回転させてぜんまいを巻き上げる必要があります。時計の三時の位置、上の写真で言えば手前の中央付近に、ケース外側に取り付けられた円盤型のツマミが見えます。これが竜頭(りゅうず)で、回転させるときに滑らないように、周囲に刻み目が付けられています。





 電池で動くクォーツ式時計は時刻合わせがほとんど不要であるために、ごく小さな竜頭が付いています。これに対して本品のような機械式時計は毎日竜頭を回してぜんまいを巻くので、操作し易い大径の竜頭が付いています。本品は秒針が無いドレス・ウォッチですので、竜頭の形状もドレス・ウォッチにふさわしく、目立たないように薄型のものが採用されています。

 本品の竜頭はたいへん扱いやすく、ぜんまいを巻くのはとても簡単で誰にでもできますから、初めての方でもまったく心配いりません。また時計を使わない日にぜんまいを巻く必要はありません。





 1950年の時計と現代の時計を比べると、動く仕組みが異なるだけでなく、サイズの点でも大きく異なります。1930年代から 1970年代までは男性用、女性用ともに現代よりも小さな時計が流行していました。本品のムーヴメントも一円硬貨より小さなサイズです。大きな機械を作るよりも小さな機械を作る方が難しいですし、機械の中でも時計は特に精密ですから、本品は高度な技術を用いて丁寧に作られていることがわかります。

 機械の作りが丁寧で精密なのはアンティーク時計に共通ですが、とりわけ本品は繊細なギヨシャージュで文字盤を装飾し、明るい青のエマイユを施しています。





 上の写真はケースを開けて中身を取り出したところです。我が国では和時計の伝統を継いで、時計の文字盤を干支(えと)と呼びます。文字盤の裏側には干支脚(えとあし)という突起があります。文字盤を固定するには、干支脚をムーヴメントの所定の穴に挿し込み、干支留めネジで締める仕組みになっています。本品においても文字盤はムーヴメントに固定されています。

 本品のムーヴメントは長方形で、小さな円形の金属製ケースに入っています。文字盤が中空に浮かんでいるように見えるのは、ムーヴメントを収納した小さなケースが、プレクシグラス(ルーサイト)製の分厚いドーナツ型円盤に嵌め込まれているからです。





 丈夫で美しいプレクシグラス(ルーサイト)は、時計の風防、服飾用アクセサリーから自動車のヘッドライトに至るまで、様々な物に使われています。しかしながらこの種のアクリル樹脂が初めて商業的に生産されたのは 1936年のことでした。第二次世界大戦まではもっぱら軍事用に使用され、民生用に広く使われることになったのは戦後のことです。

 それゆえ本品のムーヴメントを宙に浮かせているプレクシグラスは、1950年当時の新素材です。本品は新素材を採用することで独自のデザインを実現した先進的な腕時計であることがお判りいただけるでしょう。





 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの目盛りをインデックス(英 index)といいます。本品のインデックスはプレクシグラスの円盤に穴を開け、金色の金属製部品を植字した立体インデックスです。

 インデックスの様式には、時計の製作年代ごとにはっきりとした流行があります。1950年の時計は 12時(0時)から二時間ごとまたは三時間ごとにアラビア数字を置き、それ以外の時刻には線や幾何学図形を配するのが普通です。しかしながら本品はエマイユ文字盤が宙に浮いたようなミステリアス・デザインを強調するために、全てのインデックスが長方形または三角形の幾何学図形となっています。

 金色の針はこの時代の時計に特徴的なモダンバトン型で、幾何学図形のインデックスによく似合っています。なお本品は男女兼用サイズですが、ムーヴメントは女性用を採用しています。この時代の女性用ムーヴメントは秒針はありません。本品はドレス・ウォッチですから、男性が使うにせよ女性が使うにせよ、秒針は不要です。





 文字盤は厚みのある銀の板でできており、表面に同心円状のギヨシャージュ(仏 guillochage)が施されています。ギヨシャージュは並行する多数の波型を彫金する技法で、我が国ではギョーシェ彫りと呼んでいます。

