ぜんまいで動く小さな腕時計 《エルジン・デラックス 女性用十七石》 銀色のアール・デコ彫金ケース 金のシャトンの高級品 1938年



 1938年のアメリカは 1929年の大恐慌で深手を負いつつも、フランクリン・ルーズヴェルト大統領のニュー・ディール政策によって通貨収縮から脱しつつあり、GDPも恐慌前の水準をようやく回復していました。1938年のヨーロッパはアンシュルス(独 Anschluss オーストリア併合)やズデーテン割譲が起こった不穏な時代ですが、アメリカ経済は破綻を脱しつつありました。

 本品は 1938年頃、アメリカ合衆国のエルジン社が製作した女性用腕時計です。近年のレプリカではなく八十年以上前に作られた本物のアンティーク時計ですが、ハイ・ジュエルの高級な機械を搭載しており、現在も正確に動作しています。すべての時刻をアール・デコ様式のアラビア数字で表したインデックス、同じくアール・デコ様式のホワイト・ゴールド張り彫金ケースに、1930年代の特徴がよく現れています。金張りケースには摩滅も見られず、たいへん良い状態を保っています。突出部分(ラグ)を除くケースの長さは 25ミリメートルで五百円硬貨とほぼ同じですが、竜頭を除くケースの幅は 14.5ミリメートルと細長く、現代の女性用腕時計に比べてずいぶんと小ぶりです。

 本品は電池が要らない機械式時計で、一日に一回、手動でぜんまいを巻いて使います。商品写真は金属製バンドを取り付けて撮影していますが、他のバンドに取り替えることもできます。写真に写っている金属製バンドの場合、時計を含めた長さはおよそ十七センチメートルです。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。ムーヴメントを保護する金属製の筐体(きょうたい)、すなわち時計本体の外側をケース(英 case)といいます。ケースはベゼル(英 bezel)と裏蓋に分かれます。ベゼルはムーヴメントを保護するとともに、ガラスを嵌める枠としても機能します。

 現代の腕時計ケースは滑らかに研磨されていますが、1930年代頃までのアメリカ製腕時計のケースには、しばしば彫金細工が施されました。本品もそのような作例の一つです。ケースに光沢があると高級感を演出できますが、研磨するのには手間もコストもほとんどかかりません。本品をはじめ初期の腕時計には、工業的量産品になる以前の工芸品的要素が色濃く残っており、ケースの彫金もその一つです。本品のケースはエルジン社から発注されてキーストーン社が製作したものですが、キーストーンのような時計ケース制作会社にはウォッチ・ケース・エングレーヴァーと呼ばれる塾円職人が何人も在籍していて、一つ一つのケースを手作業で彫金していました。本品ケースの彫金は 1920年代の時計に比べると幾分控えめですが、やはり職人の手作業で美しく彫金されています。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)といいます。本品の文字盤は白ですが、八十余年の歳月に淡く色づき、均一で美しい古色を呈します。

 文字盤の周囲十二か所にある長針五分ごと、短針一時間ごとの印を、インデックス(英 index)といいます。アンティーク時計のインデックスには年代ごとの特徴があります。大体の傾向として、1940年代以前の時計では、インデックスはすべてアラビア数字です。1950年代の時計では、アラビア数字とバー・インデックス(線状のインデックス)が混用されます。1960年代の時計はすべてがバー・インデックスです。本品は 1930年代の時計なので、インデックスはすべてアラビア数字で、金色の小部品を文字盤に植字しています。字体は現代には見られないアール・デコ様式で、懐中時計時代のデザインを受け継ぐ針とともに、愛らしさと重厚さを兼ね備えます。





 文字盤の上部にはエルジンの社名と星のシンボルマークが記されています。本品は後述するようにハイ・ジュエルと呼ばれる高級機で、エルジン・デラックス(ELGIN DELUX)のブランド名を有していましたが、ハイ・ジュエル機を誇示する表示は文字盤に見当たらず、淑女にふさわしい上質さが自然に感じ取られます。

 本品には秒針がありません。秒針が無いのはドレス・ウォッチの特徴で、本品は可愛さと矛盾しない高級感をまとっています。秒針が無ければ動いているかどうかわからないと思われるかもしれませんが、そのような心配は無用です。本品を耳に当てると、機械式時計特有の囁くような動作音がチクタクチクタク…と聞こえてきます。





 1930年代に作られた女性用時計は、現代のものよりも小さなサイズです。他方、ムーヴメント(時計内部の機械)には或る程度の厚みがあります。したがって現代の時計に比べると、女性用アンティーク時計は厚みを感じるデザインとなっています。

 三時の位置でケース側面から突出するツマミを竜頭(りゅうず)といいます。本品をはじめアンティーク時計は機械式で、電池ではなくぜんまいで動いています。時計のぜんまいを巻き上げるとき、及び時刻合わせを行うときに竜頭を操作します。竜頭を右回りに回転させると、ぜんまいが巻き上がります。竜頭を一段階引き出して右回りまたは左回りに回転させると、針を早回しすることができます。竜頭の操作方法はとても簡単で誰にでもできますので、機械式時計を使うのが初めての方でも心配いりません。





 時計内部の機械をムーヴメント(英 movement)といいます。本品のムーヴメント(時計内部の機械)は電池ではなくぜんまいで動いています。電池で動くクォーツ式腕時計が完全に普及したのは、1980年代のことです。本品が製作された時代の腕時計は、すべてぜんまいで動きます。

 本品のようにぜんまいで動く時計を機械式時計といいます。クォーツ式時計と機械式時計は、耳に当てたときに聞こえる音が全く異なります。秒針があるクォーツ式腕時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとにチッ、チッ、チッ … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式腕時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く腕時計や懐中時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、チクタクチクタクチクタク…と連続して聞こえてきます。





