小さな時計が語る新生のメッセージ 《グリュエン ヴェリ=シン》 カマボコ型風防とスカラベ付きバンドが可愛い女性用アンティーク 1950年頃



 アメリカのグリュエン社が 1950年頃に製作した女性用ドレス・ウォッチ。ケースはイエロー・ゴールドの金張りで、シャンパン・ゴールドのように淡く上品な色です。

 本品をはじめこの時代の時計は機械式時計といって、電池ではなくぜんまいで動く精密機械です。本品のサイズは 1950年代の流行に合わせて一円硬貨よりも小さく、クリスタル(風防)はカマボコ型です。本品は必要な個所すべてにルビーを使用したハイ・ジュエル・ウォッチで、いまでもふつうに使うことができます。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)、ムーヴメントを保護する金属製の容器(時計の外側)をケース(英 case)といいます。

 本品のケースは10カラット・ゴールド・フィルド(十金張り)、つまり 10カラット・ゴールドの薄板を、丈夫な金属に鑞(ろう)付けしたものでできています。エレクトロ・ゴールド・プレート(現代の金めっき)に比べると、昔のゴールド・フィルド(金張り)は格段に分厚いので、摩耗に強く、見た目にも高級感があります。特にグリュエン社の金張りは分厚いことで有名でした。また金は本来軟らかく摩耗しやすい金属ですが、本品のケースに張られている10カラット・ゴールド(十金)は、十八金等に比べると格段に大きな強度を有します。本品は七十年近く前の時計ですが、金はまったく剥がれておらず、ケースは全般的にたいへん綺麗な状態です。





 時計にバンドを取り付けるための突出をラグ(英 lugs)といいます。現代の女性用時計は男性用時計と同様に、十二時側と六時側にそれぞれ二本のラグが突出し、バネ棒という伸縮可能な棒状部品を使って、平たいバンドを取り付けるようになっています。しかしながら 1950年代の女性用時計は一円硬貨よりも小さなサイズですので、ラグは十二時側と六時側にそれぞれ一本ずつ突出し、端が環状になったバンドを引っかけるようにできています。バンドのこのような取り付け方を、センター・ラグ方式といいます。

 本品のケースは洗練されたアール・デコ様式で、バンドの取り付け方はセンター・ラグ方式です。ラグは透かし細工になっていて、手彫りのスカラベを嵌め込んだ金属製バンドが取り付けられています。





 このバンドを取り付けた状態で手首に装着した場合の長さは、約 17.5センチメートルです。このバンドの留め金は少し引き出した状態でも使える構造になっていますので、18センチメートル強までは現状のままで対応できます。短くしたい場合は、駒を外して調整可能です。

 バンドの駒はスカラベを模(かたど)ります。スカラベは学名をスカラベウス・サケル(羅 Scarabaeus sacer)すなわち「聖なるスカラベ」という甲虫のことで、牛やヤギの糞を球にして転がす習性を持ちます。

 古代エジプト人は太陽神を崇拝しました。太陽は西に沈んだあと、地中すなわち冥界を通り抜け、東から再び復活します。それゆえ太陽は復活と新生、永遠の命そのものの可視化でありました。しかるにスカラベは太陽とも見える糞球を転がして地中に埋め、そこに卵を産んで、そこから新しいスカラベが生まれてきます。それゆえスカラベは永生の象徴であり、聖なる甲虫とされました。本品のバンドには六個の聖なるスカラベが取り付けられています。六は古代から知られた完全数です。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品、すなわち風防越しに見える「時計の顔」に当たる部分を、文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)と呼びます。本品の文字盤は明るいシルバー色で、古い年代の割に大きな変色も無く、たいへん綺麗な状態です。文字盤の上部にグリュエン(GRUEN)、下部にヴェリ=シン(VERI-THIN)のロゴ、文字盤最下部の外縁近くにスイス(SWITZERLAND)の文字が書かれています。

