すずらんのアンティーク時計 日本の美と聖母マリア アール・ヌーヴォー装飾の一点物 十七石の高級品 1940年頃

CLINTON, A Schild cal. 970, 17 jewels, production year around 1940



 本来は存在しないはずの「アール・ヌーヴォー様式によるアンティーク腕時計」。一円硬貨とほぼ同じ大きさの女性用時計に、日本風の意匠による「すずらん」の枠を取り付け、美術品水準の一点ものに仕上げています。本品の制作年代は、1930年代後半から 1940年頃です。


【アール・ヌーヴォーとアール・デコ】

 江戸時代末期の1867年、薩摩藩、佐賀藩、江戸幕府がパリ万博に参加して、日本文化がヨーロッパ市民に広く知られる初めての機会となりました。1870年代から日本の美術品を扱い、ヨーロッパに日本趣味を流行させていたサミュエル・ビングは、1895年、パリに「ラ・メゾン・ド・ラール・ヌーヴォー」(仏 la Maison de l'Art Nouveau 「新芸術の家」の意)を開店しましたが、この店はジャポニスム(仏 japonisme 日本趣味、日本愛好)のさらなる隆盛に大いに寄与しました。このようにして、アール・ヌーヴォーは、日本美術の強い影響下に、十九世紀後半から二十世紀初頭のヨーロッパを席捲しました。


 Alphonse Mucha, "Danse", 1898


 アール・ヌーヴォーは女性の体や植物に基づく優雅な曲線を特徴とします。上に示した写真はアルフォンス・ミュシャが 1898年に制作したポスターです。下の写真は当店の商品で、曙の女神エーオース(アウローラ)をモチーフにしたガラス製品です。これらの作品において、柔らかな女性の体と蔓のようにうねる髪、多分に写実性を留めつつ左右非対称に配置された植物意匠は、アール・ヌーヴォーの典型的な美を示しています。




【女性用懐中時計の小型化と、腕時計の誕生】

 アール・ヌーヴォー期は十九世紀後半から二十世紀初頭に相当しますが、この時期の携帯用時計(ウォッチ)はすべて懐中時計でした。

 懐中時計のムーヴメント(内部の機械)は初期においては大きく分厚かったのですが、技術の進歩により、十九世紀末から二十世紀初頭頃には小型で薄いムーヴメントの製作が可能になりました。時計のサイズはその時々の流行によって大きくなったり小さくなったりしますが、十九世紀末から二十世紀初頭頃は富裕な女性の間で小さな懐中時計が流行し、アール・ヌーヴォー様式の作品も作られました。


 


 上の写真は当店の販売済み商品で、スイスで制作された女性用懐中時計です。三色のゴールドとサファイア、ダイアモンドを使い、アール・ヌーヴォーの植物文様を彫金しています。





 この時代の女性用懐中時計は直径およそ三十ミリメートルにまで小型化されたので、お洒落に敏感な女性たちは時計を革バンドに固定し、手首に装着しはじめました。これが腕時計の最初の姿です。上の写真はいずれも二十世紀初頭に撮影されたもので、二人の女性は、小さな懐中時計にバンドを取り付けたものを、「腕時計」として装着しています。しかしながらアール・ヌーヴォー期の時計は、あくまでも懐中時計であり、腕時計として作られていたわけではありません。手首に巻き付ける使い方を想定した時計が登場するのは、アール・ヌーヴォー期が終焉を迎える二十世紀初頭から 1910年頃のことです。





 二十世紀初頭の男性はまだ大きな懐中時計を使っていましたが、女性用時計の世界では腕時計への移行が始まっていました。この時期に作られた「トランジショナル・ウォッチ」(英 transitional watch 「移行期のウォッチ」の意)は懐中時計の面影を色濃く残していますが、手首に装着する可能性を想定しているため、十二時側と六時側にバンドの取り付け部を有します。上の写真はスイス製のトランジショナル・ウォッチで、当店の商品です。下の写真の女性が手首に装着している時計は、これと良く似ています。