 上の写真は本品の裏蓋を開けたところで、ムーヴメントが見えています。現代のクォーツ・ムーヴメントはプラスチック製ですが、機械式時計のムーヴメントは丈夫な金属で作られています。

 本品のムーヴメントはエルジン・グレード 533という機種で、赤く見えるのはルビーです。良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度九と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。本品のムーヴメントには十七個のルビーが使用されています。写真ではルビーが五個しか見えませんが、あとの十二個は機械の裏側(文字盤側)など、上の写真に写っていない部分に使われています。ルビーはシャトン(仏 chatons)と呼ばれる金色の枠に囲まれていますが、この枠は本物の金でできています。金は軟らかいので、ルビーをきっちりと嵌め込むためのパッキンとして使われています。





 パッキンならゴムやプラスチックを使えば良いと思われるかもしれませんが、ゴムは硬化して物性が変わります。1938年には現代のようなプラスチックはまだ存在しませんでしたし、仮にプラスチックを使えたとしても数十年経てば劣化します。しかるに貴金属である金は永久に変化しないので、一生ものとして設計・製作される時計のパッキンにぴったりです。

 1940年代ないし50年代以降になると、金のシャトンは使われなくなります。これは部品加工の精度が上がって、金を使わなくても穴石(ルビー)をぴったりとずれないように嵌入できるようになったためですが、逆に 1930年代までの時計には必ず金のシャトンが使われているかというと、そうとは限りません。本品は高級機だけあって金のシャトンを採用し、受けも表面を綺麗に研磨して、丁寧に角を取っています。工業製品に過ぎないクォーツ式ムーヴメントと比べると、本品ムーヴメントが持つ工芸品的な美が際立ちます。

 上の写真は三万円ぐらいまでのクォーツ時計によく使われているセイコーの国産ムーヴメント、PC-21です。素材はプラスチックで、各部品は溶着または接着してあります。ムーヴメントはネジ留めではないので分解不能で、修理も整備もできません。PC-21の作りを見ると、時計を長く使い続けると想定していないことがわかります。本品とPC-21を見比べていただければ、本品が有する工芸品的な美がお分かりいただけるでしょう。





 本品のように十七個のルビーを使用した十七石(じゅうななせき)のムーヴメントは、摩耗してはならない箇所のほぼすべてにルビーを使用した高級機で、ハイ・ジュエル・ムーヴメント(英 high jewel movement)と呼ばれます。十七個のルビーが使われていることに加え、本品の上質さは丁寧に面取りされ研磨された部品の仕上げにも現れています。ひげぜんまいは製作・調整ともに難しいブレゲひげ(巻き上げひげ)が採用されています。天符はチラネジ天符で、直径 0.3ミリメートルほどの多数のチラネジ(バランス・スクリュー)により振動を調整しています。上の写真の左側に、振動(往復しつつ回転すること)する大きな輪が写っています。これが天符で、機械式時計の心臓部分です。天符は一秒間に二往復半の高速で振動しているため、チラネジはぶれて写っています。

 本品の製作当時、ハイ・ジュエル・ウォッチの価格は初任給のおよそ二、三カ月分でした。現代のクォーツ時計に比べるとずいぶんと高価ですが、現在スイスで作られている機械式時計も価格はやはり数十万円です。ほとんどのクォーツ時計にはおもちゃのようなプラスチック製ムーヴメントが入っていて、そのせいで安く手に入るようになったのですが、良質の機械式時計の値段は昔も今も変わりません。

 1930年代は大恐慌とそれに続く時代であり、上質の時計はほとんど作られなくなりました。本品はアメリカ合衆国の経済が回復を始めた 1930年代末に、ようやく再び作られるようになった高級時計です。八十年以上前に製作された本品がいまもきちんと動作する事実が、一生ものと呼べる優れた品質を証しています。





 アンティーク時計を実用品として購入するのであれば、ムーヴメントの状態を確かめることが重要です。しかしながらムーヴメントの状態は、時計の外側を見ても分からないのはもちろん、日差を測っても分かりません。時計の寿命に大きく関わるひげぜんまいの状態が悪くても、時計は外見上正常に動くからです。しかしながら当店ではムーヴメントの状態をきちんと把握し、必要な整備を行ったうえで販売していますので、お客様には安心してご購入いただけます。またアンティーク時計はどこの店でも現状売りで、修理にはなかなか対応してもらえませんが、当店ではアンティーク時計の修理に対応しています。エルジン・グレード 533(本品)の部品も豊富に確保しておりますので、ご安心ください。当店の修理対応につきましては、こちらをご覧くださいませ。

 時計とバンドは別々のメーカーが作っていますから、アンティーク時計とバンドの組み合わせに必然性はありません。アンティーク時計に元々取り付けられていたバンドが破損している場合は取り換える必要がありますし、バンドが使える状態で残っているとしても、それは時計をもともと所有していた人が自分のサイズや好みに合うバンドを取り付けたのがたまたま残っているというだけのことです。ですからバンドは自分に合うものを選ぶのが、アンティーク時計との正しい付き合い方です。商品写真に写っている金属製バンドは、時計を含めた長さが約十七センチメートルです。この長さが合わない場合、またはこのバンドが好みでない場合は、革やファブリックのコード・バンド、あるいは他の金属製バンドに取り替えることができます。当店の在庫品であれば、バンドの取り換えは無料で承ります。

 時計はオーバーホール(分解掃除)をしてお渡しいたします。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々安心してご愛用いただけます。お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。バンド等付属品に関すること、お支払方法に関することなど、どうぞ遠慮なくご相談ください。





本体価格 138,000円 

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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