スイス製最高級トランジショナル・ウォッチ 銀無垢デミ・ハンター・ケース 手書き琺瑯(ほうろう)文字盤


ケースの直径 29 0 mm (突出部分を除く)


スターリング・シルバー製 ダブル・ヒンジ式デミ・ハンター・ケース

ローマ数字を手書きした白色琺瑯(ほうろう)文字盤

ダボ押し式時刻合わせ機構

ブレゲひげぜんまい、チラネジ天符


1917年頃



 リスト・ウォッチというものがまさに生まれようとしている時代に製作された最初期の腕時計。本品はスイスからイギリスに輸入された品物で、後述するように、まさに富裕層のための最高級品です。


【機械式時計の歴史と、腕時計の誕生】

 時計には、電池で動く「クォーツ式」時計と、ぜんまいで動く「機械式」時計の二種類があります。「クォーツ式」時計は1970年代に普及し始めたもので、それ以前の時計はすべてぜんまいで動く「機械式」時計でした。

 機械式時計はガリレオ・ガリレイが発見した「振り子の等時性」を利用して時を測るもので、基本の形態は「振り子時計」です。振り子は教会の大時計や家庭の柱時計、置時計に付いています。

 しかし振り子時計は傾けることができません。時計を傾けると、振り子の動きが止まってしまうからです。したがって携帯用時計(ウォッチ)では、振り子は「天符(てんぷ)」という部品に置き換えられています。天符はあたかも振り子が往復するように、一定の周期で方向を切り替えて回転します。

 天符


 振り子の代わりに天符を採用することで、時計を自由な角度に傾けることができるようになり、携帯用時計が実現しました。最初の携帯用時計は懐中時計です。現代人は「ウォッチ」という言葉で腕時計を思い浮かべますが、「ウォッチ」は本来は懐中時計(ポケット・ウォッチ)のことでした。

 最初の懐中時計はボールのように丸く厚みがありましたが、技術の進歩に伴って薄型化・小型化しました。特に女性用の懐中時計は男性用よりも小さくデザインされ、20世紀初頭頃には手首に装着できる程度の大きさになりました。こうして誕生したのが腕時計です。

 当初、腕時計は女性専用のものであり、男性は大きな懐中時計を使っていました。男性の間で腕時計が使われるようになるのは、ようやく1920年代の半ば以降のことです。


【トランジショナル・ウォッチ】

 本品は懐中時計から腕時計が生まれようとする時代に製作された女性用時計です。バンドを取り付けた腕時計ではありますが、機械やケースの作りは懐中時計の面影を強くとどめており、懐中時計にバンドを付けたもの、といっても過言ではありません。1900 - 1910年代に製作されたこのような時計を、「トランジショナル・ウォッチ」、すなわち移行期の時計と呼んでいます。本品には次のような特徴があります。


 ケースには、懐中時計と同様に、蓋が付いています。蓋で時計を保護する「ハンター・ケース」式懐中時計は、狩猟等、野外活動時に使うためのものですが、本品の蓋は中央部分が透明になっており、蓋を閉じたままで時刻が分かるように工夫されています。このように蓋の中央が透明な懐中時計のケースを「デミ・ハンター・ケース」と呼びます。





 蓋の窓のまわりには、コバルト・ブルーのローマ数字が書かれています。蓋に緩みやがたつきは無く、ちょうど90度に開きます。蓋の裏側には、裏蓋と同じスポンサー・マーク、及びシリアル番号が刻印されています。




 文字盤は懐中時計の様式で、真っ白な琺瑯(ほうろう)にローマ数字によるインデックスを手書きしてあります。インデックスは12時のみ赤色になっています。二時と三時の間に微かなヘアライン(亀裂)があるだけで、たいへん良好な状態の文字盤です。





 針は真正のブルー・スティール(青焼き)で、植物の葉のように優雅な形状が、古き良き懐中時計の時代を偲ばせます。

 時刻合わせはアンティーク懐中時計によく見られる「ネイル・セット」(nail set ダボ押し)によります。すなわち竜頭(りゅうず)を引き出さず、4時半頃の位置にある突起を爪の先で押し込みながら竜頭を回すことにより、時刻を合わせます。





 ケース裏蓋は、懐中時計と同様に、ちょうつがい式になっています。ちょうつがいに緩みはなく、ちょうど90度に開きます。裏蓋の内側には次のホールマークがあります。

・向かい合って横倒しになったふたつの "F" を互い違いに組み合わせたグラスゴー貴金属検査所の刻印

・1917年に検査を受けたことを示すデイト・レター "u"

・スターリング・シルバーを示す ".925" の刻印

・ロンドンの輸入業者アーサー・ジョージ・レンデル氏 (Arthur George Rendell, 40/42 Clerkenwell Road, London) のスポンサー・マーク "A.G.R."

・スイスでケースを製作したメーカーのシリアル番号






 ここで「スポンサー」(sponsor) というのは、検査を受けてホールマークを刻印されるべき貴金属製品を、王立の貴金属検査所に持ち込む許可を得ている輸入業者のことです。アーサー・ジョージ・レンデル氏はロンドンの業者であるのに、なぜかロンドンの貴金属検査所ではなく、グラスゴーの貴金属検査所にこの時計ケースを持ち込んでいます。

 第一次世界大戦当時にスイスからイギリスに輸入された時計のケースには、グラスゴーの貴金属検査所の刻印があるものが多いのですが、その理由は、一説によると、それらの時計ケースがスイスからダブリン(アイルランド)に運ばれたあと、国境をひそかに越えてイギリス側に密輸され、アイルランドから距離が近いグラスゴーの貴金属検査所に持ち込まれたからだとも言われています。

 すなわち第一次世界大戦時のイギリスは、戦争継続のために外貨の備蓄を目減りさせたくなかったので、時計のような外国産の贅沢品に対して、33パーセントを超える高率の関税を課しました。イギリスの港に入港する船に輸入品を積むと、この関税を課されてしまうので、いったんダブリンに運び、陸路でイギリス側に密輸することがよく行われていたようです。ただしこの時計がどのようなルートでイギリスに輸入されたのかは分かりません。


 裏蓋の内側には他にも多数の手書き文字が彫り込まれていますが、これらは修理や整備の記録です。必要な修理、整備を繰り返しながら、大切に使われてきた時計であることが分かります。





 ムーヴメントはスイス製の手巻き式で、15個のルビーを使用した当時最高級の「15石」です。この時代はケースに宝飾等が施されていても脱進機がシリンダー式である場合がありますが、本品のムーヴメントはクラブトゥース脱進機を備えた高級品です。「スイス製」(MADE IN SWITZERLAND) の文字が刻印されています。



 天符の振り角は大きく、天真の曲がり、ひげぜんまいの巻き乱れ等の問題は一切ありません。巻き上げ及び時刻合わせ機構にもまったく問題ありません。外見上のみならず、動作・性能の点でも、およそ百年前に製作されたとは信じがたいほどの良好なコンディションです。


 本品は外見上のコンディション、機械のコンディションとも、非常に良好です。百年近く前の時計としては驚くべき保存状態です。





オーバーホール済 210,000円 販売終了 SOLD

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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