ぜんまいで動くハイ・ジュエル機 《女性用ドレス・ウォッチ ギュベ リン 十七石》 カット風防と繊細な彫金 一円玉より小さなサイズ スイス 1950年代



 前世紀半ばには男女とも小さな時計が流行しました。本品はおよそ七十年前の 1950年代にスイスで製作された女性用時計で、おはじきのように愛らしい円盤状ケースに繊細な彫金を施し、風防には宝石のようなカットを施しています。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。時計のムーヴメントには電池で動くクォーツ式と、ぜんまいで動く機械式があります。現代の時計はほぼすべてクォーツ式ですが、これは 1970年代末から普及し始めた方式です。本品が製作された 1950年代にクォーツ式ムーヴメントは未だ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。

 秒針があるクォーツ式時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとにチッ、チッ、チッ… と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。本品のような機械式時計(ぜんまい式時計)を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音がチクタクチクタクチクタク…と連続して聞こえてきます。チクタクという擬音語は、機械式時計の音をまねた表現です。





 ムーヴメントを保護する金属製の筐体(きょうたい)、すなわち時計本体の外側をケース(英 case)といいます。ケースは上半分のベゼル(風防の枠となる部分)と裏蓋に分かれます。本品ケースのベゼルには充分な厚み(厚さ二十ミクロン)の金めっきが掛けられています。





 ケース裏蓋はステンレス・スティールでできています。裏蓋は肌とこすれあって摩耗しやすい部分ですが、ステンレス・スティールは丈夫であるうえにアレルギーも起こしにくく、ケース裏蓋の素材として最も優れています。





 時計ケースの形には時代ごとの流行があります。女性用腕時計ケースは 1950年代にはトノー型(仏 tonneau  樽型)がもてはやされましたが、本品のケースは丸形で、1960年代の流行を先取りしています。ベゼルにはフランス語でギヨシャージュ(仏 guillochage ギョーシェ彫り)と呼ばれる波状パターンが彫金されています。

 本品のケースの直径は、一円硬貨よりも一回り小さい十九ミリメートルです。時計が小さいために風防がケースからドーム状に盛り上がり、少し平たい飴玉かおはじきのように愛らしい形です。風防内側の周辺部分にはファセット状のカットがあって、宝石のようなきらめきを見せてくれます。





 上述したように、時計のムーヴメント(内部の機械)にはクォーツ式と機械式があり、本品はぜんまいで動く機械式ムーヴメントを搭載しています。機械式ムーヴメントには手巻きと自動巻がありますが、本品は手巻きで、一日一回ぜんまいを手動で巻き上げる必要があります。

 上の写真の手前側、時計の三時部分から突出するツマミを、竜頭(りゅうず)といいます。竜頭を指先でつまんで時計回りに回転させれば、誰でも簡単にぜんまいを巻くことができます。竜頭を一段階引き出して回転させると、時刻合わせができます。時刻合わせの方法は現代の腕時計と同じです。





 時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を文字盤(もじばん)または文地板(もじいた)といいます。本品の文字盤は明るい銀色で、六時付近に細い線状のキズがありますが、真正のアンティーク品(ヴィンテージ品)としては十分に綺麗な状態です。

 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの数字をインデックス(英 index)といいます。腕時計のインデックスには年代ごとにはっきりとした流行があります。本品のインデックスは三時、六時、九時、十二時に金色のアラビア数字を書き、それ以外には小さく細長い金色の三角形を植字しています。アラビア数字と三角形を併用したインデックスは、1950年代の流行です。

 文字盤にはギュベリン(GÜBELIN)の社名が書かれています。ギュベリンは十九世紀半ばにスイスのルツェルンで創業し、現在まで五代にわたって続くスイスの時計宝飾品会社です。一点物の高級時計制作で知られていますが、パテック・フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、オーデマ・ピゲ等、高級時計の販売も手がけています。

 針はすっきりと上品なドーフィン型で、両端の三角形が立体インデックスの形状によく合っています。この時代の女性用時計に秒針はありません。





 上の写真はケース裏蓋の内側で、いくつかの情報がフランス語で打刻されています。本品のケースはドイツのプフォルツハイムで作られ、スイスのギュベリン社が輸入したものです。ベゼルの材質は厚さ二十ミクロンの金を張り付けたロールド・ゴールド・プレート、裏蓋の材質はステンレス・スティールです。六桁の数字はケースのシリアル番号です。





 上の写真は本品のムーヴメントを一円硬貨の上に置いて撮影しています。金色の文字により、ギュベリン(GÜBELIN)、十七石(17 JEWELS)、スイス製(SWISS)、12-10(ムーヴメントの型式)等と刻まれています。

 ギュベリン社はフランス語でエタブリスール(仏 un établisseur)と呼ばれるタイプの時計会社で、他社から納入を受けたムーヴメントを使用して、宝飾時計等の高級品を制作しています。したがってムーヴメントのメーカーはギュベリンではないわけですが、ギュベリンの時計ムーヴメントには、多くの場合、ギュベリン社の名前のみが刻印されます。たとえばオーデマ・ピゲはギュベリンの時計を製作していましたが、他の高級宝飾品会社(ティファニー、ブルガリ、カルティエ等)に時計を納入する場合と同様に、ムーヴメントに自社の名前を入れることを許されませんでした。このような事情のため、ギュベリンをはじめ宝飾品会社のブランド名で売られた時計の真のメーカーを知るには、ムーヴメントの形式を手がかりに調べるしかありません。本品のムーヴメントを作ったのはスイスのクルト&フルール社(スイス)で、丸穴車を二本のネジで留めた高品質のムーヴメント(Kurth Frères SA cal. 12-10)です。