 トランジショナル・ウォッチのすっきりとしたデザインは、有機的で左右非対称な曲線を特徴とするアール・ヌーヴォーとは異質のものです。十九世紀のヨーロッパを席捲した日本趣味とアール・ヌーヴォーは、二十世紀に入ると急速な終焉を迎えました。代わって擡頭したのがアール・デコです。





 アール・デコは幾何学的なパターンを多用した左右対称の意匠を特徴とします。上の写真に写っている時計は、左がアール・ヌーヴォー様式、右がアール・デコ様式に基づきます。腕時計が登場した時代、アール・ヌーヴォーはほとんど終焉を迎えていました。したがってアール・ヌーヴォーの置時計や掛け時計、懐中時計はありますが、アール・ヌーヴォーの腕時計は存在しません。腕時計はアール・ヌーヴォー期が終わった後、アール・デコ期に誕生したからです。


【本品の商品説明】




 以上の説明でお分かりいただけるように、「アール・ヌーヴォーの腕時計」というものは本来ならば存在しません。しかしながら本品はウォッチを取り囲むようにアール・ヌーヴォー様式の枠を取り付けています。筆者(広川)はこれまで長年に亙り非常に多くの女性用腕時計を扱ってきましたが、この時計の類品を目にしたことは一度もありません。

 本品の作りを注意深く観察すると、すずらんの花と葉は蝋の原型から鋳造したのではなく、金属製のダイ(die)による打ち抜き成形と思われます。したがって本品は良質のコスチューム・ジュエリー用パーツを時計と組み合わせて作られたのでしょう。本品の制作年代は 1930年代後半から 1940年頃です。この頃、アール・ヌーヴォーは装飾過剰な時代遅れの様式と見做され、高い評価を受けてはいませんでした。本品はこのような時代に、同時代の流行に流されない特注品として作られた品であり、一点物と思われます。





 時計本体のケースと、ケースを取り囲む外枠及びすずらんの材質は金張りですが、メーカーの刻印はどこにも見当たりません。ケースと外枠にはイエロー・ゴールド、すずらんの花にはローズ・ゴールド、葉にはグリーン・ゴールドと三色の金が使用されています。写真を注意深くご覧いただければ、三色の金が使い分けられているのが分かります。しかしながらこれら三色の金はいずれもたいへん上品な淡い色ですので、けばけばしさは全くありません。

 すずらんの花は十二時側に二輪、六時側に一輪が取り付けられています。時計の上下で異なる花の数、葉と茎が描く有機的曲線、葉の緑色を表現しようとする写実的描写は、いずれもアール・ヌーヴォーの特徴です。





 アール・ヌーヴォーは日本美術の影響から誕生した様式ですが、明治末期から大正期にかけて日本に逆輸入され、華やかな「大正ロマン」文化のなかで開花しました。すずらんの可憐な花は、高畠華宵や竹久夢二が描く可憐な女性たちの着物にたびたびあしらわれています。


 すずらんは聖母マリアを思い起こさせる花でもあります。すずらんをよく見ると、小さな花のひとつひとつが百合(ゆり)の形をしています。すずらんは植物系統学に基づく最新の分類でクサギカズラ目 (Asparagales) とされていますが、ごく近年までユリ目ユリ科 (Liliales, Liliaceae) に分類されてきました。

 すずらんは英語で「リリー・オヴ・ザ・ヴァレー」(lily of the valley)すなわち「谷間の百合」といいますが、この名称はヴルガタ訳旧約聖書の「雅歌」二章一節にある「リーリウム・コンヴァッリウム」(羅 LILIUM CONVALLIUM)に由来します。「雅歌」二章一節から六節をノヴァ・ヴルガタと新共同訳により引用します。二節は若者の歌、それ以外は乙女の歌です。


  NOVA VULGATA      新共同訳 
1.  Ego flos campi
et lilium convallium.
    わたしはシャロンのばら、
野のゆり。
       