 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの印を、インデックス(英 index)といいます。アンティーク時計のインデックスには年代ごとの特徴があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字です。1950年代の時計では、アラビア数字と幾何学図形(小円盤や小球、棒など)を混用したインデックスとなります。本品は小部品を文字盤に植字した立体インデックスで、12時、3時、6時、9時が金色のアラビア数字、それ以外が金色の小円盤となっています。

 針は金色のバトン型で、飽きの来ないすっきりとしたデザインです。なおこの時代の女性用時計は秒針を持たない二針式です。二針式の時計はドレスウォッチです。




 上の写真は本品を横から見たところで、カマボコ型風防とアール・デコ様式のケースの立体的な造形がよくわかります。時計の厚みは現代のものと同程度に薄く抑えられていますが、1950年代の女性用時計は小さなサイズであるために厚みが強調されて、キャンディーのようにコロンとした愛らしい形をしています。

 手前中央に見えている円形のツマミは竜頭(りゅうず)です。電池で動くクォーツ式時計は時刻合わせがほとんど不要であるために、ごく小さな竜頭が付いています。これに対して本品のような機械式時計は毎日竜頭を回してぜんまいを巻くので、しっかりと操作できるように大きめの竜頭が付いています。本品の竜頭にはグリュエンのロゴが付いています。なお本品のぜんまいを巻くのはとても簡単で誰にでもできますから、初めての方でもまったく心配いりません。また時計を使わない日にぜんまいを巻く必要はありません。





 ケースの裏蓋は手首に直接擦れ合って摩滅しやすい部分です。それゆえ本品のケース裏蓋は、摩滅を避けるためにステンレス・スティールでできています。グリュエンのロゴと十金張りベゼル(10K gold filled bezel)、スティール製裏蓋(steel back)の文字が、裏蓋上部に刻印されています。





 グリュエン社はスイスのビール(Biel)にムーヴメントの製作工場を持っており、そこから輸入したムーヴメントをアメリカ製のケースに入れて、時計を作っていました。上の写真は時計を開けてムーヴメントを裏蓋から取り外したところです。裏蓋の内側には「グリュエン時計会社が(ムーヴメントを)ケースに入れて時間調整をした」(CASED AND TIMED BY GRUEN WATCH COMPANY)と刻印されています。その下にはムーヴメントの型番(キャリバー 210)とケースのデザインの型番(スタイル・ナンバー 622)、ケースのシリアル番号が刻印されています。

 なおケースのシリアル番号とムーヴメントのシリアル番号とは別物で、互いにまったく無関係です。また後述のように本品はブレゲひげを備えたキャリバー 215ですが、これは平ひげのキャリバー 210をアップグレードしたもので、機械全体の形は 210と全く同じですので、裏蓋にはベース機 210の型番が刻印されています。





 上の写真は本品のムーヴメントを一円硬貨の上に置いて撮影しています。機械は大きく作るよりも小さく作るほうが難しいですから、女性用アンティーク時計は非常に優れた工学的達成であるといえます。





 この時計に搭載されている機械はトノー型の手巻ムーヴメント、グリュエン キャリバー 215です。ムーヴメントとは、時計内部の機械のことです。手巻ムーヴメントは電池ではなくぜんまいで動きます。電池で動くクォーツ式腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された 1950年当時はクォーツ式腕時計はまだ発明されておらず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。ぜんまいは竜頭(りゅうず)を回して巻き上げます。竜頭とは三時の位置でケース側面から突出しているツマミのことです。





 良質の機械式時計のムーヴメント(時計内部の機械)には、重要な部品の摩耗を防ぐために、ルビーが使われています。ルビーとサファイアはコランダムという鉱物で、いずれもモース硬度「九」と、たいへん硬い宝石です。ルビーを使うのが望ましい箇所は十五箇所あって、そのすべてにルビーを入れると十七個の石が使われることになります。十七石のムーヴメントはハイ・ジュエル(英 high-jewel)と呼ばれる高性能の機械です。

