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極稀少品 車輪が留めるケルトの記憶 《輝く愛と生命 エモー・ブレサンによる聖母のブローチ 直径 31 mm》 多様な象徴的意味を秘めた作例 フランス 1860 -1890年代頃


重量 8.5グラム

おおよその直径 31ミリメートル  針を除くおおよその厚さ 8ミリメートル



 フランス東部の都市ブルカンブレス(Bourg-en-Bresse オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏アン県)で、およそ百五十年前に制作されたエマイユ細工。本品は銀製枠のブローチで、瑠璃色のエマイユをブローチ中央に覆輪留めし、赤と緑のエマイユ八個で囲みます。それぞれのエマイユはドーム状に盛り上がった円形で、赤、緑、瑠璃色の半透明色ガラスに加え、金箔の上には乳白色のガラスも使われています。瑠璃色のエマイユは直径 10ミリメートル、赤と緑のエマイユは直径 7ミリメートルです。





 ブルカンブレスを含むアン県はスイス国境に近く、ラ・ブレス・サヴォヤルド(仏 la Bresse savoyarde サヴォワに属するブレス)と呼ばれる地方に属します。ブルカンブレスはラ・ブレス・サヴォヤルドの主邑で、エモー・ブレサン(仏 les émaux bressans ラ・ブレスのエマイユ細工)の産地として知られます。エモー・ブレサンはエマイユの胎(下地)となる金または銀板にギヨシャージュ(仏 guillochage ギョーシェ彫り)様(よう)のパターンを打ち出すこと、色鮮やかな作品が多いこと、金箔や色ガラスの小球、ときには枠にセットした宝石で手の込んだ装飾を施すことが特徴です。エモー・ブレサンはシャンルヴェやクロワゾネのような隔壁を用いませんがせんが、エマイユ表面に金箔を貼り、さらにその上に色ガラスの小球を付けることで、多色のエマイユを実現しています。

 エモー・ブレサンはシャンルヴェでもクロワゾネでもなく、独特の技法によって制作されます。エマイユの下地となる金属はフランス語ではフォン(仏 fond 土台、底、裏などの意)ですが、我が国では胎(たい)と呼んでいます。エモー・ブレサンの胎は銀または金の小片で、分厚い金属板の上に置き、多くはクロワシヨン(仏 croisillons 番号記号、#)状のパターンが打ち出されます。クロワシヨン状のパターンはギヨシャージュ(仏 guillochage ギョーシェ彫り)のようにも見え、深みがある陰翳をエマイユに与えます。クロワシヨンにはガラスが金属に融着する面積を大きくしてエマイユの剥落を防ぐ役割もあり、この点でもギヨシャージュに似ています。





 エマイユの元となるガラス粉末をフリット(仏 fritte)といいます。フリットは繰り返して洗浄されて不純物が除かれ、純水で溶かれます。フリットの主成分は珪素、酸化鉛、酸化ナトリウム、酸化カリウムで、これに各種金属の酸化物を加えることで意図する発色を得ます。エマイユは摂氏 860度で数度に亙って焼成されますが、まず最初に焼成されるのはコントレマイユ(仏 contre-émail)、すなわち胎を保護するために裏面に施されるエマイユです。表(おもて)面に関しては最初に単色のエマイユが施され、その上に他の色のエマイユ、金箔、色ガラスの小珠が付加されて、そのたびに焼成が重ねられます。

 金箔は厚さ二センチメートルの鉛板に大きな箔を載せ、十六通りから選んだ型をあてがって、ひとつひとつ木槌で打ち抜きます。金箔はピンセットを使ってトラガカントゴム(仏 gomme adragante マメ科植物から得られる粘稠液)で固定されますが、エマイユの最上層に置かれるとは限らず、下層や中層に置かれることもあります。焼きあがったエマイユは台座にセットされてジュエリーが完成します。

 エマイユの表面に色ガラスの小珠を付加するには、高度の熟練を要します。珠の大きさを揃えるのも難しいですが、最も困難なのは炉で加熱するときで、炉から引き出すのが数秒遅れると珠が融けて流れ、製品は使い物にならなくなります。

 これらの工程を経て無事に完成したエマイユはジュエリー職人に引き渡され、枠にしっかりとセットされて、輝くように美しいジュエリーが出来上がります。





 フランスにおいて純度 800パーミル(800/1000、80パーセント)の銀を示す検質印は、イノシシの頭または蟹です。本品の枠は純度 800パーミルの銀製で、蟹の検質印と銀細工工房のマークが裏面に刻印されています。





 ブローチの針にも同じ刻印があり、銀でできていることがわかります。鉄製のブローチ針は酸化によって滑らかさを失い、布を傷めることがありますが、銀製のブローチ針は布を傷めません。