2. Sicut lilium inter spinas,
sic amica mea inter filias.
  おとめたちの中にいるわたしの恋人は
茨の中に咲きいでたゆりの花。
       
3. Sicut malus inter ligna silvarum,
sic dilectus meus inter filios.
Sub umbra illius, quem desideraveram, sedi,
et fructus eius dulcis gutturi meo.
    若者たちの中にいるわたしの恋しい人は
森の中に立つりんごの木。
わたしはその木陰を慕って座り
甘い実を口にふくみました。
4. Introduxit me in cellam vinariam,
et vexillum eius super me est caritas.
    その人はわたしを宴の家に伴い
わたしの上に愛の旗を掲げてくれました。
5. Fulcite me uvarum placentis,
stipate me malis,
quia amore langueo.
    ぶどうのお菓子でわたしを養い
りんごで力づけてください。
わたしは恋に病んでいますから。
6. Laeva eius sub capite meo,
et dextera illius amplexatur me.
    あの人が左の腕をわたしの頭の下に伸べ
右の腕でわたしを抱いてくださればよいのに。




(上) Martin Schongauer, Madonna of the Rose Bush, 1473, tempera on wood, 201 x 112 cm, Saint-Martin, Colmar


 上に引用した新共同訳において、「リーリウム・コンヴァッリウム」は「野のゆり」と訳されています。この語は十六世紀初めのドイツですずらんと同一視され、このことが元になって英語の「リリー・オヴ・ザ・ヴァレー」がすずらんを指すようになったと考えられています。十六世紀のヨーロッパ人が「谷間の百合」(リーリウム・コンヴァッリウム)をスズランと解釈したのは、ヨーロッパに自生するすずらんが、半日陰を好む「百合」であるからでしょう。

 百合は聖母マリアの象徴です。聖母マリアの図像は、茨の繁みに立つ姿や薔薇の垣根に囲まれた姿で表されることがよくあります。これは無原罪の聖母の無い神秘の薔薇、ロサ・ミスティカであるためでもありますが、「雅歌」二章二節に基づいて、聖母を百合の花に譬えた表現でもあります。すなわち「雅歌」のこの聖句において、「わたしの恋人」(amica mea) と呼ばれ、「ゆりの花」に喩えられている聖母マリアは「茨の中」にいます。上の写真はマルティン・ショーンガウアーが 1473年に描いた聖母子のテンペラ画で、コルマールのサン=マルタン教会にあります。薔薇に囲まれて幼子イエスを抱く聖母マリアは「雅歌」二章二節の「ゆりの花」であり、「リーリウム・コンヴァッリウム」(谷間の百合)です。

 したがって百合の一種と考えられ、「雅歌」の「リーリウム・コンヴァッリウム」(谷間の百合)と同一視されたすずらんは、聖母マリアの象徴です。可憐なすずらんの汚れなき白さは罪の無い聖母の清らかさを表し、かぐわしい香気は聖母の純潔を思い起こさせます。ヨーロッパの民間伝承によると、イエスが十字架に架かったとき、聖母の涙が落ちた場所からすずらんが生え出でたともいわれています。





 時計そのものの説明に戻ります。時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を「文字盤」(もじばん)または「文字板」(もじいた)、文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」の数字を「インデックス」(英 index)といいます。本品の文字盤はわずかにクリーム色がかった白で、金色のアラビア数字による立体インデックスを有します。アラビア数字のインデックスは二十世紀前半までの時計に見られる特徴です。1950年代半ばから1960年代以降になると、棒状の「バー・インデックス」が圧倒的に多くなります。本品のインデックスの外側には一分ごとの刻み目がありますが、これは当時の女性用時計には珍しい特徴です。

 文字盤の上部には小さな文字で「クリントン」(CLINTON)と書かれています。「クリントン」は 1930年代から 1960年代頃まで存続したアメリカの時計ブランドで、スイスから輸入した良質のムーヴメントを使用していました。本品はアメリカの時計ですが、スイスから輸入したムーヴメントを使っているので、文字盤最下部に極小の文字で「スイス」(英 SWISS 「スイス製」の意)と書かれています。

 アンティーク時計の文字盤は経年によって変色していることが多くあります。本品の文字盤は、およそ八十年前、この時計が作られたときのオリジナルですが、変色らしい変色はほとんどありません。古い年代を考えると驚くほど綺麗な状態で、非常に大切にされた品物であることがわかります。





