(下) 別売りのチェーンを取り付けた状態







古き良きアメリカ製

エルジン 《グレード 217》 白に桜色と金彩 琺瑯文字盤の大型懐中時計 1901年

Elgin 18 size, grade 217, 1901



ムーヴメント: Elgin grade 217

突出部分を除く直径 55.5 mm  最大の厚み 21.1 mm  重量 150.9 g


オアシルバー(oresilver ニッケル合金)によるスクリュー式ケース

ステム・ワインド(竜頭による巻き上げ)、レバー・セット(剣引き式時刻合わせ)

白とピンクの琺瑯(ほうろう エマイユ)文字盤に金彩

ローマ数字インデックス、及び秒針用小文字盤にアラビア数字インデックス

ブルー・スティール製針

ブレゲひげぜんまい、チラネジ天符


1901年



 エルジン製のオープン・フェイス型懐中時計。もともと男性用として制作された大きな時計ですが、白の琺瑯文字盤に桜色と金を加えた華やかな彩(いろどり)が目を惹きます。竜頭(りゅうず)を上にして吊り下げたときに、6時ではなく9時が下になるのも珍しい点です。





 懐中時計には、文字盤側に金属製カバーの無い「オープン・フェイス型」、文字盤側に金属製カバーがある「ハンター型」の二種類があります。当店では「ハンター型」をほとんど扱いませんが、その理由は二つあります。

 第一の理由は、ハンター型ケースの堅牢性がオープン・フェイス型に比べて劣ることです。ハンター型ケースの文字盤側カバーは蝶番(ちょうつがい)で取り付けられていますが、蝶番は不具合が発生しやすい部分です。オープン・フェイス型にはこの蝶番がそもそも存在しませんから、壊れる要素が一箇所ぶん少ないことになります。

 第二はより重要な理由で、ハンター型のクリスタル(ガラス)が非常に割れやすいことです。ハンター型懐中時計のクリスタルはすべてミネラル・ガラス製ですが、蓋が閉まる際の邪魔にならないように、厚さ数分の一ミリメートルと非常に薄く作られています。顕微鏡観察のプレパラートに使うカバー・ガラスよりも薄いのです。他方、クリスタルは文字盤全体を覆うため、かなり広い面積となります。極端に薄いにもかかわらず広い面積のガラス板が割れやすいことはお分かりいただけるでしょう。実際、ハンター型懐中時計のクリスタルが汚れても、気軽に拭くことができません。不用意にガラスに触れると割れてしまうからです。ガラスが割れると百年も前に作られた替えガラスを探すことになりますが、手に入る見込みはまずありません。





 本品のクリスタルもミネラル・ガラス製ですが、オープン・フェイス型であるために丈夫であり、通常の使用で割れる心配はありません。本品のクリスタルはおそらく 1901年当時のオリジナルですが、疵(きず)はまったく無く、新品同様の状態です。

 本品のケースはファヒス社の「オアシルバー」(Oresilver) でできています。ファヒス社の「オアシルバー」はイリノイ社の「ニッケル・シルバー」(Nickel Silver)、デューバー社の「シルバライン」(Silverine)、フィラデルフィア社の「シルバロウド」(Silverode)、キーストーン社の「シルバロイド」(Silveroid) 等と同様のニッケル合金で、銀は含まれていません。堅牢性、耐摩耗性において銀よりも優れ、美しい光沢があります。

 本品のケースにはところどころに小さな疵(きず)や磨滅がありますが、特筆すべき瑕疵(かし 欠点)は何もありません。ベゼルと裏蓋はスクリュー式で、きちんと閉まります。ボウ(上部の環)は制作当時に比べて幾分柔らかくなっているように感じますが、本来の位置をきちんと保ちます。竜頭(りゅうず)には磨滅が見られますが、実用上の差支えは全く無く、十分快適に使えます。





 突出部分を除く時計全体の直径は 55.5ミリメートル、最大の厚みは 21.1ミリメートル、重量は 150グラムを超える立派なサイズで、18サイズ(地板の直径 44.87ミリメートル)、15石、フル・プレート、レバー・セットの懐中時計用ムーヴメント、「エルジン グレード 217」を搭載しています。「ムーヴメント」とは時計内部の機械のことです。

 「エルジン グレード 217」は手巻き式、すなわち電池ではなくぜんまいで動く「機械式ムーヴメント」です。「受け」と呼ばれる金属の板状部品がムーヴメントの全体を覆う「フル・プレート」式ですので、内部の輪列(りんれつ カナと歯車の列)が見えませんが、天符(てんぷ 下の写真に写っている大きな輪)の受け石と、三番車、四番車、ガンギ車、アンクルの穴石が見えています。本機にはこれらを含め15個のルビーが使われています。「フル・プレート」式はムーヴメント内部に埃(ほこり)が入りにくい高級な作りです。