 本品は九個のエマイユ製部品で構成されます。赤と緑のエマイユが瑠璃色のエマイユから距離を置かずに並べられていれば、花のブローチに見えるでしょう。しかしながら赤と緑のエマイユと瑠璃色のエマイユの間には距離があり、前者と後者は輻(や スポーク)状の銀球で連結されているために、本品ブローチは花ではなく車輪の形になっています。

 フランスの先住民であるケルト系のガリア人は、車輪のモチーフを愛好しました。車輪を模(かたど)るケルト時代の遺物は、大きな神像から小さな護符まで、フランス全土で出土しています。嵐を司るケルトの天神タラニス(Taranis)は、ガロ=ロマン期のフランスにおいてユピテルと習合しました。フランス各地で見つかるタラニス及びユピテル=タラニスはしばしば車輪を持っています。この車輪は太陽の象徴であるとも、北極星を中心に回転するコスモス(希 κόσμος 秩序、秩序ある世界、宇宙)の象徴であるとも、稲妻に伴い天を揺り動かす雷鳴を戦車の車輪に可視化したものとも考えられています。


 車輪は全体が回転しますが、中心点のみは不動です。これと同様に世界はすべての部分が変化しますが、コスモスの車輪の中心点のみは不易不変です。コスモスの車輪において、大きさの無い中心点はそれ自体が不動でありつつ、他のすべてを回転させます。それゆえ車輪は神に動かされる被造的コスモスの象徴です。神は不動の中心点にいます。神から発出する被造的世界は、神を中心に回転する車輪として表象されます。

 車輪が有する物理的特性と、それに基づく上記の象徴性は、ケルトに限らずあらゆる文化圏に共通します。本品はフランスで制作されたビジュ・レジオナル(仏 un bijou regional 地域固有の装身具)としてケルトの車輪モティーフを引き継ぐとともに、インドから中国、日本におけるダルマチャクラ(darmachakra 輪法、法輪)とも酷似しています。





 本品のエマイユは車輪の中心に瑠璃色、周辺部分に赤と緑を使っています。本品をコスモスの車輪と考えるとき、この配色は極めて示唆的です。

 赤と緑は対比補色であり、色相環において正反対の位置にあります。そのため赤は緑の残像を、緑は赤の残像を生じます。ゲーテはその「色彩学」において、対比補色は互いに求め合い、対立しつつも調和すると考えました。

 これだけであれば瑠璃色の出番がありませんが、ゲーテを離れて考えを深めるならば、血の色である赤と植物の色である緑は、古来生命の象徴と考えられてきました。その一方で天空の色である青は神が住まう天上界の象徴です。青を車輪の中心に、赤と緑を車輪の輪に配した本品車輪型ブローチは、被造的世界が神から発出するさまを美しく象(かたど)っています。

 さらにキリスト教文化圏において、赤は愛の色、は生命の色です。したがって青を車輪の中心に、赤と緑を車輪の輪に置いた本品車輪型ブローチの配色は、神から発出する愛が生命を笹産み出し支えるさまを視覚化しています。本品において、赤いエマイユの上には緑が、緑のエマイユの上には赤が加えられています。前者は地上の生命が神の愛のうちに守られていることを、後者は地上の生命に神の愛が浸透していることを表します。「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる」というイエス・キリストの言葉(「マタイによる福音書」 6章 26節)が思い起こされます。




(上) シャルトル司教座聖堂のノートル=ダム・ド・ラ・ベル・ヴェリエール(美しき大ステンドグラスの聖母)


 さらにブローチ中央の青がブリュ・マリアル(仏 bleu marial マリアの青)すなわち紫がかった瑠璃色であることに注目すれば、瑠璃色のエマイユは聖母マリアの象(かたど)りであることがわかります。瑠璃はラピス・ラズリの色です。ラピス・ラズリを粉砕した顔料はウルトラマリンと呼ばれ、ゴシック期以来、聖母マリアのマントを描くのに用いられました。コバルトガラスの花紺青(はなこんじょう)もこれと同様で、ノートル=ダム・ド・シャルトルのノートル=ダム・ド・ラ・ベル・ヴェリエール(Notre-Dame de la belle verrière 美しき大ステンドグラスの聖母)は最も美しい作例として知られています。

 本品において、天地の創造主ではない聖母が車輪の中心にいる理由は、聖母が神の恩寵の通り道、天地を繋ぐ世界軸(羅 AXIS MUNDI)であるからです。不思議のメダイをはじめとする無原罪の御宿りの図像において、聖母は球体の上に立っています。聖母の足元の球体は天球もしくは被造的宇宙全体の象徴です。聖母が地球の上に立っているのであれば、その有様は常人と何ら変わりがありません。普通の人と同様に、聖母は地面に立っているだけです。しかしそうではなくて、聖母は天球もしくは被造的宇宙全体の上に立っておられるのです。これは聖母が神のおわす天上界と人の住む地上界を繋ぐ世界軸であることを示します。