 ギヨシャージュを施した文字盤には、青色のガラスでエマイユが掛けられています。エマイユは琺瑯(ほうろう)と本質的に同じ技法で、季節は言うに及ばず、作業日の天候によってもフリット(仏 fritte ガラスの粉)を溶く水の量を微調整しなければなりません。また本品のような半透明エマイユは気泡が生じると目立つので、焼成の時間を秒単位で調整する必要があります。窯から出した文字盤は高倍率のルーペで検品され、気泡があればエマイユを充填し、再焼成でしなければなりません。また時計の文字盤は厚さが均一かつ完全に平滑でなければならないので、細心の注意と手間、時間をかけて研磨する必要があります。





 本品は時計職人だけの手でできたものではなく、文字盤のギヨシャージュは彫金職人が、エマイユはエマイユ職人が、それぞれ熟練の技をふるっています。本品の文字盤は拡大して観察しても、まったく瑕疵(かし 欠点)がありません。ギヨシャージュに時間がかかるのは一目瞭然ですが、エマイユも見た目以上に時間がかかります。本品のように丁寧に制作しようとすれば、熟練職人であっても一日にせいぜい二、三枚が限度と思われます。

 本品はフランスにありました。文字盤にメーカーの名前が書かれていませんので、時計会社が大量生産した既製品ではありません。エマイユ細工はフランス製が有名ですが、時計のエマイユ文字盤はスイスで作られることもあり、本品がどちらの国で制作されたのかはわかりません。いずれにせよ少数だけ製作された品物であることは確かです。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。本品のムーヴメントは「マーヴィン キャリバー 160」です。マーヴィン(Marvin)はスイス時計産業の中心地、ラ・ショー・ド・フォンにあった時計会社で、筆者(広川)の手許にある資料によると、1923年8月28日に商標を登録しています。ただしマーヴィンの実際の歴史はこれよりもずっと古く、1850年にサン=ティミエで創業した当時はディディスハイム(Didisheim)という工房名でした。


 時計会社にはエタブリスールとマニュファクチュールの二種類に分かれます。エタブリスール(仏 établisseur)はムーヴメントの半完成品を専業メーカーから購入し、自社で完成して時計にするメーカーで、ほとんどの時計会社はこちらに属します。これに対してマニュファクチュール(仏 manufacture)はムーヴメントを自社で設計・開発する能力があり、高い技術力を持つ本格的な時計会社といえます。

 マーヴィンはムーヴメントを自社で設計開発するマニュファクチュールで、1960年代までは有名メーカーのひとつでしたが、1970年代のクォーツ・ショックで消滅してしまい、今日はもう存在しません。それゆえマーヴィンというメーカー名はアンティーク時計によほど詳しい人でないと知りませんが、本品が製造後七十年経っても元気に動いていることからも、優れた時計メーカーであったことをお分かりいただけます。





 本品のムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動いています。本品のようにぜんまいで動く時計を機械式時計といいます。良質の機械式時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度 9 と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、高級時計の部品として使用されるのです。必要な部分すべてにルビーを入れると、十七石(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石の機械はハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 high jewel movement)と呼ばれ、高精度、長寿命の高級機です。

 上の写真で赤く写っているのがルビーです。ルビーは四個しか入っていないように見えますが、写真に写っていない文字盤下の地板やムーヴメントの内部に入っていたり、箇所によって二重に入っていたりして、全部で十七個のルビ-が使われています。

 ムーヴメントの受け(輪列を支える板状部品)にはマーヴィン(MARVIN)、スイス製(英 SWISS MADE)、セヴンティーン・ジュエルズ(英 17 JEWELS 十七石)、スリー・アジャストメンツ(英 3 ADJUSTMENTS 三姿勢差について調整済み)、"160" の刻印があります。"160" はムーヴメントの機種名(キャリバー名)です。マーヴィン キャリバー 160は優れた耐久性と正確さを誇る十七石のハイ・ジュエル・ムーヴメントで、振り子の役割をする天符(てんぷ)は一秒間に二往復半し(振動数 f = 18000 A/h)、十分な計時性能を確保しています。パワー・リザーヴ(ぜんまいをいっぱいに巻き上げて駆動する時間)は 36時間です。