 本品が搭載するグリュエン キャリバー 215は 十七石ムーヴメント、つまり十七個のルビーを使用したハイ・ジュエル機です。 写真に写っている赤い石がルビーで、表面からは四つしか見えませんが、文字盤を取り除かないと見えない地板側やムーヴメントの内部も合わせれば、全部で十七個のルビーが使われています。本品ムーヴメントの状態はきわめて良好で、スムーズに動作しています。

 本品のように上質の機械式ムーヴメントは見た目にもたいへん美しいものですが、この美しさは見せるためにうわべを飾ったのではなく、上質の物に自(おの)ずから備わる美、つまり機能美です。





 本品のムーヴメントにはグリュエン時計会社(GRUEN WATCH COMPANY)、十七石(SEVENTEEN JEWELS)、特許ヴェリ=シン(VERI-THIN PATENTED)、スイス(SWITZERLAND)の文字、及びムーヴメントのシリアル番号が刻まれています。上の写真の右端に写る大きな輪は天符(てんぷ)という部品です。天符は傾けても止まらない振り子であり、機械式時計の心臓部分です。グリュエン キャリバー 215の天符は、ひげぜんまいという部品の精妙な働きにより、一時間当たり一万八千回の振動(往復回転運動)を繰り返して正確な時を刻みます。

 上の写真を見ると天符の内側に髪の毛よりも細い繊細な部品が渦を巻いていますが、これがひげぜんまいです。上の写真は天符が動作している状態で撮影しましたので、天符の突起がぶれて写っています。





 上の写真は天符を静止させて撮影しました。天符を静止させると、先ほどぶれて写っていた突起の形状が分かります。この突起はチラネジといって、直径 0.3ミリメートルほどのネジです。チラネジをはじめ、アンティーク時計のひとつひとつの部品はすべて職人が自らの手で機械と道具を操作し、職人技で製作しています。現代のクォーツ・ムーヴメントのように、産業ロボットが自動的に作っているのではありません。

 1950年代におけるハイ・ジュエルの時計価格は初任給のおよそ二、三カ月分でした。現代のクォーツ時計に比べるとずいぶんと高価ですが、現在スイスで作られている機械式時計も、価格はやはり数十万円です。ほとんどのクォーツ時計には、実はおもちゃのようなプラスチック製ムーヴメントが入っていて、そのせいで安く手に入るようになったのですが、良質の機械式時計の値段は、昔も今も変わりません。


(下) グリュエン社の広告 1941年




 初任給の二、三カ月分の価格で売られていたハイ・ジュエルの時計は、適切なメンテナンスによって数十年間動き続ける一生ものです。一生ものである事を考えると、初任給の二カ月分から三カ月分という価格は決して高くはありません。現代のクォーツ時計でも、ブランド物を買えば数十万円しますが、クォーツ・ムーヴメントの心臓である回路の寿命は、高級時計のメーカー自身が言うところではおよそ七年、長く見積もってもせいぜい十年ちょっとです。

 それゆえに、もともとの価値の半分以下、ときには数分の一で手に入るアンティーク時計(ヴィンテージ時計)は、たいへんなお買い得品です。故障の際に部品が手に入らないという理由で、アンティーク時計はお買い上げ後の修理、メンテナンスに対応しない「現状売り」となるのが普通ですが、当店では長期に亙り修理に対応いたします。ご安心ください。





 本品は時計そのものが高品質であり、外見に関しても内部の機械に関しても、極めて良好な保存状態です。十七石のハイ・ジュエル機は十分な耐久性を備えていますので、安心して日々ご愛用いただけます。手彫りのスカラベ六個を連ねたバンドは珍しいものですが、アンティーク時計の雰囲気と良く調和しており、新生と永遠の命のメッセージ性も素敵です。当店のアンティーク時計に関する全般的な説明は、こちらをクリックしてください





本体価格 128,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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