 聖母が普通の人と同様の人間であれば、聖母はまったくの世界内存在であって、世界軸にはなれません。また聖母が天上に住まう女神であれば、聖母の存在様態は天上界のみで完結し、地上界とは本質的に無関係になって、やはり世界軸にはなれません。聖母は人間として地上界に生まれながらも、地上界を支配する原罪を免れ給いました。それゆえに聖母は天球もしくは被造的宇宙に足を着けつつも、その内部ではなく外側に立って、神と人を繋ぐ恩寵の器になっておられるのです。

 それゆえ中心に聖母の瑠璃色を、輪の部分に愛の赤と生命の緑を配した車輪型意匠の本品は、神の愛と生命の通り道、恩寵の器として働き給う無原罪の御宿りを、輝くエマイユ細工のうちに可視化したものと考えることができます。瑠璃色のエマイユの上には赤色ガラスが重ねられていますが、これは伝統的図像において赤い衣に青のマントを身に着けた聖母蔵と同じ配色です。本品の商品名を《輝く愛と生命 エモー・ブレサンによる聖母のブローチ》としたのは、この理由によります。





 本品のサイズは直径 31ミリメートル、針を除く厚さは 8ミリメートルです。上の写真は本品を男性店主の手に載せて撮影しています。女性が本品の実物をご覧になれば、写真で見るよりもひと回り大きなサイズに感じられます。







 エモー・ブレサンは制作にたいへん手間がかかる工芸品で、それなりに高価ではありますが、宝石と貴金属のジョワヨ(仏 joyaux ファイン・ジュエリー)ほどではありません。それゆえ多くは農村に住んでいたラ・ブレス地方の人々にとって、エモー・ブレサンは人生の節目に欠かすことができないとなりました。初整体を受ける少女にはエモー・ブレサンのクロワ・ド・クゥ(十字架型ペンダント)が贈られました。意中の女性への贈り物にはエモー・ブレサンのコリエ・デスクラヴァージュ(仏 collier d'esclavage 「奴隷の首飾り」 首飾りの一種)が選ばれました。エモー・ブレサンの装身具は大切な財産として母から娘へと伝えられ、女性たちは人生の様々な機会にエモー・ブレサンのビジュ(仏 bijoux ジュエリー)を身に着けました。

 エモー・ブレサンは都会で豊かな生活を楽しむ人々にも人気があり、ヴィネグレット(仏 vinaigrette 人が轅を取る二輪の轎車)の装飾、オペラグラス、カルネ・ド・バル(仏 carnet de bal 舞踏会に携行する手帳)、シャトレーヌ(仏 châtelaine 女性が懐中時計等を提げる装飾的な鎖)、カフスボタンなどが制作されました。エモー・ブレサンによるこれらの品々は教養と趣味の良さ、裕福さ、女性の愛らしさの徴(しるし)でした。アンナ・パヴロワは世界を熱狂させたプリマ・ドンナであり、今日に至るまでおそらく最も有名なバレリーナですが、彼女がエモー・ブレサンの熱烈な愛好家であったことはよく知られています。







 エモー・ブレサンの工房数は時期によって多少の変動がありますが、1870年代から 1880年代頃には五、六軒の工房が存在し、いずれも劣らず美しい作品を送り出しました。しかしながら十九世紀が過ぎ去るとエモー・ブレサンは急速に衰退して、一軒の工房が代替わりしつつ存続するだけになりました。およそ百五十年前の最盛期に制作されたエモー・ブレサンは市場に出ることも滅多に無くなって、いまではブルカンブレスのミュゼ(博物館)で見られるのみです。

 本品はエモー・ブレサンの最盛期であった 1860年代から 1890年代頃に、ブルカンブレスの職人が手作業で制作した品物です。エモー・ブレサンはすべてが手作りであるために制作数が少なく、そもそも同じデザインのものが無い上に、十九世紀後半の最盛期を過ぎると一挙に作られなくなったため、どのようなデザインの作品も入手はほぼ不可能です。とりわけ本品は手の込んだデザインで時間をかけて作られており、同じ物が二度と手に入らないのは言うまでもなく、同等レベルの品物の入手も困難です。

 なおエモー・ブレサンはエマイユ部分がドーム状に盛り上がっているため、稀に見つかる古い品物もほとんど常に破損箇所があって、完品は極めて稀です。支払う金額の問題ではなく、品物自体が無いのです。本品は真正のアンティーク品であるにもかかわらず稀少な完品であり、実用上、美観上とも特筆すべき瑕疵(かし 欠点)は何もありません。下記の価格は良心的に付けています。お買い上げいただいた方には必ずご満足いただけます。

 当店の商品は現金一括払い、ご来店時のクレジットカード払いのほか、現金の分割払い(金利手数料無し)でもご購入いただけます。当店ではお客様のご希望に出来る限り柔軟に対応しております。お気軽にご相談くださいませ。





本体価格 120,000円

電話 (078-855-2502) またはメール(procyon_cum_felibus@yahoo.co.jp)にてご注文くださいませ。




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