 上の写真で左手前に写っている金色の輪が天符です。この写真はムーヴメントの動作中に撮影したので、天符に取り付けられているチラネジがぶれて写っています。

 ムーヴメントの中心部には、鋼鉄の軸をドーナツ状に囲むルビーが写っています。これは二番車の穴石です。本品と同時代に制作されたヨーロッパ仕様のスイス時計であれば、回転が遅い二番車には穴石を使わず、十五石で済ませるのが普通です。しかるにマーヴィン キャリバー 160はぜんまいの力が弱い女性用ムーヴメントにもかかわらず二番車にルビーの穴石を入れており、「一生もの」として使える品質を確保しています。

 男性も使えるサイズの本品に女性用ムーヴメントが採用されている最大の理由は、文字盤が宙に浮いたようなデザインを実現するためです。しかしながら男性用時計に女性用ムーヴメントを使うと、もうひとつ大きなメリットがあります。時計の大きさは 1960年代以降に大型化し、特に男性用時計はステンレス・スティールの分厚いケースを多用するようになります。機械式時計が狂う原因の筆頭はひげぜんまいの磁化ですが、ステンレス・スティールの分厚いケースは磁気の侵入を防ぐので、ひげぜんまいの磁化も防げます。しかるに 1950年頃の時計はケースが薄く、とりわけ本品のケースは金属部分がベゼルと裏蓋だけですので、磁気の侵入を効果的に遮断できません。このような場合小型のムーヴメントをケースの縁から離して配置するのは、ひげぜんまいの磁化を防ぐのに最も有効な方法なのです。





 当店は数少ないアンティーク時計の修理対応店です。アンティーク時計はどこの店でも原則的に「現状売り」で、壊れても修理が困難ですが、アンティークアナスタシア店主にはアンティーク時計に関する十分な専門知識があり、部品も豊富に揃っているため、他店で不可能な修理に対応できます。上の写真は当店に在庫しているマーヴィン キャリバー 160です。デリケートなイメージのアンティーク時計ですが、当店の時計は日常使用が十分に可能です。

 バンドの種類の変更も可能です。商品写真は青い革バンドを取り付けて撮影しましたが、黒をはじめ他の色にも交換できます。お買い上げ時のバンド交換は無料で承ります。本品に適合するバンド幅(バンドの取り付け部の幅)は 15ミリメートルです。





 上の写真は女性が本品を着用しています。

 どのようなモデルであれ、アンティーク時計、ヴィンテージ時計はまったく同じ物を見つけるのが困難です。それゆえ大抵のアンティーク時計は、現在では一点ものになっていると言えます。しかしながら多くの時計に接する専門業者の眼で見ると、ほとんどのモデルはありがちなデザインです。時計は皆が必要とする必需品であり、流行のデザインに従って大量に供給される以上、同じようなデザインのものが多くなるのは仕方がないことといえます。

 ところが本品はメーカー名やブランド名が文字盤に書かれていないことからもわかるように、特注品、あるいは特注品に近い少数生産の品物です。フランスまたはスイスのエマイユ工房が、工芸品としての美術的価値を主眼に製作したのかもしれません。いずれにせよ本品はごくわずかな本数しか作られておらず、数多くのアンティーク時計を見てきた私自身、初めて目にする珍しい時計です。


 現代品には見られないデザインとアンティーク品ならではの稀少性に加え、エマイユの青色とケースの金色が響き合う本品は工芸品としての完成度も高く、さらには時計としての性能(ムーヴメントの性能)も優れています。また珍しすぎて部品が手に入らず修理ができないのであれば困りものですが、当店にはマーヴィン キャリバー 160の代替ムーヴメントも在庫しています。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々ご愛用いただけます。どうぞ安心してお買い上げくださいませ。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 158,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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