 天符受け(天符を支える腕状の部品)には繊細な唐草模様が彫刻されています。香箱受けと二番受けの全体には、英語で「ダマスキーニング」(damaskeening)、フランス語で「ギョーシェ彫り」(guilloché) と呼ばれる装飾が施され、エルジン社の社名 (Elgin National Watch Company, USA) と、この時計のシリアル番号 (9124926) が彫り込まれています。もう一箇所に刻まれた「セイフティ・ピニオン」(safety pinion 英語で「安全カナ」の意)は、大型懐中時計の主ぜんまいが切れたときに突然発生する逆向きの大きな力から輪列を守る仕組みのことです。二番カナは二番車の真(軸)に固定されず、真に逆ネジを切って、これとかみ合っています。主ぜんまいが破断して香箱車が逆回転すると、香箱車と二番カナの高さが瞬時にずれて、力の伝達が断たれます。

 良質の機械式ムーヴメントには、ルビー製部品が幾つも使用されています。ルビーは「コランダム」という非常に硬い鉱物で、耐摩耗性に優れているため、動きが激しい部分にルビーを使うと、ムーヴメントの寿命が格段に長くなります。「エルジン グレード 217」は15個のルビーを使った「15石(せき)」ムーヴメントです。





 「エルジン グレード 217」はステム・ワインド式、すなわち後の時代の手巻き式時計と同様に竜頭を回転させてぜんまいを巻き上げます。時刻合わせはレバー・セット式(剣引き式)という方式で、ベゼルを外して文字盤を露出させ、5時のインデックスのすぐ外側にあるレバーを引き出した状態で、竜頭を回転させて時刻を合わせます。レバー・セット式(剣引き式)は19世紀から20世紀初頭までの懐中時計に見られた方式です。

 「エルジン グレード 217」は振動数 18,000 bphの15石ムーヴメントで、1900年から 1904年まで制作されました。本品のシリアル番号は "9124926" で、この時計が 1901年に制作されたことを示しています。





 本品の文字盤は「瀬戸引き文字盤」と呼ばれるもので、銅の下地に不透明ガラスのフリット(粉)を載せ、炉で焼成して下地の銅に融着させています。これはフランス語で「エマイユ」、英語で「エナメル」、日本語で「琺瑯」(ほうろう)あるいは「七宝」(しっぽう)と呼ばれる技法です。瀬戸引き文字盤には白色のフリットを使いますが、本品は珍しいことに文字盤の中央部分が綺麗な桜色をしています。文字盤にエルジンのロゴ及びローマ数字とアラビア数字のインデックスを書き、金彩による星や雪、フルール・ド・リス様(よう)の装飾を施した後、その上に無色透明ガラスのフリットを掛けて再び焼成融解させています。このためエルジンのロゴ、インデックスの数字や刻み目、金彩の装飾はすべて透明ガラス層に被われており、磨滅や剥落の心配がありません。

 文字盤の保存状態は極めて良好です。インデックスよりも外側の9時の位置にエマイユの小さな剥落がありますが、ヘアライン(微細なひび割れ)は一本も入っていません。百年以上前の瀬戸引き文字盤としては、最高のコンディションです。





 本品は外見がたいへん美しいばかりでなく、機械の状態も良好です。天符の振り角は大きく、実用上問題ない精度で順調に動作しています。


 エルジンは 1864年に創業し、ヨーロッパ製品を凌(しの)ぐ品質の高級時計を制作しました。第二次世界大戦前まで、エルジンをはじめとするアメリカの時計はスイス製よりも高品質でしたが、戦後はスイスの時計会社がアメリカに版図を広げました。エルジンはスイスや日本から輸入した機械を自社の時計に搭載して余喘を保っていましたが、1968年には完全に操業停止しました。


 20世紀初頭のエルジン社。この時計と同時代の絵葉書。


 「エルジン」は「ウォルサム」「ハミルトン」と並んでアメリカ製高級時計の代名詞でしたので、エルジン社が消滅したのちも様々な企業の間でブランド名が取引され、現在は中国の「MZ バージャー社」(MZ Berger Inc.) が「エルジン」の商標を所有しています。しかし現行の安価な「クォーツ式エルジン」は、言うまでもなく、本来のエルジンとは無関係です。本品はシカゴ近郊、イリノイ州エルジンにあった「エルジン・ナショナル・ウォッチ・カンパニー」が 1901年に制作した真正の「エルジン」であり、百年以上経った現在も順調に動作しているという事実が、その品質を証明しています。





185,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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