 文字盤の六時の位置には直径四ミリメートル足らずのくぼみがあります。これはスモール・セカンド(小秒針)用の文字盤で、長さ二ミリメートルほどの小さな針が回っています。

 現代の時計は「中三針(なかさんしん)式」といって、秒針は時針、分針と同じく文字盤の中央に取り付けられています。しかしながら秒針を時針、分針と同じ位置に取り付けるのは技術的に難しいことで、古い時代の時計は、ほとんどの場合、六時の位置にスモール・セカンド(小秒針)を取り付けていました。よほど特殊なものを除いて、懐中時計はみなスモール・セカンド式ですし、1950年代以前の男性用腕時計もスモール・セカンド式です。女性用腕時計に関しては、昔は女性の社会進出が少なかったために、女性用時計に秒針は不要と考えられていました。看護師として活躍する女性は大勢いましたが、医師や看護師はストップ・ウォッチを持っていました。一般女性が使う時計は一円硬貨よりも小さく、そのような時計に小秒針を取り付けるのは困難でもあり、極小の小秒針を仮に取り付けてもどこを指しているのか見分けが付かず、ほとんど用を為しません。それゆえ女性用腕時計には秒針を付けないのが普通でした。

 しかしながら本品は一円硬貨と同じくらいの直径があります。これは現代の女性用腕時計に比べると非常に小さく感じられますが、本品と同時代の時計と比較すると、女性用腕時計としては最大のサイズです。本品には長さ二ミリメートルほどのスモール・セカンド(小秒針)が付いていて、小文字盤のなかをゆっくりと動いています。





 1930年代に高い透明度のアクリル樹脂(プレクシグラス、ルーサイト)が発明され、時計のクリスタル(風防)にも使われるようになりました。本品のクリスタルは当時のオリジナルで、アクリルでできています。クリスタルは厚みのある円錐台状で、斜面はカット宝石のように多数のファセット(小面)を有します。





 1940年頃、本品のようなハイ・ジュエル・ウォッチ(後述)の価格は初任給のおよそ三カ月分でした。現代のクォーツ時計に比べるとずいぶんと高価ですが、現在スイスで作られている機械式時計も、価格はやはり数十万円です。ほとんどのクォーツ時計には、実はおもちゃのようなプラスチック製ムーヴメントが入っていて、そのせいで安く手に入るようになったのですが、良質の機械式時計の値段は、昔も今も変わりません。本品の裏蓋には「母さんへ ロジャーより」と刻まれています。当時の時計は現代にも増して特別な品物であったので、本品も心のこもった贈り物であったことがわかります。


 時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)といいます。本品のムーヴメント(時計内部の機械)は電池ではなくぜんまいで動いています。電池で動く「クォーツ式」腕時計が普及したのは、1970年代以降のことです。本品が製作された時代には、クォーツ式腕時計はまだ存在せず、腕時計はすべてぜんまいで動いていました。

 本品のようにぜんまいで動く時計を「機械式時計」といいます。クォーツ式時計と機械式時計は、耳に当てたときに聞こえる音が全く異なります。秒針があるクォーツ式腕時計を耳に当てると、秒針を動かすステップ・モーターの音が一秒ごとに「チッ」、「チッ」、「チッ」 … と聞こえます。デジタル式など秒針が無いクォーツ式腕時計を耳に当てると、何の音も聞こえません。これに対して機械式時計、すなわち本品のようにぜんまいで動く腕時計や懐中時計を耳に当てると、小人が鈴を振っているような小さく可愛らしい音が、「チクタクチクタクチクタク…」と連続して聞こえてきます。





 上の写真は本品から取り出したムーヴメントを一円硬貨の上に置いて撮影しています。現代のクォーツ・ムーヴメントはプラスチック製ですが、機械式時計のムーヴメントは丈夫な金属で作られています。赤く見えるのはルビーで、金(ゴールド)でできた「シャトン」という枠を付けて、ムーヴメントに嵌め込まれています。

