セス・トーマス 《センチュリー U. S. A.》 七石 分厚いガラスと重厚なケース 飽きがこず見易い正統的デザイン 十八サイズの大型懐中時計 アメリカ 1900年頃


突出部分を除くケースの直径 56ミリメートル

ガラスとケースを含む厚さ 20ミリメートル   重量 147.3グラム



 十九世紀の終りから二十世紀初めにかけて、およそ三十年間だけ懐中時計を作っていたセス・トーマス時計会社(Seth Thomas Watch Co)の懐中時計。新しい世紀に相応しく、「センチュリー」というブランド名が付いています。本品の大きさは男性用懐中時計として最も大きな部類に入る「十八サイズ」で、百五十グラム近い重量があり、手に取るとずしりとした重みを感じます。





  時計内部の機械を「ムーヴメント」(英 movement)と呼びます。ムーヴメントを保護する筐体(きょうたい 箱、容器)、すなわち時計本体の外側に見えている金属製の部分を、「ケース」(英 case)と呼びます。本品のケースは「ニッケル・シルバー」(アルパカ、マユショル、ノイジルバー)と呼ばれるニッケル、銅、亜鉛の合金で、わが国の百円硬貨や五百円硬貨と似た材質です。ニッケル・シルバーは摩耗に強く、美しい光沢を有します。銀が含まれていないので、黒ずむこともありません。

 本品をはじめ、アンティーク時計は電池ではなくぜんまいで動きます。ぜんまいを巻いたり時刻を合わせたりするためのツマミを竜頭(りゅうず)といいます。懐中時計の竜頭は頑丈な支柱状の部品に守られて、ケースから突出しています。懐中時計の竜頭は十二時の位置にあるのが普通ですが、本品の竜頭は三時の位置にあります。時計を吊り下げると三時が上になる珍しいデザインです。





  本品のケースは直径五十六ミリメートルとたいへん大きなサイズです。分厚いガラスが嵌っていて、ガラスとケースを含む時計全体は二十ミリメートル強の厚みがあります。





 懐中時計のケースには幾つかの方式がありますが、本品のケースは三つの部分、すなわち「ガラスの枠となる部分」(英 bezel)、「ムーヴメントの枠となる部分」、「裏蓋」に分かれています。「ガラスの枠となる部分」と「裏蓋」にはネジ式になっており、滑り止めのギザギザが刻んであります。ベゼルと裏蓋は回転させると簡単に外すことができます。





 時計の使用者がベゼルを外せる構造になっているのは、本品の時刻合わせが「レバー・セット式」(剣引き式)であるからです。レバー・セット式は十九世紀から二十世紀初頭までの懐中時計に見られた方式です。

 本品はステム・ワインド式、すなわち後の時代の手巻き式時計と同様に竜頭を回転させてぜんまいを巻き上げます。

 現代の時計はステム・セット式、すなわち竜頭を一段階ぶん引き出した状態で針を早回しし、時刻を合わせる方式です。しかしながら本品は竜頭を引き出すことができません。本品の時刻を合わせる場合、ベゼルを外して文字盤を露出させ、五時のインデックスのすぐ外側にあるレバーを引き出します。この状態で竜頭を回すと長針と短針が早回しされて、時刻を合わせることができます。上の写真はレバーを引き出した状態です。時刻合わせが終ったらレバーを元の位置に押し戻して、もう一度ベゼルを取り付けます。





 懐中時計には、文字盤側に金属製カバーの無い「オープン・フェイス型」、文字盤側に金属製カバーがある「ハンター型」の二種類があります。当店では「ハンター型」をほとんど扱いませんが、その理由は二つあります。

 第一の理由は、ハンター型ケースの堅牢性がオープン・フェイス型に比べて劣ることです。ハンター型ケースの文字盤側カバーは蝶番(ちょうつがい)で取り付けられていますが、蝶番は不具合が発生しやすい部分です。オープン・フェイス型にはこの蝶番がそもそも存在しませんから、壊れる要素が一箇所ぶん少ないことになります。