 1969/70年の女性用腕時計と現代の女性用腕時計を比べると、動く仕組みが異なるだけでなく、サイズの点でも大きく異なります。1930年代から 1970年代までは小さな時計が流行していました。女性用腕時計の直径は英語でミッド・センチュリー(英 mid century 世紀の中頃)と呼ばれる二十世紀半ばに、時計は最も小さくなります。本品もそのような女性用時計のひとつで、一円硬貨よりも小さな直径のケースに、さらに小さなムーヴメントが入っています。本品のように華奢で可愛らしい時計は、現代では作られなくなってしまいました。大きな機械を作るよりも小さな機械を作る方が難しいですから、ミッド・センチュリーの女性用時計は当時の男性用時計を凌(しの)ぐばかりか、現代の時計をも凌ぐ高度な技術で制作されていることがおわかりいただけます。





 上の写真のムーヴメント右寄りに、天符(てんぷ)と呼ばれる大きな環状の部品があります。天符はぜんまいで動く時計(機械式時計)に特有の部品であり、機械式時計の心臓部分です。電池で動く時計(クォーツ式時計)に天符はありません。

 機械式クロックにおいて、最も大切な部品は振り子です。機械式時計は振り子によって時を測っています。しかるに懐中時計や腕時計には振り子を取り付けることができません。時計が傾くと振り子が止まるからです。天符はいわば傾けても止まらない振り子で、クロックの振り子と同様の振動を行います。振動とは一方向に回り続けるのではなく、往復するように回転することです。本機(Kurth Frères SA cal. 12-10)は毎時 18000振動(f = 18000 A/h)で、日常使用に必要充分な計時性能が確保されています。





 本品のように良質の機械式時計は、高速で作動しても摩耗しないようにルビーを部品として使用しています。ルビーはサファイアと同じくコランダム (Al2O3) という鉱物で、モース硬度 9 と非常に硬いので、高級時計の部品として使用されるのです。

 必要な部分すべてにルビーを入れると、十七石(じゅうななせき)のムーヴメントになります。十七石のムーヴメントはハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 a high jewel movement)と呼ばれ、高精度、長寿命の高級機です。本品はハイ・ジュエル・ムーヴメントで、写真に赤く写っているのがルビーです。ルビーは五つしか見えませんが、あと十二個のルビーは写真に写っていないところに使われています。天符の孔石と受け石(天符の中心に見えるルビー)は金色の小さな分銅型バネで留められています。これはインカブロック(Incabloc)という部品で、衝撃吸収装置として働きます。





 アンティーク時計のバンドは元々取り付けられていたものでなくても構いません。革や布のバンドは言うまでも無く、バンドはすべて消耗品ですし、昔のバンドが使える状態で残っていたとしても、それは前の所有者が自分に合うサイズ、好みのデザインのバンドを取り付けているだけのことです。バンドに時計会社の名前が書かれていたとしても、それは時計会社がバンドのメーカーに文字を入れさせているだけです。時計会社はバンドまで作っていませんから、自分に合うサイズとデザインのバンドを取り付けるのが、アンティーク時計との正しい付き合い方です。

 バンドを取り付けるための突起をラグ(英 lugs)といいます。現代の時計は男性用、女性用とも十二時側と六時側に二本ずつのラグが突出し、ばね棒を使ってバンドを取り付けるようになっています。しかるに女性用アンティーク時計はたいへん小さなサイズですので、十二時側と六時側に一本ずつのラグが突出したセンター・ラグ方式が主流です。本品もセンター・ラグ方式です。

 センター・ラグ方式の時計に対応したバンドはなかなか売っていませんが、当店の品揃えは豊富です。現状で取り付けられているバンドはおしゃれなデザインで、バネで伸縮するため使い勝手も良いですが、バンド交換が必要になった場合でも対応できますのでご安心ください。

 当店は数少ないアンティーク時計の修理対応店です。アンティーク時計はどこの店でも原則的に現状売りで、壊れても修理が困難ですが、店主(広川)にはアンティーク時計に関する十分な専門知識があり、部品も豊富に揃っているため、他店で不可能な修理に対応できます。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々気軽にご愛用いただけます。デリケートなイメージのアンティーク時計ですが、日常使用は十分に可能です。時計は順調に動作しています。どうぞ安心してお買い上げくださいませ。





 本品はハイ・ジュエルと呼ばれる十七石の時計です。1950年代のハイ・ジュエル・ウォッチはたいへん高価で、本品のようなスイス時計を日本で買おうとすれば、初任給の三か月分以上が必要でした。しかしその価格が品物の値打ちに対して高価すぎるかというえば決してそうではありません。現代はコンピューター制御の工作機械が発達し、機械式時計の制作は数十年前に比べると格段に楽になっていますが、それでも良質のものは数十万円以上の価格です。およそ七十年前に制作された品物でありながら今も変わらず順調に動作する本品も、充分に一生物と呼べる高品質の時計であり、これからも長くご愛用いただけます。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(三回払い、六回払い、十二回払いなど。利息手数料なし)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





本体価格 148,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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