 良質の機械式腕時計、懐中時計には、摩耗してはいけない部分にルビーを使います。ルビーはモース硬度「九」と非常に硬い鉱物(コランダム Al2O3)ですので、時計の部品として使用されるのです。本品のムーヴメントには十七個のルビーが使用されています。写真ではルビーが五個しか見えませんが、あとの十二個は機械の裏側(文字盤側)など、上の写真に写っていない部分に使われています。本品のように十七個のルビーを使用した「十七石」(じゅうななせき)のムーヴメントは、摩耗してはならない箇所のほぼすべてにルビーを使用しており、「ハイ・ジュエル・ムーヴメント」(英 high jewel movement)と呼ばれる高級品です。





 本品のムーヴメントは、スイスのア・シールド社が制作した「キャリバー 970」です。「ア・シールド キャリバー 970」(AS 970)は 8 1/2リーニュの円形手巻きムーヴメントで、1930年代から製造がはじまり、1940年代を通じて数々の時計に採用された信頼性の高い機械です。1930年代から1940年頃のAS 970には七石、九石、十五石などいくつかの機種がありますが、この時計に搭載されているのは最も高級な十七石の機種です。またスモール・セカンド付きのものとそうでないものがありますが、この時計には前者が採用されていますので、可愛らしい秒針の動きを楽しんでいただけます。

 本品のムーヴメントは天符の振り角も大きく、良好なコンディションです。オシドリの嵌まる竜真の窪み、キチ車と鼓車の噛み合わせ部分、裏押さえの腕部分等、消耗しやすい部分にも異常はありません。アンティーク時計はどこの店でもほぼ現状売りで、修理にはなかなか対応してもらえませんが、当店ではアンティーク時計の修理に対応しています。「ア・シールド キャリバー 970」の各種パーツも豊富に確保しておりますので、ご安心ください。当店の修理対応につきましては、こちらをご覧くださいませ。





 本品に取り付けられているバンドのサイズは、幅が十一ミリメートル、手首周りが約十七センチメートルです。時計とバンドは環状になって切れ目がありませんが、バンドはバネによる伸縮式で約二十五センチメートルまで伸びるので、留め金を操作する必要も無く、簡単に装着できます。現状のバンドに破損はありませんが、十二時側のバネがいくぶん弱くなっています。実用上の差し支えは無く、見苦しいとも感じませんが、バンドの交換は可能です。ご購入後にバンドが破損した場合、サイズを変更する場合等も対応可能です。ご安心ください。


 本品の制作年代を考えるとき、日本と欧米の間に起こった幸運な出会いと不幸な衝突が思い起こされ、感慨深いものがあります。本品の特徴であるアール・ヌーヴォー様式は、日本の美を愛好した欧米で生まれました。しかしながらこの時計が制作されて間もなく、アメリカと日本は死力を尽くして戦うことになります。敗戦した日本は存亡の危機に立たされ、戦勝国であるアメリカの時計産業もまた、日本との戦争が原因で滅亡してしまいます。美しい時計を母に贈ったロジャーさんは、無事に終戦を迎えたでしょうか。





 上述したように、アール・ヌーヴォー様式が流行したのは腕時計が登場するよりも以前の時代ですので、「アール・ヌーヴォーのアンティーク腕時計」はあり得ません。しかしながら本品は、時計デザインにおいてアール・デコ様式が全盛であった 1930年代後半から 1940年頃に、アール・ヌーヴォー様式の装飾を施した非常に珍しい作例であり、おそらく一点物と思われる稀有な「アール・ヌーヴォーのアンティーク腕時計」に仕上がっています。八十年前の時計であるにもかかわらず、保存状態は極めて良好です。三色のゴールドを使ったすずらんは美しくかつ上品で、日本美術の香りを伝えるのみならず、聖母マリアの清らかさをも思い起こさせます。

 時計は無料でオーバーホール(分解掃除)をした後にお渡しいたします。お買い上げ後も期限を切らずに修理に対応しますので、日々ご愛用いただけます。お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。バンド等付属品に関すること、お支払方法に関することなど、どうぞ遠慮なくご相談ください。





189,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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