 第二はより重要な理由で、ハンター型のクリスタル(ガラス)が非常に割れやすいことです。ハンター型懐中時計のクリスタルはすべてミネラル・ガラス製ですが、蓋が閉まる際の邪魔にならないように、厚さ数分の一ミリメートルと非常に薄く作られています。顕微鏡観察のプレパラートに使うカバー・ガラスよりも薄いのです。他方、クリスタルは文字盤全体を覆うため、かなり広い面積となります。極端に薄いにもかかわらず広い面積のガラス板が割れやすいことはお分かりいただけるでしょう。実際、ハンター型懐中時計のクリスタルが汚れても、気軽に拭くことができません。不用意にガラスに触れると割れてしまうからです。ガラスが割れると百年も前に作られた替えガラスを探すことになりますが、手に入る見込みはまずありません。

 当店ではお買い上げ後の修理にもできるだけ長期に亙って対応したいと考えているゆえに、ハンター式懐中時計は極力扱わないようにしています。本品はオープン・フェイス型ですから、ガラスは丈夫です。通常の使用で割れる心配はありません。





 時計において、時刻を表す刻み目や数字が配置された板状の部品を、文字盤(もじばん)または文字板(もじいた)といいます。文字盤の周囲十二か所にある「長針五分ごと、短針一時間ごと」のマーカー(目印)を、「インデックス」(英 index)といいます。本品の文字盤には「センチュリー アメリカ合衆国」(CENTURY U.S.A.)のロゴとローマ数字のインデックスを書いています。文字盤の最外周には一分ごとの長針用目盛りを描き、五分毎にアラビア数字でインデックスを表示しています。六時の位置には一周六十秒の小文字盤があり、スモール・セカンド針(小秒針)が付いています。数字やロゴはすべて専門の職人による手書きです。


 時針、分針、六時の位置にある秒針は、いずれもブルー・スティール(青焼き)です。現代の時計の青い針はたいていの場合青く塗装していますが、本品のようなアンティーク・ウォッチの青い針は「ブルー・スティール」と言って、鋼を加熱して青い酸化被膜を作ったものです。ブルー・スティールは見た目が美しいことに加えて腐食(錆)に強くなります。本品の針は良好な状態で、折れ、曲がり、錆(さび)等の問題は一切ありません。

 現代の時計の秒針は「センター・セカンド」といって、短針、長針と同様に、時計の中央に取り付けられています。これに対して懐中時計の秒針は「スモール・セカンド」といって、六時の位置に取り付けられています。時計の中央に秒針を取り付ける方式のムーヴメントを製作するのは技術的に困難で、「センター・セカンド」が普及するのは1960年代です。アンティーク懐中時計の秒針はすべて「スモール・セカンド」方式で、本品も例外ではありません。





 本品の文字盤は「琺瑯文字盤」と呼ばれるもので、銅の下地に白色不透ガラスのフリット(粉)を載せ、炉で焼成して下地の銅に融着させています。これはフランス語で「エマイユ」、英語で「エナメル」、日本語で「琺瑯」(ほうろう)あるいは「七宝」(しっぽう)と呼ばれる技法です。

 アンティーク時計の文字盤は経年によって変色した品物が多いですが、琺瑯文字盤では変色が起こりません。しかしながら琺瑯文字盤にはヘアライン(微細な亀裂)が入りやすい特性があります。すなわち琺瑯文字盤では金属の片面にガラスが融着していますが、金属は熱膨張率が大きく、気温の変化に伴って大きく伸び縮みします、これに対し、ガラスの体積は気温変化の影響をほとんど受けません。琺瑯文字盤は熱膨張率が大きく異なる二種類の素材を張り合わせているので、時計を長年使用していると、どうしても亀裂が入るのです。

 ヘアラインは非常に細いので写真にうまく写りませんが、本品の文字盤もよく見ると亀裂が入っています。しかしながらアンティーク時計の琺瑯文字盤にヘアラインがあるのは普通のことですし、本品の場合はエマイユの剥落も無く、充分に良好な保存状態です。筆者(広川)は強度の近視で、微細な者が肉眼でよく見えるのですが、ほとんどの人は本品のヘアラインに気付かないはずです。この程度のヘアラインを気にすることはありません。

