極稀少品 たおやかに湾曲する女性用アンティーク時計 《グリュエン カーヴェクス 285-608》 厚い金張りケースにカマボコ型風防 1950年



 アメリカのグリュエン社が 1950年頃に製作した女性用ドレス・ウォッチ。ケースはイエロー・ゴールドの金張りで、シャンパン・ゴールドのように淡く上品な色です。

 本品をはじめこの時代の時計は機械式時計といって、電池ではなくぜんまいで動く精密機械です。本品のサイズは 1950年代の流行に合わせて一円硬貨よりも小さく、クリスタル(風防)はカマボコ型です。本品は必要な個所すべてにルビーを使用したハイ・ジュエル・ウォッチで、いまでもふつうに使うことができます。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計の外側)をケース(英 case)といいます。

 本品のケースは10カラット・ゴールド・フィルド(十金張り)、つまり 10カラット・ゴールドの薄板を、丈夫な金属に鑞(ろう)付けしたものでできています。エレクトロ・ゴールド・プレート(現代の金めっき)に比べると、昔のゴールド・フィルド(金張り)は格段に分厚いので、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。特にグリュエン社の金張りは分厚いことで有名でした。また金は本来軟らかく摩耗しやすい金属ですが、本品のケースに張られている10カラット・ゴールド(十金)は、十八金等に比べると格段に大きな強度を有します。本品は七十年近く前の時計ですが、肉眼で見て目立つような金の剥がれは無く、たいへん綺麗な状態です。





 時計にバンドを取り付けるための突出をラグ(英 lugs)といいます。現代の女性用時計は男性用時計と同様に、十二時側と六時側にそれぞれ二本のラグが突出し、バネ棒という伸縮可能な棒状部品を使って、平たいバンドを取り付けるようになっています。しかしながら 1950年代の女性用時計は一円硬貨よりも小さなサイズですので、ラグは十二時側と六時側にそれぞれ一本ずつ突出し、端が環状になったバンドを引っかけるようにできています。バンドのこのような取り付け方を、センター・ラグ方式といいます。

 本品のケースは洗練されたアール・デコ様式で、バンドの取り付け方はセンター・ラグ方式です。写真のバンドを取り付けた状態で手首に装着した場合の長さは、約 16センチメートルです。このバンドは脱着時にバネで伸縮する仕組みになっており、留め金を操作する必要がありません。細幅のデザインは高級感があり、小さな時計によく合っています。

 なお長さを変更したい場合は、別のバンドに取り替えることができます。時計会社はバンドまで作っておらず、アンティーク時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。本品の場合もたまたまこのバンドが取り付けられているだけです。別のバンドに変えてもアンティーク時計の価値が落ちることはありませんのでご安心ください。センター・ラグ用のバンドは現在では手に入りませんが、当店には豊富に在庫しています。お買い上げ時のバンド交換は無料で承ります。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品、すなわち風防越しに見える「時計の顔」に当たる部分を、文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)と呼びます。本品の文字盤は淡い古色に色づいた美しい白色です。ところどころに小さなキズや点状の変色がありますが、アンティーク品としては十分に綺麗な状態といえます。

 文字盤の上部にグリュエン・カーヴェクス(GRUEN CURVEX)、下部にプレシジョン(PRECISION)の文字が書かれています。本品はムーヴメント、ケースとも緩やかに湾曲しています。これはグリュエン社の特許で、カーヴェクスのブランド名で販売されました。プレシジョンは英語で正確という意味ですが、グリュエン社はハイ・ジュエルのモデルをこの名前で呼んでいました。





 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの印を、インデックス(英 index)といいます。本品のインデックスは 12時のみが金色で描かれ、他は金色の小部品を文字盤に植字した立体インデックスとなっています。

 アンティーク時計のインデックスには年代ごとの特徴があり、1940年代以前はすべてアラビア数字のインデックス、1950年代はアラビア数字と幾何学図形(小円盤や小球、棒など)を混用したインデックスがふつうです。しかるに本品は 12時のみがアラビア数字、それ以外が小さな金色の半球と金色の細長い三角形で、類例の無いユニークなデザインです。


 針は金色で、問題になるような腐食もなく、美しい保存状態です。長針と短針の形状が異なりますが、二本の針は太さ、長さともよく調和していて違和感が全くありません。実際のところ、私も撮影した写真を拡大するまで針の違いに気づきませんでした。おそらく二つの針は新品時は同じ形状で、途中でどちらかを取り替えたのでしょう。私自身はこのような個性をアンティーク品の魅力と感じますが、気になる場合は同じ形に合わせることも可能です。お気軽にお申し付けください。

 なおこの時代の女性用時計は秒針を持たない二針式です。二針式の時計はドレスウォッチです。





 上の写真は本品を横から見たところで、ケースの緩やかな湾曲と、カマボコ型風防の立体的形状がよくわかります。時計の厚みは現代のものと同程度に薄く抑えられていますが、1950年代の女性用時計は小さなサイズであるために厚みが強調されて、キャンディーのようにコロンとした愛らしい形をしています。

 手前中央に見えている円形のツマミは竜頭(りゅうず)です。電池で動くクォーツ式時計は時刻合わせがほとんど不要であるために、ごく小さな竜頭が付いています。これに対して本品のような機械式時計は毎日竜頭を回してぜんまいを巻くので、しっかりと操作できるように大きめの竜頭が付いています。本品の竜頭にはグリュエンのロゴが付いています。なお本品のぜんまいを巻くのはとても簡単で誰にでもできますから、初めての方でもまったく心配いりません。また時計を使わない日にぜんまいを巻く必要はありません。





 ケース裏蓋にはグリュエンのロゴと、10カラット・ゴールド・フィルド(英 10 KARAT GOLD FILLED 十金張り)の表示が打刻されています。また真珠を意味する女性名マージ(Marge)と、1950年のクリスマスの日付が刻まれています。マージはマーガレット(Margareet)またはマージャリ(Margery)の愛称です。マーガレットとマージャリは別の名前ですが、いずれもラテン語マルガリータ(羅 MARGARITA)に由来します。マルガリータは古代ペルシア語に由来する古典ギリシア「マルガリーテース(μαργαρίτης 真珠)をラテン語化したものです。

 時計の製作年代はムーヴメントのシリアル番号で分かります。ムーヴメントにシリアル番号が刻まれていない場合や、シリアル番号が刻まれていても対照すべき記録が逸失している場合は、ムーヴメントの様式やケースの形状、文字盤のデザイン、当時の広告等に基づいて年代を絞り込みます。グリュエンのムーヴメントにはシリアル番号が刻印されていますが、同社の記録が散逸しているために、通常であれば詳しい製作年代が分かりません。しかしながら幸い本品には日付が刻まれているので、年代がはっきりと特定できます。これはグリュエンの時計には珍しいことです。





 現代のクォーツ時計は無個性の工業製品ですが、アンティーク時計は一つひとつが歴史性と個性を有する一点ものです。本品に刻まれたマージという名前は、1950年のクリスマスの日付と合わせて、アンティーク品最大の魅力である歴史性の現れです。

 太平洋戦争は 1945年に終結し、敗れた日本はアメリカ軍を主体とする連合国軍の占領下に置かれました。日本に駐留する連合国軍の数は終戦直後に四十万人に及び、翌 1946年に二十万人、1946年になっても十二万人が日本に駐留しました。一方でようやく帰国できたアメリカの兵士たちは職に復帰し、アメリカ合衆国の景気は 1950年から本格的に拡大し始めます。

 本品のようなハイ・ジュエルの時計は、当時はたいへん高価でした。この時計も戦争から戻って職場に復帰した元兵士が、生活を立て直す目途が付いた時点で、愛しい女性に贈ったものではないでしょうか。





 グリュエン社はスイスのビール(Biel)にムーヴメントの製作工場を持っており、そこから輸入したムーヴメントをアメリカ製のケースに入れて、時計を作っていました。上の写真は時計を開けてムーヴメントを裏蓋から取り外したところです。裏蓋の内側には「グリュエン時計会社が(ムーヴメントを)ケースに入れて時間調整をした」(CASED AND TIMED BY GRUEN WATCH COMPANY)と刻印されています。その下にはケースもメーカーであるワズワース(Wadsworth)のロゴと十金張り(10K GOLD FILLED)の表示、ケースのシリアル番号、ムーヴメントの型番(キャリバー 285)とケースの型番(スタイル・ナンバー 608)が刻印されています。

 なおこの時代の時計ムーヴメントとケースは、それぞれの専業メーカーが分業して作っていました。ケースのシリアル番号はワズワース社のもの、ムーヴメントのシリアル番号はグリュエン社のもので、もともと互いに無関係です。途中でムーヴメントを入れ替えたために齟齬が起きたのではありません。





 上の写真は本品のムーヴメントを一円硬貨の上に置いて撮影しています。機械は大きく作るよりも小さく作るほうが難しいですから、女性用アンティーク時計は非常に優れた工学的達成であるといえます。

 この時計に搭載されている機械は 1940年代後半から 1950年大前半にかけて製作されたクッション型の手巻ムーヴメント、グリュエン キャリバー 285です。ムーヴメントとは、時計内部の機械のことです。手巻ムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動きます。電池で動くクォーツ式腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1950年当時はクォーツ式腕時計はまだ発明されておらず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。ぜんまいは竜頭(りゅうず)を回して巻き上げます。竜頭とは三時の位置でケース側面から突出しているツマミのことです。





 良質の機械式時計のムーヴメント(時計内部の機械)には、重要な部品の摩耗を防ぐために、ルビーが使われています。ルビーとサファイアはコランダムという鉱物で、いずれもモース硬度「九」と、たいへん硬い宝石です。ルビーを使うのが望ましい箇所は十五箇所あって、そのすべてにルビーを入れると十七個の石が使われることになります。十七石のムーヴメントはハイ・ジュエル(英 high-jewel)と呼ばれる高性能の機械です。