 本品の風防は厚みのあるガラス製で、良好な状態です。ガラスの形状は上から見ると円形、横から見ると台形の「円錐台」となっています。差し渡し一ミリメートルほどのフリーバイト(fleabite ノミが齧ったように小さな欠損)が一か所にあって、上の写真に写っています。





 ネジ式の裏蓋を開けるとムーヴメントが現れます。本品のムーヴメントは錆もほとんど無い良い状態で、回転する小円盤による美しい模様で飾られています。文字盤と同様に「センチュリー アメリカ合衆国」(CENTURY U. S. A.)の文字が手彫りで刻まれています。「センチュリー」はセス・トーマス(Seth Thomas Watch Company)時計会社のブランド(商標)です。

 セス・トーマス社はコネティカット州トーマストン(Thomaston, CT)にあった時計会社で、1880年代3年から 1912年頃までウォッチ(watches 携帯用時計)を作っていました。ウォッチには懐中時計と腕時計がありますが、腕時計が使われるようになった 1910年代後半には、セス・トーマス社はもうウォッチを作っていませんでした。したがって同社のウォッチはすべて懐中時計です。


 上述したように、本品をはじめとするアンティーク時計は電池ではなくぜんまいで動く「機械式時計」ですので、一日一回、竜頭を回して、主ぜんまい(メインスプリング ひげぜんまいとは別の強力なぜんまい)を巻く必要があります。本品の竜頭はアンティーク懐中時計に特有の玉ねぎのような形で、突出部分も摩耗はほとんど認められず、たいへん良い状態です。







 本品のムーヴメントは、既に説明したように、レバー・セット式(剣引き式)です。四時の辺りにあるレバーを引くと時刻合わせの状態になります。竜頭を引き出す必要はありません。

 上の二枚の写真は本品のムーヴメントをケースから取り出し、針と文字盤を外して地板側を撮影しています。最初の写真ではレバーは通常の位置にあります。この状態で竜頭を回すと、キチ車の回転が日の裏輪列を介して角穴車に伝わり、ぜんまいが巻き上がります。二番目の写真ではレバーを引き出しています。この状態で竜頭を回すと、キチ車の回転が日の裏輪列を介して筒カナと筒車に伝わり、長針と短針が早送りされます。





 本品のムーヴメントはセス・トーマス社が「センチュリー」用に開発した十八サイズの機械で、ルビーの数は七石です。

 アンティーク時計はすべてぜんまいで動いており、このような時計を機械式時計といいます。機械式時計で最も大切な部品は、調速脱進機(ちょうそくだっしんき)です。本品をはじめ、七石の機械式時計は、七個のルビーをこの部分に集中して使っています。

 上の写真の手前右寄りに「天符」(てんぷ)という大きな輪が写っています。天符の中心に光って見えるのが天符の裏蓋側受け石で、七個のルビーのうちの一個です。





 上の写真で天符の左下に写っているのはアンクル(仏 ancre 錨)とガンギ車です。アンクルには「入り爪」(いりづめ)と「出爪」(でづめ)という角柱状のルビー製部品が取り付けられています。上の写真では手前に出爪が写っています。

 ひげぜんまいはブルー・スティール製です。本品のひげぜんまいはまったく歪まずに綺麗な螺旋(らせん)を描いており、たいへん良い状態です。





 大きなサイズの本品はずしりとした重みがあって、本物のアンティーク時計ならではの風格を有します。本品が作られたのは、十九世紀が終わり、二十世紀が始まる境目の時代です。「センチュリー」(英 century)というブランド名は「世紀」という意味であり、まさに幕を開けようとする二十世紀に、当時の人々が託した夢と期待を感じることができます。この時計が二十一世紀になっても変わらず元気に動いていると、当時の人々は想像したでしょうか。


 本品は百年以上前に制作された真正のアンティーク時計ですが、古い年代にもかかわらず優れた保存状態です。ムーヴメント、ケース、文字盤、針、ガラスのいずれにも特筆すべき問題はありません。美観上の問題が無いことに加え、機械の状態も良好で、十分に実用可能です。

 お支払方法は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払いでもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。ご遠慮なくご相談くださいませ。





68,000円 販売終了 SOLD

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