 本品が搭載するグリュエン キャリバー 285は 十七石ムーヴメント、つまり十七個のルビーを使用したハイ・ジュエル機です。 写真に写っている赤い石がルビーで、表面からは四つしか見えませんが、文字盤を取り除かないと見えない地板側やムーヴメントの内部も合わせれば、全部で十七個のルビーが使われています。本品ムーヴメントの状態はきわめて良好で、スムーズに動作しています。

 本品のように上質の機械式ムーヴメントは見た目にもたいへん美しいものですが、この美しさは見せるためにうわべを飾ったのではなく、上質の物に自(おの)ずから備わる美、つまり機能美です。





 本品のムーヴメントにはグリュエン時計会社(GRUEN WATCH COMPANY)、十七石(SEVENTEEN JEWELS)、特許カーヴェクス・プレシジョン(CURVEX PRECISION PATENTED)、スイス(SWITZERLAND)の文字、及びムーヴメントのシリアル番号が刻まれています。本品のベースとなったグリュエン キャリバー 275は通常の形状ですが、キャリバー 285はあたかも槍鉋(やりがんな)で表面を削ったかのように、受けの表面が湾曲しています。グリュエン社がカーヴェクスと名付けたこのタイプのムーヴメントは他メーカーには無いスタイルで人気を博しました。

 カーヴェクスは製作された年数が短いために現在ではあまり残っておらず、アンティーク時計店でもほとんど目にすることができません。また少ないながらも残っているカーヴェクスはほとんどが男性用で、女性用カーヴェクスはたいへん稀少です。筆者(広川)自身、女性用カーヴェクスは本品を含めてこれまで数点しか見たことがありません。





 上の写真の右端に写る大きな輪は天符(てんぷ)という部品です。天符は傾けても止まらない振り子であり、機械式時計の心臓部分です。グリュエン キャリバー 285の天符は、ひげぜんまいという部品の精妙な働きにより、一時間当たり一万八千回の振動(往復回転運動)を繰り返して正確な時を刻みます。天符の外周がぶれたように写っているのは、チラネジという微小なネジが描く軌跡です。





 上の写真を見ると天符の内側に髪の毛よりも細い繊細な部品が渦を巻いていますが、これがひげぜんまいです。腕時計のひげぜんまいには平ひげとブレゲひげの二種類がありますが、グリュエン キャリバー 285はブレゲひげです。ブレゲひげは製作が困難なために高級時計にしか使われませんが、平ひげに比べて歩度(時計の進み方)がいっそう正確です。

 天符の手前には、銀色の枠に嵌め込まれたレンズ状のルビーが見えます。枠は小さなネジで受けに固定されています。これはガンギ車の受け石です。ガンギ車は脱進機という部品の一部で、天符(調速機)と並ぶ機械式時計の最重要部品です。ここに差した潤滑油を守るために、グリュエン 285は天符に加えてガンギ車もルビーの受け石を追加しています。




(上) グリュエン社の広告 1941年


 直径 0.3ミリメートルのチラネジや、髪の毛よりも細いひげぜんまいをはじめ、アンティーク時計のひとつひとつの部品はすべて職人が自らの手で機械と道具を操作し、職人技で製作しています。現代のクォーツ・ムーヴメントのように、産業ロボットが自動的に作っているのではありません。

 1950年代におけるハイ・ジュエルの時計価格は初任給のおよそ二、三カ月分でした。現代のクォーツ時計に比べるとずいぶんと高価ですが、現在スイスで作られている機械式時計も、価格はやはり数十万円です。ほとんどのクォーツ時計には、実はおもちゃのようなプラスチック製ムーヴメントが入っていて、そのせいで安く手に入るようになったのですが、良質の機械式時計の値段は、昔も今も変わりません。





 初任給の二、三カ月分の価格で売られていたハイ・ジュエルの時計は、適切なメンテナンスによって数十年間動き続ける一生ものです。一生ものである事を考えると、初任給の二カ月分から三カ月分という価格は決して高くはありません。現代のクォーツ時計でも、ブランド物を買えば数十万円しますが、クォーツ・ムーヴメントの心臓である回路の寿命は、高級時計のメーカー自身が言うところではおよそ七年、長く見積もってもせいぜい十年ちょっとです。

 それゆえに、もともとの価値の半分以下、ときには数分の一で手に入るアンティーク時計(ヴィンテージ時計)は、たいへんなお買い得品です。故障の際に部品が手に入らないという理由で、アンティーク時計はお買い上げ後の修理、メンテナンスに対応しない「現状売り」となるのが普通ですが、当店では長期に亙り修理に対応いたします。ご安心ください。





 本品は時計そのものが高品質であり、外見に関しても内部の機械に関しても、極めて良好な保存状態です。アンティーク時計は天符のひげぜんまいが弱ると、現状で正確に動いていても、近い将来に使えなくなります。しかるに本品のムーヴメントはたいへん調子が良く、天符は力強く振動していますので、まだまだ活躍してくれます。十七石のハイ・ジュエル機は十分な耐久性を備えていますので、安心して日々ご愛用いただけます。当店のアンティーク時計に関する全般的な説明は、こちらをクリックしてください





本体価格 168,000円 148,000円 ※ 2022年 1/24のお申し込みまで。

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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